憲法学の散歩道 連載・読み物

憲法学の散歩道
第29回 憲法学は科学か

 
 
 明治時代の日本は、ドイツから2つの憲法原理を輸入した。君主制原理と国家法人理論である。君主制原理は、天皇主権原理とも呼ばれる。ごく単純化して言うと、上杉慎吉が唱導したのは君主制原理であり、美濃部達吉が唱導したのは国家法人理論である*1
 
 君主制原理は、国家権力はもともとすべて、君主(天皇)が掌握しているとする。しかし、国家権力を君主が実際に行使する際は、君主が自ら定めた憲法(欽定憲法)にもとづいて行使する。大日本帝国憲法のもっとも核心的な条文である第4条は、次のように定める。

天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ

 総攬するとは、すべてを掌握するという意味である。天皇がもともと国家権力のすべてを掌握してはいるが、それを行使する際は、この憲法の定めに従うというわけである。君主制原理が文字通りに宣明されている。
 
 君主制原理からすると、欽定憲法は君主の自己制限のあらわれである。全能の君主が自ら憲法を制定することで、自らの権力を制限した。立法権は議会の協賛を得てこれを行い、行政権は国務大臣の輔弼を得てこれを行い、司法権は天皇の名において裁判所がこれを行う。
 
 君主制原理には、全能の神の自己制限と同様の難問がつきまとう*2。全能の君主による自己制限が本当の制限なのであれば、君主はもはや全能ではない。憲法制定後の君主が本当に全能なのであれば、憲法は本当の制限ではない。
 
 どちらであろうか。
 
 君主が全能であり続けるのであれば、君主は制定された憲法を一方的に廃棄し、再び全国家権力を掌中に収めることも可能のはずである。そうだとすれば、制限君主と絶対君主の差異は、程度問題である。本質的な違いはない。
 

 
 国家法人理論によると、国家は法人である。
 
 銀行や自動車会社は典型的な法人である。法人は定款を設立の根拠とする。定款にもとづいて代表取締役や株主総会等の各機関に権限が配分され、それぞれの機関の構成員を選任する手続が定められる。各機関は、与えられた権限の範囲で法人のために契約などの法律行為をし、そうした行為は法人の行為とされる。
 
 国家も同じである。
 
 定款にあたるのは憲法である。憲法にもとづいて議会や内閣、裁判所等の各機関に権限が配分され、それぞれの機関の構成員を選任する手続が定められる。各機関は憲法に与えられた権限の範囲で国家のために法律の制定、法律の執行、争訟の解決等を行う。そうした行為は国家の行為とされる。
 
 国家法人理論からすると、国家権力は国家のものである。たとえ君主がいる国家であっても、君主にあるのは憲法から与えられた権限のみであり、それ以上でもそれ以下でもない。
 
 君主制原理と国家法人理論とは、相性が悪い。両方を国家に関する法理論・・・として受け取った上で、それぞれに内在する論理を突き詰めると、他方の否定に至る。天皇主権原理を額面通りに受け取ろうとする人々が美濃部達吉を、天皇を使用人扱いしていると非難したことに、全く何の根拠もなかったわけではない。
 

 
 国家法人理論は、19世紀後半のドイツで、ゲルバーとラーバントによって構築された。2人はもともと私法学者である。ゲルバーは民法学者、ラーバントは商法学者であった。
 
 2人は私法の領域から法人という概念を取り出して公法の領域に移植し、国家をめぐる法的現象を国家という法人の機関の意思決定とその執行、機関相互の上下関係や並立関係として把握することで、それまで国家に関する歴史記述や思想や現下の政治問題に関する評論の寄せ集めと考えられていた公法学を私法学に匹敵し得る「法律学」へと転換した。
 
 公法学の中核にある法人概念によって説明することのできない言明や文言がたとえ憲法典にあらわれたとしても、それは法的意味のない、「政治的」にすぎないものとして、廃棄されねばならない。雑多なことがらの寄せ集めとされていた公法学は、法人概念を通じて学問的に「純化」される必要がある。公法学の文献では、「政治的」という形容は「法的意味のない」という侮蔑的な意味合いで用いられることが多い。
 
 であれば、君主制原理も政治的にすぎない原理として公法学の外側に廃棄されるべきはずである。美濃部は、国家権力の主体が君主制原理(天皇主権原理)が説くように天皇自身であり、憲法典はそれを制約しているだけなのだとすると、戦争は天皇の私闘となり、租税は天皇の個人的収入となり、国営鉄道も天皇個人の経営する鉄道だということになってしまうと皮肉たっぷりに述べている*3
 
 天皇主権原理は、政治的・倫理的原則にすぎない。法律学とは無関係である。たとえ大日本帝国憲法第1条が「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」と定めていてもそうである。美濃部は、「憲法の文字に依りて国家の本質に関する学問上の観念を求めんとするが如きは憲法の本義を解せざるものなり」と断言している*4
 
 しかし、ゲルバーとラーバントはそうした途──君主制原理を廃棄する途──はとらなかった*5。ここでは、ラーバントの議論をたどってみよう。
 
 ラーバントが考察の対象としたのは、1871年に成立したドイツ第二帝国である。ビスマルクが建設したこの帝国も、国家である以上は法人のはずである。ただこの帝国は、かなり変わった国家=法人であった。
 
 帝国と呼ばれる以上、皇帝(Kaiser)がいる。皇帝はプロイセン国王が当然に務めることになっていた。しかし「皇帝」は称号にすぎない。皇帝の帝国憲法上の地位、つまり国家機関としての地位は、連邦主席である(1871年憲法11条)。
 
 帝国は連邦であった。25の邦、しかもその大部分は君主制原理をとり、君主をいただく邦からなる法人、それがドイツ第二帝国である。帝国を設立したのは、各邦の国家権力を掌握する君主である。各君主がそれぞれ自分の権力を自己制限した結果、帝国が成立した。
 
 成立した帝国=法人における各機関──帝国議会、連邦参議院、連邦参議院議長等──の権限は、帝国憲法が与えた権限である。その限りでは、国家法人理論が妥当する。しかし、その帝国がいかにして成立したかを問うならば、それは君主制原理にもとづく各君主の自己制限の結果である*6
 
 君主制原理を額面通りに受け止めるなら、各邦の君主は自身がもともと掌握していたはずの全国家権力=憲法制定権力にもとづいて、自身の全権力を回収すること、つまり連邦を離脱することが可能のはずである。もちろん、実際にそんなことをすれば、他の連邦諸邦による武力攻撃を受けて、壊滅的な結末を迎えることになる。しかしそれは、あくまで「政治的」な事情である。法的論理とは異なる。
 

 
 国家法人理論が想定する標準的な国家は、全国民を構成員とする社団法人である。国民を法人化したのが国家だということになる。国民が国家として組織化されたとき、はじめてそこに法人としての国家=国民が誕生する。国民と国家とは、同一の人格の2つの側面を指しているにすぎない*7。法人としての国家の機関は、しばしば「代表」と呼ばれる。国家以外の場合でも、法人の機関が代表と呼ばれることは珍しくない。
 
 美濃部達吉は、大日本帝国憲法下での帝国議会を「国民の代表」として位置づけた。国民からなる法人の機関という意味である。その限りでは、とくに問題のある位置づけではない。国民はすなわち有権者のはずであって、有権者の現実の意思や見解を反映している保証のない帝国議会を代表と呼ぶのはおかしいというのが、美濃部の弟子である宮沢俊義による批判であった。しかし美濃部からすれば、これは「政治的」な批判である。法的論理とは無関係である*8
 
 宮沢は自説の論拠として、ラーバントも、ドイツ帝国憲法で帝国議会をドイツ人民の「代表」としている条文について、法的意味はなく政治的意味しかないと指摘していることを引き合いに出している。しかし、ラーバントがそう言うのは、ドイツ帝国が、その大部分が君主制原理をとる諸邦からなる連邦であり、「ドイツ人民」によって構成される国家ではなかったからである。ラーバントは言う*9

ドイツ帝国は、増大し続ける何千万ものメンバーによって構成される法人ではない。それは25のメンバーから構成されている。

 つまり、何千万ものドイツ人民がドイツ帝国を構成しているわけではない。ドイツ人民は、法主体(国家=法人)としては存在しない。したがって、帝国議会をドイツ人民の代表とする条文に法的意味はなく、政治的意味しかない。それが、君主制原理を廃棄しなかったラーバントが出した結論である。
 
 他方、日本は、旧憲法下も現憲法下も、連邦国家ではない。君主制原理を法律学の外側へと廃棄し、国家法人理論一本で筋を通した美濃部にとって、日本は日本国民の総体によって構成される社団法人である。帝国議会や現在の国会を全国民の代表とすることには、たしかな法的意味がある。宮沢はラーバントを読み間違えている。
 

 
 紛らわしいことに、ゲオルク・イェリネクやモーリス・オーリウも、国家の「自己制限Selbst-Beschränkung, autolimitation」という概念を使用する*10。しかしこれは、君主制原理の下での君主の意思による自己制限とは全く異なる概念である*11
 
 彼らが描こうとしているのは、近代法秩序の構成要素である諸国家機関が、当該法秩序の定める権限内でのみ行動し得る事態である。つまり、国家を法人として、言い換えれば全体として整合的な法秩序として、把握し得ることを国家の「自己制限」と形容しているだけである。国家をめぐる事象を法的に理解するために必要な──必然的な──思惟の上の前提を静態的に描いているだけで、全能の君主による自己制限にかかわるような論理的困難は全くない。
 
 イェリネクは、国家の自己制限は、国家自身の意図によるものではない(keine willkürliche)であると指摘している*12。それにもかかわらず、それを「自己制限」と呼ぶことは、何らかの主体が意図的に自身の権限を制限するという神秘的・動態的イメージを招きかねず、ミスリーディングではある*13。「自己制限」とか「自己拘束」といった概念が憲法学の書籍に出現したときは、動態的・静態的、いずれの意味で用いられているかを慎重に判断する必要がある。
 

 
 国家法人理論と相性が悪いのは、君主制原理だけではない。人民主権原理も少なくとも同じ程度に相性が悪い。
 
 憲法典以前に、憲法典より上に、君主がいて、本来、彼(彼女)が全国家権力を行使することができるという言明は、それとしてまだ理解可能ではある。他方、憲法典以前に、憲法典より上位に、何千万もの人民がいて、それらの人民が本来、全国家権力を行使できるという言明は、にわかには理解ができない。
 
 何千万もの人民は、どのようにして意思決定できるのであろうか。単純多数決だろうか。単純多数決で主権者たる人民が意思決定できることは、誰が決めたのだろうか。全人民だろうか。全人民はどのようにして、そう決めることができたのだろうか。事態は無限後退の様相を示す。
 
 これは、トマス・ホッブズが指摘した論点である。国家成立前には、ばらばらの群衆(multitude)しか存在しない。群衆には意思決定する権能もない。全人民が、これからは多数決で自分たち全体の問題を処理すると全員一致で決めたとき、そこに国家が成立する*14。そのようにして国家が成立することが論理的にあり得ないというわけではないが、実際にはそうそう起こることではないであろう。
 
 現代社会において人民主権原理とか民主主義とかと呼ばれているものは、君主制原理と同じレベルで比較可能な法的原理ではなく、政治的な理念である。為政者は国民(有権者)に対して政策の決定と執行について正確に説明し、正当化する責務があるし、究極的には責任を問われてその地位を退く可能性が確保されねばならないという理念である。それは、法人としての国家が設営され、その内部で人民主権原理に沿って機能するメカニズムが用意されてはじめて成立し得る理念である。
 
 政治的理念にすぎないからと言って、ただちに憲法学の枠外に放逐されるべきではない。法律学と政治道徳との関係は、美濃部が言うほど排他的な関係ではない。人民主権原理に限らず、政治道徳の理念に即して法制度が構築され運用されること、憲法の文言が問題に対して確たる回答を与えないときに、文言の背後にある(はずの)政治道徳に遡って制度を解釈し直すべきことは、少なくない*15
 
 しかし逆に、人民主権原理を国家法人理論と排他的な競合関係にある法原則であるかのように扱うことも適切ではない。両者はレベルを異にしている。人民主権原理がすでに手許にある以上、国家法人理論は用済みというわけにはいかない。国家法人理論の役割はもはや終わったかのような言明が憲法の教科書にあらわれたとしても*16、額面通りに受け取るべきではない。
 
 そもそも国家法人理論抜きで、国家をめぐる法現象を法学的に理解することがどうしてできるだろうか。謎としか言いようがない。
 

 
 丸山眞男は、学生時代に聴講した宮沢俊義の憲法開講の辞について、次のように語っている*17

コントの三段階説を実にうまく適用するのです。神学的段階、形而上学的段階、実証的段階、つまり穂積八束・上杉慎吉先生は神学的段階です。それから美濃部先生は形而上学的段階です。神がかりではなく、一層科学的になっているけれども、現実の帝国憲法以上に憲法をデモクラティックに解釈しようとする。意図はよくわかるけれども、科学的認識とはいえない。憲法が非民主的だったら、そのまま、非民主的なものとして認識しなければいけない。実際以上に民主的に解釈するのは、科学的でないだけでなく、現実の憲法を美化し、その非民主性を隠蔽するイデオロギー的機能を果たす。これが美濃部憲法が形而上学的段階にとどまっているゆえん・・・で、いまや第三の実証的段階にようやく到達した、といわれるのです。

 丸山が指摘するように、宮沢がここで意識しているのはオーギュスト・コントによる学問認識の発展段階論である*18

人間精神の本性からして、われわれの認識の各分野は必然的に、3つの理論的段階を経て歩む:神学的(虚構的)段階、形而上学的(抽象的)段階、最後に科学的(実証的)段階である。

 あらゆる学問がこの三段階を経るというのは、論証抜きの単なる想定である*19。批判の対象とする議論を「神学」あるいは「形而上学」と性格づける一方、自説は「科学的」だとするのは、科学的認識というよりはアッケラカンとした進歩史観を自明の前提とするレトリックであろう。科学は科学的であるがゆえに、神学や形而上学よりすぐれた知であるというのは、ただの循環論である。
 
 神学と形而上学と科学とは、思考の枠組みからして、相互に比較不能である。それぞれが回答しようとする問題自体が異なる。神学が形而上学に、形而上学が科学に変化することがあるとしても、それを「進歩」と言い得るか、定かではない。科学が言い得るのは、神学や形而上学の主張は、科学によっては真偽が判断できないということだけである。
 
 ここで鍵になっているのは、「科学」ではなく、むしろ時の推移に応じた「進歩」の観念である。つまり後から来た者には、最初から優越的地位が約束されている。
 
 20世紀初頭、フランスを代表する憲法学者の1人であったレオン・デュギ(1859−1928)も、その独特の主権否定論を展開する際、コントの三段階説を引き合いに出している。人々の支配・従属関係を事実に即することなく形而上学的に正当化しようとする主権概念を全否定したとき、はじめて、産業化し社会関係が緊密化したすべての近代社会に妥当する客観法を正しく認識することが可能となるし、公役務を組織化して社会的連帯を実現し、人間の理想に近づくこともできるというわけである*20。デュギにとっては──コントにとっても*21──国民主権論そのものが、前提となる社会契約論も含めて、事実に即応しない形而上学的観念であった*22
 
 美濃部からすれば、政治制度が民主的か否かは公法学とは無縁の「政治的」問題であり、帝国議会が国民の代表であることは、国家法人理論にもとづいて学問的に論証可能である。帝国議会が国民の代表であることは、帝国憲法がデモクラティックか否かとは別次元の問題である。
 
 対蹠的な立場にある美濃部と宮沢とは、見事にすれ違っている。それにもかかわらず、長年にわたって、宮沢は美濃部より「進歩」していると考えられていた。それは、幻想の「進歩」である。
 
 実践から人為的に切り離された認識の追求、つまり科学にこそ価値があるというのは、ただの思い込みである。現時点の憲法学が過去の憲法学より「進歩」している保証はない。むしろ、現時点の憲法学は、かつての憲法学にとっての自明の前提を忘却しているリスクが高い。
 
 とはいえ、過去から現代にいたる憲法学が、それぞれの時代に対応して「正しい」わけでもない。それは単なる歴史主義であり、相対主義である。憲法学の核心的任務は、日々の実践的問題を適切に解決すること、さらには社会のあるべき姿を描き、その実現に向けて貢献することにある。社会の移ろいを「科学的」に傍観することではない。
 

*1 君主制原理については、拙著『憲法の論理』(有斐閣、2017)第14章「大日本帝国憲法の制定──君主制原理の生成と展開」参照。
*2 拙著『神と自然と憲法と──憲法学の散歩道』(勁草書房、2021)第9章「神の存在の証明と措定」参照。
*3 美濃部達吉『憲法撮要』(改訂5版、有斐閣、1932)22頁。
*4 同上書23頁。
*5 ゲルバーは、君主を「国家権力の全内容を包括する機関」として位置付けることで、君主制原理と国家法人理論との接合を図ろうとしている(Carl Friedrich von Gerber, Grundzüge des deutschen Staatsrechts (3rd edn, Bernhard Tauchnitz 1880) 7, note 2)。他方で彼は、「君主主権、人民主権、国民主権等の表現は、さまざまな政治運動のためのキャッチワードに過ぎない」と言う(ibidem 22, note)。
*6 以上については、拙著『憲法の円環』(岩波書店、2013) 第6章「国民代表の概念について」、とくに90−95頁参照。
*7 Raymond Carré de Malberg, Contribution à la théorie générale de l’État, tome I (CNRS 1962, first published in 1920) 15.
*8 この論点については、拙著(n 6)第6章、とくに95頁注28参照。美濃部は旧憲法下の国会について、「国民をして国政に参与せしめんとする目的」で設置されたものとすることがあるが(美濃部達吉『憲法講話』(岩波文庫、2018)52−56頁)、これも国家機関の組織のあり方に関する政治的な描写である。法人化された国民の意思を決定する法的意味の代表と、有権者の見解を反映して国政を運営するという政治的意味の代表とは全くレベルを異にする。
*9 Paul Laband, Das Staatsrecht des Deutschen Reiches, Band I (5th edn, JCB Mohr 1911) 97.
*10 Georg Jellinek, Allgemeine Staatslehre (3rd edn, Athenäum 1976 (1914)) 386; Maurice Hauriou, Principe de droit public (2nd edn, Sirey 1916) 31−33.
*11 See, on this point, Éric Maulin, La théorie de l’État de Carré de Malberg (Presses universitaires de France 2003) 80−85.
*12 Jellinek (n 9) 386.
*13 レオン・デュギは、イェリネクの言う「自己制限」について、そうした誤解をしている。See Léon Duguit, Leçons de droit public général faites à la Faculté de droit de l’Université égyptienne pendant les mois de janvier, février et mars 1926 (La Mémoire du droit 2000 (1926)) 137−38.
*14 ホッブズ『法の原理』田中浩・重森臣広・新井明訳(岩波文庫、2016)第2部第2章「三種のコモンウェルスについて」。See also, Thomas Hobbes, On the Citizen (Richard Tuck and Michael Silverthorne eds, Cambridge University Press 1998) 94 [Chapter VII, Paragraph 5]. 拙著『憲法の階梯』(有斐閣、2021)113頁で述べたように、中世晩期の都市共同体の結成にあたっては、全市民による集団的な誓約が行われた。
*15 法秩序に含まれる条文やルールが確定的な回答を与えないとき、条文やルールの背後に存在するはずのさまざまな原理に訴えかけることで、問題に対する回答を必ず見出すことができるという立場をラーバントはとっていた(拙著(n 6)94頁および95頁注27)。法秩序の完結性(completeness)が措定されていたわけである。ロナルド・ドゥオーキンも同様の措定をしているが、彼はそれを完結性ではなくintegrityと呼んでいる。
*16 芦部信喜『憲法〔第7版〕』(岩波書店、2019)41頁。
*17 「宮沢俊義を語る〈座談会〉」ジュリスト臨時増刊634号(1977年3月26日号)『宮沢憲法学の全体像』94頁。
*18 August Comte, Plan des travaux scientifiques nécessaires pour réorganiser la société (Angèle Kremer-Marietti ed, L’Harmattan 2001 (1822)) 94. コント(1798−1857)は、フランスの哲学者で社会学の創始者とされる。ブラジル国旗に記されたモットー「秩序と進歩Ordem e Progresso」は、コントの哲学に由来する。
*19 レオシュトラウスが指摘するように、古典古代のギリシャ哲学──コントの言う形而上学──が中世神学に先行していたことや、コントの実証主義に続いて形而上学的な共産主義やファシズムが勃興したことは、説明が困難であろう。See Leo Strauss, On Political Philosophy: Responding to the Challenge of Positivism and Historicism (Catherine H Zuckert ed, University of Chicago Press 2018) 43.
*20 Léon Duguit, Les transformations du droit public (2nd impression, Armand Colin 1921) xv−xvi and 12−32; 35-37 and Duguit (n 13) 124−36; see, on this point, Maulin (n 11) 94−95.
*21 Harriet Martineau, The Positive Philosophy of Auguste Comte, vol 2 (Batoche Books 2000 (1896)) 121−31.
*22 コントの実証哲学が究極的には、少数のエリート「科学者」による支配を必然とすることについては、Strauss (n 19) 19−20 and 44参照。コントは決して民主主義者ではなかった。

 
 
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第22回 未来に立ち向かう──フランク・ラムジーの哲学
第23回 思想の力──ルイス・ネイミア
第24回 道徳と自己利益の間
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憲法学の本道を外れ、気の向くまま杣道へ。そして周縁からこそ見える憲法学の領域という根本問題へ。新しい知的景色へ誘う挑発の書。
 
2021年11月刊
『神と自然と憲法と 憲法学の散歩道』
長谷部恭男 著

3,300円(税込) 四六判 288ページ
ISBN 978-4-326-45126-5

https://www.keisoshobo.co.jp/book/b592975.html
 
【内容紹介】 勁草書房編集部ウェブサイトでの連載エッセイ「憲法学の散歩道」20回分に書下ろし2篇を加えたもの。思考の根を深く広く伸ばすために、憲法学の思想的淵源を遡るだけでなく、その根本にある「神あるいは人民」は実在するのか、それとも説明の道具として措定されているだけなのかといった憲法学の領域に関わる本質的な問いへ誘う。
 
本書のあとがきはこちらからお読みいただけます。→《あとがき》

長谷部恭男

About The Author

はせべ・やすお  早稲田大学法学学術院教授。1956年、広島生まれ。東京大学法学部卒業、東京大学教授等を経て、2014年より現職。専門は憲法学。主な著作に『権力への懐疑』(日本評論社、1991年)、『憲法学のフロンティア 岩波人文書セレクション』(岩波書店、2013年)、『憲法と平和を問いなおす』(ちくま新書、2004年)、『Interactive 憲法』(有斐閣、2006年)、『比較不能な価値の迷路 増補新装版』(東京大学出版会、2018年)、『憲法 第7版』(新世社、2018年)、『法とは何か 増補新版』(河出書房新社、2015年)、『憲法学の虫眼鏡』(羽鳥書店、2019年)ほか、共著編著多数。