コロナ時代の疫学レビュー
第8回 コロナ時代の最初の巨大な研究スキャンダル――血圧降下薬・ヒドロキシクロロキン・イベルメクチンの死亡リスクの後向きコホート研究

About the Author: 坪野吉孝

つぼの・よしたか  医師・博士(医学)。1962年東京生。1989年東北大学医学部卒業。国立がん研究センター、ハーバード大学公衆衛生大学院などを経て、2004年東北大学大学院教授(医学系研究科臨床疫学分野・法学研究科公共政策大学院)。2011年より精神科臨床医。2020年、厚生労働省参与(新型コロナウィルス感染症対策本部クラスター対策班)。現在、東北大学大学院客員教授(医学系研究科微生物学分野・歯学研究科国際歯科保健学分野・法学研究科公共政策大学院)および早稲田大学大学院客員教授(政治学研究科)。専門は疫学・健康政策。
Published On: 2021/9/21By

 
昨年、トランプ米国前大統領が新型コロナウイルス感染症に対する薬として、抗マラリア薬のヒドロキシクロロキンを宣伝し自分でも服用したことで、大きな話題になりました。けれど、そのヒドロキシクロロキンを使った治療についての研究論文のひとつはデータの捏造を疑われて撤回されています。最近日本でも注目されるイベルメクチンを扱った論文も削除されました。何が起こっているのか、論文の公表と撤回・削除をめぐって起こったことを坪野さんがていねいにトレースしています。[編集部]
 
 
 新型コロナウイルス感染症の第1波が欧米を襲った2020年5月、米国の研究グループによる2つの論文が、『ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』(NEJM)と『ランセット』(Lancet)に公表された。同一の研究グループの論文が、臨床医学の分野でもっともインパクトの高い2つのジャーナルにあいついで公表されたこともあり、2つの論文は世界にセンセーションを巻き起こした。
 
 2つの論文の筆頭著者は、ハーバード大学医学部教授のマンディープ・メーラ(Mandeep R. Mehra)氏。心臓外科の世界的な大家で、「この分野のスターの1人として広くみなされている」という。
 
 ところが、わずか1か月後の2020年6月4日、研究グループ自身が2つの論文を同時に撤回した。今回は、「コロナ時代の最初の巨大な研究スキャンダル」とも評されるこの事件の顛末について紹介する。
https://www.sciencemag.org/news/2020/06/two-elite-medical-journals-retract-coronavirus-papers-over-data-integrity-questions
 
 まずは、NEJMに掲載された論文をみてみよう。
 

NEJM論文の抄録

 
 論文のタイトルは、「Covid-19における心血管疾患、薬物治療、および死亡」。2020年5月1日にオンライン公開され、2020年6月18日にプリント版が発行された。日本語抄録も含めて、全文を閲覧できる。
 
 論文の抄録を補足しながらみていこう。
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2007621
https://www.nejm.jp/coronavirus/contents/original-article08.php

背景: 新型コロナウイルス感染症(Covid-19)は、高血圧や心疾患などの心血管疾患にかかっている人々が、より大きな影響を受ける可能性がある。こうした臨床的な背景のもとで、血圧降下薬であるアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬とアンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)が有害作用をもたらす可能性について、懸念が提起されている。
 

方法: アジア・ヨーロッパ・北米の 169 病院のデータベースを用いた観察研究(後向きコホート研究)により、Covid-19 の入院患者における、心血管疾患、薬物療法と、院内死亡との関連性を評価した。対象者は2019年12月20日から2020年3月15日の期間に入院し、著者の1人が創設した企業が管理する国際データベースである「外科手術のアウトカムに関する国際協同登録」(Surgical Outcome Collaborative registry)に登録され、2020年3月28日の時点において、院内死亡または生存退院のどちらかの状態にあると記録されていた患者である。
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つづきは、単行本『疫学 新型コロナ論文で学ぶ基礎と応用』でごらんください。

 
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2021年12月22日発売
坪野吉孝 著 『疫学 新型コロナ論文で学ぶ基礎と応用』

 
A5判並製・240頁 本体価格2700円(税込2970円)
ISBN:978-4-326-70121-6 →[書誌情報]
【内容紹介】 ランダム化比較対照試験、前向きコホート研究、症例対照研究など、疫学で使われる研究デザインとは? 世界を代表する医学専門誌に掲載された新型コロナ論文を読み解きながら、疫学の考え方を非医療者も理解できるようわかりやすく解説する。データと論理と知性の力によって無数の人々の生命を救う、疫学の成果と課題を知るために。


【目次】
まえがき
 
Ⅰ 基礎編――疫学の基本事項
 1 疫学とは
 2 疾病頻度の指標
 3 関連性の指標
 4 因果性の競合的解釈
 5 偶然
 6 バイアス
 7 交絡
 8 研究デザイン
 9 ランダム化比較対照試験
 10 前向きコホート研究
 11 後向きコホート研究
 12 症例対照研究
 13 地域相関研究と時系列研究
 14 システマティック・レビューとメタアナリシス
 
Ⅱ 応用編――新型コロナの疫学論文を読み解く
 1 ランダム化比較対照試験[ワクチン]
  「これは勝利である」――ファイザー社mRNAワクチンの有効性
 2 後向きコホート研究[ワクチン]
  リアルワールドエビデンスの「マジック」――イスラエルの集団接種
 3 前向きコホート研究[ワクチン]
  Covid-19ワクチンによる「発症」予防と「感染」予防
 4 症例対照研究[ワクチン]
  急速に蔓延するデルタ株との闘い
 5 後向きコホート研究[治療]
  コロナ時代の最初の巨大な研究スキャンダル――血圧降下薬・ヒドロキシクロロキン・イベルメクチン
 6 ランダム化比較対照試験[治療]
  パンデミックの時こそ、緊急性と科学性を両立させる――デキサメタゾン
 
あとがき
索引
 
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About the Author: 坪野吉孝

つぼの・よしたか  医師・博士(医学)。1962年東京生。1989年東北大学医学部卒業。国立がん研究センター、ハーバード大学公衆衛生大学院などを経て、2004年東北大学大学院教授(医学系研究科臨床疫学分野・法学研究科公共政策大学院)。2011年より精神科臨床医。2020年、厚生労働省参与(新型コロナウィルス感染症対策本部クラスター対策班)。現在、東北大学大学院客員教授(医学系研究科微生物学分野・歯学研究科国際歯科保健学分野・法学研究科公共政策大学院)および早稲田大学大学院客員教授(政治学研究科)。専門は疫学・健康政策。
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