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『習近平政権の国内統治と世界戦略――コロナ禍で立ち現れた中国を見る』

 
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川島 真・21世紀政策研究所 編著
『習近平政権の国内統治と世界戦略 コロナ禍で立ち現れた中国を見る』

「序文」「総論 コロナ禍で立ち現れた中国を見る」(冒頭)(pdfファイルへのリンク)〉
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序文
 
 本書は,習近平政権下の中国について,それを「コロナ禍」を一つの補助線と位置付けて考察するものである。新型コロナウイルス感染症は,中国をはじめ,世界を大きく変えたというよりも,すでに生じていたさまざまな変化を早め,また見えにくかった事象を可視化するなどといった効果を有していた。この点を踏まえ,新型コロナウイルス感染症の感染が拡大する中で中国が見せたその姿を,日本の中国研究者がいかに考察したのかということを,国内政治,経済,国際関係などの側面から叙述したのが本書である。
 感染源が武漢であったのかどうかについては議論があろうが,感染が世界で最初に拡大したと確認されたのが武漢であったことは確かであろう。2019 年末から2020 年の初頭にかけて,その感染の拡大に対する「初動」は明らかに問題を孕んでいた。しかし,2020 年の1 月,中央政府が本格的に対処に乗り出すと事態は大きく動いた(いつが転換点かということについては本書内にも異同がある)。武漢ほどの大都市を都市封鎖するという「荒技」を,民兵などを動員しながら行い,また地方行政機関の管轄を超えて医療が受けられる制度を作り,これまで実施してきた社区などの基層社会への管理統制を基礎にして,感染拡大を防止する態勢を整えた。中国政府,あるいは共産党,人民解放軍がそれぞれの動員力,社会に対する管理調整能力を示した,ということだろう。管理統制の強化は,個々の人に及ぶだけでなく,民族自治区や特別行政区への管理統制強化にも結びついた。
 他方,動員を強化し,病気との闘いを「戦争」のように表現し,かつ対外的な交流を制限する中で,中国国内でナショナリズムが高まっていった。また,国境付近での軍事行動も活発化した。これは中国自身が国内に混乱が生じているので,周辺からの脅威にさらされやすくなっていると認識してのことであろう。中印国境,南シナ海,東シナ海,そして何よりも台湾周辺で中国人民解放軍や海警の動きが活発化し,それが周辺からの強い反発と警戒を生んだ。
 世界的な対中感情も大きく悪化し,2020 年から21 年にかけて先進国のみならず,途上国においてでさえ,対中感情が最低になるところが続出した(日本はその例外で特に大きく悪化してはいない。以前から大きく悪化していたためである)。中国はマスク外交,ワクチン外交などを展開したが,2010 年代末から顕著になっていた米中「対立」が新型コロナウイルス感染症の感染拡大の過程で,さらに激しくなっていったことも相まって,対外関係は大きく制約をされることになった。中国では,欧米によるカラー革命が中国国内にも及ぶとの懸念が一層強まり,その前線基地と目されていた香港への警戒も強まった。香港への国家安全維持法の適用にはそうした中国側の西側諸国への強い警戒心があった。だが,そのような香港政策は,統一を目標としている台湾をさらに遠ざけることにもなった。台湾の人々は,新型コロナウイルス感染症に対する中国国内の管理統制強化,また中国在住の台湾人への中国政府の処遇などを目の当たりにし,その対中感情はこれまで以上に悪化していった。
 しかし,世界が新型コロナウイルス感染症に苦しめられる中で「ゼロコロナ」政策を掲げながら経済回復へ向かったのも中国であった。新型コロナウイルス感染症の感染拡大にともない,一帯一路の下で進められていた各地のインフラ建設事業も,ヒトの移動が制約される中で順調には進まなくなったし,またいわゆる米中対立が顕著になる中で,中国は先進国への経済依存を軽減させ,ASEAN やロシアとの貿易関係を強化した。新型コロナウイルス感染症に直面した世界各国は,自国でのマスクをはじめとする医療関連製品の国産化を模索するようになった。強靭なサプライチェーンが意識されるようになったのである。これは中国も同じである。
 しかし,だからと言ってグローバルなサプライチェーンや多国間主義が後退したかと言われればそうではないし,むしろ中国がいち早く経済再建に向かう中で世界経済の中国依存が強まった面がある。これは米国をはじめとする先進国においても同様だ。東アジアでもRCEP が2020 年12 月に署名され,2022年1 月に発効している。これは日中韓のFTA も含む広域のFTA である。
 ただ,新型コロナウイルス感染症の感染拡大は,中国経済がその感染拡大以前から抱えていた問題を際立たせることにもなった。個人消費の問題や不動産売買に依存する地方財政などがそれであるし,また貿易構造も投資のありようもすでに先進国に近づきGDP が国内需要に依存する形態になっていたこと,そして従来から指摘されている国有企業問題などが,そうした問題の一例である。新型コロナウイルス感染症の感染拡大の中で中国政府が採用した経済に関わる「双循環」政策はそうした論点を集約したものだとして理解できるだろう。
 2022 年,中国が北京オリンピックを迎える頃,中国は2 つの大きな試練に直面することになった。ひとつは新型コロナウイルス感染症の感染の再拡大であり,いまひとつはウクライナ戦争である。感染の再拡大は,深圳, 上海などの経済の中心地を直撃し,回復基調にあった経済は厳しい局面に陥ることになった。また,10 年ぶりの人事が行われる第20 回党大会を迎えるにあたり,この経済の立て直しが喫緊の課題として意識されるようになった。2022 年8 月の北戴河では,人事政策だけでなく,これまでの党の領導を強化する習近平政権の政策が肯定され,今後も継続して行くことが確認されたと思われるが,経済の立て直しが重要課題として設定されたようである。
 他方,ウクライナ戦争が勃発することにより,従来からロシアとの関係を重視してきた習近平政権はそのロシアとの関係性をいかに維持,あるいは修正するのかという課題に直面した。先進国が中ロを一枚岩と見て「力による現状変更」を行う勢力とみなす中で,中国はロシア寄りではありつつも,自らを新興国や途上国を代表する存在だと位置付け,先進国と対峙しようとする。だが,途上国とて先進国と中国とのどちらかを選ぶというわけでもなく,自国の国益の最大化を考えて行動する。経済問題にも直面する中国は,対外政策を次第に穏健化させ,先進国とも一定程度の関係改善を図り,対外関係の緊張度を下げようとする傾向にある。
 対外関係を一定程度改善させようとしても,中国にとっては「核心的利益」に関わる問題,とりわけ台湾問題については強硬姿勢を崩すことはできない。その台湾政策は,軍事侵攻可能な軍事力を保持した上で台湾社会にそれを見せつけ,他方で多様な面でのグレーゾーン浸透を継続し,ディスインフォメーションやサイバー攻撃,あるいは経済制裁などを通じて台湾社会に圧力をかけて,独立を諦めさせ,統一やむなしと思わせることにある。2022 年夏の米国のペロシ下院議長の台湾訪問直後の中国の台湾への制裁は,まさにこうした政策の延長線上にあった。
 日本にとっても「台湾有事」は喫緊の課題として意識されつつある。日中は隣国であり,移動することはできない。日本の第二次安倍晋三政権は2014 年から対中関係の改善を図り,2018 年10 月には安倍総理が公式に訪中,2020 年4 月には習近平国家主席の公式訪日が予定されていたが新型コロナウイルス感染症により延期となった。日中間には強固な経済関係があるが,国民感情は特に中国で新型コロナウイルス感染症の下で悪化し,経済安全保障の考え方が広がるにつれ,経済に依存した日中関係に不安を与えている。ウクライナ戦争の下で日ロ関係が悪化した結果,中ロの連合軍による日本周辺での活動も活発化している。ポスト新型コロナウイルス感染症にどのような日中関係が想定されているのか。依然として未知数である。
 中国については,さまざまな憶測がつきまとう。「21 世紀は中国の時代になる」といった話があると思えば,「中国経済,共産党政権はもう限界だ」といった悲観論も後を絶たない。日本のメディアの中には,そうした中国論の「好み」に敏感で,読者や視聴者の「好み」を把握しながら,それに合わせた論調をとるところがあるようだ。中国もまた,国内のみならず,世界の中国論を主導していこうとしている。「話語権」という言葉があるように,中国に関わるさまざまな問題について,自らが議論を創出し,それを世界に普及させていくことに腐心しているようだ。こうした「好み」に基づく「耳に優しい」中国論や,中国発の中国情報をいかに相対化していくのか。中国研究者もまたこうした課題から自由ではないが,それぞれが自らの専門の見地から,中国のことを分析し,考察を加えている。
 本書は,中国のあらゆる分野のことを議論できるわけでもないし,将来を予言しているものでもない。だが,本書が少しでも「耳に優しい」中国論や,中国発の中国情報を読者が相対化するのに役立つならば,この上ない喜びである。
 
2022 年9 月
川島 真
 
 
総論 コロナ禍で立ち現れた中国を見る
 
川島 真
 
1.はじめに
 
 新型コロナウイルス感染症の感染拡大は,その感染拡大が中国発であったこともあり,中国の政治,外交,軍事,経済,社会などに大きな影響を与えた。その影響を見極めることは現在の,そしてこれからの中国を見ていく上で不可欠な作業だ。また,その新型コロナウイルス感染症の影響や対処などに,中国という国家や共産党政権,あるいは中国社会のありようが示された部分もあった。これは「非常事態」こそが日常的には見られないあるものの姿が立ち現れるということでもある。その姿は非日常かもしれないが,それは日常ではなかなか見えづらい観察対象の性質だということもあろう。新型コロナウイルス感染症にともなって見られた変化は,決してゼロから何かを生み出したものではなく,既存の変化を助長したり,あるいは本来あった何かを浮かび上がらせたりするものであったといわれる。実際,新型コロナウイルス感染症との関わりの中で,現在の中国共産党政権の持つ「強み」も,また「弱み」もまた姿を見せることになったと考える。
 こうした点を踏まえて,2020 年度,経団連21 世紀政策研究所の中国研究会では,中国の内政および経済,社会からなる「中国の国内動向」に関するチームと,中国の軍事,経済,援助,秩序構想などの面に関わる「中国と世界秩序」に関する2 つのチームを組織し,研究会活動を進めた。本書はその研究活動の成果を踏まえた論文集である。
 前者の「中国の国内動向」チームでは,中国がこの新型コロナウイルス感染症対策にいかに取り組んだのか,そこから何が見て取れるのか,ということを主に考察した。「社区」における新型コロナウイルス感染症への取り組みを扱った小嶋論文,民兵の動員を扱った弓野論文は,それぞれ習近平政権への新型コロナウイルス感染症への取り組みを示している。習近平政権の取り組みは,歴代の政権が築いてきた統治の基盤の上,あるいは以前の統治を継承して行われた面もあれば,また習近平政権になって新たに始められた施策もあった。弓野,小嶋両論文はまさにこうした点を如実に示している。
 他方,新型コロナウイルス感染症の感染拡大にともなって共産党政権は一連の課題に直面することになった。これもまた,従来から抱えていた問題が一層深刻になり,それへの対処が求められたということでもあった。こうした問題は,新型コロナウイルス感染症によりヒトの移動が抑制され,経済活動が制限されたために生じたことでもあり,また米中対立にともなう米国の関税引き上げや,いわゆる先端産業のデカップリングなどによって,助長されたりしたことでもあろう。具体的な課題としては,まず新型コロナウイルス感染症の感染拡大でダメージを負い,また米中対立の影響を受けた経済がある。この点は丁論文が中国政府の打ち出した「2 つの循環」などを紹介しながら論じている。その経済に続く論点は,中国にとっての長期的な課題,すなわち人口問題だ。中国政府は,新型コロナへの対処の過程,あるいはポストコロナの時期に,一人っ子政策からの脱却を明確化にしたが,しかしそれも特定の世代に負担を負わせることになり,容易に社会に受け入れられない。不動産価格や教育費が従前のままで,ただ複数の子どもを認めるといっても,事態はなかなか改善しないのが実情だ。コロナ禍の下で出生者数が大きく減少したことも問題となっている。また,少子高齢化に向かう中国社会では,当然の帰結として社会保障費の増大という大きな課題に直面することになった。この問題は,新型コロナウイルス感染症の感染拡大の下で,またポストコロナの時期に,財政問題として,また社会問題として一層重要視されることになった。片山論文は,この社会保障問題に切り込み,中央と地方との間の相違や役割分担などについても論じている。なお,一つの補論として,中国の新型コロナウイルス感染症への取り組みが権威主義体制の象徴だとみなされ,他方で台湾では逆に民主主義的な対応をしたと評価されることについて,中台間の共通性が見られることや,また台湾が中国への高い理解度,すなわちチャイナ・リテラシーの高さを有していることなどが台湾の新型コロナウイルス感染症の対処を特徴付けていることなどを,川島論文が指摘している。
 後者の「中国と世界秩序」チームでは,新型コロナウイルス感染症の感染拡大期やポストコロナの時期に,世界の秩序や,中国と世界各国との関係性に大きな変化が見られたことを踏まえ,中国の対外政策,変容する世界秩序と中国との関係性を考察した。まずは,中国が国境を接する周辺諸国・地域との間での緊張を高めたこと,また米中間の軍事,安全保障面での対立が激化していることを前提として,小原論文が中国の軍事面での世界展開について考察を加えている。軍事面での海外展開は,一帯一路の一つの目標だが,その一帯一路を含め,中国の世界との関わり方はやはり経済中心であり,経済の世界展開に付随して後から政治や軍事も世界展開する。だが,新型コロナウイルス感染症の感染拡大により,ヒトの移動が大きく抑制され,多くのインフラ建設プロジェクトが頓挫して,一帯一路も厳しい状況に置かれるようになった。また,一時的に中国と先進国との貿易関係も後退した。それに代わって東南アジアやロシアとの貿易関係が強化されたが,次第に先進国も含めた経済関係が回復し,コロナの下での米中貿易は(一部の先端技術関連は除いて)増加するに至った。しかし,世界的に中国への視線が厳しくなり,また先進国だけでなく,東南アジアなどでも対中感情が悪化していることや,米国が先端産業でのデカップリングを進めている中で,経済貿易関係のコロナ以前への「原状回復」は容易ではない。そうした中で,中国側は,経済と安全保障を関連づけた経済政策を採用して,台湾やオーストラリアに経済制裁を加えた。だが,その一方で国連の枠組みを利用して,グローバル開発構想(GDI)を打ち出し,そこにデジタル経済などの先端産業を落としこもうとしている。大西論文は,国内チームの丁論文とも関わるが,この一帯一路を中心に,経済関係がどのように変容しているかということを考察している。また,投資や貿易とも深い関わりを持つことでも知られる援助については,とりわけその制度や実態について,北野論文が考察を加えている。援助の場合には,単純な経済的な行為というよりも,国家としての利益がより先鋭的に現れるし,また援助を遂行する上でのルールの問題もある。しばしば指摘される,「債務の罠」をめぐる問題も援助と深く関わる。北野論文は,中国の援助をめぐる政策が単純な「西側諸国に対する挑戦」というだけでは説明がつかないことが浮き彫りにしている。小原,大西,北野論文からは,中国と一帯一路諸国,また世界との関わりについて「中国の対外進出」という側面からだけではなく,むしろ一帯一路の沿線国,あるいは世界の開発途上国などの中国への視線,彼らが中国との関わりを築こうとしている側面から理解するきっかけを与えてくれる。こうした中国と世界との関わりを,西洋諸国の言説からも,また中国の言説からも距離をとって理解する上で重要となるのが湯川論文だ。この論文は,統計に基づいて中国の世界における立ち位置を,「客観的に」示している。中国国内の,あるいは英語,日本語メディアの言説とは異なる中国の姿,具体的な数字で示される中国像がそこにはあろう。
 以下,個々の論文の内容について要約し,可能な範囲でコメントし,議論を深めておきたい。
 
2.「中国の国内動向」をめぐって
 
(1)新型コロナウイルス感染症と中国の「社区」統治
 西洋諸国がウィズコロナ政策へと転換する中,中国はそれを批判し,ゼロコロナ政策を継続している。それが2022 年の上海などでの感染拡大により果たしてうまくいったのか,ということには議論があろうが,少なくともオミクロン株の感染拡大までは,中国のゼロコロナ政策は「成功」していたと見ることができるであろう。そうしたことを踏まえて,小嶋論文は,「なぜ,中国では人々の移動の制限をともなう末端社会の管理が,かくも徹底できるのだろうか」という問いを立てる。それは末端社会の徹底した管理が感染拡大を防ぐことに実際に意味があった,とみなすからであろう。(以下、本文つづく)
 
 
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