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近藤健児 著
『現代経済の諸問題と国際労働移動』
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はしがき
本書は,博士学位論文を出版した『国際労働移動の経済学』(2000 年勁草書房),学位取得後の研究成果をまとめた『環境,貿易と国際労働移動』(2009 年勁草書房)に続く,筆者にとっての3 冊目の日本語による研究書であり,前著以後に筆者が書いた,国際労働移動と現代経済の諸問題に関する査読付き論文(共同論文含む)から10 本を集成している.
第1 部は,環境問題と国際労働移動についての研究である.環境汚染と国際労働移動という,一見すると関連性の薄いテーマを結びつけた研究は,すでに前著でも取り上げているが,本書では公的に運営される汚染抑制装置産業(第1 章),都市における非自発的失業(第2 章),大洋における魚類に代表される越境性のある再生可能資源(第3 章)をそれぞれモデルに組み込むことで,より現実的で多面的な分析を行っている.
第2 部は,観光業と国際労働移動についての研究である.安倍内閣のインバウンド消費拡大政策に見られるように,新型コロナウイルスによるパンデミックで霧散するまでは,観光産業の振興は途上国や先進国の農村にとっての切り札であった.ここでは先進国の農村(第4 章)や発展途上国(第5 章)を取り上げ,観光振興政策の1 つのあり方としての,域外ないし国外からの資本,労働,観光客の導入政策の是非を分析する.
第3 部では,欧州経済統合やTPP に代表される,先進国同士や発展段階の異なった諸国を包含した大規模な地域的経済統合の拡大がもたらす新しいタイプの国際労働移動を理論分析する.発展途上国からの移民に対して,質的規制政策をとる国と量的規制政策をとる国とが経済統合することで生じる結果(第6 章),2015 年に爆発的に拡大した中東・アフリカからの経済難民の流入に直面し,その対応策が異なる2 つの玄関の役割の国に対して,移民の最終目的国が採用すべき政策(第7 章),さらには同時に技能労働を先進国に送り出し,単純労働を途上国から受け入れる,国際労働移動の中間に位置する中進国の望ましい経済政策(第8 章)が取り上げられている.
第4 部は,不法移民をめぐる新しい視点の分析である.観光客や技能実習生として容易に入国し,不法残留後は摘発のリスクに脅かされる不法移民と,費用をかけて偽造書類を作成し,入国審査さえ通過すれば摘発リスクがない不法移民の2 つのタイプには,それぞれ国内査察と国境検問という異なる規制政策が有効である.異なる生産性を持つ個々の労働者が生涯所得最大化を目的に不法移民となる方法を選択するモデルの下で,受け入れ国の最適移民規制政策を探究し(第9 章),さらに日本政府が2018年以降に採用した特定技能一号,二号の合法移民になる道も選択肢に加えた拡張を試みている(第10 章).
前著からは13 年の歳月が流れた.世の中も東日本大震災,アベノミクス,新型コロナウイルスによるパンデミックなどまさに激動であったが,筆者個人にとっても40 歳代の終わりから50 歳代の終わりまでという研究者人生の山場にあって,実に多くの出来事があった.
2009 年5 月,Eden S. H. Yu 先生から,City University of Hong Kongで開催されるAsia Pacific Journal of Accounting and Economics 主催の年次学会に招待され,報告する機会をいただいた.まだ筆者が研究者人生を歩み始めた時期に,神戸大学で開催された国際学会でYu 先生の論文報告の討論者を務めたことが縁で,それまでにも先生からは数多くの研究上のアドバイスをいただいていた.さらに光栄にも香港に招かれて研究成果を発表できる機会まで与えてくださり,Yu 先生には心より感謝している.また,その学会の折には,筆者が1997 年から1998 年にかけて,カナダ・モントリオールで在外研究をした折に大変お世話になった,McGill 大学のNgo Van Long 先生が,基調講演者として同じく招かれており,久しぶりにお会いでき,先生から“I like your paper” と言っていただけたことが印象深く思い出に残っている.なお本書の第1 章はこのときの報告論文が土台になっている.この年は12 月にも日本国際経済学会から韓国経済学会へ派遣されるメンバーにも加えていただき,ソウルでの研究報告に加え,韓国の経済学者との交流の機会を持てたことも貴重な体験であった.
2010 年から2011 年にかけては,筆者は幸運にも非EU で年間2 人しか枠のない奨学金,Erasmus Mundus Scholar in the Master Programme,“Economics of International Trade and European Integration,”(University of Antwerp,15,000 ユーロ)を獲得でき,南イタリア・バーリ大学のNicola D. Coniglio 先生の下で3 か月間滞在して共同研究する機会を得た.本書の第6 章はこの共同研究の成果の一部である.また,その後Coniglio 先生が2012 年度の大幸財団外国人来日研究助成を利用して名古屋に滞在するなど,Coniglio 先生と筆者はその後も共同研究を重ねており,またバーリ大学と中京大学の研究者交流を促進するべく,名古屋で2回(2015 年,2018 年),バーリで1 回(2017 年)の計3 回にわたって合同ワークショップを開催している.
2012 年には日本国際経済学会小島清賞研究奨励賞を受賞した.これは故小島清先生(一橋大学)のご寄付により設立された基金に基づく,100万円(当時)もの副賞が与えられる同学会の最高に名誉ある賞で,過去もこれ以後も受賞者は一流大学の錚々たる研究者ばかりである.自身の研究のレベルはそれらの方々に遠く及ばないもので,非常に驚き当惑もしたが,不足している分は今後いっそう研究に励むようにとの意味も込められていると考え,甲南大学での受賞講演に臨ませていただいた.今もって力不足であるのは嘆かわしく恥ずかしいが,小島先生のご霊前に心よりお礼を申し上げたい.
2016 年にはSpringer から著書を刊行する機会をいただいた.これまでの国際労働移動に関する英語論文を必要に応じて手直しし,新しくアジアにおける移民労働者の現実に関する記述を書き下ろして,The Economics of International Immigration: Environment, Unemployment,the Wage Gap, and Economic Welfare(New Frontiers in Regional Science: Asian Perspectives,243 ページ)が刊行されたが,大変幸運にも多くの研究者の目に留まり,2017 年秋には日本応用経済学会2016 年度著作賞と日本地域学会第16 回著作賞の2 つの賞をいただけることになった.
また2016 年秋には日本国際経済学会の全国大会を2 日間にわたって中京大学で開催した.筆者は総責任者にあたる大会準備委員長の大役を拝命し,1 年前から準備にあたった.当時筆者は中京大学経済学部で学部長の職にもあって多忙だったが,幸い同学会中部支部のメンバーはまとまりが良く,全員が協力して到らぬ所をカバーしてくれた.当日は梅村清英中京大学理事長から歓迎のスピーチをいただくこともでき,成功裡に大会を終えることができた.人に支えてもらえることの幸せを心から実感した日々だった.スタッフ一同に改めてお礼を申し上げたい.慰労会の夜は一生忘れられない思い出である.
このように思い返せば,自分1 人では何ほどにも成し遂げられないことばかりが成就し,この10 年余り筆者は間違いなく過分なほどに恵まれた研究者人生を歩んでこられた.恩師の多和田眞先生(名古屋大学名誉教授,愛知学院大学)には,大学院生として研究のイロハ,論文や科研費の書類の書き方から研究者・教育者として持つべき志まで,30 余年間ずっと学ばせていただくことばかりであった.先生からの変わらぬご指導こそが,筆者なりに充実したこの10 年余りの研究者生活を送ることができる糧となったことは間違いない.改めて心よりお礼申し上げたい.
藪内繁己先生(愛知大学),古川雄一先生(愛知大学),倉田洋先生(東北学院大学),Nicola D. Coniglio 先生(バーリ大学)の4 人の先生からは,共同執筆の論文を本書に掲載することを快諾していただいた.論文を築き上げるまでの先生方との議論の過程にこそ,着眼点のユニークさや真摯な姿勢,高い生産性など実に学ぶべきことが多かったように思われてならない.心より感謝申し上げたい.
他にも2004 年以来50 回以上も続いてきたNIESG(名古屋国際経済研究会)の場での,若い人たちを中心とした研究者仲間との交流も筆者の研究者人生の支えであった.アカデミックな意味での満足感ばかりでなく,各地へ出向いて(押しかけて)研究会を開催し,お酒を飲んで馬鹿な話をすることから得てきたものは,無形のかけがえのない財産である.研究そのものは基本孤独な戦いであるが,頑張っている仲間の存在に励まされ,何度また頑張ろうという気になれたことだろうか.ずっと世話人を務めてくださった寶多康弘先生(南山大学)はじめ,メンバーの先生方にも今一度お礼を申し上げたいと思う.だいぶ歳をとってきてしまったが,もうしばらく仲間に入れていただけたらと思う.どうかよろしくお願いしたい.
本書に収録された論文の転載を許可してくれたSpringer,Elsevier,Routledge,日本地域学会,日本国際経済学会にも改めて感謝申し上げたい.また元の研究論文に対して的確な修正コメントを下さり,改良に根気よく付き合ってくれた,Journal of International Trade and Economic Development,International Economics,International Advances in Economic Research,Asia Pacific Journal of Accounting and Economics,The International Economy,Asia Pacific Journal of Regional Science,International Journal of Population Research の各誌のエディターおよび匿名の査読者にもお礼を申し上げたい.
本書に収録の研究は,先に挙げたErasumus Mundus と大幸財団の資金以外にも,筆者が研究代表者を務める日本学術振興会科学研究費・基盤研究(C)の「少子高齢化社会における外国人労働者の選択的受け入れ政策に関する研究」(2007 年度~2009 年度課題番号19530255),「少子高齢化・高失業率の先進国による戦略としてのエコ産業育成政策貿易モデル分析」(2010 年度~2012 年度課題番号22530244),「多国間経済連携協定にともなう労働市場の国際化に関する経済分析」(2013 年度~2015 年度課題番号25380340),「タイプの異なる中間国を経由する複数ルートからの不法移民に対する最適規制政策の研究」(2016 年度~2018 年度課題番号16K03676),「合法外国人単純労働者の導入後における,質を確保できる望ましい移民政策の探究」(2019 年度~2021 年度課題番号19K01637)の各研究課題,および日東学術振興財団海外派遣助成(2017 年度)から支援を受けている.成果を国際学会で発表する旅費等に使わせていただき,共通の関心を持つ各国の研究者から貴重なコメントを数多く回収することができた.この機会にお礼申し上げたい.
最後になったが,本書の出版に際しても,先の2 つの著書同様に,勁草書房の宮本詳三氏および関戸詳子氏には大変お世話になった.いつもながらの丁寧な仕事に対して,お礼申し上げたい.
2021 年8 月新型コロナウイルス感染拡大が止まらない夏に
近藤健児
追記
本書の校正段階に入り,シドニー,NSW 大学のMurray C. Kemp先生の訃報に接した.Kemp 先生は国際貿易理論の世界的権威で,きわめてご多忙でありながら,筆者が論文を送るといつも迅速かつ的確にアドバイスをしてくださった.本書第7 章は,もともとKemp 先生の90 歳を祝って企画されたSpringer の書籍に寄稿した論文で,その査読に際してもKemp 先生からの貴重な改良案を盛り込むことができた.超一流の学者にして紳士的な先生のお姿は私にとってずっと尊敬の対象であり続けた.これまでのことを直接お礼申し上げる機会もなく,長くお会いできないままお別れとなってしまい,大変残念でならない.心からご冥福をお祈りしたい.