あとがきたちよみ
『社会科学のための統計分析入門――リサーチにすぐ使える統計テクニック[原書第2版](上・下)』

About the Author: 勁草書房編集部

哲学・思想、社会学、法学、経済学、美学・芸術学、医療・福祉等、人文科学・社会科学分野を中心とした出版活動を行っています。
Published On: 2026/1/30

あとがき、はしがき、はじめに、おわりに、解説などのページをご紹介します。気軽にページをめくる感覚で、ぜひ本の雰囲気を感じてください。目次などの概要は「書誌情報」からもご覧いただけます。
 
 
マイケル・ベイリー 著
加藤言人・西川 賢 監訳
『社会科学のための統計分析入門 リサーチにすぐ使える統計テクニック[原書第2版](上・下)』

「序文」(上巻)(pdfファイルへのリンク)〉「訳者あとがき」(下巻)(pdfファイルへのリンク)〉
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序文
学生のみなさんへ――統計学を学ぶ皆さんはこの本から何を学べるのか

「つまらない昔ながらの教科書に比べれば,『社会科学のための統計分析入門』は少しはおもしろい。」学生A. H.
「自分の大学と大学院での経験からいわせてもらうと,こういう教科書は本当にありがたいです。方程式とか事実とかをやたら理解させようとする教科書が多いですが,『社会科学のための統計分析入門』は,学生と教師の双方向型学習ができている感じがしますね。」学生S. A.
「統計学を学び始めたときにこの本があればよかったのに。『社会科学のための統計分析入門』を最初から使っていたら大幅に時間を節約できただろうし,理解に苦しむことも少なかっただろう。」学生J. H.
「『社会科学のための統計分析入門』は理解しやすいうえに,忘れにくい。」学生M. H.

 
 この本では,次のような重要な疑問に答えようとするときに必要とされる統計的データ分析のツールを教える。貧困対策は機能しているのだろうか。失業はインフレに影響するのだろうか。選挙での候補者の資金支出は選挙結果を左右するのだろうか。これらの疑問は,単に興味深いというだけではない。人々のため,国家のため,そして世界のためになる政策を正しいものと主張したければ,こうした疑問に正確に答えていくことが重要なのだ。
 統計学を使って以上のような疑問に答えようとするなら,絶対に忘れてはいけないものがある。相関関係は因果関係と同じではないということだ。変数X が上昇したときに変数Y も上昇したとしよう。この場合でも,変数X こそ変数Y が上昇する原因であったとはいえないのだ。では,どうすれば変数X の変化が変数Y の変化に関係していると確証をもっていえるだろうか。この問題を明らかにするのが,この本の最重要目標だ。
 この本では因果関係を解明するために必要な,3 つのポイントに注目して議論を進めていく。この3 つのポイントに関しては,この本以外の教科書でも目にすることがあると思う。第1 に,この本では,社会科学を研究する人が最もよく使う研究ツールを取り上げている。それらの実践的な統計的テクニックを使えば,変数X が変数Y の原因になっていると根拠をもって主張することができる。それらのツールを使えば,みんなから一目おかれるような分析が可能になる。それらのツールを使えば,データを存分に活用することができる一方で,データから何がいえて何がいえないか,どれくらい確証を持っていえるのかなど,データに関する限界も理解できるようになる。
 この本では「現実世界の統計学」を学ぶ。現実世界の統計学では,特定の状況でときどきしか出てこないマイナーな統計的ツールはとりあえず無視する。教科書や先生がいろんなことを教えようとしすぎると,統計学はとたんにわかりにくくなってしまう。教える側が勉強して覚えた内容を何から何まで網羅しなくても,学生に統計的因果推論の全体像をしっかり理解させることは可能だ。この本はそう主張する。
 第2 に,この本は,全体を通じて1 つの分析枠組みに支えられている。この本では新しい概念が出てくるたび,すべてを一から学び直すような形式はとらない。核になるモデルを1 つ示し,それを中心に考えていく。すなわち,1 つの方程式と共通の仮定を本全体を通して扱い,調べ,探り,発展させていく。このやり方だと,本の前の部分に戻ったり,読み返したりする必要がなくなり,勉強の手間が省ける。どんなスキルを身につけるときも,あるテクニックを一回見ただけで完璧に理解することは無理だろう。そのテクニックについて,とにかく知ることだ。そのテクニックを使ってみることだ。そうすることで,きっと勝手がわかるようになる。何がどうつながっているのか,きっと理解できるようになる。そして,本当にわかったと思える瞬間が訪れる。学ぼうとするテクニックが縄跳びでも,タイピングでも,バスケのシュートでも,そしてデータ分析でも,うまくできるようになるまで何度も繰り返す必要がある。この本の全体を支える分析枠組みに食らいついていけば,すでに学んだことが,よりハッキリ理解できるようになるチャンスが増えるだろう。この本の中で,重要だと思うことは,あえて何度でも繰り返し述べる。著者自身,繰り返すことを恐れていないからだ。
 第3 に,この本では政策や政治,経済に関する数多くの事例が出てくる。読者が「二段階OLS」とか,「最尤推定」とかに全く関心がなかったとしよう。だが,「二段階OLS」や「最尤推定」といったテクニックを理解すれば,教育政策,貿易政策,選挙結果,あるいはその他の自分が興味を持っている事柄について,自分の理解がそれまでと違ってくることが実感できるはずだ。この本で扱われている例やケーススタディをみれば,この本で紹介される分析ツールが研究者によって実際に活用されていることは明白である。本書で紹介する分析ツールを使うことで,実際に優れた実証研究が生み出され続けているのだ。
 『社会科学のための統計分析入門』は統計学の基礎クラスとか,計量的アプローチを教える社会科学の基礎クラスで使うことを念頭において書かれたものだ。あるいは,上級者向けの方法論クラスで,統計的データ分析のコツや背景をよりよく理解するための補助教材として使ってもらってもいい。『社会科学のための統計分析入門』には,統計学を応用して分析をするときに必要なコツやツールがすべて書かれているから,統計的データ分析の授業以外でも使える。統計学は,いまやわれわれの人生のありとあらゆるところに浸透している。統計学はエンタメにだって浸透しているし,スポーツにすら浸透してきている(アイスホッケーのプロ選手のデータを回帰分析で分析した論文なんてものを見ても,驚いてコーヒーを口から吹き出すなんてことは,最近ではなくなった)。実際に使える統計学の知識があれば,それが世界をよりよく理解する手助けになってくれるのだ。
 
この本には何が書かれているのか
 この本を読みこなすのに必要な予備知識はそんな多くない。各項目をていねいに説明するために,基礎的な代数をちょっと使う。微積分は必要ないが,必要があれば言及することもある。微積分を必要とする概念を使う授業の教材として,この本を使うことも可能だ。だけど,微積分を理解できていなくても,この本は完全に理解できる。
 この本の最初の二章はイントロになっている。第1 章では,統計学における最も重要な問いについて述べる。それは,変数間に因果関係があるということを,確率論的に,かつ正確にどうやっていえばいいのか,というものだ。その問いに答えるのに理想的な方法は実験をすることだが,現実に実験を行うのは難しいことが多いし,われわれが知りたい疑問に実験では直接答えられないことも多い。第1 章ではこの本の議論の「全体像」を示す。議論の全体像は,第1 章以降の章で扱う,より詳細な議論と同様,重要な意味を持つ。
 第2 章では,優れたデータ分析とはどのようなものなのか,実際に分析するための基礎を提示したい。どんな統計的データ分析でも,データ分析にはソフトウェアが必要になる。これを慎重にやらないと,分析が全部ダメになってしまう。第2 章では分析を記録し,データについて理解するための優れた方法とはどんなものか,解説する。
 第I 部の5 つの章は,最小二乗法(Ordinary Least Squares: OLS) の導入になっている。OLS は回帰分析(Regression Analysis) ともいう。実質的には,すべての統計的データ分析はOLS か,OLS から発展してできた分析ツールによって行えるはずだ。第3 章では最も基礎的な回帰分析のモデル,すなわち二変数によるOLS モデルを扱う。第4 章では,仮説を検証するのにOLS をどう利用するのかについて説明する。第5 章から第7 章までは,多変量によるOLS モデルとその応用について触れる。第I 部を読み終えるころには,回帰分析が理解でき,測定可能なあらゆる変数を統制できるようになっているだろう。データに曲線を当てはめたり,特定の変数の効果量がグループごとに異なるのかどうかを検証できるようにもなっているはずだ。ここまでくれば,あなたの友人も,あなたのデータ分析の腕前に感心するに違いない。
 第II 部では,最新の統計分析で使われている分析ツールを紹介する。これらのツールは論文を学術誌に出版するときとか,カネを稼ぎたいときに有用だ。これらのツールは多変量のOLS を発展させたものなのだが,二変数間の因果関係を識別するのにより役に立つ。第8 章では,直接測定できない多くの要因をうまく扱うための,単純だが強力な手法を紹介する。第9 章では,操作変数法を扱う。この手法は独立変数に影響を与えるけれど従属変数に影響を与えない,そういう変数を見つけたときに有効である。この操作変数という手法はちょっとクセが強い。だが,因果効果を浮かび上がらせるうえで,すごく有益な手法になりうる。第10 章で扱うのはランダム化実験(Randomized Experiment) だ。理論的にはランダム化実験が行えるのが理想だが,実際に実験をやってみると,注意しないといけない難問がいくつも浮かび上がってくる。第11 章では,回帰不連続(Regression Discontinuity) というツールを扱う。この手法は,一定の条件を満たした変数について,その効果を見る際に使える。たとえば,アメリカ合衆国ではメディケアという医療費補助制度が65歳以上になると利用可能になる。そして,私立学校の中には,テストが一定の点数を超えていないと入学できない場合がある。こうした,閾値を超えたときにのみ起きる政策・決定を手がかりにして,より信頼のおける統計的分析を行うことが可能なのだ。
 第III 部には,章が1 つしかない(第12 章だ)。ここでは二値変数を従属変数にするモデルを扱っている。このモデルだと,われわれが知りたい結果は2 つの値しかとらないことになる。実例をあげると,高校を卒業するかどうか(卒業できる人と,できない人の二値をとる),失業しているかどうか(職についているか,いないかの二値をとる),同盟を組むかどうか(2 つの国は同盟条約を批准するか,しないかの二値をとる)などがある。第12 章では,どうやってこういう二値のモデルにOLS を当てはめるのか,検討する。そのうえで,独立変数が二値変数であるモデルを使う際に生じる不足を補える,精巧なモデルを紹介する。
 第IV 部では,いろいろ有益な手法を追加的に紹介し,それまでの内容を補足する。第13 章では時系列データを扱う。この章の前半では,OLS から派生したモデルについて説明し,後半では,OLS とは決定的に異なる動的モデルを紹介する。第14 章では,OLS の発展形について述べ,いくつかの具体的な問題に関して議論する。第15 章では,パネルデータについて詳細に扱う。そこで話の中心になるのは,パネルデータに含まれるさまざまな要素をどうやって1 つにまとめるのか,という点だ。
 第16 章は,この本の結論である。ここでは,統計的現実主義者になるための心がけについて述べる。実際のところ,統計分析はどれくらい有益なのか,統計分析の限界はどこにあるのか,大まかに理解したいなら,この章を最初に読むといい。そして,ほかの章で扱われている概念を理解できるようになってから,もう一度この章を読み直してほしい。
 
この本をどう使うか
 『社会科学のための統計分析入門』は,統計的データ分析を習得してもらうために書かれたものだ。各節は「これだけは覚えよう」コーナーで終了するようになっていて,その節で学んだ重要なポイントを強調してある。「これだけは覚えよう」コーナーの内容を覚えていくと,統計学の基礎がかなり理解できるようになるだろう。重要事項は本文中,最初に登場したところでゴチックにしてある。本文の下のほうで,その重要事項について簡単に解説する。これらの重要事項については,本の最後に掲載されている「用語解説」でも再度説明する。
 節によっては,「理解の確認」と「議論してみよう」がついているところもある。これは取り組んだほうがいい。課題に回答することで,自分が本当に内容を理解できているのかどうか確かめられる。苦労して統計学の勉強に取り組んだとしても,認知心理学者のいう「説明深度の錯覚(illusion of explanatory depth)」という状態に陥ることもある。われわれは自分が思っているほどには,自分がやっていることを理解できていない,というのが「説明深度の錯覚」だ。「理解の確認」と「議論してみよう」に回答してみると,自分がどの程度理解できているのかわかるだろう。「理解の確認」は具体的なことを聞く問題で,個別に解答が存在する。解答は本の終わりに掲載している。「議論してみよう」は自由回答形式になっていて,自分が関心を持っている物事にどうやって勉強した概念を適用していくか,突き詰めて考えていくためのものだ。こうやって問題を解いていけば,統計学を学ぶために統計学をやる,みたいな状態を脱することができる。むしろ,重要な争点・事柄をよりよく理解するために統計学を使っているという状態になる。
 何かを勉強するというのは,ひとりで問題に答えることだけではないことも覚えておいてほしい。先生でも,クラスメートでも,バスで隣の席に座っているイケメンでも,そういう人と一緒になって自分なりの疑問を思いつくことも,勉強していくうえでは重要だ。そうやっていくと,自分は何がわかっていないかを理解できるようになるし,いろいろな人と意見を交換するキッカケになるだろう。バスのイケメンとはそれを機に仲良くなれるかもしれない。最悪,その人はバスを降りて逃げてしまうかもしれないが……。
 最後に,この本の著者はいろいろなことにこだわっていそうだし,この本はずいぶんくだけた言葉で書かれているな,と思うかもしれない。たしかに,この本はありきたりの統計学の本とは雰囲気が違う。でも,くだけた言葉で書かれているといっても,内容までダメだというわけじゃない。この本では,本当に優れた統計的データ分析,本当に優れた方程式,本当に優れた研究の例が出てくる。ほかの統計的データ分析の本ではお目にかからない,すごい知識も得られるかもしれない。こうすることで,この本の内容はよりとっつきやすくなり,統計学との正しい向き合い方をわかりやすく伝えられる。統計学は数理的な方程式の羅列がすべてじゃない。そうではなくて,何かに関心を持っている人たちが現実世界から何かを学べるような,実際に使える分析ツールを提供していくのが統計学という学問なのだ。しかし,分析ツールに振り回されるようでもダメだ。この本は『社会科学のための統計分析入門』であって,『サルでもわかる統計学』じゃない。この本の内容を勉強すれば,自分や社会にとって重要な問いに答えるために,統計学をどんどん使えるようになっていくだろう。
 
教師の皆さんへ統計学を学生にどのように教えればいいのか
 
 統計学を教える教員は,学生に高望みしがちだ。学生には,統計学を使って,経済学や政策に関する重要な問いに答えられるようになってほしい。ときには,学生が信じられないような洞察をもたらして,われわれ教師を満足させてくれることもあるだろう。天の雲の切れ目から日光が射し込み,天使が歌を歌うように。毎日こういうことが起これば,どんなにすばらしいか。だが,悲しいことに,こういう経験よりも,教師がよく経験するのは,学生が混乱といら立ちで苦虫を嚙みつぶしたような顔をしている光景のほうだ。教室に雲が立ち込め,雨が降る,といったような。
 統計学を教えると,必ずこうなるわけではない。最も重要な概念に絞って教えていけば,学生が多くのことに気がつくようにヒントを与えていくことが可能だし,学生の苦虫を嚙みつぶしたような顔を見ることも少なくなるだろう。不幸なことに,ありきたりの統計学や統計学の教科書は,内容が単純すぎるわりに,わかりにくいことが多かった。多くの教科書はあまりにも単純で,過去の遺物みたいな初歩的なOLS 以上のことはほとんど学ばずに,大学の一学期が終わってしまうような内容になっている。学生に統計学がどれほど使えるものか,おもしろいものかを示すこともしないで,OLS にたどり着く前に確率論に深入りして,内容が非常にわかりにくくなってしまっている教科書も多い。
 『社会科学のための統計分析入門』は,われわれ教師が実際に使っている分析ツールを教えるようにすれば,最も効率的に学生に統計学を教えることができるはずだ,という信念に基づいて書かれた本である。(以下、本文つづく。傍点は割愛しました)
 


 
訳者あとがき
 
 本書は,Michael A. Bailey (2020) Real Stats: Using Econometrics for Political Science and Public Policy, 2nd edition (Oxford University Press) の全訳である。著者であるマイケル・ベイリーは,アメリカ政治を中心に世論調査方法論や国際関係に至るまで幅広い研究業績がある,ジョージタウン大学所属の著名な政治学者である。
 本書の内容は,一般的な統計学の教科書とは一線を画している。大きくいうと,本書が目指すのは「ときめかない」統計学から脱却し,社会科学を学ぶ人が日々の研究で実際に「使える」統計知識を教えることである。政治学の教育方法論を議論する学術誌に2019 年に発表された論文で,著者自身がその狙いを具体的に説明している。「統計学の教え方恐ろしくて,退屈で,役に立たないものから,そう,何かもっと良いものへ」と題する本論文によれば,これからの(社会科学の学生・研究者のための)統計学教育に必要なことは,4 つにまとめられる。
 
ときめく内容だけを教えること
 1 つ目は,「お片づけ!」である。著者ベイリーは,片づけコンサルタントの近藤麻理恵さんの言葉を借りながら,「ときめく」内容だけを残すことが重要だと説く(そう,「こんまりメソッド」が政治学の学術誌で引用されているのである!)。すなわち,研究で実際に使うことがイメージできるような,ワクワクする内容だけを教えよう,ということである。
 教科書の冒頭で,さまざまな確率分布の名前を列挙して,細々とその性質について説明することを考えてみよう。そういう辞書的な知識は,実際には社会科学の分析にすぐには使えない。そんな教科書を読み始めたら,役に立たないものであふれた汚部屋に踏み込んだ気分になるだろう。省略変数をモデルに含めたら,係数値が0.001 変わった,という例もいらない。ときめかないからである。R2 がモデルの当てはまりの良さを示すことを長々と説明した後に,R2 の高さは,分析がうまくいっているかどうかとほぼ無関係である(洗練された実験の分析モデルのR2 は得てして低いが,さまざまな問題を抱えるラグ従属変数モデルのR2 は必然的に高くなる)と指摘するのはどうだろうか。ならば,どうして延々とR2 の説明を読まされなくてはいけなかったのか。これも,全然ときめかない。
 本書は,そんなときめかない内容を「片づけ」て,社会科学を学ぶ人たちが日々の研究で実際に「使える」統計学の知識を厳選して扱う。よって,本書の内容は,統計分析の数学的・技術的な背景を正確に把握したい人には,詳細が不足していたり,表現が厳密には正しくないと感じたりする部分があるかもしれない。しかし,社会科学の研究にどんな分析手法を使えばいいのか迷っている人にとっては,統計分析を研究で適切かつ有意義に「使う」ために必要十分な知識だけが詰まっている本書は,統計を研究で使うハードルを確実に低くしてくれるだろう。
 
リアルなデータに早く触れること
 著者が重視している2 つ目の点は,「リアルなデータに,できるだけ早く触れること」である。リアルな例を使って統計学を学ぶことは,実際の研究で統計がどのように使えるかをイメージする近道である。統計学におけるさまざまな概念を,難しい専門用語を使うことなく現実社会の例を通して表現できれば,(数学が嫌いな人を含めて)幅広い人が統計的な分析思考を身につけるきっかけになるだろう。
 本書の本文にある図表のほとんどは,現実に存在する政治や経済,社会に関するデータ(もしくは現実社会を模して直感的なラベル付けがしてある仮想データ)に基づいて作成されている。また,演習問題のセクションで扱う問題には,さまざまな政治・社会問題に関わる実際のデータが付属している。したがって,本書は,研究関心と直接関連するような現実のデータを使って,統計学で用いられる概念の本質をつかむ機会を,読者に提供している。
 
理論は必要な時にだけ,ジャスト・イン・タイムで説明すること
 3 つ目の点は,統計の概念・理論の導入に関わるものである。ここで著者は「理論をジャスト・イン・タイムで教える」べきであると主張する。すなわち,統計理論は,社会科学の研究が実際に直面している課題と紐づけて,必要な時に,必要な分だけ説明されるべきだということである。内生性の概念を理解し,その課題に実験やOLS,操作変数,回帰不連続デザインなどの手法がどう対処しているかを理論的に学ぶことは,データ分析を適切に行うために必要だ。しかし,条件付き確率分布の名称と定義をひとつずつ押さえることや,中心極限定理にどんなバリエーションがあるかを知ることは,現実の課題を考えるうえでは,ちょっとマニアックすぎる知識といえるだろう。
 統計理論について一通りカバーしてから実践例に進む,というのは古典的な統計学の教科書にありがちな構成である。統計学という学問自体に関心があって,新しい統計手法を開発したいと思っている人には,理論を網羅的に教えられることは有意義かもしれない。しかし,とくに社会科学の学生・研究者を対象とする場合,理論だけを先に集中して教える構成は,学習者の統計に対する意欲を削ぎかねないし,ときめかない内容を「片づける」ことを難しくすると著者は指摘する。本書は,そのような著者の主張に沿って,統計理論は社会科学のデータ分析において生じる具体的な課題に応答する形で,ジャスト・イン・タイムに導入される構成になっている。
 
分析の主役となるOLS にさっさと触れること
 著者が統計学教育に必要だと考える第4 の点は,「OLS にさっさと触れる」ことである。本書はその通り,第3 章にはすでにOLS(最小二乗法)が紹介され,第4 章以降はほぼすべてOLS の枠組みをベースに展開していく。
 一般的な統計分析入門の教科書では,まずは変数の種類や頻度分布表,中央値・平均値などの記述統計の示し方をカバーし,その後に平均値の比較などの単純な二項分析について丁寧に説明をした後に,OLS は巻末で「ラスボス」として登場することが多い。対照的に,本書は記述統計に関する説明は第2 章の数ページでサッと終わらせてしまい,平均値の比較についてはOLS の枠組みの中で説明が行われている。
 著者は,このような構成をとる理由として,記述統計の知識は得てして「散らかりやすい」こと,大学より前の数学教育ですでにカバーされている内容が多いこと,そして,因果関係や内生性の問題に対処するほとんどの手法はOLS の延長線上にあることを挙げる。社会科学における問いに対して意味のある統計分析をするには,結局OLS を使う必要があるのだから,早めに学んだほうがよい,ということである。
 記述統計に関する知識はもちろん重要だ。しかし,ほとんどの場合,それだけでは「X はY を引き起こしているか」という,本当に検証したい問いには答えられない。OLS という,因果関係に関する問いを検証する際に主役となる手法をさっさと紹介することで,社会科学の学生・研究者に,統計学が「ときめく」学問だと感じてほしい,というのが本書における最後の狙いである。
 

 
 上で紹介した通り,本書には,政治学・公共政策学を含む社会科学全般に関心がある学生・研究者が,統計分析を研究手法として魅力的に感じられるようにする工夫が随所にちりばめられている。
 訳者として,最後に語っておきたいのは,本書全体を通して登場する,カジュアルな例示と表現についてである。たとえば,本書で最初に紹介されるデータ事例は,ザ・シンプソンズ(アメリカの超有名なテレビアニメ)に登場するキャラクターを対象とするドーナツの消費量と体重の関係であるし,第12章のケーススタディでは,犬を飼っているかどうかとオバマ大統領支持の関係が分析される。それ以外にも「一から再現できない分析は,役には立たない。いっそのこと,忘れて寝てしまったほうがマシかもしれない」(第2 章,2.2 節),「信頼区間は真値を含むか,含まないかのどちらかであるので(スターウォーズのヨーダが言うように,「とりあえず試してみるなどない」のである)……」(第6 章,注5)など,随所でくだけた表現が登場する。
 一瞬,著者は悪ふざけをしているのではないかと思ってしまう(し,訳者としては翻訳に苦労した)が,この教科書が書かれた意図を知れば,これらも,統計学へのハードルを下げるための著者の戦略だということがわかる。これらの例示や表現は,実は重要な理論や概念を語るときに登場しており,(難解な用語を使わなくても)内容が頭に残るように工夫されているのである。読者にとっては,いつの間にか統計的手法・理論の要点が頭に焼きついている,という実にありがたい構成になっているので,なんだかバカみたいな例だなと思っても,クスっと笑いながら,飛ばさずにしっかり読み進めてもらえればと思う。
 なお,各章末のプログラミング・コーナーにある分析コードは,使いやすいように日本語化した.do ファイルと.R ファイルを作成してgithub.com/gentok/JpnRealStats にアップロードしているので,分析の実践にぜひ活用してほしい。
 本書の翻訳プロジェクトが始動したのは,2020 年の末にさかのぼる。それからすでに4 年半以上の月日が経過し,著者のベイリー先生には「もうすぐ終わります」と終わる終わる詐欺(?)を重ねて,長らくお待たせしてしまった。また,担当編集者の勁草書房の上原正信さんにも,辛抱を重ねてお待ちいただいたことに,深くお詫びと感謝を申し上げる。関係各方面に多大なご心労をおかけしたが,ついに出版にこぎつけることができ,訳者一同ほっとしているところである。また,2023 年にはベイリー先生を早稲田大学にお招きして研究発表会を開催した。その際にご尽力くださった日野愛郎教授をはじめ,早稲田大学関係者の方々にも,この場を借りて感謝を申し上げたい。
 本書は,統計分析に初めて触れる人のみならず,統計学にいままで関心が持てなかったり,やりかけたものの挫折したりしたことがある人にも手にとってもらいたい本である。本書を通じて,統計学を用いたデータ分析のおもしろさや有用性に目覚めて,統計分析を自分の研究ツールボックスに追加してくれる人が増えることを,訳者一同,心から願ってやまない。
 
2025 年7 月吉日
訳者代表 加藤言人
 
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