あとがきたちよみ
『法哲学・法思想史辞典』

About the Author: 勁草書房編集部

哲学・思想、社会学、法学、経済学、美学・芸術学、医療・福祉等、人文科学・社会科学分野を中心とした出版活動を行っています。
Published On: 2026/3/3

 
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ブライアン・ビックス 著
吉原雅人・吉良貴之 訳
『法哲学・法思想史辞典』

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acceptance( of a rule) 受容(ルールの)
 ルールの「受容」という考えは、H・L・A・ハート(1907-92)の法理論において重要な役割を果たしている(『法の概念』(1961 年)で最も詳しく説明されている)。ハートによれば、ある社会的ルールが単なる習慣と区別されるのは、行為者が行動の規準としてルールを「受容する」ことによってであり、この規準は自分自身の行動を正当化したり、[他者の]逸脱を批判するための根拠となる。
 ハートによるルールの実践説では、ルールの存在は、そのルールが行動の規準として人々に受容されていることと同一視された。ルールに対するこの見方は、さまざまな理由で批判されてきた(たとえば、批判の根拠として一般的に受容されているものの、ルールとはみなされていない実践があること。また、一般的な実践でない、または一般的な実践とつながりのないルールがあることなど)。
 ハートの理論体系では、別の点でも「受容」という考えが鍵となっている。ハートが(『法の概念』で)法体系の存在基準としたのは、大部分の人々が法を遵守していることと、当該法体系の下で働く公職者が二次ルール(承認[認定]のルール、変更のルール、裁判のルール)を行動のための一般的な公的規準として実効的に受容していることの組み合わせであった。ハートの理論体系における法的ルールの受容とは、ルールの単なる外形的な遵守以上のものである。しかし、そのルールが拘束力のある道徳的責務を生じさせるという考えまではとられていない。
 ニール・マコーミック(1941-2009)は、ルールの受容は、そのルールに対する二つの態度のいずれかをともなうものとして理解できると主張した。(1) 積極的な受容:他者がその規準に従って行動するように望むことを含むようなもの。(2) より消極的な受容:その規準に従い、またそれが一般に、あるいは少なくとも一貫して適用されることを望んでいるが、それはその規準を何らかの形で直接に支持するというよりも、現在のところ他者によって受容されていたり、実施されているという理由によるもの。
 ハートはルールを受容する理由に焦点をあまり当てていないと批判する論者もいる。そうした主張によると、法の規範的性質に関わる重要な問題(あるいは法の性質の理論を構築する適切な方法)は、受容する理由の種類を注意深く区別することにかかっているという。
 参照:gunman situation writ large 強盗の脅迫;Hart ハート;internal point of view 内的観点;legal positivism 法実証主義;rule of recognition 承認(認定)のルール;rules, practice theory of ルール(の実践理論)
 
adjudication, theories of 裁判(の理論)
 裁判官がどのようにして事件を判断するかを記述・解釈したり、指令するための理論。ある特定の法体系を対象としたり、それに依拠した理論もあれば、すべての法体系に妥当する(分析的、概念的、または指令的な)主張を行うことを目的とする理論もある。
 裁判の理論は、社会的行為や社会制度に関するあらゆる理論と同様に、こうした分野の理論化が成功すると言えるための基準を考えなければならない。それは単に外形的な行動を説明しようとしているのか(たとえば、誰が裁判に勝つか負けるか)、それとも参加者の観点を説明しようとしているのか(解釈学的、または理解アプローチ)。この問題が裁判の理論にとって重要であるのは、その理論の多くが、裁判官の行動は、裁判官が十分に意識していないように思われる政治的、社会的、経済的な力によって説明される、と主張しているからである。
 アメリカの法理論の大部分は裁判の理論を中心に据えている。たとえば、アメリカン・リーガル・リアリストによる司法形式主義への攻撃、ロナルド・ドゥオーキンによる法の解釈理論(法の性質に関する理論というよりも、裁判の理論だと特徴付ける論者もいる)、また、立法に対する違憲審査を正当化したり、改革するために提示されているさまざまな理論が挙げられる。
 参照:American legal realism アメリカン・リーガル・リアリズム;constitutional theory 憲法理論;formalism 形式主義;hermenoutics 解釈学;interpretive theory of law 法の解釈理論;Verstehen approach 理解アプローチ
 
affirmative action アファマティブ・アクション(積極的差別是正措置)
 歴史的に抑圧されてきた集団(女性、民族・人種的マイノリティ集団のメンバー、宗教的マイノリティ集団のメンバーなど)を、学校への入学、民間・公共部門での雇用・昇進、政府契約の締結などにおいて優遇する政策(「逆差別」や「積極的差別」とも呼ばれる実践)。アファマティブ・アクションが法哲学の議論でよく考察されるのは、正義論の文脈(歴史的不正義に対する正しい対応は何か?)や、批判理論の文脈(フェミニスト法理論や批判的人種理論の論者の中では、この実践の位置付けや価値についてさまざまに異なった微妙な反応がある)である。
 アメリカでの政府によるアファマティブ・アクションは政府が過去の差別に加担してきたために特別に正当化されるという主張もあれば、人種を理由にした政府の行動を憲法が制限しているために特に問題になり得る、といった主張もある。
 参照:critical race theory 批判的人種理論;desert 功績;equality 平等
 
agency costs エージェンシー・コスト
 経済分析の用語であり、さほど込み入っていない商業活動においてさえ生じる、利潤最大化に向けたやり取りにおける複雑な事柄を対象とする。多くの事業や取引で、ある人(代理人:エージェント)が別の人(本人:プリンシパル)のために行動するとき、また、関係当事者の間で(短期的な)利益相反が生じ得るとき、実践的な問題が生じる。たとえば、代理人が自身の利益のためでなく、本人のために効果的に行動していることを本人がどうすれば確認できるのかといったことである。また、利益の(潜在的な)相反というよりも、情報の(潜在的な)非対称性から生じる複雑さもある。代理(エージェンシー)の「コスト」には、本人(プリンシパル)が代理人を監視するために発生するコストと、代理人が実際に本人の利益に忠実かつ確実に貢献していることを本人に保証するために代理人側に発生するコストがある。エージェンシー・コストを評価し、削減しようとする試みは、さまざまな分野(雇用契約、役員報酬政策、フランチャイズ契約など)の分析に見られる。こうした問題は「プリンシパル= エージェント問題」と呼ばれている。
 参照:principal-agent problem プリンシパル・エージェント問題
 
American legal realism アメリカン・リーガル・リアリズム
 主に1930 年代と1940 年代に活躍した法学者のカテゴリーを示す名称であるが、それ以前・以後にも重要な貢献がなされた。こうした学者が「リアリスト=現実主義者」であったのは、市民、弁護士、裁判官たちに、法の専門用語や神秘性の背後で現実に起こっていることを理解させようとしていたからであった。(以下、本文つづく)
 
 
訳者あとがき
 
 本書はBrian Bix, A Dictionary of Legal Theory, Oxford University Press, 2004 の全訳である。著者のブライアン・ビックスは現在、ミネソタ大学のフレデリック・W・トーマス法哲学教授であり、法哲学のほか、家族法・契約法を専門にしている。いずれの分野でも多数の業績があるが、法哲学分野ではLaw, Language, and Legal Determinacy, Oxford University Press, 1995が代表的な著作である。ほか、Jurisprudence: Theory and Context, Carolina Academic Press, 2015 のような読みやすい入門書でも定評がある。現在も、法概念論・一般法理学分野を中心に多様なテーマで多くの論考を執筆しており、この分野での存在感のある研究者の一人と言える。
 本書『法哲学・法思想史辞典』は、原題を直訳すれば『法理論辞典』だが、法哲学・法思想史分野を幅広くカバーしていることもあって、邦訳ではこのタイトルにした。本書はその名の通り、法哲学・法思想史に関わる辞典だが、多くの項目を扱っているにもかかわらずそれぞれについて十分な分量が割かれている(少ない項目でも数行、多い項目では数ページ)。内容的にも、法哲学・法思想史分野の重要項目が網羅的に扱われており、バランスのよい記述であることから、この分野の入門書として読むことが可能になっている。まさに「読む辞典」として便利な一冊だ。
 本書は法哲学・法思想史分野を幅広くカバーしているが、特徴的なこととして、その学際性が挙げられる。アメリカのロースクールで開講されている「法哲学」科目では法概念論・一般法理学、あるいは実定法基礎理論といったトピックが中心となることが多い。日本の大学で開講されている「法哲学」科目では法概念論に加え、だいたい正義論・法価値論がもう一つの柱になっている(出版されている教科書にもその二部構成が多い)。正義論は英語圏の大学では政治哲学分野で扱われるのが通例であり、法哲学の教科書ではさほどの分量が割かれないことが多いため、日本の読者が英語圏の法哲学の教科書を読んでも知りたいことが書かれていないということになりがちである。それに対し、本書『法哲学・法思想史辞典』は正義論(特にジョン・ロールズ『正義論』以降の現代的展開)も十分に扱われており、日本の読者にとってもなじみやすい内容となっている。ほか、法思想史分野はもちろんのこと、関連する経済学分野への目配りもなされている。また、英語圏の議論だけでなく、ドイツ語・フランス語圏などでの議論も一定程度扱われており(あくまで英語訳をもとにしたという断りはあるが)、この分野を満遍なく学ぶのに好適な一冊となっている。初学者だけでなく、中・上級者にとっても、法哲学分野の広がりを知るにあたって有用なものだと思われる。
 本書が出版されたのは2004 年であり、現在から20 年以上前となっている。ただ、かといって特段古くなっているということはなく、多くの項目は現在でも基本的なスタート地点として十分に有用である。一部の項目(たとえば「交差性」など)では近年の議論で注目されるようになった概念を扱っており、先見の明に驚かされる。なので、読者は安心して、本書を法哲学・法思想史分野の入門書として読んでいただきたいと思う。
 ただ、もちろん執筆当時の時代の雰囲気もある程度は感じられる。たとえば、H・L・A・ハートの『法の概念』第二版が出版されたのはハート没後の1994 年だが、そこに付された「あとがき(postscript)」で、自身の後継者であり、かつ最大の論争相手であるロナルド・ドゥオーキンへの長大な反論が展開されたことが契機となって、多くの研究者を巻き込んだ「法実証主義論争」が繰り広げられた。「法とは何か」という法概念論の問いにあたって、法は道徳を概念必然的に含むものかどうか、といったことが一大テーマとなった。ハート自身は「ソフトな実証主義」「包摂的実証主義」と呼ばれる立場をとり、事実として組み入れられる限りにおいて道徳は法の一部となるという穏健な主張をしたが、それ以外にも、法と道徳の厳格な分離を主張する「排除的実証主義」や、それぞれについて記述的・規範的なレベルの議論がなされることにより、複雑な対立軸で議論が展開された。本書でも、その当時の論争に関わる用語が多く取り上げられている。日本語では、まさに本書と同年に出版された深田三徳『現代法理論論争──R・ドゥオーキン対法実証主義』(ミネルヴァ書房、2004 年)がこの論争を精緻に分析してみせている。本書が2000 年前後の「法実証主義論争」の時代の一冊であるということは確認しておいてもよいだろう。
 その後、論争の一方の代表者であったロナルド・ドゥオーキンの逝去(2013 年)もあり、この分野での議論は多様に分岐していくことになる。1970 年代から続くハート= ドゥオーキン論争(参加者は両者を超えてずっと広がった)の論点も移り変わり、近年では「理論的不一致(theoretical disagreement)」の問題や、ドゥオーキンの遺著『ハリネズミの正義 Justice for Hedgehog』(未邦訳、原著2011 年)を踏まえた議論が多くなっている。他方、21 世紀前半の英語圏の法哲学をリードしたのは間違いなくジョセフ・ラズであり、多くの論者がラズとの距離によって自身の主張を展開していたが、そのラズも2022 年に逝去した。偉大な法哲学者が論争の中心になる時代ではなくなりつつある。この時期の重要な著作としては、「法の計画理論」のスコット・シャピロ『リーガリティ Legality』(未邦訳、原著2011 年)や、スコット・ハーショヴィッツ『法は道徳的実践である Law Is a Moral Practice』(未邦訳、2023 年)などがあり、それぞれにオリジナリティあふれる主張を展開している。また、ポスト・フィニス時代と言われるように現代自然法論の重要著作も多く刊行されている。論争の中心となる大物がいないことで法哲学がつまらなくなったと言われることもあるのだが、実のところまったくそんなことはない。多様で面白い議論がそこかしこでなされるようになったのが2026 年現在の世界の法哲学シーンである。かつての法実証主義論争はどうもテクニカルになりすぎたと評されることもあったのだが、そうした基盤あってこその現在の隆盛であるというべきだろう。
 本書は当然ながらそういった多様な議論を扱っているわけではないが、本書で確認される基本的な論点がその後の議論にどのようにつながっていったのかを考えることができるという点で、またとないスタート地点となっている。とはいっても、ある程度はその手がかりを示すことが、出版から時間の経った本を訳す者の責任でもあるだろう。そこで、本書出版後に議論されるようになった重要な事柄のいくつかについて、訳者の側で補足的に項目を執筆することにした。この補足によって、本書出版後の20 年間の法哲学界の動きのあらましはつかめるものと思われる。
 本書は執筆当時に存命だった人物の項目は立てられていないが、少なくともドゥオーキンとラズは外せないため、両者についての項目を作ることにした。他にもニール・マコーミック(1941 ─ 2009)、ジョン・ガードナー(1965 ─ 2019)など、この間に逝去した重要な法哲学者が複数いるし、項目も多くの候補が考えられるのは承知している。あくまで必要最低限の補足を行うという方針のため十分に扱えなかったことは読者の寛恕を乞いたい。
 法哲学・法思想史について日本語で読める教科書・概説書はすぐれたものが多く出版されている。本書のような辞典は他になかったのだが、ちょうど同時期に、法哲学事典編集委員会編『法哲学事典』(丸善出版、2026 年)が出版されることになった。こちらは本書『法哲学・法思想史辞典』の数倍以上の驚くべき分量であり、日本で活躍する現役の法哲学者たちが多くの項目について二ページずつ読み応えのある分量で執筆したものである。なので本書とは(書名は似ているが)性格や役割がだいぶ異なったものである。本書はコンパクトであり、また一人の著者による執筆ということもあって初学者にも読みやすいものと思われるが、最先端の研究をふまえたさらなる議論に触れたい方はぜひ、合わせて読んでみることをおすすめする。
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 本書は勁草書房の基礎法学翻訳叢書の一冊として刊行された。私(吉良)にとっては、キャス・サンスティーン= エイドリアン・ヴァーミュール『法とリヴァイアサン』(勁草書房、2024 年)以来の翻訳書となる。
 当初は私が単独で訳す予定であったが、扱う範囲が広いこともあって、途中から、現代の法概念論に詳しい吉原雅人さんに共訳者として加わってもらうことにした。それぞれで各項目を分担して訳したが(分担は一覧の通り)、両者で全体を相互チェックしたことにより、訳文の正確さや読みやすさはだいぶ改善されたことと思う。また、原稿段階で戸田舜樹さん(同志社大学助教、憲法学)にも丁寧に読んでもらい、多くの有益なコメントをいただいた。もちろん、なお残る誤りや読みにくい部分の責任は私にある。なお、吉原さんと戸田さんとはお二人が学部時代から、ともに法哲学イベントを開くなどの交流をしてきた。そこから10 年近く経ち、お二人が立派な研究者となった現在では私はもはや教えてもらうばかりなのだが、こうやって一緒に重要な本を仕上げられたことを感慨深く思っている。
 原著者のブライアン・ビックス教授には「日本語版へのまえがき」を快くご執筆いただいた。本書の意義が改めてよく伝わるメッセージだと思われる。心より感謝したい。
 本書の企画・出版にあたっては、勁草書房編集部の山田政弘さんに引き続きお世話になった。私の仕事が遅いせいでいつもご心配をおかけし、お詫びの言葉もないところだが、法哲学分野の重要書を次々に世に出す熱意には心よりの感謝と尊敬の念をもっている。また重要な仕事をご一緒できることを願っている。
 
2026 年1 月 吉良貴之
(傍点は割愛しました)
 
 
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