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木村福成・西脇 修 編著
『国際通商秩序の地殻変動 米中対立・WTO・地域統合と日本』
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はじめに
冷戦の終結(1989 年),世界貿易機関(WTO)の設立(1995 年),中国のWTO 加盟(2001 年)等を通じて,世界経済はグローバリゼーションへと大きく舵を切った.北東アジアと東南アジアを含む東アジア地域も,1990 年代以降,国際的生産ネットワークを積極的に展開し,世界に類を見ない高度経済成長と貧困撲滅を実現した.日本経済および日本企業はこのFactory Asia を国際競争力の源とし,また日本政府は東アジア地域の事業環境整備のためにさまざまな経済外交を展開してきた.Factory Asia が成立するための必要条件となったのが,東アジアにおいて長く続いた平和,そしてWTO によって裏書きされ,地域主義によって強化された貿易・投資の自由化とルールに基づく国際通商秩序であった.
その国際通商秩序が大きく揺らいでいる.背景には,国際分業の深化に伴う先進国から新興国・途上国への技術移転の加速,新興国のキャッチアップ,先進国の地位の相対的な低下がある.特に中国の急速な台頭に伴うパワーバランスの変化を受け,2017 年にそれまでの国際合意の見直しを唱え誕生したトランプ政権は,環太平洋パートナーシップ(TPP)からの脱退,北米自由貿易協定(NAFTA)の見直し,通商法301 条に基づく制裁関税と米中通商摩擦の激化,WTO 上級委員会の委員改選阻止など,矢継ぎ早にこれまでの規範(norm)を大きく変更する政策を打ち出し,国際通商秩序が大きな危機に直面する引き金となった.さらに2019 年12 月から始まった新型コロナ危機は,サプライチェーンの寸断等を通じて,グローバリゼーションのリスクを国際社会に認識させた.そして,2022 年2 月に勃発したロシアによるウクライナ侵攻は,国際社会における「地殻変動」を決定づけ,冷戦終結以降約30 年間続いたグローバリゼーションの一つの区切りを感じさせる.日本でも,国際経済におけるリスクを意識した経済安全保障の重要性への認識が高まり,2022 年2月,経済安全保障推進法案が閣議決定され,5 月に成立した.
しかし,この問題を政治と地政学の論理にすべて委ねるべきものと考えるのは早計である.政治レベルの対立は深まっているが,かつての東西冷戦のような完全な経済の分断が起きているわけではなく,米中間も含め,国際的な経済の相互依存関係は存在している.東アジアの国際的生産ネットワークは新型コロナ危機からも大方の予想に反して迅速に回復し,リモートワークによる特需も享受して力強く活動を続けている.データ・ガバナンスの強化が指摘される一方で,デジタル技術の拡散は新興国・途上国を含め急速に進行しており,グローバリゼーションを体現している.いわゆるデカップリングの動きは今後も強まっていくであろうし,また安全保障上の懸念事項も範囲を広げていくであろうが,国境を越えた企業の経済活動は持続し,拡大していくであろう.日本としては,エコノミック・ステートクラフトを使う場面も出てくる一方で,国際ルールの論理を有効に用いていくべき機会も増えてくるだろう.そうしたなか,国際通商政策の立場から問題点を抽出し,自由経済と経済安全保障のバランスをとり,ルールに基づく国際通商秩序を維持,発展させていくことが,今ほど求められている時はない.そのためには,通商交渉経験のある実務家,国際法学者,国際経済学者,国際政治学者など多方面からの知的サポートを得ながら,国際通商秩序を多元的にとらえ,日本にとって進むべき道を詳細に検討していく必要がある.
本書は,上記のような問題意識の下に,2020 年から2022 年にかけて政策研究大学院大学政策研究院にて開催された「国際秩序の変革期における通商政策研究会」での発表や議論等をベースに取り纏めたものであり,より広範な政策論議の端緒となることを意図するものである.このような政策研究活動に対する政策研究院の渡辺修院長,白石隆先生をはじめとする,政策研究大学院大学の関係者の方々の理解に厚くお礼申し上げたい.
本書は,地殻変動に直面した国際通商秩序について,パワーバランスの急速な変化と国際通商秩序,国際通商ルールの役割,サプライチェーンのあり方,中国と国際通商秩序との関係,経済安全保障との接点,メガFTA の今後等,それぞれのテーマに関する気鋭の専門家による書下ろしの最新の論考を網羅しており,国際通商,国際経済をめぐる現状に関心がある実務家,研究者,学生の方々等の参考になるものと確信している.
最後に,本書の刊行を快諾し,編集の労をとっていただいた勁草書房の宮本詳三氏に,執筆者一同心からお礼を申し上げたい.
2022 年4 月
編著者
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