コロナ時代の疫学レビュー 連載・読み物

コロナ時代の疫学レビュー
第6回 Covid-19ワクチンによる「発症」予防と「感染」予防――ファイザー社とモデルナ社のmRNAワクチンの前向きコホート研究

8月 24日, 2021 坪野吉孝

 
 
ランダム化比較対照試験(RCT)、後向きコホート研究にひきつづき、今回は前向きコホートという手法を使ったワクチンの研究結果について解説します。なぜこの手法が使われたのか、どういう側面があるのか、ぜひこの機会に具体例とともに読んでみてください。[編集部]
 
 
 米国の新型コロナウイルス感染症の蔓延は、2020年春の第1波、夏の第2波を経て、10月には最大の第3波が到来した。第3波がピークを迎える2020年12月11日、米国FDA(食品医薬品局)がファイザー社mRNAワクチンを緊急使用承認した。3日後の12月14日には、米国で1人目のワクチン接種が行われ、全国的な接種が開始された。
 
 この12月14日の米国の新規感染者は189,236人ときわめて多く、1か月後の2021年1月8日には、それまでで最多の312,326人を記録した。ファイザー社ワクチンの緊急使用承認の7日後の12月18日、モデルナ社mRNAワクチンもFDAが緊急使用を承認し、12月21日から接種が始まった。
https://www.nytimes.com/interactive/2020/science/coronavirus-vaccine-tracker.html#pfizer
https://abcnews.go.com/US/us-administer-1st-doses-pfizer-coronavirus-vaccine/story?id=74703018
https://covid.cdc.gov/covid-data-tracker/#trends_dailytrendscases
https://www.nytimes.com/interactive/2020/science/coronavirus-vaccine-tracker.html#modern
https://edition.cnn.com/2020/12/21/health/us-coronavirus-monday/index.html
 
 これまで、ファイザー社ワクチンについて、ランダム化比較対照試験と、イスラエルの後向きコホート研究を紹介した。今回は、米国で行われたファイザー社とモデルナ社ワクチンの前向きコホート研究を取り上げる。
 
 研究が開始されデータ収集が始まったのは、米国でファイザー社ワクチンの接種が始まった日とおなじ、2020年12月14日。まさに米国の第3波が燃え上がる過程で行われた研究といえる。
 
 論文は、2021年6月30日に『ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』(NEJM)でオンライン公開され、7月22日にプリント版も出版された。論文の全文は閲覧でき、PDF版もダウンロードできる。抄録の日本語訳も、日本版の出版元である南江堂のサイトに掲載されている。
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2107058
https://www.nejm.jp/abstract/vol385.p320
 

抄録でみる論文の概要

 
 それではいつものように、論文の抄録を敷衍しながら、研究の概要を見てみよう。

背景: ファイザー社・ビオンテック社のBNT162b2とモデルナ社のmRNA-1273というmRNAワクチンの2回接種をリアルワールドの条件で受けた場合の、新型コロナウイルス感染症ウイルス(SARS-CoV-2)の感染の予防と、Covid-19発症の軽減についての、実際的な条件下での有効性(effectiveness)に関する情報は限られている。
 
方法: 前向きコホート研究を行い、3,975人の医療従事者・現場即応者(消防隊員など)・他のエッセンシャルワーカーとフロントラインワーカー(教師・販売業者・接客業者など)を対象とした。2020年12月14日から2021年4月10日の期間に、参加者が自己採取した鼻腔スワブ検体を毎週郵送で提出し、定性的および定量的な逆転写PCR検査により、新型コロナウイルス感染症ウイルス(SARS-CoV-2)を検査した。
 
 ワクチンの有効性の計算式は、100%×(1-SARS-CoV-2感染のハザード比)とし、参加者がワクチンの接種を受ける傾向性(propensity)・研究地域・職業・地域のウイルス流行状況に関する補正を行った。
 
結果: 新型コロナウイルス感染症ウイルス(SARS-CoV-2)は、204人の参加者(5%)で検出された。その内訳は、ファイザー社またはモデルナ社のワクチンの完全接種群(2回目の接種から14日以降)で5人、ワクチンの部分接種群(1回目の接種から14日以降で、2回目の接種から14日未満)で11人、ワクチンの未接種群で156人だった。ワクチンの効果が不定な期間の接種群(1回目の接種から14日未満)の32人は、解析から除外した。
 

 統計的補正を行ったワクチン有効率は、ウイルスの完全接種が91%(95%信頼区間、76-97%)、ウイルスの部分接種が81%(95%信頼区間、64-90%)だった。SARS-CoV-2に感染した参加者の中では、完全接種と部分接種を合わせて1グループにした参加者のほうが、未接種の参加者よりも、ウイルスRNA量の平均値が40%低かった(95%信頼区間、16―57%)。さらに、発熱症状のリスクは58%低く(相対リスク、0.42、95%信頼区間、0.18-0.98)、罹病期間については、臥床日数が2.3日少なかった(95%信頼区間、0.8-3.7日)。
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【目次】
まえがき
 
Ⅰ 基礎編――疫学の基本事項
 1 疫学とは
 2 疾病頻度の指標
 3 関連性の指標
 4 因果性の競合的解釈
 5 偶然
 6 バイアス
 7 交絡
 8 研究デザイン
 9 ランダム化比較対照試験
 10 前向きコホート研究
 11 後向きコホート研究
 12 症例対照研究
 13 地域相関研究と時系列研究
 14 システマティック・レビューとメタアナリシス
 
Ⅱ 応用編――新型コロナの疫学論文を読み解く
 1 ランダム化比較対照試験[ワクチン]
  「これは勝利である」――ファイザー社mRNAワクチンの有効性
 2 後向きコホート研究[ワクチン]
  リアルワールドエビデンスの「マジック」――イスラエルの集団接種
 3 前向きコホート研究[ワクチン]
  Covid-19ワクチンによる「発症」予防と「感染」予防
 4 症例対照研究[ワクチン]
  急速に蔓延するデルタ株との闘い
 5 後向きコホート研究[治療]
  コロナ時代の最初の巨大な研究スキャンダル――血圧降下薬・ヒドロキシクロロキン・イベルメクチン
 6 ランダム化比較対照試験[治療]
  パンデミックの時こそ、緊急性と科学性を両立させる――デキサメタゾン
 
あとがき
索引
 
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坪野吉孝

About The Author

つぼの・よしたか  医師・博士(医学)。1962年東京生。1989年東北大学医学部卒業。国立がん研究センター、ハーバード大学公衆衛生大学院などを経て、2004年東北大学大学院教授(医学系研究科臨床疫学分野・法学研究科公共政策大学院)。2011年より精神科臨床医。2020年、厚生労働省参与(新型コロナウィルス感染症対策本部クラスター対策班)。現在、東北大学大学院客員教授(医学系研究科微生物学分野・歯学研究科国際歯科保健学分野・法学研究科公共政策大学院)および早稲田大学大学院客員教授(政治学研究科)。専門は疫学・健康政策。