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『知財とパブリック・ドメイン 第2巻:著作権法篇』

 
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田村善之 編著
『知財とパブリック・ドメイン 第2巻:著作権法篇

「目次」「第4 章 ダウンロード違法化拡大になぜ反対しなければならなかったのか?」前半(pdfファイルへのリンク)〉
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第4 章 ダウンロード違法化拡大になぜ反対しなければならなかったのか?
──インターネット時代の著作権法における寛容的利用の意義

 
田村善之
 
Ⅰ はじめに
 
 2019 年から2020 年にかけて,著作権を侵害してネットにアップされた著作物については,録音や録画に限らず,全ての著作物について私的複製目的であってもダウンロードを違法化しようとする動きがあったが,それに対して反対運動が巻き起こり,結果的に2020 年に実現した法改正にあっては著作権の制限が外される場面をかなりの程度,刈り込むことにつながった.後述するように,筆者はこの反対運動に深く関与したが,その理由は,ダウンロードの一律違法化により寛容的利用が過度に萎縮する事態を防ぎたいというところにあった.
 
Ⅱ 改正の経緯
 
1 従前の関連法の状況
 まず,今回の改正前の状況について確認しておこう.
 著作権法は2009 年改正により私的録音録画の違法化を実現した.従前は,私的使用目的の複製に対しては著作権が制限されていたところ,この改正により,著作権を侵害して自動公衆送信されている著作物を悪意で録音録画する行為に関しては,それが私的使用目的であったとしても,それがゆえに著作権が制限されることがなくなった(2009 年改正30 条1 項3 号).当初は民事規制に止まっていたが(2009 年改正119 条1 項括弧書き),2012 年には,有償で公衆に提供等されている著作物に係る録音録画については,刑事罰の対象とされることとなった(2012 年改正119 条3 項).
 
2 2019 年改正挫折までの経緯
 2019 年に企図された改正は,かかる録音録画に関する規制を,複製行為一般に拡大しようとするものであった.それまでは音声や動画をダウンロードするのでなければ侵害にならなかったところ,この改正が実現された場合には広く静止画や文章など著作物全般の複製が規律されることになる.その主たる動機は,インターネットにおける漫画の海賊版対策にあった.2018 年に知的財産戦略本部に設置された「インターネット上の海賊版対策に関する検討会議(タスクフォース)」において海賊版サイトに対するブロッキングという抜本的な対策の導入が憲法の通信の秘密と抵触するという反対論により頓挫する中で,サイト・ブロッキング以外の施策が優先されることとなり,2018 年10 月30日に行われた知的財産戦略本部「検証・評価・企画委員会コンテンツ分野会合」において配布された「中間とりまとめ(案)」は,著作権を侵害する静止画のダウンロードの違法化の検討を直ちに行うことが適当である旨を提言している.
 かくして舞台は,筆者も委員として参加する文化庁・文化審議会著作権分科会・法制・基本問題小委員会に移行することとなった.中間まとめに対するパブリックコメントの手続きを経て,2019 年1 月25 日に行われた法制・基本問題小委員会においては,事務局から「小委員会報告書(案)」が提示された.この提案は,民事規制について違法性を見誤った場合にも違法にならないという主観的な要件で限定するという絞りはかけられたものの,広範な規制を認めるものであった.しかし,録音・録画と異なり,文書・画像の場合には一挙手一投足でできることが多く,著作権を侵害するものがダウンロードする文書等の一部に混入していることも多いから,(録音・録画ですら広汎な規制は疑問であるところ)人々の利用を過度に萎縮させることのないようにするためには,(かりに規制を拡大せざるをえないとしても)主観的な要件による絞りでは足りず,相応の限定を施す必要があるというべきである.実際,報告書(案)に対しては,生貝直人=小島立=鈴木將文=田村善之=前田健「報告書(案)に対する意見書」が提出され,反対を表明した.委員会の席上でも先送りを求める意見が相次いだが,主査から報告書(案)の修正については主査預かりとしたい旨の発言があり,主査の責任において報告書を取りまとめることとされた.
 かくして法制・基本問題小委員会を通過した提案は,2019 年2 月13 日付けの親委員会である著作権分科会において審議されることとなる.席上には,小委員会で反対に回った委員からの意見が提出され(8),筆者や井上由里子委員等から強い反対論が唱えられたほか,委員の間でも賛否があったが,結局,原案どおりとされた.
 しかし,所轄官庁が作成した法案が最終的に閣議決定されるまでには,与党内での立法に向けたプロセスという関門があり,実際にはここを通過しない限り,法案が国会に提出されることはない.小島立准教授(当時)が中心となって自民党の国会議員に対する働きかけがなされるとともに,並行して,民間でも文化庁案に対する反対の意見を表明する動きが喧しくなる中で,自民党内にも反対意見に同調する議員が現れ,与党内プロセスはにわかに荒れ模様となった.
 2019 年2 月22 日の自民党内の文部科学部会・知的財産戦略調査会合同会議は文化庁改正素案を了承したが,2019 年3 月1 日の総務会は改正案了承を先送りした.その結果,2019 年3 月6 日の文部科学部会・知的財産戦略調査会合同役員会においては,反対論を唱える筆者や,ここまでの広汎な規制は求めていないとする赤松健氏(日本漫画家協会)を含む6 名に対するヒアリングが実施され,最終的に2019 年3 月13 日に文部科学部会・知的財産戦略調査会合同役員会において,法案提出見送りを文化庁に求めることが決定された.
 ここにおいてついに2019 年改正への動きは頓挫することになったのである.
 
3 2020 年改正成立までの経緯
 文化庁は2020 年改正を目指して,ダウンロード違法化拡大に関する議論を仕切り直すことにした.審議会における議論を再開するのではなく,新たに「侵害コンテンツのダウンロード違法化の制度設計等に関する検討会」(通称,「有識者検討会」)を立ち上げ,2019 年11 月から集中的に審理を開催することになり,筆者も委員として参加した.
 この検討会の第一回席上で文化庁が提示した案は,反対論を踏まえ,前年度と異なり,当初から,いくつかの重要な限定を盛り込んだものであった.第一に,一定の写り込み(スクリーンショットを行う際に,違法にアップロードされた画像が写り込む場合など)を規制対象から外す,第二に,侵害の態様が軽微なもの(e.g. 漫画の1 コマなど)のダウンロードを規制対象から外す,とされたのである.また,文化庁が選択肢として掲げた他の限定のうち,第三に,二次的著作物の原著作権を侵害して自動公衆送信されているもののダウンロードを規制対象から外すという方策については,早い段階から委員の間で導入することに対してコンセンサスが得られた.
 最大の争点となったのは,「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」という類の一般条項的な要件を設けるかということであった.コンセンサスが得られた限定のみでは,結局,権利者が保護を欲していない著作物のダウンロードが著作権侵害になることは避けられない.ここは譲ることのできない一線であり,前田哲男構成員から「著作権者の利益を不当に害しないと認められる特別な事情がある場合を除く」という形で,著作権を制限するほうが立証することを要するという解釈を促すような文言ではいかがかという妥協案が持ち出され,筆者も多数派工作の観点から賛同したが,結局,僅差で採択には至らなかった.もっとも相当に強い異論があったことは最終的なとりまとめにおいても配慮され,それが続く自民党内での手続きにおける再逆転につながることとなる.
 自民党内では,「知的財産戦略調査会デジタル社会実現に向けての知財活用小委員会」において議論がなされ,「著作権者の利益を不当に害しないと認められる特別な事情がある場合」を除く,という限定が付されることとなり,その線で法案化が進められ,2020 年改正として結実するに至った.
 
Ⅲ なぜ反対しなければならなかったのか?
 
1 有体物に対する権利との違い
 ダウンロード違法化拡大の是非をめぐる議論の過程では,他人の土地に侵入してはいけないのと同様に,他人の著作物を無断で利用してはいけないのは当然のことなのだから,ダウンロードを違法化するのは極めて当たり前のことであるといった類の議論が提出されることもあった.
(以下、本文つづく。注番号と脚注は割愛しました。Pdfでご覧ください)
 
 
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