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デビッド・ボーデン、リン・ロビンソン 著
田村俊作 監訳、塩崎 亮 訳
『図書館情報学概論』
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日本語版への序文
わが国の図書館情報学は、公共図書館の専門職員である司書と、学校図書館の専門職員である司書教諭という二つの国家資格取得をめざす学生への教育を軸に展開してきた。そのため、研究よりも教育が重視され、研究にしても、公共図書館や学校図書館の歴史、サービス、運営、利用といったテーマに関心が集中し、他のテーマといってもせいぜいのところ大学図書館や情報組織法関連で、図書館「情報」学とは言っても、非常に狭い範囲での研究と教育に終始しているとの印象がある。
本書第1 章で簡単に触れられているが、図書館情報学はもともと欧米由来の研究・実践領域で、図書館の管理運営法に起源を持つものの、対象領域はもっと広い。情報を中心に置く図書館「情報」学のはじまりは19 世紀の末で、「ドキュメンテーション」と呼ばれる、組織を超えた文献情報活用の可能性を探る分野が発展し、化学や医学といった専門領域での技術開発や制度整備が行われた。特に、第二次世界大戦後は、コンピュータを中心とする技術の急速な発展と科学技術政策の推進などにより、科学技術分野の文献情報流通をデジタル情報にまで広げ、多様な情報の活用法とそれに伴う諸問題を、より広い社会的文脈の中でとらえ直そうとする研究・実践がさかんになった。そうして、文献情報を扱うという点で図書館学と親和性の高い分野、本書で言うところの情報学が誕生した。
図書館情報学は、こうしたドキュメンテーション由来の情報学が、図書館学と本質的には同じ対象と課題を扱っている、との認識から、両者を統一的にとらえることばとして1960 年代に登場した。図書館学はもっぱら図書館を扱うという点で異なる面があるが、本書で扱う情報学は、図書館に関わる研究・実践を含んでいるという点で、図書館情報学と実質的に同じものであると考えてよい。
わが国の場合、図書館学がもっぱら公共図書館や学校図書館と強く結びついていて、情報学に展開する契機を十分に持たなかった上に、コンピュータ科学由来の「情報科学」やマスコミュニケーション研究由来の「社会情報学」などの他分野の語の方が一般に知られているため、原語のinformation science を直訳して「情報学」と言っても、それが図書館情報学由来の語だということを理解できる人は少ないであろう。本書でも「情報学」と「図書館情報学」の語が混在しているが、両者は実質的に同じことであると思っていただいてよい。
21 世紀に入り、欧米の情報学は一段の飛躍を遂げ、新たな段階に入ったように見える。インターネットが世界のインフラとなり、誰もがインターネット上で情報を発信し、収集できる環境が登場したことによって、組織を超えた情報流通の問題を扱ってきた図書館情報学は、その対象範囲を拡張し、インターネット上の情報の発信、蓄積、検索、利用等に関わる技術、制度、倫理、情報リテラシー等の問題も、新たに対象範囲に含めるようになった。それによって、図書館情報学の新たな可能性が拓けてきたのと同時に、本書第1 章で述べられているように、他領域と重なる部分が大きくなったため、領域の輪郭を描くのが難しくなっている。
インターネット上のサービスが次々に現れては消えてゆくように、欧米の図書館情報学は急激に姿を変えてきているように見える。図書館情報学を基盤に据えつつ、コンピュータ科学や経営学等と融合することにより、新領域の開拓をめざすi スクールと呼ばれる大学院も登場した。
伝統的な司書・司書教諭養成に力点を置くわが国の図書館情報学は、こうした欧米の動向と断片的につながっているだけで、対応しようとしているようには見えない。自国の課題に対処するのを基本とすることに異論はないが、世界のあらゆる地域と瞬時につながることができるような世界の中で、国際的な図書館情報学の動向をきちんと理解・把握しておくことは、わが国図書館情報学の今後の展開を考える上で重要であろう。
そのような問題意識の下で、欧米図書館情報学の動向を概観するよい本はないかと探していたときに出会ったのが本書である。本書の著者ボーデン・ロビンソンの両教授は、英国において(図書館)情報学研究をリードしてきたシティ大学ロンドンの所属であり、同大学での教育の実績を踏まえて、欧米で展開されている情報学の輪郭、歴史、基礎概念、諸領域を、手際よく、わかりやすく概観しており、正に欧米図書館情報学の最良の概説書である。
シティ大学情報学大学院出身の塩崎亮君という最適の訳者を得て、本書がわが国図書館情報学分野の研究者、学生、大学院生だけでなく、図書館で働く人々、他分野の方や市民にも、欧米図書館情報学を紹介する本として、広く読まれることを期待する。
田村 俊作