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ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』 連載・読み物

ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第35回

2月 13日, 2017 松尾剛行

 
 

4.プライバシー侵害に基づく差止及び削除請求権

 
(1)はじめに
 
 忘れられる権利が問題となる事件、例えば検索結果の削除を請求する事件では、インターネット上の情報の削除が求められているところ、裁判例上このようなインターネット上の投稿等の削除請求はいかなる場合に認められているのだろうか。
 
(2)差止に関する裁判例
 
 まず、名誉毀損に関するものであるが、最高裁は、最大判昭和61年6月11日民集40巻4号872頁(北方ジャーナル事件)において、公務員または公職選挙の候補者に対する評価、批判等に関する表現の事前差止めの可否につき、「①表現内容が真実でなく、又はそれが専ら公益を図る目的のものでないことが明白であつて、かつ、②被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被る虞があるとき」に限り例外的に事前差止めが許されるという2要件を立てた。これはかなり厳しい要件といえるだろう。

プライバシー侵害については、 東京高決平成16年3月31日(元防衛大臣の娘の離婚事件)が、①本件記事が公共の利害に関する事項にかかるものとはいえないこと、②本件記事が専ら公益を図る目的でないことが明白なこと、③本件記事によって被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被る恐れがあることという原決定の要件を一定の留保をしながら是認した。これは、北方ジャーナル事件にかなり近い(ただしプライバシー侵害なので真実性が要件とされていない)基準と評することができ、これに近い基準を定立する裁判例も多い(注30)。

もっとも、最判平成14年9月24日集民207号243頁(石に泳ぐ魚事件)は、一応名誉等も含むものの主にプライバシーが問題となった事案において「どのような場合に侵害行為の差止めが認められるかは、侵害行為の対象となった人物の社会的地位や侵害行為の性質に留意しつつ、予想される侵害行為によって受ける被害者側の不利益と侵害行為を差し止めることによって受ける侵害者側の不利益とを比較衡量して決すべきである。そして、侵害行為が明らかに予想され、その侵害行為によって被害者が重大な損失を受けるおそれがあり、かつ、その回復を事後に図るのが不可能ないし著しく困難になると認められるときは侵害行為の差止めを肯認すべきである。」という比較衡量の基準を定立した原判決(東京高判平成13年2月15日)を是認した(注31)。

最高裁の立場は必ずしも明確ではない(注32)が、東京地裁の裁判官が「プライバシー権に基づく差し止め請求権の成立要件はプライバシーが違法に侵害されていることであり、この違法性の有無に関する判断についても、相対立する利益を衡量して受忍限度を超えるものであるか否かにつき総合判断することになる」(注33)とする等、裁判所の立場としては、プライバシー侵害の差止については、比較衡量的な立場が有力なように思われる。

いずれにせよ、北方ジャーナルの枠組みに乗る裁判例はもちろん、石に泳ぐ魚事件においても、「侵害行為が明らかに予想され、その侵害行為によって被害者が重大な損失を受けるおそれがあり、かつ、その回復を事後に図るのが不可能ないし著しく困難になると認められるとき」という形容詞が用いられており、一般にプライバシーに基づく差し止め請求のハードルが高いことが伺われる。
 
(3)削除に関する裁判例
 
ア はじめに
 
 インターネット上の情報の削除についても裁判例が積み重なっている。ここで留意すべきは、削除については、プロバイダに対するものと、行為者に対するものの2種類があることである。
 
イ 行為者に対する削除請求
 
 行為者に対する削除請求の前提要件として、まず、現時点(口頭弁論終結時)において現にプライバシーを侵害している必要があり、既に削除済みであれば、削除請求は認められない(東京地判平成26年2月14日ウェストロー2014WLJPCA02148012、東京地判平成23年5月25日ウェストロー2011WLJPCA05258014)。また、行為者本人が削除をすることが可能であることも必要である(東京地判平成21年5月13日ウェストロー2009WLJPCA05138004)。

問題は、プライバシーの侵害の存在以上に高度な違法性等が必要かどうかであるが、インターネット上にプライバシーを侵害する投稿等が残っており、プライバシー侵害等が継続している場合については、違法性の高低を特に問わずに削除を命じている裁判例が多い。

例えば、東京地判平成27年7月16日ウェストロー2015WLJPCA07168016は、インターネット上のサイトに学歴や経歴、離婚の事実、父母の経歴等の事柄を公表した事例について、対象者の「名誉及びプライバシーという人格的利益を侵害するものであるから、本件記事の削除を命ずべき必要性も、認めることができる。」として記事削除を命じている。

東京地判平成24年10月15日ウェストロー2012WLJPCA10158007も、対象者の原告の前科および顔写真等をブログ上に掲載した行為について「名誉毀損、侮辱、プライバシー・肖像権侵害の不法行為による権利救済としては、現に継続している不法行為による権利侵害を排除するための差止請求権に基づき、被告に対し、これらブログの記事ないし記載をすべて削除することを命ずることが、最も有効かつ適切であると認められる。」として記事削除を命じている(注34)。

このような傾向は名誉毀損でも見られ、 東京地判平成27年3月18日ウェストロー2015WLJPCA03186004 (東京高判平成27年9月10日ウェストロー2015WLJPCA09106002で是認)は、「ウェブサイト上の書き込みによって名誉を毀損された者は、人格権に基づく妨害排除請求として当該書き込みの発信者に対し、削除請求をすることができると解される。」とした上で、ウェブサイトを作成・運営している者に対する削除請求を認めている。
 
ウ プロバイダ等第三者に対する削除請求
 
 これに対し、プロバイダ等第三者に対する削除請求(注35)については、一見高いハードルを課したものがある。

例えば、 東京地判平成20年10月17日ウェストロー2008WLJPCA10178011は、掲示板上のプライバシー侵害につき、「削除要請があった場合など、掲示板の管理運営者が、掲示板に人のプライバシー権等の権利を侵害する書き込みがなされたことを知り、又は知り得たときには、当該書き込みを削除する義務を条理上負うものと解すべき」という基準を立てたうえで、「本件において、本件書込には原告らやその親族の住所、氏名、電話番号等が記載され、原告らのプライバシー権等を侵害する書き込みであるとの判断は容易にできる」のにその削除を求められてから約半年も削除をしなかったとして、削除義務違反のプライバシー侵害を認めた。この「判断は容易にできる」というあてはめからは、単にある投稿がプライバシー侵害として削除を求められただけで削除義務が生じるのではなく、それを踏まえて当該投稿を確認することで、それが権利侵害であることが明白だったり容易に判断できることではじめて「プライバシー権等の権利を侵害する書き込みがなされたことを知り、又は知り得た」として削除義務が生じるということのようにも読める。

これと同様に、第三者の削除義務を認める上でハードルを課したものとして、パソコン通信のシスオペの削除義務についての伝統的な 東京高判平成13年9月5日が挙げられるだろう(その他東京地判平成18年8月30日も参照)。

すると、一見、「行為者への削除請求より第三者の削除請求の方がハードルが高い」という判断を導出できる様にも思われる。

ただし、注意すべきは、第三者の場合には、「裁判所に第三者に対する削除命令を求める」場面と、「第三者がかつて削除をしなかった(削除を遅らせた)事を理由に損害賠償を請求して裁判所に訴える」場面の2つがあり得ることである。上記のような第三者の削除義務を認める上でハードルを課しているのはいずれも後者の場面である(注36)。そして、後者の場面は、裁判所の命令がない中、プロバイダが独自に削除をすべきかどうかの判断を強いられるという状況であり、その判断が困難な場面も少なくない(注37)。

そこで、第三者がかつて削除をしなかった(削除を遅らせた)事を理由に損害賠償を請求して裁判所に訴える場面について、第三者の削除義務(第三者が当時削除義務を負っていたこと)を認定するうえでハードルを上げることはある意味自然であるが、そのような裁判例を理由に、「裁判所に第三者に対する削除命令を求める」場面でハードルを課すべきと論じるのはやや議論が飛躍しているという印象を否めないだろう。
 
エ まとめ
 
 以上を踏まえると、インターネット上のプライバシー侵害情報の削除を裁判所が(行為者/第三者に)命じる場面については、裁判例上高いハードルを課すというよりは、(比較衡量で判断される)プライバシー侵害の存否(不法行為として損害賠償が認められるか)の基準でプライバシー侵害が認められる場合には、あまりそれ以上の要件を課さずに削除を命じるものが多いように思われる。
 
(4)検討
 
 これらの裁判例の概観の結果、差止に関するやや厳しめの傾向と、削除についてのやや緩めの傾向を見いだすことができる、といえるかもしれない。では、このような相違はなぜ生じているのだろうか。

この点、事前差止については、完全な侵害予防請求であるが、削除については(予防請求という側面もあるが)既に発生している侵害排除請求の側面もあるという意味で、オフラインのプライバシー侵害報道の差止と、オンラインのプライバシー侵害と投稿の削除は一定程度相違があるものとして考えるべきであろう(注38)。

名誉毀損を念頭に置いているものの、東京地裁の裁判官が、「ウェブサイト上の表現行為による名誉毀損が問題となる事例においては、当該表現行為が公務員又は公職選挙の候補者に対する評価、批判等に関するものであることは必ずしも多くなく、また、通例、表現が開始された後に差止めの仮処分が申し立てられるので、差止請求権の成立要件は、(略)北方ジャーナル事件(略)よりも緩やかになるものと考えられる。もっとも、純然たる事前規制ではないとしても、表現の自由に対する抑制であることは同様である以上、保全手続という本案に比して手続保障が十分でない手続で将来の表現行為を禁止するという点では事前規制に類するともいえることからすれば、当該表現が公共の利害に関するものと認められる場合に、その差止めの仮処分が認容されるのは、その内容が真実ではないこと、あるいは公益を図る目的によるものでないことについて相当程度の蓋然性があることが疎明され、かつ債権者が重大な損害を被るおそれがあることが疎明された場合に限られると解すべきである」(注39)として、北方ジャーナル事件の要求する明白性までは不要であるが、プライバシー侵害を理由とした損害賠償請求の場合よりもやや厳しい基準を提唱していることが参考になる。

要するに、何ら世の中に情報が公開されないように事前に完全に差し止めてしまう、しかもそれを仮処分という本案に比して手続保障が十分でない手続で行うという場面においては最も厚い保護が必要であるが、それに対し、表現が開始された後に削除が申し立てられるインターネット上のプライバシー侵害や名誉毀損については、多少要件を緩くしてもよいのではないかという問題意識があるように思われる(実際、上記の削除を比較的容易に認めているものは仮処分ではなく本案の事案であった)。(注40)
 
後編に続く(2月23日(木)更新予定)。
 
【次ページ】注と書籍紹介

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松尾剛行

About The Author

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。