
書評 アメリカ南部料理で読みとく『チャーチ・レディの秘密の生活』
評者 アンダーソン夏代
皆さま、こんにちは。料理研究家のアンダーソン夏代と申します。「料理研究家がなぜ黒人文学の書評を?」と訝しがられる方も多いことでしょう。胸中お察しします。しかし、どうぞこのままもう少し読み進めてください。
私はちょうど25年前、ノースキャロライナ州出身のアフリカ系アメリカ人の夫との結婚を機に、南部料理の研究を始めました。そして、つい先日まで約20年間アメリカの南部に住んでいました。居を構えていたのは、なんと奇しくも著者ディーシャ・フィルヨー氏の出身地、フロリダ州のジャクソンビルです。南部料理がたくさん登場する本を上梓した著者の出身地に最近まで住んでいた、南部料理に多少明るい日本人の料理研究家だなんて、そんな宝くじで高額当せんするくらいの確率で条件が揃うことなんてあるでしょうか。
仲良くしていただいている(と思っている)訳者の押野素子さんのご紹介で、勁草書房さんから『チャーチ・レディの秘密の生活』を頂戴し、早速読んでみると、冒頭の「ユーラ」で「ああ、あのスーパーか。なるほど」と思いを馳せ、黒人女性の話し方(「ガール!」[p.28])や、雷が轟くような大声で信徒に語りかける黒人男性牧師[p.46]、私も時折する幸運を祈るクロス・フィンガー[p.50]、それぞれの時代を象徴する音楽などなど、4K解像度さながらの臨場感で溢れるように私の中へ流れ込んできました。特に料理については、それぞれのシーンに相応しいものばかりで、うんうんと首が痛くなりそうなほど頷いてしまいます。
ここでは、読者の皆さまがよりいっそう『チャーチ・レディの秘密の生活』を楽しめるよう、料理(主に南部)に関する記述の解説をしていきます。今から読まれる方、再読される方、いずれも参考書のように使っていただけると幸いです。
ユーラ
この時代(2000年を迎えるカウントダウン)のアメリカ人にとって、寿司とはおしゃれな要素があるアペタイザーで、生魚を使わないカリフォルニアロールのような裏巻きの事を主に指しています。「コールドカット」の冷肉は、ハニーハムやパストラミといった調理済み加工肉のことで、それと数種類のチーズを盛り合わせたものは定番の人気があり、スーパーの惣菜売場の近くで取り扱いがあります。
登場人物のキャロレッタが買い物をしたPublixはフロリダ州発祥で南部を中心に展開しており、高級度でいえば中の上あたりに位置する全米顧客満足度No.1のスーパーです。
シャンパンは厳密にはフランスのシャンパーニュ地方で作られたものしかそう呼べませんが、アメリカ人はスパークリングワインのこともシャンパンと呼びます(「アンドレ・スプマンテ)」はカリフォルニア産のスパークリングワイン)。キャロレッタがアレンジしたゆで卵などを加えたポテトサラダは、「デビルドポテトサラダ」とも呼べるものでとても美味しく、ユーラが満足するのも納得です(ここでのデビルドとは、香辛料で味付けしたものを指しています)。
ディア・シスター
ご近所や教会からの差し入れが典型的な南部の家庭料理ばかりで、読んでいるだけで食べたくなります。
南部といえばの筆頭「フライドチキン」。フライドチキンと同じ部位で切り分けた骨付き鶏肉に香辛料入りのシーズニングをまぶしてオーブンで焼いた「ベイクドチキン」。ゆでたエルボーマカロニをチェダーチーズベースのソースで和えた「マカロニ&チーズ」(グラタンのようにオーブンで焼き上げるタイプもあります)。

マカロニ&チーズ、グリーンビーンズ、ローストターキー
ゆで卵を縦半分に切り分けて黄身を取り出し、マヨネーズと黒胡椒、みじん切りの玉ねぎやセロリのような香味野菜と合わせて丁寧に混ぜ、再び白身の窪みに絞り出して詰めた「デビルドエッグ」。刻んだピクルス入りの「ポテトサラダ」。これは、日本スタイルと違って薄切りのキュウリやハムは入りません。

南部の正月料理

スイートポテトパイ
南部の正月料理には欠かせない、ゆっくり煮込んだブラックアイドピーズと長粒種のごはんを混ぜた「ブラックアイドピーズ(&ライス)」。ベージュ色の小ぶりな豆にこげ茶色の目が入ったブラックアイドピーズは、赤飯のあずきの代わりにしばしば使われるささげの仲間なので、調理中はささげのような匂いがします。
・ブラックアイドピーズ(&ライス)
・グリーンズ
・ベイクドハム クランベリーソース添え
・コーンブレッド
・アンドレ・ブルート(「ユーラ」に登場したアンドレ・スプマンテと同じメーカーのスパークリングワイン)
そしてしっとりと甘い「パウンドケーキ」。パウンドケーキは、本来はバター、砂糖、卵、小麦粉を同量使って作りますが、現在のアメリカでは砂糖と小麦粉の量はほぼ倍近くになり、そこに薄めたヨーグルトのような風味のバターミルクや、牛乳を加えて焼き上げたものです。バターの量が控えめなので、意外にあっさりしています。
ちょっと一言余計な感じのミス・マーガレット作の「スイートポテトパイ」は、アメリカのオレンジ色をしたさつまいもを使ったもので、ほくほく感は全くなく、シナモン、クローブ、ナツメグパウダー入りのベルベットのように滑らかなフィリングが特徴です。秋の感謝祭や、冬のクリスマスによく登場します。
ピーチ・コブラー
タイトルにもあるように、南部を代表するデザートのひとつであるピーチ・コブラーが何度も出てきます。
ミズ・マリリンの作る「チキンサラダのフィンガーサンドイッチ」は、市販のローストチキンをほぐして皮と骨、脂を丁寧に取り除き、マヨネーズで和えたものでしょう。 その際に黒胡椒を振り入れているかもしれません。日本のものよりひと回り小さいサンドイッチ用食パンにそれをはさみ、縦または斜め半分にカットします。
「ターキーサンド」は、ローストした七面鳥の胸肉を薄切りにしたものか、七面鳥のハムの薄切りがはさんであります。「コーンドッグ」は日本でいうアメリカンドッグのことで、日本のものとの最大の違いは、生地にコーンミール(乾燥させたとうもろこしの実を挽いたもの)が入っていることです。
「グリルドチーズ・サンドイッチ」は上述と同じタイプの食パンの間にスライスチーズをはさみ、バターを溶かし入れたフライパンで両面焼いたものです。とても簡単なのにトーストしたものよりも格段に美味しいので、機会があればお試しください。
降雪
リーリーとロンダがそれぞれの子ども時代に何度もおかわりした「バナナプディング」は、カスタードクリームと輪切りにしたバナナ、バニラウェファース(直径3cm位のバニラ味クッキー)を層状に重ねて冷蔵庫で十分に冷やしたもので、トップは泡立てた生クリームかオーブンの上火で炙ったメレンゲで仕上げます。渾然一体になったあの味といったら(うっとり)。通年食べることはできますが特に夏を象徴するデザートで、私も大好物です。

シーフードボイル用スパイス

チャーチズチキン2ピースセット
このエピソードに登場するスパイスで真っ赤に茹でられた「アオガニ(青ガニ)」(ブルークラブボイル)は、東海岸やメキシコ湾岸に接する南部地方で好まれるシーフード料理で、地方によって使用するメインの食材は違えど、作り方は一緒です。使う材料によってクローフィッシュボイル(ゆでザリガニ)やシュリンプボイル(ゆでエビ)などと名前を変えます。南部のスーパーのスパイスコーナーには専用のシーフードボイル用スパイスが売っており、専用の大鍋は調理器具コーナーにあります。
リーリーのお母さんがリクエストした「チャーチズ・チキン」とは、テキサス州発祥のフライドチキンチェーンのことです。2ピースセットを全部チキンウィングにしてもらったということは、本来はドラムスティックとタイ(モモ肉の上部)の2ピースセットを変更してもらった事になります。セットのサイドディッシュまでは触れられていないのでさすがに分かりませんが、ホカホカビスケットにハニーバターをたっぷり塗ったものと、グレービーがかかったマッシュドポテトがスタンダードです。
物理学者との愛し合いかた
中学校の美術教師であるライラが作る料理は、カンファレンスに出席する肩書をもち、定期的にカウンセラーへ通えるほどの経済的余裕があり、センスが良く、恋に臆病でなかなか先へ踏み出せなかった独身女性を象徴したような料理で、アメリカや南部っぽさは感じられなかったため、ここでは割愛します。
ちなみにライラが彼を思って心に描いた「スバーロ」と「アンティ・アン」は、前者はピザ、後者はプレッツェルのファストフードチェーンです。
既婚クリスチャン男性のための手引き書
プロフリナー(「不倫に長けた人」の個人的造語)の 彼女が作るのは町一番のピーチコブラー。ここでもピーチコブラーが登場します。一見華やかではないけれど、食べてみると艶やかで後を引く美味しさを彼女に投影しているのかもしれません。
いかがですか? 料理が関わるとまた関係性が違って見えてきませんか? 是非、本編をお楽しみください。
余談ではありますが、この本に登場した南部スタイルの「フライドチキン」、「ポテトサラダ」、「スロッピージョー」、「バナナプディング」、「サン・ティー」などは拙著『アメリカ南部の家庭料理』(アノニマ・スタジオ、2011年)にレシピが掲載されていますので、ご興味ありましたらご一読ください(さりげなく宣伝)。
●おまけ
Recipe 比較的簡単ピーチコブラー(缶詰バージョン)
あえて本文では作り方を触れなかったピーチ・コブラー。これはぜひ黄桃で作って、南部の“罪深い味”を確認してみてください。レシピの倍量で作ると「ピーチ・コブラー」の話に出てきた内寸20×20cmの耐熱容器で作れます(容量は2000㎖目安)。
材料 内寸13×13cm容量660㎖の耐熱容器1台分(アメリカ人2人分、日本人3~4人分相当)
(フィリング)
黄桃の缶詰……1缶(正味250~280g)
ブラウンシュガー……50g
コーンスターチ……小さじ2
シナモンパウダー……5~6振り
水またはネクター……80g
バニラエッセンス……10滴
バター(有塩)……5g
(クラスト)
薄力粉……50g
ベーキングパウダー……小さじ1/2
塩……少々(2本指でひとつまみ)
バター(有塩)……25g
牛乳……50g
作り方
1. 黄桃はザルでシロップをよく切り、一口サイズに切り分けます。
2 .小鍋にブラウンシュガー、コーンスターチ、シナモンパウダー、水、バニラエッセンスを入れよく混ぜます。
3. 1の黄桃とバターを入れ、スパチュラでやさしく混ぜながら中火にかけます。
4. とろみが付いたら火からおろし、耐熱容器に広げ粗熱を取ります。
5. ボウルに薄力粉、ベーキングパウダー、塩を合わせて振るい入れます。
6. 冷たいバターを入れ、バターが小豆大になるまで指かフォークで潰します。
7.冷たい牛乳を一度に加え、練らないように気を付けながら切るように混ぜます。
8.7の生地を4の耐熱容器の上にスプーンで所々に落とします。
9. 200℃に予熱したオーブンでクラストがこんがり色付き、フィリングがフツフツとするまで20〜25分ほど焼いたら出来上がりです。
食べごろは味が馴染む20分以降です。冷めたものを温め直すと、よりいっそう美味しく召し上がれます。冷蔵で3〜4日保存可能。
メモ
・ブラウンシュガーはキビ砂糖、コーンスターチは片栗粉で代用可能。
・熱々にバニラアイスを乗せても。
・フィリングは泡立てた生クリームと一緒にパンケーキにかけても。
・クラストの生地を2等分にし、アイスクリームスクープでこんもりと天パンに乗せて焼くと、食事向きのドロップビスケットになります(アルミカップに入れて焼いてもOK)。
・無理にとは申しませんが、可能であれば色鮮やかなアメリカ産のものを使ってください(写真左が某アジア産、右がアメリカ産)
・クラシックなタイプを本格的に作ってみたい方は、ブログで紹介しているレシピも併せてご覧ください
https://tastesouth.exblog.jp/19326597/
アメリカ南部料理研究家。中村学園大学短期大学部食物栄養科卒業。ノースキャロライナ州出身の夫との結婚を機に南部料理の研究を始める。著書に『アメリカ南部の家庭料理』、『アメリカン・アペタイザー』(ともにアノニマ・スタジオ グルマン世界料理本大賞準グランプリ)、『アメリカ南部の野菜料理』(誠文堂新光社 グルマン世界料理本大賞グランプリ)、共訳に『メアリー・ポピンズのお料理読本』(アノニマ・スタジオ)。最新刊は初のエッセイ『アメリカ南部の台所から』(アノニマ・スタジオ)。
『チャーチ・レディの秘密の生活』
- 著者
- ディーシャ・フィルヨー 著
- 訳者
- 押野素子 著
- ジャンル
- 文学・芸術・ノンフィクション
- 出版年月
- 2024年12月
- ISBN
- 978-4-326-85203-1
- 判型・頁数
- 四六・208ページ
- 定価
- 2,640円(税込)
甘く、切ない彼女たちの“秘密”。全米図書賞最終候補、ペン/フォークナー賞受賞、最注目アフリカ系アメリカ人作家による初短篇集。
勁草書房ウェブサイトへ https://www.keisoshobo.co.jp/book/b655295.html