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『オープンイノベーションの知財・法務』

 
あとがき、はしがき、はじめに、おわりに、解説などのページをご紹介します。気軽にページをめくる感覚で、ぜひ本の雰囲気を感じてください。目次などの概要は「書誌情報」からもご覧いただけます。
 
 
山本飛翔 著
『オープンイノベーションの知財・法務』

「はしがき」「第1 章 オープンイノベーションの意義及び課題」(抜粋)(pdfファイルへのリンク)〉
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はしがき
 
 近年、事業会社のクローズドイノベーションの限界や、大学の研究費確保や技術の社会実装に向けた課題及びその解決策の調査の必要性を背景に、スタートアップとのオープンイノベーションに対する関心は高まってきている。
 このような状況下において、大企業・大学・スタートアップ、それぞれからのご相談を受けていく中で、それぞれの組織には、それぞれの論理・利害関係があることを実感した。しかし、立場が異なる者同士の契約交渉の場においては、必ずしもこれらの論理・利害関係が踏まえられておらず、その結果、契約上はどちらかが有利なものになったとしても、相手方に致命傷を与え、または相手方にインセンティブを与えられない結果、ビジネス上はLose-Lose になりかねない場面も少なからず存在することも実感した。
 しかし、日本の産業界・アカデミアの発展を考えていく上では、それぞれのプレイヤーの論理・利害関係を踏まえた上で、いかなる座組でオープンイノベーションに取り組めば、Win-Win になるかを検討していく必要がある。
 そこで、本書においては、各プレイヤーの特質等を踏まえながら、オープンイノベーションの各段階におけるアライアンスにおける留意点を検討することとした。
 本書は、具体的な契約条項等だけではなく、各プレイヤーの論理・利害関係の理解の助けになるような点を意識的に記載した。そのため、必ずしも自分の立場からの記述のみならず、他のプレイヤーからの目線の記述についても、他のプレイヤーの考え方を理解し、それに応じた行動をとれるよう、参考にしていただきたい。
 また、法務・知財担当者の方以外の方にもご理解いただけるよう、必要に応じて基本的な点からの解説も加えつつ、他方で、ある程度の実務経験がある方の参考にもなるよう、詳細な情報や更なる参考文献等は、なるべく脚注に入れさせていただいた。ページ数等の問題で詳細な検討を割愛している個所もあるため、更なる情報にアクセスしたい方は、脚注で引用している書籍や論文等もご参照いただきたい。
 なお、本書末尾にも分野別の参考文献リストを用意し、法律書については、基本書、コンメンタール、実務書をなるべくバランス良く紹介できるよう心掛けた。本書をお読みいただき、(本書の内容に限らず)ご質問やご意見等ございましたら、以下のご連絡先よりお気軽にご連絡をいただけると幸いである。産業界・アカデミアの世界に携わる皆様と共有すべき問題であれば、note、Twitter や(機会をいただければ)次回以降の書籍等において(守秘すべき情報等は公開を控えつつ)皆様と共有させていただき、業界の発展に少しでも寄与できればと考えている。
 拙著『スタートアップの知財戦略』に引き続き、本書執筆の機会をくださった勁草書房の中東様と本書執筆中にご誕生なさったお嬢様に、また、本書刊行まで献身的にサポートしてくださった勁草書房の宮本様に、そして、オープンイノベーションについて議論・研究の機会をくださった特許庁・経済産業省・プロジェクトの委員会及び事務局の皆さま、さらに、原稿にコメントしていただいたVC の皆さま、事務所内外の先生方、最後に、日々の業務と執筆をサポートしてくれた妻と貴重な遊ぶ時間を我慢してくれた1 歳の息子に心より感謝申し上げる。
 
2021 年7 月
山本 飛翔
○ Twitter @TsubasaYamamot3
○ note https://note.com/ip_startup
○ Mail(書籍お問い合わせ用) t_yamamoto@lawyamamoto.com
 
 
第1 章 オープンイノベーションの意義及び課題
 
1  なぜ今オープンイノベーションなのか
 オープンイノベーションとは、Henry Chesbrough 氏によれば、自社だけでなく他社や大学、地方自治体、社会起業家など異業種、異分野が持つ技術やアイディア、サービス、ノウハウ、データ、知識などを組み合わせ、革新的なビジネスモデル、研究成果、製品開発、サービス開発、組織改革、行政改革、地域活性化、社会課題解決などにつなげるイノベーションをいうとされている。
 近年、(特にスタートアップとの間における)オープンイノベーションに対する関心は高まってきているといえるが、なぜオープンイノベーションが必要とされてきているのであろうか。
 その要因は多種多様なものであると思われるが、例えば、事業会社がオープンイノベーションに取り組む背景には、クローズドイノベーションの限界が挙げられよう。すなわち、旧来は、自社の技術のみで開発を進めていくこと(自前主義)が広く取り入れられていたものの、近時では技術革新のスピードが速まったことや、これまでの業種を横断するような商品やサービス(例えばIoT)が増えてきたこと等から、クローズドイノベーションでは限界があると指摘されてきた。そこで、かかる状況を打開する方策の1 つとして、オープンイノベーションが注目されてきているといえよう。また、事業会社は、自社の既存有力事業を破壊するような新規事業には容易に取り組むことができないというジレンマを抱えている(イノベーションのジレンマ)一方、スタートアップは、技術の発展等により、大きな資本と人手がなくとも新規事業を起こすことが容易になってきた。さらに、新しい価値創造のプロセスが、従来のニーズ追随型(ユーザーが欲しているものをつくる・提供する)から、価値提案型(ユーザの課題を解決する、潜在欲求を満たすような提案型の製品・サービスを生み出す)へと変わってきており、このような状況下においては、デザイン思考に代表されるような仮説検証・トライアンドエラー型の事業開発が得意なスタートアップは新規事業開発に欠かせない存在になりうる。このような中で、事業会社が自社の既存事業を維持成長させつつ、将来のさらなる成長のために「次の一手」を打つためには、新規事業に挑戦するスタートアップと連携することが効果的な手法の1 つであることは疑いないだろう。
 また、大学がオープンイノベーションに取り組む背景には、日本の大学が、米国に比して、研究費確保のための重要な手段の1 つであるライセンス料等による収入が少ないことが挙げられよう。例えば、大学発のスタートアップが、大学から特許ライセンスを受ける場合について、大学は対象技術の研究開発はもちろん、その特許権の取得維持にも一定の費用を支払っているため、大学発のスタートアップに対しても一定の金額のライセンスフィーの支払を求めることがある。しかし、大学発のスタートアップが、プロダクト/サービスのリリース前に大学からライセンスを受ける場合、その時点で資金に余裕がある場合はほとんどない。そこで、米国のように、ライセンス料を株式や新株予約権で支払うことが考えられるが、日本においては、大学側の種々の事情等から、このような手法が広く採用されているとはいいがたい状況である。Stanford が同大学発のスタートアップであるGoogle に対し、特許のライセンスを行う際、ライセンス料を株式で受領することとし、その結果、Stanford が400 億円以上のライセンス収入を得ることになったことに鑑みれば、大学にとってスタートアップとのオープンイノベーションは研究費等を確保していくためには有効な手段の1 つとなりうるといえよう。
 以上を踏まえ、本書では、近年注目を集めているスタートアップとのオープンイノベーションについて、事業会社とスタートアップとのオープンイノベーション、大学とスタートアップとのオープンイノベーションのそれぞれについて検討していく。
 
2  オープンイノベーションの意義
 オープンイノベーションと一言に言っても、アクセラレーションプログラムの提供、業務提携や共同研究開発等といった出資を伴わない比較的ライトなもの、出資を伴うもの(事業会社本体又はCVC からの出資)、M&A 等、様々なものがあり、例えば以下のものが挙げられる。

➢ 緩やかな関与
● ビジネスコンテスト
● アイディアソン・ハッカソン
● インキュベーションプログラム、アクセラレーションプログラム
● 単純な売買取引
➢ 中程度の関与
● 共同研究開発
● 研究開発受委託
● 技術提携
● 業務提携
➢ 高度の関与
● 出資(含むCVC、資本提携)
● M&A

 ここで留意したい点は、オープンイノベーションは、元請・下請のような関係とは異なり、あくまで対等なパートナーとしてのアライアンスを締結することであり、理想的には、パートナーの成長が自社の成長にもつなげられることが望ましいという点である。そのため、一方が他方を搾取するような座組ではオープンイノベーションとしての成功は困難である。また、一方が他方を搾取するような座組をベースにした上で、独占禁止法違反を回避するために条件を修正するといった形も、そもそもが「パートナーの成長=自社の成長」という座組となっておらず、相手方から搾取しなければ成功しづらい座組となっているため、独占禁止法違反を回避するためだけの修正を施すのみでは、オープンイノベーションとしての成功は難しくなってしまうだろう。
 それでは、オープンイノベーションは、大企業・大学・スタートアップにとってどのような意義があるのだろうか。
 
(1)大企業とスタートアップとのオープンイノベーションの意義
(a)大企業にとってのスタートアップとのオープンイノベーションの意義

 繰り返しになるが、大企業は、自社の既存有力事業を破壊するような新規事業には容易に取り組むことができないというジレンマを抱えている(イノベーションのジレンマ)一方、スタートアップは、技術の発展等により、大きな資本と人手がなくとも新規事業を起こすことが容易になってきた。
 また、株式による資金調達により、場合によっては事業会社の新規事業部門の社内予算よりも多額の資金調達が可能となっている例も珍しくない。
 さらに、従来に比べて製品寿命が短くなってきているところ、短期の開発スパンのスピードについていくには、自社の技術だけで開発を進めていく自前主義では限界を迎えてしまうおそれがある。
 このような中で、大企業が自社の既存事業を維持成長させつつ、将来のさらなる成長のために「次の一手」を打つためには、新規事業に挑戦するスタートアップと連携することが効果的な手法の1 つであることは疑いないだろう。以下の形により、大企業は、スタートアップと連携することにより、自社の既存事業や新規事業を強化することができるといえる。

① 外部から優れたイノベーションを取り込む
② 新しいテクノロジーや事業の情報を得る
③ 自社のビジネスモデルをより盤石にするべく、自社の優良顧客となる(又は自社の優良顧客を増やす)スタートアップを育てる
④ (M & A を目指す場合)アライアンスの程度を徐々に向上させていくことにより、M & A 実行前に対象スタートアップのことを深く知ることができる(プレデューデリジェンスの役割を果たす)

 このような背景もあり、オープンイノベーションについて、近時、スタートアップとの協業に取り組む(取り組もうとしている)大企業も増えてきている。また、国としても、大企業からスタートアップに対する投資の減税措置を検討したり(オープンイノベーション促進税制)、経済産業省・特許庁が大企業とスタートアップとのオープンイノベーションを促したりするため、留意すべき点を盛り込んだ契約書のひな型やガイドラインを発表しており、大企業としてもスタートアップとのオープンイノベーションから目を背けられない状況となっている。
 
(b)スタートアップにとっての大企業とのオープンイノベーションの意義
 他方、スタートアップとしても、以下の観点から大企業とのオープンイノベーショ
ンを活用していく必要がある。

①  人的物的リソースが限られる中で、IPO 又はM&A というEXIT までの限られた期間内に事業を大きくするべく、自社のリソース不足を補うため
② 自社が開拓した市場を大きくし、自社の売上を拡大させていくため
③  社会実装においてルール形成・規制緩和、あるいは市民の社会受容性の確保が不可欠な事業の場合に、名の知れた大企業との連携により、これらの動きをより実効的に進めるため

 このように、大企業・スタートアップどちらの立場から見ても、オープンイノベーションの必要性は高いといえるが、大企業とスタートアップでは、その性質や考え方が大きく異なるため、かかる相違点に留意して取り組まなければ、Win-Win の形でオープンイノベーションを成功させることはできない。そこで、第2 章から第4 章において、両者の性質や考え方の違い等を踏まえ、いかにオープンイノベーションを成功させるか、という点について検討する。
 
(2)大学とスタートアップとのオープンイノベーションの意義
 大学が企業と共同研究開発等のオープンイノベーションに取り組む主たる動機は、①共同研究開発等を通じて実社会の現場での技術課題や問題に触れて、大学の研究活動を活性化させること、及び②研究費を企業から得ることにあるといえる。なお、大学は企業と異なり、大学単独で発明を事業化することが想定されていないことに留意されたい。
 他方、スタートアップが大学とのオープンイノベーションに取り組む際、スタートアップとしては、①大学の技術力や、②ブランド力に期待していることが多いといえよう。また、特にライセンス料等として株式または新株予約権を大学側に譲渡している際には、当該大学が数々のスタートアップを生み出し、著名な起業家と関係を保っている場合には、ライセンスに限られない様々なサポートを受けることが期待できる。
 例えば、Stanford によるGoogle への積極的な支援がなされた例を挙げられよう。すなわち、ラリーとセルゲイ氏は、1996 年から1998 年の間、検索システムの売却を目指していたものの、買い手はあらわれなかった。そのため、2 人は、サーチエンジン事業を継続するため、Google 創業の覚悟を決め、起業のための出資者を探し始めたものの、自己資金はなく、また、事業計画も練れておらず、その時点では投資家から資金調達ができるような状態ではなかった。しかし、次に述べるStanford の教授陣のサポートにより、数ヶ月のうちに100 万ドルもの資金調達に成功したのである。まず、ギガビットイーサネットの技術確立に功績のあるデビッド・チェリトン教授は、設立したばかりのGoogle に自ら10 万ドル出資すると共に、ラリーとセルゲイに、サン・マイクロシステムズの共同創業者であるアンディー・ベクトルシェイムを紹介した。また、ジェフリー・ウルマン教授は、ラリーとセルゲイに、Netscape に参画したラム・シュリラムを紹介し、シュリラムはさらに、ジェフ・ベゾスを2 人に紹介したのである。このように、2 人の創業者は、Stanford の教授達のサポートを通じて、シリコンバレーのスタートアップに関わる著名な方々とのつながりを得て、そのチャンスを活かし、大型の資金調達に成功したのである。
 
3  オープンイノベーションの課題
 
(1)大企業側の課題
 例えば、経済産業省が公開した「事業会社と研究開発型ベンチャー企業の連携のための手引き(第二版)」において指摘されているように、事業会社(大企業)がスタートアップを十分に理解できず、その結果、オープンイノベーションがうまくいかないケースも少なくない。この大企業によるスタートアップの理解不足について、例えば、経済産業省が公開する「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会報告書」において、企業等にヒアリングした際の意見の1 つとして、「事業部門があるベンチャー企業への出資と共同開発の構想を進めていたが、成果物の帰属割合につき、出資する以上は全て取得してしかるべきとの法務部門のこだわりにより、当該ベンチャー企業との間で契約条件が折り合わず、お互いの熱が冷めた。」との意見が掲載されていることが注目に値する。なぜ、このような現象が起きるのであろうか。
 現在、日本企業の法務部は、米国企業の法務と比較し、経営陣との距離の遠さが課題の1 つとして挙げられており、また、これまでの法務機能の中心的な役割は「守り」にあったと分析されている。すなわち、法務部の大きな役割の1 つは、法務・知財リスクを最小化し、リスクを顕在化させないことであったといえる。そういった背景もあり、法務部員の人事評価が、法務部が関わったプロジェクトの事業上の成功に基づくものではなく、法務・知財リスクを最小化し、リスクを顕在化させなかったかどうか、という点に基づきなされていた企業も少なくはなかったと思われる。そうだとすると、法務部にとっては、事業上のメリットは大きいものの、法務リスクが大きい取引を積極的に進めるインセンティブが大きくない、ということになってしまい、成果物がスタートアップ側に帰属することのリスクを過大に評価してしまうおそれがある。更に、契約交渉における法務部の役割の1 つに、いかに有利な契約条件で契約を締結できるか、という点が挙げられる。この点のみを強調しすぎると、「当該取引を通じた事業上の成功<有利な契約条件」となってしまうおそれがある。
 しかし、大企業とスタートアップが長期的な目線でWin-Win の取引とするためには、両者が事業を成功させる必要がある。すなわち、大企業のみがスタートアップから「搾取」する形では、当該大企業は狭く密であるスタートアップコミュニティにおいて悪名高い存在となってしまい、その後有力なスタートアップとのオープンイノベーションに取り組むチャンスを失うこととなりかねない。また、大企業が、自社のプロダクト・サービスを利用するスタートアップ等、自社の事業とシナジーの高いスタートアップとオープンイノベーションに取り組む場合には、スタートアップの成長が自社の事業の成長につながることとなり、Win-Win の関係を構築して当該スタートアップに成長してもらえばもらうほど自社事業にもメリットが出てくることとなる。他方、スタートアップばかりが成功する形では、大企業にメリットがなく、四半期毎に決算報告を行い株主からの厳しい意見に晒される上場企業としてスタートアップとのオープンイノベーションへの取組みを継続することはできない。そのため、大企業はスタートアップの性質や考え方を理解し、Win-Win の関係を構築するべく努力する必要がある。
 
(2)スタートアップ側の課題
(a)対大企業

 他方、スタートアップとしても、大企業の性質や考え方に理解が足りない場合も少なくない。スタートアップの社内に大企業出身者のメンバーがいれば想像しやすいが、決裁制度や事業部と法務知財部門との関係等、大企業内部のイメージが持てずにいると、大企業とのオープンイノベーションの取り組みに失敗するリスクが高まってしまいかねない。
 そのため、上述の大企業の法務部の論理等を踏まえ、当該協業案件が事業会社としての大企業(またはCVC)にとって自社がいかに利益になるのか(いかにWin-Win の関係を構築できるか)、ということを説得的に示しつつ、法務部が懸念するデメリットが(少)ないことを説明し、交渉していく必要がある。
 それでは、スタートアップとして、大企業と交渉する際、いかなる点に留意すべきであろうか。留意すべきは、上述の点及び大企業の決裁システムといえよう。すなわち、大企業の組織を考えれば、スタートアップが大企業の担当者と商談を始めた場合、担当者が当該商談を進めるには、上長の決裁及び(特に提示されるひな型の契約条件を修正する場合には)法務部のチェックが必要となるだろう。しかし、例えば、上述の理由から、法務部が、スタートアップとの契約で、一見自社に不利に見える、成果物に関する知的財産権のスタートアップへの単独帰属の条項を受け入れることは容易ではない。
 したがって、スタートアップとしては、商談時など早い段階から、事業側の担当者に対し、上述のようにスタートアップに単独で成果物の権利を帰属させる等の上述の条件で契約することの大企業側のビジネス上のメリットを丁寧に説明し、また、担当者が決裁の際に上長を説得しやすいよう、必要に応じて資料を作る等して、法務部に相談が行く前に話をある程度まとめておくべきであろう。さらに、法務部のチェック段階においても、担当者が法務部を説得できるよう、法務・知財面でのリスクが少ないことを説得的に示す準備は必要となるだろう。
 なお、大企業との契約交渉において、特許が有効に寄与しうる、と説かれることがあるが、この点をもう少し具体的に検討する。あるスタートアップが大企業と交渉を行う際、大企業の担当者がその商談を進めたい場合には、上長に対し、自社の利益のため、「そのスタートアップと」取引をする必要性を伝える必要があるが、特許権を保有していれば、当該特許権に係る発明は、特許権者の許諾なしには実施することができないため、大企業にとって「そのスタートアップと」取引をする必要性があると説明しやすいといえるだろう。逆に言えば、特許出願又は特許権がなければ、大企業から見れば、他の同種のスタートアップと取引するという選択肢が生まれることとなり、条件交渉が厳しくなることはもちろん、そもそも他のスタートアップにアライアンス案件をとられてしまう可能性もある。大企業との契約交渉において、特許が有効に寄与しうる、と説かれる理由の1 つは上記のような点にもあろう。この意味でも、大企業とのアライアンスをうまく進めるべく、スタートアップにとって特許戦略は重要といえるのである。
 なお、大企業との契約交渉の際、落とし所として、「別途協議の上定める」等といった条項を入れる例も散見されるが、いわゆる協議条項は、事業において影響の大きい事項が相手方の拒否によって不利に働くリスクが残る(いわゆるノックアウトファクター)ため、安易に入れることはおすすめできない。
 
(b)対大学
 対大学との関係においても、スタートアップによる大学側の事情についての理解が足りない場合も少なくない。
 すなわち、事業会社と異なり、大学は自学の技術について自ら単独で事業化することは想定されておらず、第三者へのライセンスや知的財産権の譲渡による収益獲得や、共同研究開発において企業に研究開発費用を負担してもらい、研究活動を進めていくことが重要な課題の1 つとなる。そのため、いかに大学の技術を活用してマネタイズを図り、当該収益を適切に分配していくという点の考慮が必要となる。しかし、特に大学発のスタートアップの場合、大学からライセンスを受ける場合や大学と共同研究を行うフェーズは、いまだビジネスモデルすら固まっていない段階の場合も珍しくなく、分配対象となる収益の規模も、当該技術がビジネスモデルにおいてどの程度の貢献度を有することになるのかの見通しも立てづらく、大学の技術を活用して得られた収益の適切な分配条件を定めることが困難となる場合が少なくない。このような場合において、後述のように新株予約権を活用することが有効な解決策の1 つとなることも多いと思われるが、このような提案をスタートアップが主導して行えるケースばかりではない。
 また、将来のビジネスモデルやマネタイズが不明確なまま、漫然と既存の業界のライセンス料の相場等を参考にライセンス契約等を締結し、(事業化後、結果的に見れば)例えばライセンス料が高額に過ぎることとなり、その後の事業の成長可能性を自ら閉ざしてしまうという事態や、ライセンス料を新株予約権により支払った場合において、一定割合以上の新株予約権を大学に渡してしまい、上場において支障が生じてしまう等の事態が生じることも珍しいことではない。
 そこで、スタートアップとしては、大学との取り組みの座組を設計するにあたっては、必要に応じて投資家や弁護士等と相談しつつ、「スタートアップとして」①いかなる条件だと致命的な支障が生じうるのか、他方で②いかなる条件であれば成長促進に寄与できる条件になるのか、そして③成長の結果をいかに分配するのかを、自ら積極的に議論していくべきであろう。
 
(3)大学側の課題
 大学は、企業と異なり、大学単独で発明を事業化することが想定されていないため、自学の研究成果や技術力を学外に提供して(具体的には、第三者への特許のライセンスや譲渡等により)、研究費用等に充当するべく資金を調達していく必要がある。
 具体的には、例えば、大学がスタートアップへ自学の特許をライセンスする場合、まずは特許の取得に要した費用を回収し、その後ランニングロイヤルティ等によりプラスαの収入を研究費用のために得ることを目標にすることがある。しかし、例えば当該ライセンス対象の特許が、日本国内のみならず諸外国の特許権にも及ぶ場合には、取得費用のみといえども、相当の金額に至る場合がある。他方で、大学からライセンスを受けようとするスタートアップが、まだビジネスモデルも固まっておらず、資金調達も未了の場合には、上述の取得費用の負担も困難になるケースも珍しくない。また、ランニングロイヤルティは売上や利益率等を考慮して定められるところ、ビジネスモデルが固まっていない段階では売上も利益率の予想も困難であり、適切なロイヤルティを設定することが難しくなる。そこで、ロイヤルティの一部または全部について、現金ではなく、代わりに新株予約権によって対価を支払うことも有力な選択肢の1 つとなるが、新株予約権の取得の経験や知見が十分にたまっていない大学も少なくなく、対応の困難性等を理由に新株予約権によるロイヤルティの支払いに消極的になってしまっている例も散見される。
 また、スタートアップとの関係においては、個々の案件の黒字赤字だけに着目せず、スタートアップとの取り組みは(成功確率は低いが、成功した際のリターンは大きいという意味での)「ハイリスク・ハイリターン」であることを念頭に、「自学が確実に損だけはしないように」というスタンスではなく、「リスクとリターンを適切に当事者間で分配していく」という姿勢で、スタートアップとのオープンイノベーションを全体として見て、スタートアップとのオープンイノベーションによる収益の最大化を図っていくことが望ましいといえよう。なお、スタートアップへの理解や配慮が不十分な取り組みを重ねていくと、スタートアップのコミュニティ内での悪評が広まり、有望なスタートアップとのオープンイノベーションに取り組むチャンスを失うリスクがあることは大企業と同様である。
 なお、発明者である教授に、自身が発明者となっている大学の特許を活用したライセンス収入確保のインセンティブを付与することも重要となる。すなわち、ライセンス収入が得られた時に教授にリターンがない場合、学内手続の煩雑さ等を理由に、教授がライセンス収入の獲得に消極的となり、また、そもそも共同研究開発時に大学に特許権を帰属させることへの意欲を失いかねない(この場合、研究室への寄付金名目での資金提供を望む場合もある)。そのため、特許発明の1 番の理解者である教授へのインセンティブの設計も重要な課題といえよう。
(注は割愛しました。pdfでご覧ください)
 
 
関連書:山本飛翔著『スタートアップの知財戦略』のたちよみは→《こちら》
 
 
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