コロナ時代の疫学レビュー 連載・読み物

コロナ時代の疫学レビュー
第6回 Covid-19ワクチンによる「発症」予防と「感染」予防――ファイザー社とモデルナ社のmRNAワクチンの前向きコホート研究

8月 24日, 2021 坪野吉孝

 
 
ランダム化比較対照試験(RCT)、後向きコホート研究にひきつづき、今回は前向きコホートという手法を使ったワクチンの研究結果について解説します。なぜこの手法が使われたのか、どういう側面があるのか、ぜひこの機会に具体例とともに読んでみてください。[編集部]
 
 
 米国の新型コロナウイルス感染症の蔓延は、2020年春の第1波、夏の第2波を経て、10月には最大の第3波が到来した。第3波がピークを迎える2020年12月11日、米国FDA(食品医薬品局)がファイザー社mRNAワクチンを緊急使用承認した。3日後の12月14日には、米国で1人目のワクチン接種が行われ、全国的な接種が開始された。
 
 この12月14日の米国の新規感染者は189,236人ときわめて多く、1か月後の2021年1月8日には、それまでで最多の312,326人を記録した。ファイザー社ワクチンの緊急使用承認の7日後の12月18日、モデルナ社mRNAワクチンもFDAが緊急使用を承認し、12月21日から接種が始まった。
https://www.nytimes.com/interactive/2020/science/coronavirus-vaccine-tracker.html#pfizer
https://abcnews.go.com/US/us-administer-1st-doses-pfizer-coronavirus-vaccine/story?id=74703018
https://covid.cdc.gov/covid-data-tracker/#trends_dailytrendscases
https://www.nytimes.com/interactive/2020/science/coronavirus-vaccine-tracker.html#modern
https://edition.cnn.com/2020/12/21/health/us-coronavirus-monday/index.html
 
 これまで、ファイザー社ワクチンについて、ランダム化比較対照試験と、イスラエルの後向きコホート研究を紹介した。今回は、米国で行われたファイザー社とモデルナ社ワクチンの前向きコホート研究を取り上げる。
 
 研究が開始されデータ収集が始まったのは、米国でファイザー社ワクチンの接種が始まった日とおなじ、2020年12月14日。まさに米国の第3波が燃え上がる過程で行われた研究といえる。
 
 論文は、2021年6月30日に『ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』(NEJM)でオンライン公開され、7月22日にプリント版も出版された。論文の全文は無料で閲覧でき、PDF版も無料でダウンロードできる。抄録の日本語訳も、日本版の出版元である南江堂のサイトに掲載されている。
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2107058
https://www.nejm.jp/abstract/vol385.p320
 

抄録でみる論文の概要

 
 それではいつものように、論文の抄録を敷衍しながら、研究の概要を見てみよう。

背景: ファイザー社・ビオンテック社のBNT162b2とモデルナ社のmRNA-1273というmRNAワクチンの2回接種をリアルワールドの条件で受けた場合の、新型コロナウイルス感染症ウイルス(SARS-CoV-2)の感染の予防と、Covid-19発症の軽減についての、実際的な条件下での有効性(effectiveness)に関する情報は限られている。
 
方法: 前向きコホート研究を行い、3,975人の医療従事者・現場即応者(消防隊員など)・他のエッセンシャルワーカーとフロントラインワーカー(教師・販売業者・接客業者など)を対象とした。2020年12月14日から2021年4月10日の期間に、参加者が自己採取した鼻腔スワブ検体を毎週郵送で提出し、定性的および定量的な逆転写PCR検査により、新型コロナウイルス感染症ウイルス(SARS-CoV-2)を検査した。
 
 ワクチンの有効性の計算式は、100%×(1-SARS-CoV-2感染のハザード比)とし、参加者がワクチンの接種を受ける傾向性(propensity)・研究地域・職業・地域のウイルス流行状況に関する補正を行った。
 
結果: 新型コロナウイルス感染症ウイルス(SARS-CoV-2)は、204人の参加者(5%)で検出された。その内訳は、ファイザー社またはモデルナ社のワクチンの完全接種群(2回目の接種から14日以降)で5人、ワクチンの部分接種群(1回目の接種から14日以降で、2回目の接種から14日未満)で11人、ワクチンの未接種群で156人だった。ワクチンの効果が不定な期間の接種群(1回目の接種から14日未満)の32人は、解析から除外した。
 
 統計的補正を行ったワクチン有効率は、ウイルスの完全接種が91%(95%信頼区間、76-97%)、ウイルスの部分接種が81%(95%信頼区間、64-90%)だった。SARS-CoV-2に感染した参加者の中では、完全接種と部分接種を合わせて1グループにした参加者のほうが、未接種の参加者よりも、ウイルスRNA量の平均値が40%低かった(95%信頼区間、16―57%)。さらに、発熱症状のリスクは58%低く(相対リスク、0.42、95%信頼区間、0.18-0.98)、罹病期間については、臥床日数が2.3日少なかった(95%信頼区間、0.8-3.7日)。
 
結論: ファイザー社とモデルナ社の認可されたmRNAワクチンは、リアルワールドの状況で接種を受けた場合の、勤労年代の成人におけるSARS-CoV-2の感染を予防する有効性が高かった。また、ワクチンを接種したにもかかわらず感染した参加者においても、ワクチン接種によりウイルスRNA量が低下し、罹病期間が短縮した。

 図表6-1に前向きコホート研究の研究デザインのシェーマを示し、図表6-2に、シェーマに沿ったこの論文の概略を示す。
 

図表6-1 前向きコホート研究のシェーマ


 

図表6-2 ファイザー社とモデルナ社mRNAワクチン前向きコホート研究の論文の概要


 

研究の意義

 
 今回の研究には、つぎの3点に大きな意義があったと筆者は考える。

①ワクチンの有効性のなかでも、理想的な条件における「効能」ではなく、実際的な条件における「効果」を明らかにした。
②Covid-19という疾患の「発症」ではなく、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の「感染」に対するワクチンの有効性を明らかにした。
③ファイザー社とモデルナ社のmRNAワクチンについて、どちらか1社だけではなく、2社の有効性を同時に明らかにした。

 順番に説明しよう。
 

「効能」と「効果」

 
 ワクチンの有効性には、理想的な状況における「効能」(efficacy)と、実際的な状況における「効果」(effectiveness)の2種類がある。今回の研究の第1の意義は、ファイザー社とモデルナ社の2つのmRNAワクチンについて、後者の「効果」を明らかにした点にある。すでに紹介したイスラエルの後向きコホート研究(連載第5回)も、ファイザー社ワクチンの「効果」を明らかにした点で共通している。どちらも、ファイザー社ワクチンのランダム化比較対照試験のように、規制当局(FDA)の承認を得る目的で、前者の「効能」を明らかにした研究とは異なる。
 

「発症」ではなく「感染」の予防効果を評価

 
 研究の第2の意義は、新型コロナウイルス感染症(Covid-19)の「発症」ではなく、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の「感染」に対する、2社のmRNAワクチンの予防効果を明らかにしたことである。今回の研究の最大の意義は、この点にあると筆者は考えている。
 
 これまで解説したファイザー社のランダム化比較対照試験とイスラエルの後向きコホート研究では、おもに有症状のCovid-19の「発症」に対する効果を評価しており、無症状も含めた「感染」に対する効果の評価は主眼に置かれていなかった。だが、「感染」と「発症」はイコールではない。
 
 ファイザー社のランダム化比較対照試験でも、イスラエルの後向きコホート研究でも、Covid-19という有症状の疾患の「発症」を確認する際には、基本的につぎのような手順がとられた。
 
 研究の参加者が、発熱・倦怠感・味覚障害などの、Covid-19を疑わせる症状を自覚したとする。参加者は、ワクチンやプラセボの接種を受けた医療機関を受診し、PCR検査を受ける。PCR検査で陽性であればCovid-19の発症例として診断される。この際、参加者がCovid-19を疑わせる症状を自覚しないか、症状を自覚した場合でも医療機関に連絡するほどの深刻さがなければ、自分で医療機関を受診してPCR検査を受けることは、基本的にない。そのため、「感染」の発生を系統的に把握することはできない。
 
 これに対して今回の研究では、参加者がCovid-19様の症状を自覚していてもいなくても(有症状でも無症状でも)、週に1回、自分で鼻腔から検体を採取し、冷蔵の状態で検査施設に郵送し、PCR検査を行った。そのため、症状の有無にかかわらず、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に感染しているか否かを確認することができた。
 
 症状の有無とは関係なくPCR検査を系統的に実施することができた大きな理由は、この研究が前向きコホート研究の研究デザインを採用しているためである。前向きコホート研究では、研究者が研究を計画する段階で、どのようなデータをどのような方法で収集するかを決定する。この計画に基づいて、その後のデータ収集が行われる。今回の研究は、参加者の症状の有無にかかわらず、鼻腔検体を週1回提出してもらいPCR検査を行うことを、あらかじめ計画していた。対象者には研究に参加する前の時点で、説明し同意を得ている。
 
 参加者の立場からすれば、Covid-19を心配するような症状をとくに自覚していないにもかかわらず、週に1回定期的に、鼻腔検体を自分で採取し、冷蔵保存のパッケージに詰めて検査施設に郵送するのは、手間となる。事前に計画を立て、参加者の協力を得ることで、こうした前向きのデータ収集を行うことが、はじめて実現できる。その結果として、今回の研究では、新型コロナウイルス感染症の「発症」にとどまらず、新型コロナウイルスの「感染」の有無を確認し、この「感染」に対するワクチンの有効性を評価することができたのである。
 

2社のワクチンの評価

 
 この研究の第3の意義は、ファイザー社とモデルナ社のmRNAワクチンについて、いずれか1社ではなく、2社のワクチンの感染予防効果を、同時に評価した点である。その結果は、どちらのワクチンも感染予防に対する効果は高いことを示していた。
 
 具体的には、ワクチン未接種群と比べた場合の感染予防に対する補正有効率は、「部分接種」群(1回目の接種から14日後以降で、2回目の接種から14日未満)の場合、ファイザー社ワクチンが80%、モデルナ社ワクチンが83%だった。80%と83%で、よく似た数値だった。
 
 「完全接種」群(2回目の接種から14日後以降)の補正有効率は、ファイザー社ワクチンが93%、モデルナ社ワクチンが82%だった。どちらも有効率の高さを示す数値という点では共通していた。
 

驚異的な論文公表スピード、もうひとつのイノベーション

 
 ここですこし話を変える。ここまで紹介してきた3つの論文について、研究の実施や論文の公表のタイムラインを、図表6-3にまとめてみた。
 

図表6-3 3つの研究のタイムライン


 
 ファイザー社ワクチンについて、ファイザー社が米国食品医薬品局(FDA)の承認を得る目的で行われたランダム化比較対照試験は、2020年7月27日に研究が開始され、対象者の登録、介入の実施(ワクチン投与)、追跡調査によるCovid-19発症の確認などのデータの収集が行われた。4か月後にも満たない同年11月14日には、データの収集が終わった。わずか3週間後の12月10日には、NEJMに論文がオンラインで公開された。
 
 論文公表の翌日の12月11日には、FDAがファイザー社ワクチンの緊急使用を承認した。規制当局が、早期承認や特例承認のスキームを用いて新規の医薬品の使用を許可する場合、製薬企業が提出する内部資料のみで判断することも少なくない。けれどもファイザー社のワクチンについては、同社の内部資料だけではなく、NEJMの論文として世界に公開されたデータに基づいて、緊急使用を承認した。
 
 FDAが緊急使用を承認した3日後の2020年12月14日には、米国で1人目のワクチン接種が行われた。そしてこれと同じ日に、今回紹介した前向きコホートが開始されている。
 
 米国で1人目の接種が行われて6日後の2020年12月20日には、イスラエルの後向きコホート研究が開始された。わずか50日あまり後の2021年2月1日にはデータ収集を終え、その23日後の2021年2月24日には、論文がNEJMにオンライン公開されている。
 
 一連のタイムラインを振り返ったが、目を見張るようなスピード感である。「オペレーション・ワープ・スピード」(トランプ前政権によるワクチン開発を加速する政策)の名前に象徴されるように、ファイザー社などのワクチンの開発のスピードが強調されることは、これまでにも多く見られた。
 
 製薬企業、規制当局、イスラエルの研究者や行政当局が、猛烈なスピードで動いただけではない。論文を公表したNEJMの仕事の速さも驚異的である。ファイザー社のランダム化比較対照試験でも、イスラエルの後向きコホート研究でも、データ取集が終わって3週間後には論文がオンライン公開されている。
 
 このスピードがいかに驚異的かを理解してもらうため、論文がNEJMなどの専門誌に公表されるまでの一般的なプロセスを説明しよう。
 
 研究者は、データ収集が終われば即座に論文を投稿できるわけではない。集めたデータを整理し、データ解析を行い、論文の原稿を執筆し図表を作成し、共著者のあいだでの議論と確認を経て、論文がNEJM編集部にウェブ上で投稿される。
 
 投稿論文を受け取ったNEJM編集部は、掲載を検討するに値する論文原稿を、複数の外部の研究者に送る。外部の研究者は、研究の意義や限界、統計解析上の問題点などを指摘したうえで、原稿の修正や、データ解析のやり直しを提案する。論文を投稿した研究者は、この指摘に応えて原稿を修正する。
 
 このプロセスをなんどか経た後に、NEJM編集部が原稿を掲載するに値すると判断した場合には、論文が受理される。ただし、これで終わりではない。原稿を同誌のフォーマットに合うように本文や図表を作り、研究職ではないエディターが、本文の表現について、同誌の中心的な読者である一般の臨床医が理解できるよう修正し、著者の確認をとる。これら一連のプロセスを経て、研究者が投稿した原稿が、NEJMの論文として公表される。原稿を投稿してから論文として公開されるまで、1年以上かかることもまったく珍しくない。
 
 ファイザー社のランダム化比較対照試験とイスラエルの後向きコホート研究は、研究の終了日(データ収集の終了日)に原稿を投稿したと仮定しても、それからわずか3週間でこうしたプロセスを終えて、論文を公表したことになる。世界が待望しているデータであるがゆえの、作業のスピードだ。これもまた、今回のコロナ禍で必要に迫られて産み出されたイノベーションといえるだろう。
 
 今回取り上げた、米国の前向きコホート研究は、研究の開始から約4か月後の2021年4月10日にデータ収集が終了し、約80日後の6月30日に論文がオンライン公開されている。先の2つの論文ほど極端ではないが、やはり通常モードとは異なるスピードである。
 

研究の限界

 
 論文著者らは、今回の研究の限界として7点を挙げている。そのうち2点について、私見も交えて説明する。
 
 第1の限界として、対象者の大半が白人(86%)と非ヒスパニック系(83%)だったため、他の人種や民族におけるワクチンの感染予防効果については、この研究から直接判断をすることはできないと述べている。
 
 人種や民族以外の対象者の特性も見てみると、18―49歳の若年者が大部分(72%)であり、基礎疾患もなかった(69%)。さらに、感染が確認された204人のうち、入院したのは3人(全員がワクチン未接種群)のみで、死亡は1人もいなかった。
 
 また今回の研究では、研究者の意図的な選択により、日常的に他者と接する職業に従事する者(医師・看護師・警察官・教師・接客業など)を対象に選んでいる。対象者の多くが若年かつ健康で、感染しても軽症に留まったのは、対象者の特性に起因する部分が大きいだろう。
 
 いっぽう今回の研究は、米国の感染状況が過去最悪の第3波のピークを迎える最中に開始された。つまり、感染リスクの高い国の、リスクが高い時期に、リスクの高い職業に従事している若くて健康な集団を対象者にして、研究が行われた。したがって、感染リスクが異なる国・時期・職業集団に対して、今回の結果(mRNAワクチンの感染予防効果)が、そのまま当てはまるとは限らない。
 
 たとえば、若年で健康で感染リスクが相対的に低い職業の従事者(事務職など)や、反対に、感染リスクが相対的に高い高齢者施設の居住者など、今回の対象者とは特性の異なる集団では、mRNAワクチンの感染予防効果は、今回の結果とは異なるかもしれない。この点には留意が必要だろう。
 

感染者の少なさ

 
 研究の第2の限界は、感染者の人数の問題である。今回の研究で推計されたワクチンの補正有効率は、部分接種群が81%、完全接種群が91%だった。しかし、この推計のもとになった感染者の人数は、部分接種群が11例、完全接種群は5例と少なかった(ワクチン未接種群からは156例)。これらの少数例に基づいて推計されたワクチン有効率の数値には、誤差の影響が大きい。そのため、部分接種と完全接種の有効率の差を、十分に区別できなかったと、著者らは述べている。
 
 敷衍すると、ワクチンの接種が1回だけの部分接種でも、ワクチン接を2回受けた完全接種群でも、感染予防に効果があったと解釈することは可能でも、今回の有効率の数値だけを見て、部分接種(81%)でも完全接種(91%)でも同等の効果があったとまで解釈することには、慎重になる必要がある。
 

感染者の多くは有症状?

 
 ここまで、研究の概要、意義、さらに限界について解説した。ここからは、今回の研究のきわだった特徴だと、筆者が考える2点について考察する。第1は、感染者の大半が無症状ではなく有症状だったという知見である。第2は、ワクチン接種群とワクチン未接種群の特性の差に対して、研究者らがとった対処法である。
 
 まず、第1の特徴について。今回の研究では、感染者の大半に自覚症状が認められた。「感染者の多くは無症状」という従来の見解と、矛盾しているようにも思える。この点について考えていこう。
 
 対象者は、週1回のテキストメッセージやメールを通して、直近7日以内に自覚したCovid-19関連の症状(発熱・悪寒・咳・息切れ・咽頭痛・下痢・筋肉痛・味覚と嗅覚の変化)をたずねられ、ウェブ上の質問票に回答した。
 
 その結果、週1回行ったPCR検査で陽性だった感染者のうち、症状を自覚していた人の割合は、鼻腔検体の提出前から提出後1日以内が74%、検体提出後2-14日が13%だった。検体提出の前後14日間に症状の自覚がなかったのは11%にすぎず、その他が2%だった。
 
 つまり、対象者のおよそ9割(74%+13%=87%)は、PCR検査の検体の提出前から提出後の期間に、症状を自覚していた。これに対して、PCR検査により感染が確認された対象者のうち、医療機関で治療を受けたのは26%、入院は3人、死亡はなかった。
 
 けっきょく、今回の研究では、感染者の大半はPCR検査の前後に症状を自覚していたいっぽうで、そのうち医療機関を受診して治療を受けたのはごく一部にすぎず、大半は治療を受けるほどの状態ではなかったことになる。
 

従来の見解と矛盾か、一致か

 
 これまで、感染者の多くは無症状で、感染を自覚せずに行動するため、本人が知らないあいだに他人にも感染させ、地域や職場などにおける感染拡大に重要な影響を及ぼすと考えられてきた。「感染者の多くは無症状」という従来の見解と、「感染者の大半は有症状」という今回の結果は、矛盾しているように見える。どのように理解すべきだろうか。
 
 筆者の解釈を端的に述べれば、今回の研究における「有症状の感染者」の多くは、一般的な状況では、あくまで「無症状の感染者」として分類されており、「有症状のCovid-19発症者」として分類されていないと考えられる。
 
 すでに解説したファイザー社のランダム化比較対照試験(連載第2回第3回)やイスラエルの後向きコホート研究(第5回)では、参加者の症状の有無を、研究者から積極的に定期的にたずねることはしていない。参加者が症状を自覚した場合に、医療機関に連絡し受診することを求めている。医療機関で受けたPCR検査で陽性なら、「Covid-19発症」と診断される。自覚症状→医療機関受診→PCR検査という時間的順序を経たうえで、PCR検査が陽性なら「Covid-19発症」と診断される。
 
 これに対して今回の研究では、自覚症状の調査とPCR検査を同時期に行っている。この際、PCR検査が陽性の感染者の87%が、検査の前後に症状を自覚していた。けれどもおそらく、これらの症状の多くは軽度で、医療機関を受診するほどの強い不調ではなかったと考えられる。いっぽう、感染者のうち医療機関で治療を受けたのは26%だった。かりに、この人たちの全員に自覚症状があったと仮定すると、PCR検査の陽性者のうち、検査の前後に自覚症状があり(87%)、しかも不調のため医療機関を受診して治療を受けた(26%)人の割合は、87%×26%=23%と推計される。
 
 したがって、PCR検査が陽性の感染者のうち、自覚症状→医療機関受診→「Covid-19発症」と診断されたのは、23%で約2割。のこりの約8割は、「感染」はしても自覚症状がないか軽度のため医療機関を受診せず、「Covid-19発症」と診断されなかった。このように考えれば、今回の結果は、「無症状の感染者が多い」という従来の見解と、必ずしも矛盾するわけではない。
 
 むしろ、これまでの研究で「無症状の感染者」とみなされてきた人のなかには、じっさいに症状をまったく自覚しない人と、症状を自覚するが医療機関を受診するほどの不調がない人の双方が含まれており、むしろ後者の割合がかなり高いのかもしれない。そのことを、今回の結果はうかがわせるものだ。
 

マッチングは非現実的

 
 今回の研究のきわだった特徴と筆者が考える第2点は、ワクチン接種群とワクチン未接種群の特性の差への対処法だった。
 
 ランダム化比較対照試験のように、対象者をランダムに介入群と対照群に分ければ、2つのグループの特性に大きな差は生じないと想定できる(対象者の人数が十分に多い場合)。ところが今回の研究では、基本的に自分の意志で接種を受けた人をワクチン接種群(曝露群)、自分の意志で接種を受けなかった人をワクチン未接種(比較群)に分類している。そのため、2グループのあいだで、もともとの感染リスクを上げたり下げたりする要因の分布がかなり異なっている。
 
 具体的に見てみよう。NEJMのサイトにアップされている追加資料の表(Table_S2)に、こまかなデータが示されている。対象者全体では、接種群は80.0%、未接種群は20.0%を占める。接種群の割合を性別・年代別などでみると、女性(82.8%)が男性(75.4%)より高く、50歳以上の高年者(82.8%)が18-49歳の若年者(78.9%)より高い。
https://www.nejm.org/doi/suppl/10.1056/NEJMoa2107058/suppl_file/nejmoa2107058_appendix.pdf (p.24)
 
 つづけて表を見ながら、接種群の割合を属性別に比較すると、既婚者(82.6%)がそれ以外(75.4%)より高く、4つに分類した職業では、医師などの医療従事者(94.4%)がもっとも高く、警察官や消防隊員などの現場即応者(68.6%)がもっとも低い。慢性的な基礎疾患がある人(82.8%)がない人(78.7%)より高く、非喫煙者(81.0%)が喫煙者(76.5%)より高い。追加資料の表には、18項目におよぶ特性ごとに、接種群と未接種群の割合が示されている。このうちの大半を占める15項目では、女性が男性より高いなど、接種群の割合に統計的な差がある。
 
 接種群と未接種群のあいだに、こうした特性の分布の偏りがある。この状態をそのままにして感染者の頻度を比べると、ワクチンのじっさいの有効性を過大評価したり過小評価したりする懸念がある。論文著者らは、どのように対処したのだろうか?
 
 さきに紹介したイスラエルの後向きコホート研究では、「マッチング」という手法が使われた。ワクチン接種群に分類された1人ひとりに対して、5項目の特性(性別・年齢・居住地など)がほぼ同一の人を、ワクチン接種を受けていない人のなかから1人選んで、ワクチン未接種群として選び出した。
 
 今回の研究は、この手法を使わなかった。なぜか。筆者の理解を説明しよう。
 
 イスラエルの研究の対象者は、最終的に選び出されたワクチン接種群が596,618人、1対1でマッチさせたワクチン未接種群も同数の596,618人、2グループ合わせて約120万人。とてつもない人数だ。にもかかわらず、データ分析の対象者を選び出す段階で、ワクチン接種群に分類される候補者1,163,534人のうち、33.8%にあたる393,576人は、5項目をマッチさせることのできるワクチン未接種者が見つからなかったため、ワクチン接種群から除外せざるをえなかった。論文の図1(Figure 1)に、その経緯が示されている。
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/nejmoa2101765
 
 つまり、ワクチン接種群の候補者だけで100万人をこえる大規模な集団でも、約3割は、5つの特性をマッチさせてそろえたワクチンの未接種者を、見つけることができなかった。
 
 今回の研究の規模を、イスラエルの研究と比べてみよう。対象者の合計は3,975人、このうち3,179人(80%)がワクチン接種群、796人(20%)がワクチン未接種群に分類されている。約4,000人と約120万人で、30分の1の規模にすぎない。もしもかりに、5項目の特性を1対1の比率でマッチさせようとしたらどうなるか。ワクチン未接種群が796人しかいないので、全員をワクチン接種群とマッチさせることができたとしても、データ解析に使える対象者の人数は、ワクチン接種群が796人、ワクチン未接種群も796人と、大幅に少なくなってしまう。イスラエルの研究と同じ手法を採用するのは、現実的でないことがわかるだろう。
 

「処置の傾向性の逆数による重みづけ」という飛び道具

 
 今回の論文調査が、ワクチン接種群と未接種群の特性の差をそろえるために採用したのは、”inverse propensity of treatment weighting”と呼ばれる手法だ。直訳すれば、「処置の傾向性の逆数による重みづけ」となる。
https://www.bmj.com/content/367/bmj.l5657
 
 この手法によるデータの操作の概略を、これから説明する。あらかじめ具体的なイメージを把握してもらうために、単純化した仮想データで、データ操作の「ビフォー」と「アフター」の状態を図表6-4に示す。
 

図表6-4 仮想データに対する「処置の傾向性の逆数による重みづけ」のビフォーとアフター


 
 研究者が調査を行い、次のようなデータが収集されたと想定する。データ操作の前の、「ビフォー」の状態の実測値だ。

・対象者の人数は、ワクチン接種群が10人、ワクチン未接種群が10人。
・もともとの感染リスクが高い「高リスク者」の割合は、ワクチン接種群が80%、ワクチン未接種群が20%。

 この実測値をそのまま使って、ワクチンの有効性を評価するとどうなるか。もともとの感染リスクの高い者の割合は、ワクチン接種群(80%)の方が、ワクチン未接種群(20%)よりも高いため、ワクチンの有効性を実際以上に過小評価してしまう。
 
 ここで、この実測値に対して、「処置の傾向性の逆数による重みづけ」というデータ操作を行うことを想定する。すると、「アフター」の状態として、たとえば次のような補正値が得られる。

・対象者の人数は、ワクチン接種群が20人分、ワクチン未接種群が20人分。
・もともとの感染リスクが高い「高リスク者」の割合は、ワクチン群が50%、ワクチン未接種が50%。

 この補正値を使って、ワクチンの有効性を評価するとどうなるか。もともとの感染リスクが高い者の割合は、ワクチン接種群(50%)と、ワクチン未接種群(50%)とのあいだで差がなくなっている。そのため、ワクチンの有効性を、実際以上に過小評価も過大評価もせずに、偏りなく評価することができる。
 
 ワクチン接種群とワクチン未接種群の間の特性に、実際のデータでは差があるにもかかわらず、補正されたデータでは差が消失する。つまり、ランダム化比較対照試験の介入群と対照群のあいだで、特性が揃っているのと同じ状態が、疑似的に作り出されている。あくまで単純化した理論上の話ではあるが、「処置の傾向性の逆数による重みづけ」は、ワクチンの有効性を偏りを減らして評価することを可能にする、「飛び道具」のような方法ともいえるだろう。
 
 以上のイメージを念頭に置きながら、「処置の傾向性の逆数による重みづけ」によるデータ操作の実際を説明する。ここまでの説明でイメージをつかめば十分であれば、以下の解説は飛ばして、最後の「まとめ」に飛んでいただいても差し支えない。
 
 「処置の傾向性の逆数による重みづけ」について、はじめに、対象者1人のデータに対する重みづけの方法を説明する。そのつぎに、この重みづけの結果、ワクチン接種群とワクチン未接種群の特性が、集団レベルでそろった状態になることを、つまり上記の「アフター」の状態になることを、単純化した事例で示す。
 

対象者1人ひとりのデータの重みづけ

 
 まずは、対象者1人のデータに対する取り扱いを説明する。

①ある対象者が、ワクチン接種群(処置群)に分類される確率(傾向性)を、対象者1人ひとりについて算出する。この計算は、手持ちのデータを使って行うことができる。今回の前向きコホート研究では、性別や年代により接種群と未接種群の割合が違うことを示した、上記の18項目の大半を使って計算した。
②じっさいにワクチン接種群に所属している対象者の1人ひとりに対して、この確率の逆数をかけ算して、1人のデータに重みをつける。たとえば、ある対象者について、この確率が0.8(80%)なら、確率の逆数は1/ 0.8=1.25であり、これを重みとしてかけ算すると、1×1.25=1.25となる。つまり、この対象者1人のデータに、1.25人分の重みを与える。
③ワクチン「接種群」に分類される確率が0.8(80%)の人が、ワクチン「未接種群」に分類される確率は、1-0.8=0.2(100%―80%=20%)となる。この人がじっさいにワクチン「未接種群」に所属していた場合、②と同様の手順でデータに重みをつける。具体的には、この対象者がワクチン未接種群に分類される確率は0.20、この確率の逆数は1 / 0.2 =5.00、これを重みとしてかけ算すると、1×5.00=5.00となる。つまり、この対象者1人のデータに、5.00人分の重みを与える。
④けっきょく、ワクチン接種群に分類される確率(80%)がおなじ1人のデータであっても、じっさいにワクチン接種群に所属している場合は1.25人分のデータとして扱う一方、じっさいはワクチン未接種群に所属している場合は5.00人分のデータとして扱う。

 

集団の重みづけ

 
 続いて、上記のように対象者1人ひとりのデータに重みづけを行うと、ワクチン接種群とワクチン未接種群の特性が、集団レベルでそろった状態になることを例示する。きわめて単純化した事例で説明しよう。

①もともとの感染リスクが高い人(高リスク者)と、もともとの感染リスクが低い人(低リスク者)の2種類がいると想定する。また、高リスク者の方が、低リスク者よりも、ワクチン接種を受ける傾向(確率)が高いと想定する。
②対象者の1人ひとりがワクチン接種群に分類される確率は、先の「対象者1人ひとりのデータの重みづけ」の①の段階ですでに計算してある。
③この確率は、ほんらいは1人ひとり異なる値になり、理論的には0%から100%のあいだの値を取り得る。ここでは話を単純にするため、高リスク者の確率は全員がおなじ80%、低リスク者の確率は全員がおなじ20%と想定する。
④いま、ワクチンの有効性を評価する前向きコホート研究を行うために、ワクチン接種群を10人、ワクチン未接種群を10人登録したと想定する。この先の説明は、図表6-5を見ながら読んで頂きたい。
⑤ワクチン接種群に占める高リスク者は8人(80%)、低リスク者は2人(20%)になることが期待される。同様に、ワクチン未接種群に占める高リスク者は2人(20%)、低リスク者は8人(80%)になることが期待される(図表6-5のBとC)。
 このとき、ワクチン接種群に占める高リスク者の割合(80%)は、ワクチン未接種群に占める割合(20%)より高く、2グループの特性に差がある。この状態のままでは、ワクチンの有効性を実際以上に過小評価することになる。
⑥ワクチン接種群とワクチン未接種群のそれぞれについて、すでに計算した高リスク者と低リスク者の1人ひとりの重みづけ(図表6-5のD)を、高リスク者と低リスク者の人数でかけ合わせると、高リスク者の低リスク者の集団としての重みの合計が算出される(図表6-5のE)。
⑦それぞれのグループで、高リスク者の集団の重みと低リスク者の集団の重みを足し合わせると、それぞれのグループの集団全体の重みが算出される(図表6-5のF)。それぞれのグループの重みの合計に占める、高リスク者の重みの割合を計算することもできる(図表6-5のG)。

 

図表6-5 仮想例による「処置の傾向性の逆数による重みづけ」のプロセス


 

グループ間の特性の差が疑似的に消失

 
 ここまでの操作で、つぎの状態が実現された。つまり、研究対象者のじっさいの人数は、ワクチン接種群が10人、ワクチン未接種群も10人だった(図表6-5のA)。それぞれのグループに占める高リスク者の割合は、ワクチン接種群が80%、ワクチン未接種群が20%で、分布の揃わない偏った状態だった(図表6-5のB)。
 
 ここで、高リスク者と低リスク者に重みづけをすると、ワクチン接種群は10人ではなく20人分のデータとして取り扱い、ワクチン未接種群も10人ではなく20人分のデータとして取り扱えるようになった(図表6-5のF)。重みづけをされたデータでは、それぞれのグループに占める高リスク者の割合は、ワクチン接種群が50%、ワクチン未接種群も50%で、分布の揃った偏りのない状態である(図表6-5のG)。つまり、ランダム化比較対照試験の介入群と対照群の間で、対象者の特性が揃っているのと同じ状態が、疑似的に作り出された。
 

限られた人数のデータをフルに活用

 
 「処置の傾向性の逆数による重みづけ」によるデータ操作の実際を、単純化したケースで説明した。今回の論文がこの方法を採用した背景や意義を、追加的に確認しよう。
 
 イスラエルの後向きコホート研究では、対象者の人数は120万人と大規模だった。そのため、ワクチン接種群の1人ひとりに対して、ワクチンの接種を受けていない集団のなかから5項目(性別・年齢・居住地など)がマッチする人を1人選び出して、ワクチン未接種群に登録した。その結果、ワクチン接種群とワクチン未接種群の特性の差を、かなり揃えることができた。またこの研究では、ワクチンの接種を受けた人でも、5項目がマッチする未接種が見つからない場合には、研究から除外した。
 
 いっぽう、今回の米国の前向きコホート研究では、対象者の人数は約4,000人と相対的に少ない。しかも対象者の8割はワクチンの接種を受けていた。そのため、イスラエルの研究のようなマッチングを行い、マッチできない対象者を除外してしまうのは現実的ではなかった。
 
 そこで、「処置の傾向性の逆数による重みづけ」という手法を採用し、対象者のもともとのリスクの大小により重みをつけ、じっさいは1人分のデータを、それ以上の重みのあるデータ(たとえば1.25人分とか5人分とか)として扱った。その結果として、ワクチン接種群とワクチン未接種群の特性の差を、ある程度揃えることができたのである。しかも、イスラエルの研究のように候補者を除外するのではなく、約4,000人分のデータを除外せずにフル活用することができた。
 
 相対的な研究規模の小ささを考慮しながら、ワクチン接種群とワクチン未接種群との特性の差を揃える試みとして、「処置の傾向性の逆数による重みづけ」という、いわば飛び道具を活用したともいえるだろう。
 
 ちなみにこの研究のデータ解析では、ここまで説明した方法による対象者1人分のデータの重みづけに加えて、ごく一般的な多変量解析の方法で、ワクチン接種群とワクチン未接種群の特性の差を揃えることも行っている。具体的には、対象者の属する地域、対象者の職業、対象者の属する地域の感染状況(PCR検査の陽性率)という3つの変数については、多変量解析のモデルに加えることで統計的な補正を行うという、もっともクラシカルな方法を使っている。
 

今回の研究のまとめ

 
 今回の米国の前向きコホート研究の意義をまとめよう。

①mRNAワクチンの有効性について、理想的な条件における「効能」(efficacy)ではなく、実際的な条件における「効果」(effectiveness)を評価した。
②新型コロナウイルス感染症(Covid-19)の「発症」(有症状)ではなく、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の「感染」(有症状と無症状)に対する効果を評価した。
③ファイザー社とモデルナ社のmRNAワクチンの1つだけではなく、2つの効果を評価した。
④全般的な結果として、すでに報告されていた「効能」と同程度の「効果」があり、「発症」だけではなく「感染」予防にも同程度の「効果」があり、2社のmRNAワクチンに同程度の「効果」が認められた。
⑤研究の限界として、対象者はおもに白人の勤労年齢で、医療職など日常的に対人接触のある集団であり、これとは特性の異なる集団に結果がどこまで当てはまるか留保が必要である。また、ワクチンを接種したにもかかわらず有症状のCovid-19を発症した人数が少なかったため、ワクチンの有効率の結果に対する誤差の影響が相当程度ある。

 

どちらのワクチンを受けるか?―モデルナ社ワクチンのランダム化比較対照試験

 
 ところで、現在日本では、ワクチンの職域接種が進められている。職域接種では、おもにモデルナ社のmRNAワクチンが使われている。今回の論文は、モデルナ社ワクチンの「効果」=実際的な条件下での有効性を報告しているが、すでに述べたように、全般に症例数が少なく、誤差の影響が大きい。
 
 モデルナ社ワクチンの接種を検討している人のために、ワクチンの「効能」=理想的な条件下での有効性を評価した、ランダム化比較対照試験の論文を紹介する。この論文は、NEJMに2021年1月15日にオンライン公開され、2月4日にプリント版が出版された。比較のために、すでに紹介したファイザー社ワクチンのランダム化比較対照試験の論文と合わせて、概要を図表6-6に示す。
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/nejmoa2035389
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/nejmoa2034577
 

図表6-6 モデルナ社とファイザー社のワクチンのランダム化比較対照試験の比較


 
 研究の規模については、介入群と対照群をあわせて、モデルナ社は約28,000人と、ファイザー社の約43,000人より若干少ない。いっぽう、有症状のCovid-19の発症数については、モデルナ社が196人と、ファイザー社の170人より若干多い。モデルナ社の方が、対象人数が少ないいっぽうで、Covid-19の発症数が多いので、ワクチンの有効率を推計するうえでの誤差の程度は、ほぼ同等と考えてよいだろう。
 
 そのワクチンの有効率だが、モデルナ社が94.1%で、ファイザー社の95.0%とほぼ一致する結果だった。95%信頼区間の幅で示される誤差の程度も、モデルナ社が7.5%(96.8%―89.3%=7.5%)、ファイザー社が7.3%(97.6%-90.3%=7.3%)で、ほとんど同等である。有症状のCovid-19の発症の予防に対する有効性という点で、モデルナ社のワクチンはファイザー社のワクチンと同等と考えてよいだろう。
 
 副反応はどうか。どちらのワクチンも、1回目の接種の後よりも2回目の接種の後の方が副反応の頻度は高い。また、高年者より若年者の方が頻度は高い。そのため図表6-6には、頻度がもっとも高いと想定される、2回目の接種後の若年者について、論文で報告されている副反応の一部の頻度を示した。
 
 見かけ上の数値では、モデルナ社の頻度の方が、ファイザー社より高い傾向がある。いっぽう、副反応の頻度のパターンは、2社でよく似ている。具体的には、局所の副反応のなかでは、注射部位の疼痛の頻度はとくに高いが、発赤や腫脹(腫れ)は少ない。また、全身の副反応のなかでは、倦怠感と頭痛は5割を超える頻度で認められるが、発熱の頻度は少ない。見かけ上の数値の大小を2社のワクチンで比べるよりは、2社のワクチンで共通するパターンに留意した方が、意味があるだろう。
 
 日本人におけるファイザー社とモデルナ社の副反応の発言頻度を、厚生労働省の研究班が報告している。対象集団の特性や副反応の定義が異なるため単純な比較はできない。たとえば、発熱の定義は、厚労省研究班は37.5℃以上だが、図表6-6のランダム化比較対照試験では38.0℃以上である。とはいえ、頻度が相対的に高い症状と低い症状のパターンについては、日本人も2件のランダム化比較対照試験も同様のようである。
https://www.mhlw.go.jp/content/10601000/000816287.pdf
https://www.mhlw.go.jp/content/10601000/000796565.pdf
 
 mRNAワクチンを接種して数日から1週間後に、接種した腕の発赤・熱感・腫脹が現れることがあり、「COVIDアーム」「モデルナアーム」と呼ばれる。これは接種直後の注射部位に現れる発赤や疼痛などの上記の局所反応とは別の副反応である。見かけが目立つものの、通常は数日で改善する。
https://www.cov19-vaccine.mhlw.go.jp/qa/0089.html
 

どう行動するか?

 
 筆者はすでに、医療従事者用に供給されたファイザー社のワクチンを2回接種した。もしもかりに、まだまったく接種を受けておらず、これから接種する状態で、しかもファイザー社とモデルナ社のいずれかを選択できる状況だったらどうするか。
 
 筆者なら、ファイザー社であれ、モデルナ社であれ、先に接種を受けられる方を選択するだろう。たとえば、モデルナ社のワクチンをいま受けられる状況であれば、ファイザー社のワクチンを受けられる日が来るのを待たずに、モデルナ社の接種を受ける。2社のワクチンは、有効率はほぼ同一であり、副反応の見かけ上の数値に差はあるが、頻度の高い症状と低い症状のパターンは共通している。
 
 デルタ株により感染が拡大している状況では、2社の違いを気にして時期を遅らせるよりも、ワクチンの接種をできるだけ早く受けること優先する。筆者なら、そのように行動するだろう。
 
 
不足が言われつつも、徐々に日本でも接種が進むワクチン。ファイザーかモデルナかで悩んでいる方に有益な情報となる回でした。前回の後向きコホート、今回の前向きコホートの理論解説は今後にゆずり、次回はデルタ株に対するファイザー社ワクチンの有効性に関する症例対照研究について、ひきつづきケースをもとに解説いただきます。[編集部]
 


 
 
》》》バックナンバー
第1回 感染と情報の爆発
第2回 パンデミックの転換点を、300語で読む――ファイザー社ワクチンのランダム化比較対照試験①
第3回 「重症化」予防がワクチンの目的か︖――ファイザー社ワクチンのランダム化比較対照試験②
第4回 ランダム化比較対照試験の理論――ランダム化・バッドラック・エクイポイズ
第5回 リアルワールドエビデンスの「マジック」――ファイザー社ワクチンの後向きコホート研究
第6回 Covid-19ワクチンによる「発症」予防と「感染」予防――ファイザー社とモデルナ社のmRNAワクチンの前向きコホート研究
 
 

坪野吉孝

About The Author

つぼの・よしたか  医師・博士(医学)。1962年東京生。1989年東北大学医学部卒業。国立がん研究センター、ハーバード大学公衆衛生大学院などを経て、2004年東北大学大学院教授(医学系研究科臨床疫学分野・法学研究科公共政策大学院)。2011年より精神科臨床医。2020年、厚生労働省参与(新型コロナウィルス感染症対策本部クラスター対策班)。現在、東北大学大学院客員教授(医学系研究科微生物学分野・歯学研究科国際歯科保健学分野・法学研究科公共政策大学院)および早稲田大学大学院客員教授(政治学研究科)。専門は疫学・健康政策。