あとがきたちよみ
『実践・倫理学[けいそうブックス]』

About the Author: 勁草書房編集部

哲学・思想、社会学、法学、経済学、美学・芸術学、医療・福祉等、人文科学・社会科学分野を中心とした出版活動を行っています。
Published On: 2020/2/27

 
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児玉 聡 著
『実践・倫理学 現代の問題を考えるために[けいそうブックス]』

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はしがき
 
 本書の目的は、水泳の泳ぎ方を身につけるのと同じような意味で、現代社会における倫理的問題について哲学的に考える仕方を読者に身につけてもらうことである。水泳でも一定の知識は必要だが、泳げるようになるためには実際に泳いでみる必要がある。本書では、哲学的に考えるために重要な概念や理論について、著者の見解も交えつつ紹介するが、それを足がかりに自分自身でも考えてみてほしい。それによって、倫理的な問題を哲学的に考える仕方が学べるだろう。つまり、本書は倫理学についての知識よりもむしろ考え方を身につけたいと思う人々に向けて書かれたものである。
 
 以下では各章の主題とその主題を取り上げた意図を簡潔に説明する。章の並びには一定の意図があるが、読者は関心のある章から読んでもらってかまわない。
 第1章では、倫理および倫理学とは何か、また何でないかについて、筆者の考えを示している。倫理学は規範的な学問であり、その目的は、死刑を廃止すべきか、ベジタリアンになるべきかといった問いに関して、合理的な解答を与えることである。
 第2章では、死刑制度を廃止すべきかという問題に関して、代表的な賛成論と反対論を検討している。本章で死刑の存廃論を取り上げたのは、倫理学では本章でなされているように論点を一つ一つ吟味することが求められるということを示すためである。
 第3章は、嘘をつくことは一般的によくないと考えられているが、例外的に嘘をついてもよい場合があるか、という問題を扱っている。また、この問題を検討するために、「嘘をつくことはそれがよりよい結果を生み出す場合には許される」という功利主義的な思考と、「結果がどうあれ嘘をついてはいけない」という義務論的思考を紹介している。この二つの対照的な思考法は、現代の倫理学において中心となるものであり、本書でも繰り返し論じられる。また、章末の少し長いコラムでは、倫理学における思考実験の意義について解説してある。
 第4章では、自殺が倫理的に許される場合があるかという問題が前半で扱われ、それと関連して後半では、安楽死が倫理的に許される場合があるかという問題が検討されている。自殺および安楽死については、それらを例外なく倫理的に不正とみなす義務論的な思考が伝統的にあるが、その考え方を批判的に吟味している。
 第5章では、喫煙規制の問題を取り上げ、政府が個人の自由を規制してよいのはどのような場合か、という問題を検討している。喫煙規制は現代日本でしばしば問題になるテーマだが、倫理学的には、このテーマを通じていわゆる他者危害原則やパターナリズムの問題を考えることが重要である。
 第6章は、喫煙規制に比べると日本ではまだ議論が盛り上がっていないベジタリアニズムについて論じている。なぜ動物を食べるべきでないのかについて簡単な議論を提示したあと、ベジタリアニズムに対してよく出される反対論を検討している。読者の多くはふだん肉を食べていると思うが、本章を読んで肉食の是非についてよく考え、もし議論に納得したら、肉を食べる量を減らしてもらえたらと思う。倫理学は実践についての学問であるため、倫理的問題を哲学的に考えた結果、正しいと思われる結論に至ったなら、自分の行動を変えることが要求される。
 第7章では、我々には困った人を助ける義務があるか、という問いを検討する。しばしば我々は、他人に迷惑をかけなければ何をしてもよいと考えがちだ。しかし、哲学的に考えた場合には、積極的に人を助ける義務が存在する可能性がある。より一般的な問題としては、倫理的に許容されている行為と禁止されている行為の他に、義務である行為というカテゴリーが存在するかどうかをよく検討する必要がある。
 第8章では、前章に関連して、動機が善くないと倫理的に善い行いをしたとは言えないのか、という問題が扱われる。この問題を扱う主な理由は、「どんな善行も、自分がやりたくて(すなわち自分自身のために)やっているのだから、それは結局利己的な行為である。そのため、人が純粋に利他的に行為することは不可能である」という考え方が人々の間に根強くあると思われるからだ。本章ではこれを「利他主義についての懐疑」と呼び、この考え方の是非を検討している。
 第9章は、災害時に例外的に要求される倫理として、「津波てんでんこ」として知られる教え(大津波のさいには、家族や他人を助けようとせず自分の命を助けることだけを考えて行動せよ)の倫理性を検討している。一見すると利己的なこの教えが、義務論あるいは功利主義によって正当化できるのか、また、行為者の性格を問題にする徳倫理学の観点からはどう考えるべきかといった問いが論じられる。
 最後の第10章で論じられているのは、法と道徳という古典的なテーマである。今日では学問の専門分化が進んでいるせいか、倫理学で法と道徳というテーマが取り上げられることは少ない。だが、倫理学は単に道徳について論じるだけではなく、もう一つの重要な社会規範である法も射程に論じるべきであり、とくに両者の関係がどうあるべきかについて検討をする必要がある。
 
 本書では、読者の便宜を考えて注や文献引用を詳しく付けたが、最初は注を極力読み飛ばして著者と一緒に考えてもらいたいと思う。また、各章には簡単な読書案内を付けたので、関心のある読者はさらに読み進めていただきたい。
 
 
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