「憲法学の散歩道」単行本化第2弾! 書き下ろし2編を加えて『歴史と理性と憲法と――憲法学の散歩道2』、2023年5月1日発売です。みなさま、どうぞお手にとってください。[編集部]
※本書の「あとがき」をこちらでお読みいただけます。⇒『歴史と理性と憲法と』あとがき
フランク・ラムジーは1903年2月22日に生まれ、1930年1月19日、26歳で死去した。死因はレプトスピラ菌(leptospire)の感染による多臓器不全であると推測されている*1。父親のアーサー・ラムジーは、ケンブリッジ大学モードリン・コレッジで数学を教え、副学寮長(President)も務めた。フランクの弟マイケルは、1961年に第100代のカンタベリー大司教となった。妹のマーガレットは、オクスフォード大学で経済学を教えた。
フランクは、1920年秋、17歳でケンブリッジ大学トリニティ・コレッジに入学する。19歳になろうとする1921年暮れから翌年にかけて、チャールズ・ケイ・オグデンの示唆で、ルードウィヒ・ウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』を英訳した。彼の訳は、ウィトゲンシュタイン自身の校訂を経て、オグデン訳として1922年、出版された。
1924年、彼は21歳でキングズ・コレッジのフェロウに選出される。ジョン・メイナード・ケインズの企てた人事である。他のコレッジの出身者をフェロウとするのは、コレッジの学則からして例外であった。しかしフランクは、12対1の圧倒的多数で選考された。ケインズは、学則について面倒くさい解釈論を振り回しがちな法学者をコレッジのメンバーとすることに断固反対したと言われる*2。
1930年に死去するまでの短い研究生活で、フランク・ラムジーは、哲学、数学、経済学、意思決定理論等、さまざまな分野で第一級の業績を残し、その影響は現在でも廃れていない。
哲学の分野で未公表のまま残された遺稿に、「全称命題と因果性General Propositions and Causality」がある*3。タイトルは、ラムジーの死後、彼の業績をまとめて論文集として編纂した友人のリチャード・ブレイスウェイト*4が附したものである。ただ、このタイトルでは、ラムジーの主張の内容は、ストレートに伝わらない。
ラムジーは、全称命題と呼ばれるものには、2つの種類があるという観察から出発する。第一の種類は、単称命題の連言と等値である全称命題である。次の命題がその典型である。
(1)この本棚に並べられた本はすべて法律書である。
本棚に並べられた本にa, b, c,……と名前を付けていく。最後の本がtだとすると、命題(1)は、次の連言命題と等値である。
(2)aは法律書である、かつ、bは法律書である、かつ…… tは法律書である。
(1)および(2)が真であるか否かは、aからtまでの本を1つ1つ調べることで判明する。
第二の種類の全称命題は、普遍命題である。自然科学の法則を含めた一般法則に相当する。たとえば、次の命題である。
(3)銅の棒はすべて、加熱されると膨張する。
この命題の真偽は、個別の銅の棒を1つ1つ調べることでは判明しない。過去現在未来に存在する無数の銅の棒に関する言明だからである。同じことは、
(4)すべての人は死ぬ。
についても言える。われわれは、自分自身を含めてすべての人が本当に死ぬかどうか調査して判定することはできない。100年後、200年後の人々はもとより、現に生きている人々に限ったとしても、すべての人が本当に死ぬかどうかを確認することはできない。ほかのすべての人をことごとく殺したとしても、自分自身が残っている。自分が本当に死ぬかどうかは誰が確かめてくれるだろうか*5。
つづきは、単行本『歴史と理性と憲法と』でごらんください。
憲法学の本道を外れ、気の向くまま杣道へ。山を熟知したきこり同様、憲法学者だからこそ発見できる憲法学の新しい景色へ。
2023年5月1日発売
長谷部恭男 著 『歴史と理性と憲法と』
四六判上製・232頁 本体価格3000円(税込3300円)
ISBN:978-4-326-45128-9 →[書誌情報]
【内容紹介】 勁草書房編集部webサイトでの好評連載エッセイ「憲法学の散歩道」の書籍化第2弾。書下ろし2篇も収録。強烈な世界像、人間像を喚起するボシュエ、ロック、ヘーゲル、ヒューム、トクヴィル、ニーチェ、ヴェイユ、ネイミアらを取り上げ、その思想の深淵をたどり、射程を測定する。さまざまな論者の思想を入り口に憲法学の奥深さへと誘う特異な書。
【目次】
1 道徳対倫理――カントを読むヘーゲル
2 未来に立ち向かう――フランク・ラムジーの哲学
3 思想の力――ルイス・ネイミア
4 道徳と自己利益の間
5 「見える手」から「見えざる手」へ――フランシス・ベーコンからアダム・スミスまで
6 『アメリカのデモクラシー』――立法者への呼びかけ
7 ボシュエからジャコバン独裁へ――統一への希求
8 法律を廃止する法律の廃止
9 憲法学は科学か
10 科学的合理性のパラドックス
11 高校時代のシモーヌ・ヴェイユ
12 道徳理論の使命――ジョン・ロックの場合
13 理性の役割分担――ヒュームの場合
14 ヘーゲルからニーチェへ――レオ・シュトラウスの講義
あとがき
索引
「憲法学の散歩道」連載第20回までの書籍化第1弾はこちら⇒『神と自然と憲法と』
連載はこちら》》》憲法学の散歩道