憲法学の散歩道 連載・読み物

憲法学の散歩道
第12回 plenitudo potestatisについて

 
 
 テューダー朝のヘンリー8世*1は、イングランド国教会を創設したことで知られる。
 
 彼は、兄アーサーの未亡人であったキャサリン・オヴ・アラゴンと結婚したが、男子に恵まれなかった。ヘンリーは、その原因が、聖書の禁ずる近親婚であるために神の怒りに触れたことにあると言い始め*2、ローマ教皇に婚姻の無効を宣言するよう求めた。
 
 キャサリンの甥にあたる神聖ローマ帝国皇帝カール5世からの圧力もあり、教皇クレメンス7世は、ヘンリーに有利な判断を下さない。キャサリンは、アーサーとの婚姻は完成しておらず(unconsummated)*3、彼女は独身者としてヘンリーと結婚したと主張した。クレメンスはかえって1531年に、アン・ブーリン*4との結婚を企てていたヘンリーに対して、結婚の禁止を命じた。
 
 この対立が発端となって、ヘンリーは、司教座の継承に際してのローマ教皇への上納を禁ずる法律、争訟をローマ教皇へ上訴することを禁ずる法律、国王を教会の首長として認める法律などを次々に議会に制定させる。これらの施策は、議会の力を借りてイングランドの教会の組織と権限を変革しただけではない。伝統的な建前によると、既存の法を宣言するにとどまるはずであった議会の役割をも変革し、議会に新たな法を制定する権限があることを明確化することとなった*5
 

 
 本稿で扱うのは、イングランド国教会の成立とそれに伴う王権と議会権限の伸張ではなく、ヘンリーはなぜアン・ブーリンとの結婚にあたって、教皇の許可を求めようとしたのかである。教皇だけにできることがあるのだろうか。
 
 この論点は、plenitudo potestatis(全権限)という観念と密接に関連している。ヨーロッパで近代国家が興隆した時期に、君主の主権の絶対最高性を示すために使われたことばである。
 
 このことばは、教皇イノケンティウス3世*6によって多用された。彼以前に用いられなかったわけではないし、教皇の権限だけでなく、大使や特使の権限や司教の権限について使われることもあった*7。ただ、イノケンティウスは教皇の権限行使に際して、それがplenitudo potestatisであることをしばしば根拠とした。教皇のplenitudo potestatisの内容が本格的な議論の対象とされたのは、彼以降のことである。
 
 彼の発した指令書(decretal)の1つにQuanto personamがある*8。ドイツの5人の司教に送られたもので、ケルフルトのコンラッドが20日以内に教皇の指示に従わないときは、彼を破門するよう命じていた。コンラッドは、ヒルデスハイムの司教であったが、ヴュルツブルクの司教座参事会が彼を司教に選出すると、教皇の許可を得ることなく、ヴュルツブルクへ移動した。
 
 イノケンティウスは、司教はその教会と婚姻しており、したがって、他の司教座教会への転任は、教皇のみがそれをなし得ると言う。
 
 婚姻の絆を解くことができるのは神のみであり、神のみが司教とその会衆との絆を解くことができる。この権限をキリストはペトロ、つまり初代のローマ教皇とその後継者のみに与えた。したがって、司教と教会との婚姻を解き、司教を転任させることができるのは、教皇のみである。
 
 司教と教会との婚姻を解消する権限は、神の与えた権限である。地上における真の神の権限である。イノケンティウスは、教皇が神の代理人(vicar)、キリストの代理人であると主張した。教皇のみが、地上における神の権限を行使することができる。
 
 ペトロが使徒の中でも特別の地位にあるとの主張の根拠としては、『マタイによる福音書』16: 18-19がしばしば引かれる*9

あなたこそペトロである。そしてこの岩の上に、私は自分の教会を建てよう。そしで黄泉の門も、これに勝ることはないであろう。私はあなたに天の王国の鍵を与えよう。そしてあなたが地上で結ぶものは天上でも結ばれたものとなるであろう。またあなたが地上で解くものは天上でも解かれたものとなるであろう。

 キリストは、ペトロにだけこう言っている。しかし、この典拠には弱点がある。同じ『マタイによる福音書』18: 18では、キリストはすべての使徒に対して、次のように言っている*10

私はあなたたちに言う、あなたたちが地上で結ぶところのものは、天上でも結ばれたものとなるであろう。またあなたたちが地上で解くところのものは、天上でも解かれたものとなるであろう。

 すべての使徒に与えられた権限であれば、他の使徒の後継者である各地の司教たちにも、教皇と同じ権限が与えられているはずである*11
 
 他方、イノケンティウスは、『ヨハネによる福音書』1: 42をも典拠とする*12

イエスは彼に目を注いで言った、「あなたはヨハネの子シモンである。あなたはケファ(訳すればペトロ)と呼ばれるようになる。

 イノケンティウスはケファ(Cephas)について、頭という意味があると言う。ギリシャ語のkephalēとの語呂合わせであろう。ペトロは岩であり、同時に使徒の首長でもあるというわけである。しかし、彼のこの解釈は広くは受け入れられなかった。ケファはアラム語に由来し、岩を意味する。何より『ヨハネによる福音書』の著者自身が、岩(petros)という意味だと括弧書きで注釈している*13
 
 イノケンティウスはローマの名門の出で、法学の素養があった。ただ、彼の主張は必ずしも明瞭とは言いがたい。根拠はともあれ、教皇は教会の首長であって、重要な事件についてはすべて彼に判断権があるし、教皇の権限には、人(ペトロ)の与えた権限もあれば、神から与えられた権限もあるということなのであろう。ともかく、教皇には他の司教にはない、特別の権限があると言いたいことは分かる。
 

 
 イノケンティウスが開始した議論を法学的な観点から整理したのは、教会法学者であり、枢機卿であったホスティエンシス*14である。
 
 ホスティエンシスによると、plenitudo potestatisは、実定法に優越する、そしてときには自然法や神法に優越する、教皇の権限である。教皇が婚姻の誓約や修道の誓約を解除するとき、また、婚姻障害や教会内部の昇進の障害を免除するとき、教皇はこの権限を行使する。
 
 法に優越する(supra ius)教皇の権限は2種類に分かれる。実定法からの免除と自然法・神法からの免除である。
 
 ホスティエンシスはさらに、問題を複雑化させることに、教皇の権限を「通常権限potestas ordinata」と「絶対権限potestas absoluta」に区分する。前者は実定法にもとづく人としての権限であり、後者は「神の代理人」であることに由来する権限である*15
 
 実例としてホスティエンシスは、婚姻に関する教皇の権限を挙げる。完成された婚姻は神法を根拠としており、教皇がなし得るのはそれを解釈することだけである。婚姻障害がある場合には、教皇は完成された婚姻をも解消することができる。しかし、当事者が望むからという理由で教皇が婚姻を解消すれば、神法に違背することになる。
 
 完成されていない婚姻については、話は別である。婚姻が完成されていない場合、教皇は妻が修道院に入ることを許可することができる。婚姻自体が解消されるわけではないため、教皇のこの権限行使は通常の権限の行使である。
 
 また教皇は、完成されていない婚姻を解消することもできる。神法にも優越するこの権限行使は、絶対の権限の行使である。「絶対のabsolved」と言っても、何らの制約もない恣意的な行使が許されるわけではない。ホスティエンシスは、絶対の権限を行使するには、正当な理由が必要だとする。すべての権限行使には理由が必要である。何者も教皇に対して「なぜ」と問いただすことはできない。しかし、教皇が恣意的に権限を行使すれば、神が復讐する。
 
 完成されていない婚姻の一方の当事者が修道院に入り、他方が修道院入りを拒否するとき、教皇は婚姻を解消することができる。俗世に残った当事者は新たな婚姻をすることもできる。この偉大なる権限は、イノケンティウスの言う「地上における神の権限」である。
 
 ホスティエンシスによると、教皇は修道士を修道の誓約から解放し、財産を保有したり婚姻したりすることを許すこともできる。正当な理由があれば。正当な理由がないとき、免除した教皇も教皇による免除の対象者も、罪を犯すことになる。
 
 絶対の権限の行使には、もう1つの制約がある。教皇の行う免除は個別的でなければならない。一般的な免除は許されていない。
 
 plenitudo potestatisにしろpotestas absolutaにしろ、威嚇的なことば遣いにもかかわらず、無制約な権限ではない。ホスティエンシスは、司教を含む下位の聖職者が教皇の指示に従わないこともあり得るとする*16

下位の者が自身の良心を上位聖職者の命令に一致させることができないならば、彼は命令ではなく良心に従うべきである。

上位聖職者には当然、教皇も含まれる。
 

 
 全能性は、額面通りに受け取るとさまざまなパラドックスを醸しだす。全能の神には自分でも持ち上げられないほど重い石を創造する能力があるのかとか、全知の神はこれから起こる(と彼が知っている)ことを起こらないことにしたり、起こらない(と彼が知っている)ことが起こることにしたりできるのかとか。
 
 オクスフォードの哲学者、J. L. マッキーは、全能のパラドックスについて、以下のように叙述する*17
 
 1階の全能と2階の全能とを区別することができる(その気になればn階の全能を区別することができる)。なにごとをもなし得るのが1階の全能である。1階の全能をコントロールする能力──たとえば一部の能力を切り離して自分がコントロールできない他者に委ねる能力──が2階の全能である。
 
 2階の全能の保持者が1階の全能の一部を自分ではコントロールできないようにすれば──たとえば、人間に神自身もコントロールできない自由意思を与えれば──もはや1階では全能ではない。つまり、1階の全能と2階の全能とを併せ持つことはできない。そのように思われる。
 
 そうではないかも知れない。2階の全能を行使して1階で全能でなくなることは、自己矛盾であって論理的に不可能である。いくら全能の神でも論理的に不可能なことはできない。したがって、1階の全能と2階の全能とを併せ持っていたとしても、神が全能でなくなることはない。つまり、人間の自由意思は、本当は自由ではない。そのように思われる。
 
 しかしそうではないかも知れない。2階の全能を用いて1階の全能の一部を切り出し、それを自身でコントロール不能とした以上、それを否定してコントロール可能とすることは、自身の全能性と矛盾して論理的に不可能である。いくら全能の神でも論理的に不可能なことはできない。したがって、1階の全能と2階の全能とを併せ持ったとき、神が1階で全能でなくなることもあり得る。だとすれば、人間はやはり自由である。
 
 いずれもが正解であり得る。どちらが正解かは分からない。両立することがない以上、両方がともに正解であることはあり得ない。つまり、答えは不確定である。
 
 マッキーの議論にならって、全能のパラドックスとパラレルな主権のパラドックスを考えることもできる。
 
 1階の主権と2階の主権を区別することができる。2階の主権の保持者が1階の主権の一部を切り離して他者に委ねると、もはや主権の一部については主権者ではなくなる……と議論を進めると、1階の主権と2階の主権を併せ持つ主権者は主権的であることをやめることがないとも考えられるし、主権的であることをやめることもあり得るようにも考えられる。いずれもが正解であり得る。どちらかが正解かは分からない。両立することがない以上、両方がともに正解であることはあり得ない。答えは不確定である。
 

 
 カール・シュミットは、「含蓄深い近代国法学上の概念は、すべて世俗化された神学上の概念である」と意味ありげに語る*18。しかし、plenitudo potestatisの起源は、シュミットの描く主権者や憲法制定権力とは異なり、何らの制約に服することもない、一切の規律を超える存在ではなかった。
 
 中世の教会法学者は、論理的な内部崩壊を起こしかねない全能性の観念を人間が扱えるように飼い馴らそうとした*19。抽象論としては、神は全能かも知れない。しかし、神の代理人が実際に行使できるのは、あくまで中世立憲主義の制約に服し、決定には正当な理由を伴っていなければならない権限である。
 
 教会法学者らによって、多彩な具体例で色付けされ、伝統に立脚した繊細な陰影を帯びた理論は、しかしその後、極端に単純化されて、すべての権限が1つの頂点から授権された階層的権限として統一的に理解される近代国家の主権理論へ*20、さらにはあらゆる拘束から解き放たれた憲法制定権力論へと変容していく。
 
 失われたのは、全能の神に対する普遍的信仰だけではない。
 
 

*1 在位は1509-47年。エドワード6世(1547-53)、メアリ1世(1553-58)、エリザベス1世(1558-1603)の父親。
*2 『レビ記』18: 16は、兄弟の妻であった女性との婚姻を禁ずる。
*3 どういう意味かは、辞書等をご参照ください。
*4 Anne Boleyn (1507-36) は、ヘンリー8世の2番目の妃。エリザベス1世の母。不義密通を疑われて処刑された。
*5 Ann Lyon, Constitutional History of the UK (2nd edn, Routledge 2016) 181.
*6 教皇在位は1198-1216年。カンタベリー大司教の選任をめぐってイングランド王ジョンと対立し、彼を破門した後に封臣とした他、第4回十字軍とアルビジョワ十字軍を組織したことで知られる。
*7 Brian Tierney, Foundations of the Conciliar Theory (Cambridge University Press 1955) 143-44.
*8 Kenneth Pennington, Pope and Bishops: The Papal Monarchy in the Twelfth and Thirteenth Centuries (University of Pennsylvania Press 1984) chapter 1.
*9 『新約聖書』新約聖書翻訳委員会訳(岩波書店、2004)131頁。
*10 同上書137頁。
*11 Cf. Pennington (n 8) 50.
*12 『新約聖書』(n 9) 306頁。
*13 Pennington (n 8) 51.
*14 Henry of Segusio (circa 1200-1271) 通称ホスティエンシス(Hostiensis)。ボローニャで法学を学び、システロンの司教、アンブランの大司教、オスティアの司教等を務めた。以下のホスティエンシスの議論の説明は、Pennington (n 8) 63-74; Francis Oakley, The Mortgage of the Past: Reshaping the Ancient Political Inheritance (1050-1300) (Yale University Press 2012) 175-79による。公会議主義へと連なるホスティエンシスの教会=法人論については、Tierney (n 7) 149-53参照。
*15 この区別は、17世紀はじめにイングランド国王ジェームズ1世が述べた「確立した王国内における国王の権限」と「始源状態における国王の権限」の対比に対応している(Francis Oakley, The Watershed of Modern Politics: Law, Virtue, Kingship, and Consent (1300-1650) (Yale University Press 2015) 166-67)。
*16 Quoted in Pennington (n 8) 133-34.
*17 J.L. Mackie, The Miracle of Theism: Arguments for and against the Existence of God (Clarendon Press 1982) 160-61.
*18 Carl Schmitt, Politische Theologie: Vier Kapitel zur Lehre von der Souveränität (8th edn, Duncker & Humblot 2004) 43.
*19 Oakley (n 14) 175-76.
*20 Pennington (n 8) 188-89; Oakley (n 14) 179; Oakley (n 15) 20-21 and 142-43. ジャン・ボダンは、実定法から解き放されている(legibus solutus)国王の主権が「神と自然の法」によって限界づけられることを認めていた。彼は恣意的な暴政(tyranny)を正当化しようとしたわけではない(Oakley (n 15) 144-45)。

 
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第1回 現実感覚
第2回 戦わない立憲主義
第3回 通信の秘密
第4回 ルソー『社会契約論』における伝統的諸要素について
第5回 宗教上の教義に関する紛争と占有の訴え
第6回 二重効果理論の末裔
第7回 自然法と呼ばれるものについて
第8回 『ペスト』について

長谷部恭男

About The Author

はせべ・やすお  早稲田大学法学学術院教授。1956年、広島生まれ。東京大学法学部卒業、東京大学教授等を経て、2014年より現職。専門は憲法学。主な著作に『権力への懐疑』(日本評論社、1991年)、『憲法学のフロンティア 岩波人文書セレクション』(岩波書店、2013年)、『憲法と平和を問いなおす』(ちくま新書、2004年)、『Interactive 憲法』(有斐閣、2006年)、『比較不能な価値の迷路 増補新装版』(東京大学出版会、2018年)、『憲法 第7版』(新世社、2018年)、『法とは何か 増補新版』(河出書房新社、2015年)、『憲法学の虫眼鏡』(羽鳥書店、2019年)ほか、共著編著多数。