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『子育てをめぐる公私再編のポリティクス』

 
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清水美紀 著
『子育てをめぐる公私再編のポリティクス 幼稚園における預かり保育に着目して』

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はしがき
 
 子育てとは,誰が担うべきなのだろうか──。
 「当然」,その子どもと血縁のある親だろうか。「何らかのやむをえない事情がある場合」には,親以外が担うことも許されるだろうか。あるいは,「たまに」ならば,親以外の誰かに委ねたり,頼ったりすることも,「昔より」許容されるようになっただろうか。もしくは,「子どもの成長や教育にとって重要だと見なされた場合」には,親以外に委ねることも積極的に受容されるだろうか。また,こうした子どもの成長,教育の選択や意思決定に関わっていれば,たとえ「自分の手」で育てていなくとも,それは子育てしていることになるだろうか。子育てを誰がどのように担うべきか──これらの線引きは,どのように図られるのだろうか。
 おそらく,こうした線引きは普遍的なものではありえない。また,「一定の」「望ましい」解があるとも思わないし,それを導出することを本書は目指していない。ただ,子育てをめぐって,誰がどのように担うべきと「語られる」のか──,その具体的な内容には注目すべき論点が含まれているように思われるのである。それは,子育てをめぐって語られる意味づけには,子育てに対する捉え方,ひいては公と私の関係の捉え方が反映されていると考えられるからである。このことは,子育てという営みが私的な側面ばかりではなく,公的な側面をも併せ持っているということに拠っている。子育てを語ることは,公と私の関係を語ることとつながっているのである。
 そこで本書では,子育てをめぐって語られる意味づけに着目する。そしてこれを通して,現代社会における公と私の関係のありようと,その関係がどのような意味づけを通して変化したり,変化しなかったりするのかという力学について明らかにする。なかでもこれを検討するために本書が焦点をあてるのは,幼稚園における預かり保育という対象である。
 いまや就学前の子どもたちが過ごす場は,保育所や幼稚園,認定こども園だけでなく,多様化してきている。さらに,これらの施設型保育に限らず,家庭的保育も保育事業として位置づけられたり,また,就園しないという選択をする家庭もある。預かり保育という場は,こうした多様な場のうちの一例に過ぎないが,本書が預かり保育に着目するのは,それを園が実施する場合にも実施しない場合にも,親が利用する場合にも利用しない場合にも,そこに,子育てに対する捉え方,考え方が映し出されるためである。幼稚園で実践されている取り組みである以上,預かり保育は学校教育法の範疇で行われているものであるのだが,保育所における待機児童問題が控えるなかで,預かり保育は,実質的にはいわゆる「保育を必要とする事由」にも該当する家庭,すなわち両親がフルタイム勤務といった家庭にも対応する場となっていることもある。そして,全幼稚園数は漸減する一方で,預かり保育の実施率は上昇してもいる。このように,預かり保育には,現在の子育てや保育制度に関する複雑なありようが端的に表れていると言えるのである。
 本書の中心は,預かり保育がどのような政策的な問題意識のもとに実施されてきたのかという点の分析(第4 章)のほか,東京都内の幼稚園の保育者,親を対象とした質問紙調査,半構造化インタビューをもとにした,預かり保育がどのように意味づけられ,実践されているのかという点の分析(第5 章~第8章)である。加えて,預かり保育に関する分析を手がかりとしながら,子育てをめぐる公と私の関係のありようを探るという大きな目的に沿った理論的検討が展開されている(第2 章,終章)。
 預かり保育を題材とする本書が,子育ての私的な側面と公的な側面の関係がどのように議論されているのかを考える契機になれば,これ以上嬉しいことはない。
 
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