コロナ時代の疫学レビュー 連載・読み物

コロナ時代の疫学レビュー
第5回 リアルワールドエビデンスの「マジック」――ファイザー社ワクチンの後向きコホート研究

8月 10日, 2021 坪野吉孝

 
 
世界に先駆けてワクチン集団接種を行ったイスラエル。その後の様子にあわせて、「3回目の接種が必要か?」「効果が当初より限定的?」などなど、即座に世界中でニュースになります。その基礎になった論文を今回はご紹介。ちょっと長いですが、2回で予定していた内容を一気にいきます。最後にある、イスラエルの最近の状況に対する坪野さんの見立てまで、がんばってついてきてください。[編集部]
 

イスラエルの集団接種のデータ

 
 連載の第2回と第3回で、ファイザー社ワクチンの有効性と安全性を評価したランダム化比較対照試験の論文を紹介した。『ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』(NEJM)に掲載されたこの論文に示された結果を根拠に、世界各国の規制当局が同社ワクチンの緊急使用を承認していった。
 
 このワクチンは、開発段階で行われた臨床試験の一環として、研究対象者に投与されるフェーズにとどまらず、各国のCovid-19対策の一環として、一般集団に対する接種も始められた。その先鞭をつけた国のひとつが、イスラエルである。ベンヤミン・ネタニヤフ首相(当時)がファイザー社社長に17回も直談判を行い、イスラエルの一般集団に接種した場合の有効性や安全性に関するデータを提供することを交換条件に、他国に先んじて大量のワクチンを購入し確保することに成功したのだ。
https://www.nytimes.com/2021/01/07/world/israel-reaches-a-deal-with-pfizer-for-enough-vaccine-to-inoculate-all-its-population-over-16-by-the-end-of-march.html
 
 イスラエル国民に対するファイザー社ワクチンの集団接種は、2020年12月20日に開始。2021年2月1日まで、初期の約6週間の接種データをもとに、ワクチンの有効性を評価した論文が、2021年2月24日にNEJMにオンライン公開された。プリント版は、2021年4月15日の同誌に掲載されている。まずは抄録を見ながら、論文の概要を紹介しよう。
 
 なお、論文の英語原文は、NEJMのサイトから無料で閲覧とダウンロードができる。また、論文の内容を短く要約した抄録の日本語訳も、NEJM日本版を出版する南江堂のサイトに掲載されている。
https://www.nejm.org/doi/10.1056/NEJMoa2101765
https://www.nejm.jp/abstract/vol384.p1412
 

抄録でみる論文の概要

 
 抄録は、「背景」「方法」「結果」「結論」の4セクションからなる。抄録の記述を補足しながら、順番に見ていこう。
 

背景: 新型コロナウイルス感染症(Covid-19)のワクチンの集団接種が世界中で開始された。臨床試験の状況とは異なる、実際の集団接種の状況におけるワクチンの有効性を、さまざまな集団(性別・年代別・基礎疾患の有無別など)で、各種の評価指標(有症状の疾患・入院・重症疾患・死亡など)について、評価する必要がある。イスラエルで最大の医療提供組織のデータベースを用いて、ファイザー社mRNA ワクチン BNT162b2 の、実際的な条件下における有効性を評価した。
 
方法: 2020 年 12 月 20 日~2021 年 2 月 1 日の期間のワクチン接種者の全員を曝露群として設定し、おなじ人数の未接種を比較群として設定した。この際、曝露群の1人に対して、人口統計学的特性(性別・年齢・居住地など)や臨床的特性(基礎疾患の数・妊娠の有無・過去のインフルエンザ予防接種の回数など)をマッチさせた(揃えた)比較群を1人選び出した。ワクチンの有効性の評価指標は、PCR検査で確認された重症急性呼吸器症候群コロナウイルス 2(SARS-CoV-2)感染(無症状と有症状を含む)、有症状の Covid-19、Covid-19 による入院、重症のCovid-19、Covid-19 による死亡とした。それぞれの評価指標に対するワクチンの有効率は、 1 からリスク比を引いた値として推定した。
 
結果: 研究対象者の人数は、ワクチン接種を受けた曝露群が596, 618人、ワクチン接種を受けていない比較群もおなじ596, 618人だった。1回目の接種後 14-20 日目の時点と、2 回目の接種後 7 日以上経過した時点での、各種の評価指標に対するワクチンの有効率の推定値は、下記の通り。

・PCR検査で確認された感染(無症状と有症状を含む)に対して、46%(95%信頼区間 [CI]、 40-51%)と 92%(95% CI、88-95%)、
・有症状の Covid-19 に対して、 57%(95% CI 、50-63%)と 94%(95% CI、87-98%)。
・Covid-19 による入院に対して、 74%(95% CI、56-86%)と 87%(95% CI、55-100%)。
・重症のCovid-19に対して、 62%(95% CI、39-80%)と 92%(95% CI、75-100%)。
・Covid-19 による死亡に対する有効率の推定値は、1回目の接種後 14-20 日目の時点で72%(95% CI、19-100%)。

 PCR検査で確認された感染(無症状と有症状を含む)と有症状の Covid-19に対する有効率は、対象者の年齢による差はなかったものの、基礎疾患(肥満や糖尿病など)が複数ある対象者ではわずかに低い可能性があった。
 
結論: イスラエルにおける全国規模の集団接種という状況下で実施したこの研究から、ファイザー社 mRNA ワクチン BNT162b2 は、Covid-19 に関するさまざまな評価指標に対して有効であることを示唆している。今回の結果は、先行のランダム化比較対照試験の結果と一致するものである。

 この研究は、「後向きコホート研究」という研究デザインを採用して行われている(図表5-1)。今回の論文全体の概要と調査の流れを、研究デザインの構成要素(部品)ごとに整理して、図表5-2に示す。
 

図表5-1 後向きコホート研究のシェーマ


 

図表5-2 ファイザー社ワクチン・イスラエルの後向きコホート研究の論文の概要


 

「効能」(efficacy)と「効果」(effectiveness)、2つの有効性

 
 ワクチンに限らず、治療法や予防法の「有効性」という場合、疫学的には、「効能」(efficacy)と「効果」(effectiveness)の2つに区別される。「効能」は、「理想的な条件(ideal situations)における有効性」をいう。いっぽうの「効果」は、「実際的な条件(practical situations)における有効性」をいう。
 
 先に解説したファイザー社mRNAワクチンのランダム化比較対照試験は、同社が米国食品医薬品局(FDA)に緊急使用承認を申請する際に提出するデータを産み出す目的で行われた。そのため、ランダム化比較対照試験の研究デザインを採用し、データの収集や研究の実務的なプロセスも、研究者がコントロールしながら実施している。こうした研究で明らかにされるのが、「理想的な条件における有効性」つまり「効能」である。
 
 これに対して、「効果」を評価した研究の例が、今回、イスラエルで行われた後向きコホート研究である。すでに認可されたファイザー社mRNAワクチンを使って、全国的な集団接種を行った際の状況を評価している。ランダム化により対象者を介入群と対照群に分けることは現実的ではないので行われていない。データを収集するのも、ワクチン接種などの実務的なプロセスをコントロールするのも、研究者以外の組織に依存している(後述)。こうした研究で明らかにされるのが、「実際的な条件における有効性」つまり「効果」である。
 
 今回の論文の第1の意義は、ファイザー社ワクチンについて、イスラエル全国の集団接種という「実際的な条件における有効性」=「効果」を評価している点にある。
 
 以下では、そのつど「効能」「効果」を区別せずに「有効性」という表記をするが、今回のイスラエルの研究で評価している「有効性」は、「効能」ではなく「効果」に該当することに留意していただきたい。
 

イスラエルの医療とCovid-19情報管理の「リアルワールド」

 
 ここで、イスラエル国民がファイザー社ワクチンの接種を受ける実際的な状況、つまり「リアルワールド」のイメージをつかむために、イスラエルの医療提供体制とCovid-19関連の情報管理について、論文の追加資料の記述を参考にしながら触れておこう。
https://www.nejm.org/doi/suppl/10.1056/NEJMoa2101765/suppl_file/nejmoa2101765_appendix.pdf (p. 3)
 
 1995年以来、イスラエル国民は、健康保険への加入が義務づけられている。国内には4つの健康保険組合(”health funds”と呼ばれる)が存在し、国民はそのうちの1つを選んで加入する。これらの健康保険組合が、加入者に対して、Covid-19のワクチン接種を行う。加えて、Covid-19以外の一般の疾患(がん・脳卒中・糖尿病・高血圧など)に対する診療も行っている。今回の論文のデータを提供したクラリット・ヘルス・サービス(Clalit Health Services)は、4つの健康保険組合の1つで、最大の組織であり、イスラエル国民の53%にあたる470万人が加入している。
 
 イスラエルは、2000年以来、電子カルテをはじめとする医療情報のデジタル化を進めてきた。クラリット・ヘルス・サービスでは、加入者の外来診療や入院治療、薬物処方、血液などの臨床検査、X線をはじめとする画像診断など、各種の診療情報がリンクされ一元的なデータとして解析できるシステムが構築されている。このシステムを活用して、今回のような研究目的でのデータ解析もできる。
 
 いっぽうCovid-19関連のデータは、パンデミックが発生して以来、イスラエル保健省(the Israeli Ministry of Health)が一元的に中央管理をしている。対象となる情報は、PCR検査、ワクチン接種、Covid-19患者の入院、入院中の患者の毎日の容態、Covid-19関連死亡などである。イスラエル保健省は、4つの健康保険組合に対して、これらのデータを毎日転送する。
 
 クラリット・ヘルス・サービスは、自前で構築した情報システムから得られる、加入者全員の基本データ(氏名・生年月日・性別・住所・民族・基礎疾患や喫煙などの危険因子・過去のインフルエンザ予防接種歴など)と、イスラエル保健省から毎日転送される、加入者全員の最新のCovid-19関連データ(PCR検査の実施日と検査結果・ワクチン接種の有無と接種日・Covid-19の発症・入院・死亡などのアウトカム)を、リアルタイムでリンクさせて研究のために活用できる体制にあるのである。
 
 クラリット・ヘルス・サービスが20年かけて構築した統合的な情報システムと、イスラエル保健省が毎日転送するCovid-19関連データの「まれなコンビネーション」(論文著者)により、今回のような「リアルワールド」でのワクチンの評価が可能になった。
 

大規模なデータ

 
 研究の第2の意義である、研究の規模の大きさについて述べる。今回の研究と、すでに解説したランダム化比較対照試験との人数の違いを見てほしい(図表5-3)。
 

図表5-3 ファイザー社ワクチンの評価に関する2つの研究の人数の比較


 
 2つの研究の人数の違いは、一目瞭然だ。ランダム化比較対照試験(A)の人数と比べて、今回の研究(B)は、対象者は27.5倍、有症状のCovid-19患者は35.3倍、重症のCovid-19患者は22.9倍と、圧倒的に多い。Covid-19による死亡数も、0人と41人の差がある。
 
 ランダム化比較対照試験では、ワクチンの有効性に関する主要な評価指標は、「有症状のCovid-19患者」(170人)に対する有効率だった。「重症のCovid-19患者」の人数は10人(ワクチン投与群1人、プラセボ投与群9人)と少ないためあくまで参考値で、「Covid-19による死亡」は0人だった。
 
 ところが今回の研究では、「有症状のCovid-19患者」(5,996人)、「重症のCovid-19患者」(229人)、「Covid-19による死亡」(41人)。と、桁違いに多い。そのため、「有症状のCovid-19患者」にとどまらず、入院・重症・死亡を含むさまざまなアウトカム(結果)に対して、ワクチンの有効性を評価することが可能となったのである。
 

サブグループの有効性

 
 研究の対象者の人数が多く、有症状のCovid-19などのアウトカムの症例数も多い。そうすると、男女や全年代を合わせた対象者全体でのワクチンの有効性を評価できるだけではない。さらに、対象者を性別・年代別・基礎疾患や危険因子の個数別に分けて、それぞれのサブグループ(部分集団)ごとのワクチンの有効性を評価することも可能になる。
 
 たとえば、今回の研究におけるワクチン接種群の人数は596,618人だった。このうち男性は298,559人、女性は298,059人。どちらも約30万人におよぶ。ワクチン接種群の1人に対して、性別などをマッチさせたワクチン未接種群を1人選びだしている。そのため、ワクチン未接種群の人数は、ワクチン接種群の人数とぴったり一致する。男性なら、ワクチン接種群が298,559人、ワクチン未接種群も298,559人。2群を合わせると約60万人におよぶ。女性もやはり、2群を合わせると約60万人におよぶ。これだけの人数がいれば、対象者を男女別に分けてワクチンの有効率を算出することができる。
 
 今回の研究で検討した5つの評価指標(①PCR検査で確認された重症急性呼吸器症候群コロナウイルス 2(SARS-CoV-2)感染(無症状と有症状を含む)、②有症状の Covid-19、③Covid-19 による入院、④重症のCovid-19、⑤Covid-19 による死亡)のうち、②にあたる有症状のCovid-19の発症に対するワクチンの有効率(2回目のワクチン接種から7日後以降の観察期間)は、対象者全体では94%だった。有効率をサブグループごとに算出すると、男性では88%、女性では96%にのぼった。
 
 年代別にみると、16―39歳では99%、40―69歳では90%、70歳以上では98%だった。つまり、誤差による変動を考慮すれば、ワクチンの有効率は3つの年代で同程度である。インフルエンザワクチンなどでは、高齢者で有効率が低下する傾向が認められることもあるが、今回はそのような傾向を認めなかった。
 
 Covid-19を重症化させる基礎疾患(高血圧など)や危険因子(喫煙など)の個数別にワクチンの有効率をみると、これらが0個の集団では93%、1-2個の集団では95%、3個以上の集団では89%だった。つまり、0個や1-2個の集団と比べて、3個以上の集団では、ワクチンの有効率が低下する傾向がみられた。
 
 ファイザー社ワクチンの先のランダム化比較対照試験の論文でも、対象者全体だけではなく、男女別や年代別のサブグループについても、有症状のCovid-19に対するワクチンの有効率を、いちおう報告してはいる。ただし、アウトカム(有症状のCovid-19)の症例数は、対象者全体でも、介入群(ワクチン投与群)が8例、対照群(プラセボ群)が162例と少ない。この症例数を、性別や年代別で分けるとどうなるか。男性では、介入群と対照群で3例と81例。女性では、5例と81例。16―55歳では5例と114例、56歳以上では3例と48例と、さらに少ない。
 
 結果としては、ワクチンの有効率は性別や年代により大きく変わらなかった。ただし、少ない症例数に基づいて性別・年代別の有効率を計算しているため、データの誤差は大きい。これに対して、今回のイスラエルの論文では、より多くの症例数に基づいて性別・年代別などのワクチン有効率を計算している。そのため、データに及ぼす誤差の影響も、より小さくなる。
 

後向きコホート研究の問題点

 
 ここまで、今回のイスラエル論文の意義について説明した。続いて、研究の問題点について考察する。
 
 この研究の最大の問題といえるのは、「後向きコホート研究」という研究デザインを採用している点である(後向きコホート研究の詳細は、連載の次回以降で解説する)。後向きコホート研究は、ランダム化比較対照試験と比べて結果の信頼性がはるかに劣ると、一般に考えられている。たとえ多数の対象者を集めてリアルワールドのエビデンスを産み出したところで、その結果の信頼性が低ければ意味はない。
 
 それでは、一般的には質の低い研究デザインと考えられている後向きコホート研究の論文が、世界最高のインパクトを誇るNEJMに、なぜ掲載されたのか。この点は後ほど解説しよう。ここではまず、この論文が後向きコホート研究の研究デザインを採用していることで、とくに重大な問題が生じる可能性のあるポイントを、2つ指摘する。
 
 第1は、ワクチン接種群(曝露群)とワクチン未接種群(比較群)とのあいだの、特性の差である。先に取り上げたファイザー社ワクチンのランダム化比較対照試験では、ランダム化の方法を用いて対象者をワクチン投与群(介入群)とプラセボ投与群(対照群)にグループ分けした。ランダム化では、サイコロの目を振って偶数が出ればワクチン投与群に割り振り、奇数が出ればプラセボ投与群に割り振るのと同等の方法で、対象者を2グループに分ける。その結果、性別・年齢・民族・肥満者などの特性の分布は、2つのグループでよく一致していた。そのため、新型コロナウイルスに感染したり有症状のCovid-19に罹患したりする、もともとのリスクも、2つのグループで差がないと想定することが可能だった。
 
 ところが今回の後向きコホート研究では、ランダム化によるグループ分けを行っていない。では、どのようにグループ分けをしているか。イスラエルで実施された全国的な集団接種に参加して、自発的にワクチン接種を受けた集団を、「ワクチン接種群」(曝露群)に分類した。いっぽう、集団接種に参加せず、自発的にワクチン接種を受なかった集団を、「ワクチン未接種群」(比較群)に分類している。
 

ワクチン「接種群」と「未接種群」の比較の問題

 
 個人の自発的な意思に基づくワクチン接種の有無によってグループ分けをすると、どのような事態が生じうるか。たとえば、健康状態が悪く免疫力が低い人は、もともと感染やCovid-19罹患のリスクが高いとする。この人たちは、自分が感染したりCovid-19 に罹患したりすることを心配して、自発的にワクチン接種を受ける傾向が強いだろう。この場合、もともとリスクの高い人たちが、自発的にワクチン接種を受ける集団(曝露群)に占める割合は高くなると同時に、もともとリスクの高い人たちが、自発的にワクチン接種を受けない集団(比較群)に占める割合が低くなると想定される。その結果、もともとの感染や発症のリスクが、ワクチン接種群で高く、ワクチン未接種群で低いという事態が生じ得る。
 
 もともとリスクの高い集団が自発的にワクチンを接種し、もともとリスクの低い集団が自発的にワクチンを接種しなければ、感染やCovid-19の発症は、ワクチンを接種した集団で偏って多く、ワクチンを接種しない集団で偏って少なくなる。結果的に、ワクチンの有効性を実際以上に過小評価するような、偏った研究結果になることが想像できる。逆に、もともとリスクの低い集団(若年者など)が自発的にワクチンを接種し、もともとリスクの高い集団(高年者など)が自発的にワクチンを接種しなければ、感染やCovid-19の発症は、ワクチンを接種した集団で偏って少なく、ワクチンを接種しない集団で偏って多くなる。結果的に、ワクチンの有効性を実際以上に過大評価するような、偏った研究結果になることが想定できる。
 
 ランダム化比較対照試験で設定される介入群と対照群では、2グループのあいだで、もともとのリスクに差がないと想定できる。そのため、介入群に投与するワクチンの有効性について、過小評価や過大評価のない、偏りのないデータを得ることが期待できる。ところが、後向きコホート研究で設定される曝露群と比較群は、2グループのあいだで、もともとのリスクに差があるような事態が十分に想定できる。そのため、曝露群が接種したワクチンの有効性について、実際以上に過小評価や過大評価をした、偏った結果になる危険性がある。
 

過去のデータを事後的に収集、解析に利用

 
 ここまで、後向きコホート研究という研究デザインの第1の問題である、曝露群と比較群の特性の差が及ぼす影響について説明した。
 
 後向きコホート研究の第2の問題は、研究を開始する前にすでに存在したデータを、過去にさかのぼって、研究目的で事後的に収集する点にある。「研究を開始する前にすでに存在したデータ」の具体的例としては、通常の診療のために電子カルテに入力されていた情報などがある。
 
 元来これらの情報は、研究に活用することを念頭に置いて、収集されたり入力されたりしたわけではない。そのため、研究のために必要なデータの欠損が多く、たとえば喫煙状態や肥満度などの基本的なデータが入力されていない対象者が多い事態も生じうる。また、データは存在してもその信頼性が十分かどうかわからないこともある。たとえば、PCR検査に関するデータ(検査の実施の有無・検査した日・検査結果が陽性か陰性かなど)について、対象者がさまざまな医療機関や場所で検査を受けていれば、統一的なフォーマットでデータが収集され入力されているとは限らない。
 
 研究目的で使用することを念頭に置かずに、通常の診療のために収集し入力されていたデータには、このような問題が存在する場合がある。データの質が不十分であれば、そのデータを使って行うデータ解析の結果も、信頼性に疑問が生じる。後向きコホート研究には、研究以外の目的で過去に集められていた情報を、事後的に研究目的に転用してデータ解析を行う。そのため、データの信頼性とデータ解析の結果の信頼性に制約が生じかねない。
 

世界の疫学トップによる「マジック」

 
 ここまで、後向きコホート研究という研究デザインに内在する問題点を2点説明した。ただし、説明した問題点はあくまで一般論である。これらの問題点にどのように対処するかにより、おなじ後向きコホート研究であっても、相対的な結果の信頼性は変わってくる。
 
 それでは、今回の論文は、これらの問題点にどう対処したのだろうか。その詳細はすぐ後で解説するが、筆者はこの論文を読んだときに、とくに第1の問題点(グループ間の特性の差)に対する対応の緻密さとクレバーさに、すっかり驚いてしまった。
 
 さらに驚いたのは、ワクチンの有効性に関する解析結果も、先行のランダム化比較対照試験の結果とほとんど一致していたことである。すなわち、2回目の接種から7日目以降の、有症状のCovid-19に対するワクチンの有効率は、ランダム化比較対照試験では95%、今回の後向きコホート研究では94%。同一の数値といってもよいほどだ。
 
 信頼性が相対的に低いと一般に考えられている後向きコホート研究であるにもかかわらず、もっとも信頼性の高いランダム化比較対照試験に匹敵するデータを産み出したのである。もともと質の低いデータを操作して、見かけをよくしたわけではない。緻密でクレバーな対応により、解析データの質そのものを改善したのだ。
 
 「これはマジックだ」
 そう感じた。
 
 このマジックを演出したのは、論文の著者のひとりで、ハーバード大学公衆衛生大学院の疫学教授のミゲル・エルナン(Miguel A. Hernán)であろう。この論文には10人の著者がいて、それぞれの著者が果たした役割が、論文の追加資料に記されている。エルナン教授は、他の著者とともに、この研究を着想し(conceived)、研究計画を策定し(designed)、さらに論文原稿を執筆した(wrote the manuscript)という。つまり、この研究じたいを着想してグランドデザインを描いた、アーキテクトのひとりとして貢献している。
https://www.nejm.org/doi/suppl/10.1056/NEJMoa2101765/suppl_file/nejmoa2101765_appendix.pdf (p. 5)
 

ランダム化比較対照試験をまねる!

 
 エルナン教授は、疫学の歴史に名を残すような、大きな理論的業績を挙げてきた。もっとも重要な業績をひとことで言うと、「因果推論の方法論を、哲学的な基礎づけ(反実仮想、counterfactuals)にさかのぼりながら、具体的な研究計画やデータ解析に活用できるような形で体系化した」ことだ。「因果推論」とは、「原因」と想定される要因(たとえばワクチン接種)と「結果」と想定される要因(たとえばCovid-19発症の減少)との関連性が、ほんとうに原因と結果の関係として成立しているか否かを吟味し評価することをいう。疫学の中心問題ともいえる、基本的で大きな課題である。
 
 原因と想定される要因(ワクチン接種)と、結果と想定される要因(Covid-19の発症の減少)との因果関係を評価する際には、ランダム化比較対照試験が最良の方法とエルナン教授も考える。いっぽう、今回の後向きコホート研究のように、ランダム化を行わない研究デザインによって、因果関係の評価を試みる際には、どうすればよいか。
 
 この場合、教授は次のように提言する。かりにランダム化比較対照試験を実施するとしたらどのような研究になるか、まずはその詳細を具体的に明らかにする(対象者の選択基準や除外基準・治療法や予防法の割り当て・追跡調査の方法や期間・アウトカムの定義や確認方法・データ解析の方針など)。
 
 そのうえで、いわばこの想像上のランダム化比較対照試験を真似して(emulate)できるだけ近づけるような形で、ランダム化を行わない研究デザイン(後向きコホート研究など)の計画を立て、データを集め、解析を行う。このプロセスを通して、後向きコホート研究のような研究デザインでも、因果関係の評価にあたり、より質が高く信頼性の高い結果が得られる可能性が出てくることになる。
https://academic.oup.com/aje/article/183/8/758/1739860
 
 イスラエルのワクチンに関する今回の後向きコホート研究は、想像上のランダム化比較対照試験を真似することで結果の信頼性を高めるという、エルナン教授の提言がそのまま活かされている。以下、具体的に解説しよう。
 

厳格なマッチングはいかになされたか

 
 すでに述べたように、後向きコホート研究では、ランダム化を行ってワクチン投与群とプラセボ投与群にグループ分けするのではなく、対象者が自発的にワクチンを受けたか否かに基づき、ワクチン接種群とワクチン未接種群にグループ分けする。そのため、ワクチン接種群とワクチン未接種群のあいだの特性の差(もともとの感染リスクや発症リスクの差)により、ワクチンの有効性を実際以上に過大評価したり過小評価したりして、偏った結果になってしまう懸念がつねにある。後向きコホート研究など、ランダム化を行わない研究の、最大の弱点だ。
 
 この懸念に対処するため、今回の論文では、①ひじょうに厳格なマッチングと、②きわめて独創的な対象者の特性制限という、2つの措置が取られている。その結果、ワクチン接種群とワクチン未接種群との特性が、よく揃った状態を創り出している。
 
 まず、マッチングについて説明しよう。今回の研究では、ワクチン接種群に属する対象者1人に対して、この対象者と特性の似た1人を、ワクチンを受けていない集団の中から捜して選び出し、ワクチン未接種群に登録した。2つのグループの人数がまったく同一なのは(いずれも596,618人)、このように1:1の比でワクチン接種者と未接種者のマッチングを行ったためである。
 
 マッチングの際に使用した対象者の特性に関わる要因は、つぎの7項目だ。①性別、②年齢(2歳きざみの階層)、③居住地(小さな町や街区のレベルで一致)、④民族(一般のユダヤ系・アラブ系・保守派ユダヤ教徒)、⑤過去5年間のインフルエンザワクチンの接種回数(0回/1-2回/3-4回/5回以上)、⑥妊娠の有無、⑦Covid-19重症化のリスクを高める基礎疾患と危険因子(糖尿病・高血圧・喫煙・肥満など)の個数(0個/1個/2個/3個/4個以上)。
 
 論文の著者らが挙げているマッチングの一例を紹介しよう。たとえば、ワクチンの接種を受けた1人が、つぎのような人物だったとする。

・76歳、保守派ユダヤ教徒、男性、ある街区に居住、インフルエンザワクチンを過去5年間で4回接種、基礎疾患と危険因子が2個。

 この1人に対応する、ワクチン未接種群の候補になるのは、つぎのような人物のみである。

・76歳か77歳、保守派ユダヤ教徒、男性、おなじ街区に居住、インフルエンザワクチンを過去5年間で3回か4回接種、基礎疾患と危険因子が2個。
https://www.nejm.org/doi/suppl/10.1056/NEJMoa2101765/suppl_file/nejmoa2101765_appendix.pdf (p. 6)

 このような候補者が複数見つかった場合は、その中から1人だけを選んで、ワクチン未接種群に登録した。反対に、このような候補者が1人も見つからなかった場合は、ワクチンの接種を受けた上記の人物を、ワクチン接種群には登録せず、研究から除外した。
 

多数の要因を細かくあわせる

 
 後向きコホート研究のようにランダム化を行わない研究デザインでは、マッチングにより特性の揃った2つのグループを作り出すことは、ひろく実施される措置であり、そのこと自体が珍しいわけではない。ただし、今回の論文のように、7項目もの多数の要因をマッチさせることは少ない。
 
 さらに、過去5年間のインフルエンザワクチンの接種回数(0回/1-2回/3-4回/5回以上)や、Covid-19重症化のリスクを高める基礎疾患と危険因子の個数(0個/1個/2個/3個/4個以上)については、カテゴリーをきわめて細かく分けている。通常の研究であれば、インフルエンザワクチンの接種は「あり(0回)」「なし(1-5回)」、危険因子や基礎疾患の個数は「0個/1-2個/3個以上」程度の、粗いカテゴリー分けを採用するのがせいぜいだろう。
 
 このように、きわめて厳格なマッチングによって、ワクチン接種群とワクチン未接種群を設定している。原論文の表2(Table 2)から、2つのグループの特性の分布を抜粋して図表5-4に示した。たとえば、年齢の中央値は、どちらのグループも45歳でおなじ。民族の分布も、どちらのグループも、一般的なユダヤ系が77.6%、アラブ系が20.3%、保守系ユダヤ系が2.1%でまったくおなじだ。
 

図表5-4 ワクチン接種群とワクチン未接種群との特性の比較


 
 これらの要因でマッチングを行ったのだから、2つのグループの分布が揃うのは当然の帰結だ。とはいえ、筆者がこの表を最初に見た際には、完全に一致した数値がつぎつぎ並ぶのを目の当たりにして、思わず笑ってしまった。そのくらいユニークで、美しいとも言えるデータなのだ。
 
 けっきょく今回の研究では、厳格なマッチングを行って、ワクチン接種群とワクチン未接種群のあいだの特性を揃える努力が払われた。この措置を通じて、2つのグループのあいだの、もともとの感染リスクや発症リスクの差が小さくなるよう工夫が施された。この工夫により、ワクチンの有効性を実際以上に過大評価したり過小評価したりして、結果に大きな偏りが生ずる事態を回避するよう試みられているのである。
 

独創的な特性制限

 
 今回の研究が、ワクチン接種群とワクチン未接種群のあいだの特性の差を小さくするために実施した第2の措置は、きわめて独創的に、研究対象者の特性を制限したことである。具体的には、医療従事者や高齢者施設の居住者などを、ワクチン接種群からもワクチン未接種群からも除外した。
 
 医療従事者や高齢者施設の居住者では、感染者のクラスターが生じやすいので、感染の拡大を防ぐうえで、重視すべき対象集団である。じっさい、日本を含めた多くの国が、医療従事者や施設居住者を含む高齢者を、ワクチン接種の最優先の対象にしている。医療従事者や高齢者施設の居住者に対する、ワクチンの有効性を明らかにすることは、重要な研究課題であるはずだ。にもかかわらず、なぜ今回の研究は、医療従事者と施設高齢者をあえて除外したのか?
 
 その理由は、医療従事者や施設高齢者をワクチン接種群とワクチン未接種群の2グループに分けた場合、かりに厳格なマッチングを行ったとしても、2つのグループの特性の差を小さくできない懸念があるためである。
 

なぜ医療従事者と施設高齢者をはずしたのか?

 
 具体的に説明しよう。いまかりに、Covid-19の専用病棟で働く女性看護師がワクチンを接種しており、ワクチン接種群に登録することを考える。この際、7つの項目をマッチさせて、ワクチン未接種群の候補者を探すことになる。7項目は、①性別、②年齢、③居住地、④民族、⑤過去5年間のインフルエンザワクチンの接種回数、⑥妊娠の有無、および、⑦Covid-19重症化のリスクを高める基礎疾患と危険因子の個数だ。これら7項目が完全に一致する候補者が、たとえば一般企業の事務職の女性だったとする。
 
 この場合、ワクチンを接種したのはCovid-19病棟の看護師、ワクチンを接種しなかったのは一般企業の事務職となる。感染リスクは、看護師の方が、事務職よりも、はるかに高い。この2人をワクチン接種群(看護師)とワクチン未接種群(事務職)に登録した場合、マッチングさせた7項目が完全に一致していても、もともとの感染リスクには大きな差がある。
 
 医療従事者を今回の研究の対象に含めると、いま述べた事態が集団レベルで生じる可能性がある。そうなると、もともと感染リスクの高い医療従事者がワクチン接種群に登録される一方、もともと感染リスクの低い者(一般企業の事務職など)がワクチン未接種群に登録されることになる。つまり、7項目の厳格なマッチングを行っても、ワクチン接種群とワクチン未接種群の特性の差は、小さくならない。もともと感染リスクの高い医療従事者がワクチン接種群に登録され、もともと感染リスクの低い職種の者がワクチン未接種群に登録されれば、ワクチンの有効性を実際以上に過小評価することになる。
 
 高齢者施設の居住者を研究対象に含める場合も、医療従事者とおなじ事態が生ずる懸念がある。施設に居住する高齢者は、家庭で生活する高齢者よりも、もともとの感染リスクが高い可能性がある。施設高齢者をワクチン接種群に登録し、家庭に暮らす高齢者をワクチン未接種群に登録すれば、7項目のマッチングが行われていたとしても、ワクチンの有効性を実際以上に過小評価する可能性がある。反対に、もともとの感染リスクが低い家庭生活の高齢者がワクチン接種群に登録され、もともとの感染リスクが高い施設居住の高齢者がワクチン未接種群に登録された場合には、7項目のマッチングが行われていたとしても、ワクチンの有効性を実際以上に過大評価する可能性がある。
 

目的は正確な有効性評価

 
 医療従事者や施設高齢者は、感染予防の重要な対象集団であり、2つの集団におけるワクチンの有効性を明らかにすることも、重要な研究課題である。とはいえ、2つの集団を今回の研究の対象者に含めてしまうと、ワクチンの実際の有効性を過大評価や過小評価なしに偏りなく明らかにすることが難しくなる。イスラエルで行われた全国規模の集団接種におけるワクチンの有効性を正確に評価することを優先して、正確な評価の妨げになる懸念のある医療従事者と施設高齢者を、あえて研究対象から除外したのである。きわめて大胆で独創的な対処である。
 
 けっきょく今回の論文では、①ひじょうに厳格なマッチングと、②きわめて独創的な対象者の特性制限(医療従事者や高齢者施設の居住者などの除外)という措置を取ることで、ワクチン接種群とワクチン未接種群という2つのグループの特性の差を小さくする努力が払われている。ランダム化比較対照試験で、ランダム化によって特性の揃った2つのグループ(ワクチン投与群とプラセボ投与群と)を創り出すことと、できるだけ近い状況を作り出すよう、試みられているのである。
 
 この試みは、十分に成功したと評価できるだろう。今回の後向きコホート研究で算出されたワクチンの有効率(2回目の接種から7日以降で94%)と、先行するランダム化比較対照試験で算出された有効率(おなじ観察期間で95%)と、ほとんど一致しているからである。ハーバードのエルナン教授らが見せてくれた「マジック」の鮮やかさに、筆者はすっかり感嘆してしまった。
 

データの精度

 
 ここまで、後向きコホート研究の第1の問題点である、ランダム化を行わずに対象者をワクチン接種群とワクチン未接種群を設定する弱点に対して、論文著者がどのように対処したかを述べた。
 
 続いて、後向きコホート研究の第2の問題点について説明する。すなわち、研究を開始する前にすでに存在したデータを、過去にさかのぼって、研究目的で事後的に収集する点である。すでに述べたように、通常の診療のために入力された電子カルテなどのデータを、研究のために使用すると、データの信頼性に問題が生ずる場合が多い。
 
 今回のイスラエルの研究は、データの信頼性の問題が大きな影響を与えないように、さまざまな対処がされている。いくつか列挙しよう。

・データを提供したイスラエル最大の健康保険組合であるクラリット・ヘルス・サービスは、加入者全員の情報を約20年前から電子化している。
・今回の研究の分析対象者についての基本情報(氏名・生年月日・性別・住所・民族・基礎疾患や喫煙などの危険因子・過去のインフルエンザ予防接種歴など)は、この電子化されたデータを使った。一般の電子カルテでは、喫煙状態のような情報が入力されず欠損値になっている場合も珍しくない。

 今回の論文は、ワクチン接種群として登録する候補者のうち、喫煙状態や肥満度のデータが欠損している者は、登録せずにデータ解析の対象から除外した。喫煙状態については、直近に記録されたデータを使っている。肥満度は身長と体重から計算されるが、過去5年以内の直近の計測値を使用している。ワクチン接種群の候補者のなかで、喫煙状態または肥満度のデータが欠損しているために除外されたのは、候補者の0.5%にすぎない。この欠損値の少なさは、驚異的だ。

・加入者全員のCovid-19関連データ(PCR検査の実施日と検査結果・ワクチン接種の有無と接種日・Covid-19の発症・入院・死亡などのアウトカム)は、イスラエル保健省が一元的な中央管理を行い、毎日最新のデータを、健康保険組合に転送している。今回の論文でも、このデータを、健康保険組合が保有している参加者の基本情報とリンクして活用した。

 PCR検査、ワクチン接種、患者の診療の実施主体がバラバラで、情報の一元化もされていないのが、世界的にはむしろ普通の状況だろう。この場合、同一個人の複数のデータをリンクさせるのは、ひじょうな手間がかかり困難だ。イスラエル保健省がCovid-19関連のデータを一元的に中央管理し、患者の診療を行う健康保険組合と共有するというインフラが整備されていたことが、今回の研究の実施を可能にした大きな要因である。
 
 今回の研究は、イスラエルが構築したこのような情報インフラをフル活用してデータを収集した。そのため、後向きコホート研究につきまといがちな、データの欠損の多さや信頼性の低さという問題を、あまり感じさせない。少なくとも、データ収集に関わる問題が原因となって、ワクチン有効率のような研究結果に大きな偏りが生じたとは考えにくい。
 

なぜNEJMに採択され掲載されたか

 
 おなじファイザー社のワクチンの臨床的な有効性に関する研究でも、すでに紹介した世界初のランダム化比較対照試験の論文であれば、世界でもっともインパクトの高い医学専門誌であるNEJMが採択して掲載したことは、容易に理解できる。いっぽう今回の論文は、ファイザー社のワクチンの臨床的な有効性に関する世界初の論文ではない。しかも、ランダム化比較対照試験より信頼性がはるかに劣ると一般に考えられている、後向きコホート研究の研究デザインを採用している。
 
 このような論文を、NEJMが採択して掲載したのはなぜか。ここまでの解説をまとめると、以下の3点に理由があると筆者はみている。

・ランダム化比較対照試験よりもはるかに大規模である。ランダム化比較対照試験では、研究規模の制約で十分な検討ができなかった有効性の評価指標(Covid-19 による入院・重症疾患・死亡など)についても、意味あるデータを示している。
・後向きコホート研究につきものの問題点を、研究計画(エルナン教授の「マジック」)とデータ収集(イスラエル保健省と健康保険組合の高度な情報インフラの活用)の双方の段階で、かなりの部分を克服している。
・研究結果は、先行のランダム化比較対照試験における有効性の主要な評価指標(有症状のCovid-19に対するワクチン有効率、95%)と、今回の研究(94%)で、ほぼ一致していた。したがって、今回の論文が報告している、有効性に関するその他の評価指標(Covid-19 による入院・重症疾患・死亡など)の結果についても、大きな偏りがないと判断できる。

 

リアルワールドエビデンス、「神話」から「マジック」へ?

 
 パンデミックが始まったばかりの2020年2月13日、「ランダム化というマジックとリアルワールドエビデンスの神話」(The Magic of Randomization versus the Myth of Real-World Evidence)という、挑発的なタイトルの論説がNEJMに掲載された。4人の著者の所属は、いずれもオックスフォード大学の臨床試験サービスユニットと疫学研究ユニット(The Clinical Trial Service Unit and Epidemiological Studies Unit)である。
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMsb1901642
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMc2020020
 
 著者のひとりであるリチャード・ピート(Richard Peto)は、疫学の世界の大立者だ。オックスフォード大学の臨床試験サービスユニットの創設者であり(1975年)、喫煙の害を明らかにした業績などにより1999年にナイトに叙されている。
https://www.ndph.ox.ac.uk/team/richard-peto
http://www.epi.umn.edu/cvdepi/bio-sketch/peto-richard/
 
 論説の主張を概観しておこう。新しい治療法や既存の治療法の有効性や安全性を評価する研究として、これまでのランダム化比較対照試験に代わり、最近、大規模な電子カルテのデータを分析するランダム化を伴わないコホート研究などが、「リアルワールドエビデンス」として喧伝されている。
 
 しかし、リアルワールドエビデンスがランダム化比較対照試験の代替手段になるという考えは、「神話」にすぎない。ランダム化を行わないリアルワールドエビデンスでは、治療群と比較群のもともとの特性に差があり、治療法の効果を過大評価したり過小評価したりする懸念がある。2グループの特性の差を小さくすることを意図した、さまざまな統計的な手法があるが、これらの統計手法を使っても、治療群と比較群に特性の差が残る可能性は否定できない。
 
 いっぽう、ランダム化比較対照試験では、ランダム化を行うことにより、介入群と対照群の特性が揃い、2グループのバランスが取れていると想定することができる。治療法の評価に影響する可能性のある特性のうち、既知の要因に限らず、未知でデータのない要因(遺伝的体質など)についても、介入群と対照群で揃っていることを想定できる。そのため、2グループの特性の差により、治療法のじっさいの効果を過大評価したり過小評価したりすることなく、偏りのない評価が可能になる。ランダム化というシンプルな措置により、研究結果の信頼性を高めることができるのは、ランダム化の「マジック」といえる。
 

「知性」と「インフラ」が「マジック」を実現

 
 ところがこの20年あまり、ランダム化比較対照試験に関する官僚主義的な規則や規制が増えたことで、研究の実施が難しくなっている。この現状に対する改善策として、ランダム化比較対照試験をランダム化を伴わないリアルワールドエビデンスで代替するのではなく、官僚主義的な規則や規制を見直してシンプルにすることで、ランダム化比較対照試験を行いやすくすることである。
 
 けっきょくこの論説は、ランダム化の意義を「マジック」として高く評価する一方で、ランダム化を伴わないリアルワールドエビデンスがランダム化比較対照試験の代替手段になりうるかのように考える最近の風潮を、「神話」にすぎないとして批判している。
 
 筆者の基本的な立場も、論説の著者とおなじだ。ファイザー社ワクチンに関する今回の論文にしても、ワクチン接種群とワクチン未接種群の特性の差が、未知の要因まで含めて消失し、完全に特性の揃った2グループを構成することに成功したことまで、保証できるわけではない。
 
 とはいえ、である。今回の研究では、ランダム化を伴わないリアルワールドのデータを活用するにあたり、ランダム化比較対照試験にできるだけ近づけるよう、研究の計画段階では厳格なマッチングや独創的な特性制限を行い、さらにきわめて高精度のデータを活用した。その結果として観察されたワクチンの有効率は、先行のランダム化比較対照試験で観察された有効率とほとんど一致していた。
 
 つまり今回の研究は、ほんらいは「神話」にすぎないリアルワールドエビデンスによって、ランダム化比較対照試験に匹敵するデータを産み出すという「マジック」を実現したと言えるのではないか。
 
 このようなマジックが成り立つのは、むろんまれである。まれなマジックを可能にしたのは、研究者の知性の力と、高精度のデータを産み出すインフラの力である。
 

イスラエルの最近の状況について

 
 イスラエルでは、ファイザー社の集団接種を2020年12月20日から開始した。一方、2021年7月より、デルタ株を中心に感染者が増加している。イスラエル保健省は、同社ワクチンの有効率が、7月5日には64%に低下、7月22日には39%に低下したと発表し、60歳以上の高齢者に3回目の接種を行うと報道されている。この点について、コメントをくわえておこう。
https://www.gov.il/en/departments/news/05072021-03
https://www.nytimes.com/2021/07/23/science/covid-vaccine-israel-pfizer.html
 
 「イスラエルのワクチンの有効率が低下している」というとき、つぎの3つの可能性が考えられる。

①当初95%と報告されたファイザー社ワクチンの有効率が、ワクチン接種後の時間の経過とともに低下している。
②現在の流行の中心となっているデルタ株に対して、ファイザー社ワクチンの有効率が低い。
③上記のワクチンそのものの有効性の低下とは別の事情により、ワクチンの有効率が、見かけ上、実際以上に低くなっているように現れる。

 最近のデータをもとに、検討しよう。
 

時間経過とワクチンの有効率

 
 ①について、ファイザー社ワクチンのランダム化比較対照試験の論文を連載第2回で紹介した。2回目のワクチンを接種してから対象者の半数が2か月経過した時点の報告で、有症状のCovid-19に対するワクチンの有効率は95%だった。
https://www.nejm.org/doi/10.1056/NEJMoa2034577
 
 このランダム化比較対照試験の追跡期間を延長した報告が、正式な論文になる前のデータ(プレプリント)として、2021年7月28日に公開されている。そのデータによると、2回の接種から7日以降の、有症状の新型コロナウイルス感染症に対する有効率は、6か月全体を通すと91.2%だった。6か月の期間をさらに区分すると、2か月未満で96.2%、2か月以上4か月未満で90.1%、4か月以上6か月未満で83.7%だった。
https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2021.07.28.21261159v1
 
 96.2%、90.1%、83.7%という数値の変化について、「時間の経過とともに有効率が低下している」という解釈も可能だが、むしろ「6か月間を通して、高い有効率が維持されている」と解釈する方が適切だろう。
 

デルタ株に対する有効性

 
 ②のデルタ株に対するファイザー社ワクチンの有効性については、英国の症例対照研究が正式な論文として、2021年7月21日にNEJMでオンライン公開した。この論文はこの連載で詳細に取り上げる予定だが、英国の流行株がアルファ株からデルタ株に急速に置き換わる2021年3月末から5月中旬に行われた研究である。デルタ株による有症状のCovid-19発症に対するファイザー社ワクチンの有効率は、2回接種から14日以降で88.0%であった。この結果も、「デルタ株に対する有効率が低下した」という解釈よりも、「デルタ株に対しても高い有効率を維持している」と解釈する方が適切だろう。
 

イスラエル保健省の解析の問題

 
 すくなくとも上記①と②のみを理由に、イスラエル保健省が報告する有効率の低下のすべてを説明するには無理がある。そこで、③の事情を検討する必要が出てくる。この点について、2点コメントしよう。
 
 第1は、イスラエル保健省のワクチン有効率の算出方法の問題である。同省の資料によると、有効率の推計にあたり、ワクチン接種群とワクチン未接種群のあいだの、性別・年代・時期(週)の差だけを補正している。これは、今回紹介した後向きコホート研究が、7項目をマッチさせているのと比べて、かなり粗い補正にすぎない。そのため、ワクチン接種群とワクチン未接種群の間のもともとのリスクの差の影響が残り、有効率を実際以上に過小評価している可能性がある。
https://www.gov.il/BlobFolder/reports/vaccine-efficacy-safety-follow-up-committee/he/files_publications_corona_moh-ve-methodology.pdf
 
 第2に、2021年7月23日の『ニューヨークタイムズ』の記事では、イスラエルの専門家の見解を下記のとおり紹介している。

イスラエルのデルタ株の流行は、ワクチン接種率が高い地域で先に流行し、ワクチン接種率の低い地域ではその後に流行している。そのため、ワクチン接種群の発症率が偏って高く観察され、ワクチン未接種群の発症率が偏って低く観察され、2群の差が偏って小さい。その結果として、ワクチンの有効率が低下したような、見かけ上のデータが生じている可能性がある。
https://www.nytimes.com/2021/07/23/science/covid-vaccine-israel-pfizer.html

 この記事によると、今回の後向きコホート研究を実施したイスラエルの健康保険組合クラリット・ヘルス・サービス(Clalit Health Services)の研究グループが、論文発表以降の時期におけるファイザー社ワクチンの有効性について、③のような事情を考慮に入れた研究を進めているという。彼らの研究が、おそらくもっとも説得力のあるデータとなるだろう。
 

3回目の接種は必要か?

 
 上記のような分析状況を考えると、イスラエル政府が高齢者に3回目の接種を行うのは、十分な科学的根拠に基づく決定というよりは、政治的な判断の側面が強いといえそうだ。加えて、2回目の接種を早期に終えた各国でCovid-19による死亡者が激減したような劇的な効果を、3回目の接種にも期待するのは現実的ではない。3回目の効果がかりにあるとしても、その程度は限定的にすぎないだろう。
 
 ワクチンの接種が遅れている日本では、まず市民の大半が2回の接種を完了することが最優先の課題だ。3回目の接種の必要性については、イスラエルなど先行する諸国のデータを見てからで十分だと考えている。
 
 
世界中が注目するイスラエルのデータについての解説、いかがでしたか? 日々の生活で触れる報道などとはまた別の視点で情報を吟味できるのではないかと思います。次回は、「感染」予防に対するファイザー社とモデルナ社の前向きコホート研究を取り上げます。[編集部]
 
 


 
 
》》》バックナンバー
第1回 感染と情報の爆発
第2回 パンデミックの転換点を、300語で読む――ファイザー社ワクチンのランダム化比較対照試験①
第3回 「重症化」予防がワクチンの目的か︖――ファイザー社ワクチンのランダム化比較対照試験②
第4回 ランダム化比較対照試験の理論――ランダム化・バッドラック・エクイポイズ
第5回 リアルワールドエビデンスの「マジック」――ファイザー社ワクチンの後向きコホート研究
第6回 Covid-19ワクチンによる「発症」予防と「感染」予防――ファイザー社とモデルナ社のmRNAワクチンの前向きコホート研究
 
 

坪野吉孝

About The Author

つぼの・よしたか  医師・博士(医学)。1962年東京生。1989年東北大学医学部卒業。国立がん研究センター、ハーバード大学公衆衛生大学院などを経て、2004年東北大学大学院教授(医学系研究科臨床疫学分野・法学研究科公共政策大学院)。2011年より精神科臨床医。2020年、厚生労働省参与(新型コロナウィルス感染症対策本部クラスター対策班)。現在、東北大学大学院客員教授(医学系研究科微生物学分野・歯学研究科国際歯科保健学分野・法学研究科公共政策大学院)および早稲田大学大学院客員教授(政治学研究科)。専門は疫学・健康政策。