あとがきたちよみ
『行動変容ホイール――健康問題への介入をデザインするためのBCWフレームワーク』

About the Author: 勁草書房編集部

哲学・思想、社会学、法学、経済学、美学・芸術学、医療・福祉等、人文科学・社会科学分野を中心とした出版活動を行っています。
Published On: 2026/2/25

 
あとがき、はしがき、はじめに、おわりに、解説などのページをご紹介します。気軽にページをめくる感覚で、ぜひ本の雰囲気を感じてください。目次などの概要は「書誌情報」からもご覧いただけます。
 
 
スーザン・ミッキー、ルー・アトキンス、ロバート・ウェスト 著
今中雄一 監訳・佐々木典子 訳
『行動変容ホイール 健康問題への介入をデザインするためのBCWフレームワーク』

「訳者まえがき」「はじめに」(pdfファイルへのリンク)〉
〈目次・書誌情報・オンライン書店へのリンクはこちら〉
 

*サンプル画像はクリックで拡大します。本文はサンプル画像の下に続いています。

 


訳者まえがき
 
 実装科学における理論・フレームワークは、独自性を謳って年を追って次々と開発されています。行動科学、社会科学、健康行動学や国際保健医療学において使用されるフレームワークも総合すると、星の数ほどあると言っても過言ではないかもしれません。訳者らは医療の質と経済性に関する研究を多く手がける中で、「医療における高齢者の経済的な保護」に関する調査研究(2021 年WHO 神戸センター受託研究。研究代表者今中雄一)を実施した際に、社会的弱者に対する課題を取り巻くいろいろなアクターの行動変容のみならず、政策的解決までも視野に入れて整理できるBCW(Behaviour Change Wheel)フレームワークに出会い、ぜひ本書を翻訳して、より多くの実務家・研究者の理解の助けになれば、と考えました。
 近年の社会課題は地球規模で複雑化しており、限られたアクター、課題の限られた側面のみに注目していても、なかなか課題の全体像やその解決策が見えにくくなっています。BCW フレームワークは、要素還元的であると同時に、全体を俯瞰して、政策介入までも具体的に検討できるという、他のフレームワークにはみられない長所を持つと考えます。医療・健康のほか、環境・エネルギー・交通など、様々なセッティングに応用可能で、概念および用語の定義を始め、各概念のリンクの検討など、厳密にデザインされています。本フレームワークを用いれば、現場の具体的な問題について、対象者・対象集団の行動変容から、改善に向けた政策オプションまで、多層的かつ段階的に検討でき、当事者、医療福祉専門職、自治体関係者など、多職種横断的に課題の共有や議論が行いやすくなると考えられます。今後このような共通言語・共通理解を基盤とした議論を経て、各種制度の利用機会が増大したり、新たな制度政策がより効果的に実施されることが期待されます。
 本書では、BCW フレームワークの利用方法がステップごとに、手取り足取り、表やワークシートを用いて解説されていて、豊富な研究事例とともに、初心者にもとても取り組みやすい構成となっています。本訳書の特筆すべき点として、サイズが大きな表の一部について、勁草書房ウェブサイトの本書のページ(https://www.keisoshobo.co.jp/book/b10153082.html)にてわかりやすく電子的に参照できることを可能にした点にあります(著者の許可取得済み)。
 翻訳にあたっては、しっくりした和訳のない概念もありましたが、該当領域の学術的な既存翻訳例を参考に、できる限り読みやすさを第一にこころがけました。論理を明確にするため解説の付記や意訳を行った部分もあります。なお、重要な用語にはすべて原語を付記するようにしましたので、参考にしてください。読者諸氏のセッティングにおいて、介入を設計する上で、本書が少しでもお役に立てれば幸いです。
 なお、本書の書籍化にあたり、勁草書房編集部の永田悠一氏には年余にわたり、忍耐強く細やかにご支援をいただきました。この場をお借りして心より御礼申し上げます。
 
佐々木典子、今中雄一
(参考文献は割愛しました)
 


 
はじめに
 
良い理論ほど実践的なものはない──クルト・レヴィン
 
 染みついた行動パターンを変えることはかなり難しいことである。また心理的、社会的、環境的な強い圧力に抗するような一回限りの行動にも同じことが言える。本書は、このような事例において行動変容の介入を設計し、評価するための実践的なガイドである。本書では、研究文献に見られる行動変容の19の理論的枠組み(フレームワーク)を統合した「行動変容ホイールBehaviour Change Wheel(BCW)」を用いている。
 BCW は、COM-B と呼ばれる行動モデルをその中核に据える。これは「ケイパビリティ(対応能力)capability」、「機会opportunity」、「動機づけmotivation」、「行動behaviour」の頭文字をとったもので、このモデルは、これらすべての構成要素が相互に作用しあうシステムの一部を「行動」とみなしている。行動を変えるということは、このシステムを新しい構成にし、元に戻るリスクを最小限にするような方法で、1 つまたは複数の構成要素components を変えることになる。BCW は、各構成要素を変化させるために適用できるさまざまな介入オプションと、それらの介入オプションを実現するために採用できる政策を特定する。
 例えば、若いドライバーが危険な運転(スピードの出し過ぎなど)をする傾向を減らしたい場合、道路状況を正しく判断して状況に合わせて運転を調整する「ケイパビリティ」を高めること、速度制限器や減速を目的とした道路の凸部調整によって無謀な運転の「機会」を制限すること、またマスメディアキャンペーンや、法律や取り締まりを通じて安全運転への「動機づけ」を変えるアプローチが有望か、などあらゆるオプションを検討しなければならない。これらのいずれか、またはすべてが何らかの効果をもたらすかもしれないが、必要な変化を達成する可能性が最も高いのがどのオプションかを決定する体系的な方法を、BCW は提供する。
 BCW の介入オプションは、非常に一般的な用語で説明されている。より具体的な説明は、近年開発された93 の「行動変容テクニック」分類法Behaviour Change Technique Taxonomy(v1)(BCTTv1)や、禁煙のための行動支援などの領域における行動変容テクニック(BCT)のための特定の分類法によって提供される。本ガイドでは、一般的な93 項目の分類であるBCTTv1 とその応用についても簡単に紹介する。
 このガイドの読者の中には、BCW に関連する別の行動変容の概念的枠組み、すなわち理論領域フレームワーク(TDF)をご存知の方がいるかもしれない。このフレームワークは、特に診療プラクティスを変化させる際によく使われるようになった。TDF は、COM-B モデルの構成要素を特定の方法で細分化した亜型のひとつと考えられる。このガイドでは、COM-B モデルの構成要素とTDF の領域(ドメインdomain)がどのように関連しているかを説明する。
 医学の分野では、行動変容をカバーする介入設計と評価のためのガイドが既に存在する。それは「複雑な介入に関するMRC ガイダンス」MRC Guidance on Complex Interventions である。同ガイダンスでは、理論とエビデンスの統合から、初期のパイロット調査、フィールド調査、実装、評価まで、介入を開発するための繰り返しのプロセスを説明している。BCW は、主にこのプロセスの最初の部分を支援するために設計されている。しかし、特定の介入戦略が期待に応えている/いない理由を知るために、プロセスの全行程に適用することも可能である。
 BCW を使用する主な利点は、介入設計者があらゆる選択肢を検討し、理論とエビデンスの体系的評価を通じて最も有望なものを選択するよう促すところにある。BCW は行動変容のための万能薬でもなければ青写真でもないが、有用な戦略に到達するために、利用できる見解とリソースを最大限に活用するためのシステムである。
 本書の関連書籍である『ABC of Behaviour Change Theories』では、心理学、人類学、経済学、社会学を含む分野横断的なレビューで明らかになった、行動と行動変容の83 の理論が要約されている(www.behaviourchangetheories.com)。
 
このガイドはだれのためのものか
 このガイドは、政策立案者、介入手法設計者、研究者と実務家のためのものである。実際には、行動変容の介入策を設計して評価するために、理論とエビデンスを体系的に適用することに関心を持つすべての人を対象としている。また様々な専門性を持つ幅広い分野の人に有用となるようにデザインされている。とはいえ、介入手法を設計する者には、行動変容介入の開発、実装、そして評価の各段階において、可能な限り心理学者や他の行動科学者と協力することが推奨される。
 介入手法を設計することをチェスゲームに譬えるなら、本ガイドは序盤の手ほどきをするものである。このガイドによって、介入設計者は良いスタートを切ることができるはずである。本書は問題となる行動を詳細に理解することに代わるものではなく、存在するあらゆる知を活用し、その知を拡大するに値する重要領域を認識するための手法である。
 このガイドの中で取り上げられるほとんどの事例は健康関連のものだが、例えば環境の持続可能性、社会を前進させる行動や政策実装など、すべての領域にわたる行動にこの方法を適用することができる。
 
このガイドを執筆した理由
 著者らは数十年にわたり、交通安全、中毒、感染制御など、多様な分野における行動変容介入の開発と評価に携わってきた。その結果、介入の設計には、ほとんどとは言わないまでも、「ISLAGIATT 原則」(臨床効果学の名誉教授であるマーティン・エクルズMartin Eccles によって作られた用語)が用いられていることが明らかになった。この頭文字は「It Seemed Like A Good Idea At The Time(その時は良いアイデアに思えた)」の略である。この原則は、適切な行動目標、その変化を達成するために必要なこと、そしてそれを実装するための最善の方法について徹底的な評価を行う前に介入戦略を決めてしまう、というアプローチを要約している。徹底した評価の代わりに、個人的な経験や好みの理論やざっくりとした分析が介入設計の出発点として使われてしまうと、介入設計者は実りのない道へと導かれてしまうことが多い。
 介入設計についてより体系的であろうとする試みは、これまでにもいくつかある。それらの中には様々な選択肢に注意を向け、場合によっては行動変容問題の分析からこれらを選択する方法にも注意を向けるフレームワークが含まれている。これらの中には英国政府が好んで用いるMINDSPACE や、他の多くの国で採用されている介入マッピングIntervention Mappingなどのアプローチがある。残念ながら、これらのどのフレームワークも、重要でかつ実際に他のフレームワークがカバーする、利用可能な介入オプションの全範囲をカバーするものではない。そこで私たちは、系統的レビューで同定したすべてのフレームワークを見直し、妥当なすべての構成要素をまとめ、介入を設計するための包括的で系統的なアプローチで、それらを統合したフレームワークを開発した。
 この方法を紹介した論文は、発表されてから3 年足らずの間に43,000 回以上アクセスされ、140 回以上他の出版物に引用された。また様々なセッティングで、BCW を適用する方法についてのセミナーやトレーニングの依頼を数多く受けた。そこで私たちは、原著論文を発展させたマニュアルを開発し、プロセスにおけるギャップを埋め、行動を分析して介入機能や政策カテゴリーを選択する追加ツールを提供することにした。
 BCW は介入の設計を支援するだけでなく、介入の評価や理論開発のプロセスを改善するために開発されたものである。これは介入を特徴づける体系的な方法を提供し、そのアウトカム(結果)を行動のメカニズム(機序)と結びつけることを可能にし、介入がその望ましい目標を達成できなかった理由を診断することも可能にする。例えば、イングランド保健省は昨年、総合診療医General Practitioner(GP)が患者に禁煙のアドバイスを提供するインセンティブを与えるために、総合診療医に約8,000 万ポンドを支払った。しかし時系列分析によると、禁煙補助薬の処方など、こうしたアドバイスから生じると予想される行動が検出されなかったことが判明している。かなり単純化した分析では、実際に必要な仕事をせずに支払いを受けることができるよう、制度の抜け道をうまく利用するインセンティブを総合診療医に与えたにすぎないと結論するかもしれない。COM-B 分析とBCW は、課題をもっと広い文脈で捉え、「ケイパビリティ」(例えば、いかに快適で報われると感じる方法で喫煙を話題にするか)や「機会」(例えば、アドバイスをいかに端的に伝えるか)などについても示していく。
 
行動変容ホイール(BCW)をもっと知ろう
 BCW は、系統的レビューで同定された行動変容の19 のフレームワークから開発された。先述したように、これらのフレームワークはどれも包括的ではなかった。さらに、概念的に一貫し、行動変容モデルとしっかり結びついているものはほとんどなかった。いくつかのフレームワークが、行動が主に信念や認知の産物であると考えていたのに対し、他のフレームワークは無意識のバイアスや社会的環境に力点を置いていた。もちろん、これらはどれも重要で、一貫した方法でまとめ上げる必要があった。BCW はフレームワークの一般的特徴を統合することによりこれらの限界を示し、どのようなセッティングのどの行動にでも適用できる、充分に広い行動モデルとリンクさせることを目的としている(BCW を構成するフレームワークの詳細については付録1 参照)。
 BCW は3 層で構成される。車輪の中心では、実りある介入のターゲットとなりうる行動の原因を特定する。ここで、COM-B モデルを使用する。この周囲には、9 つの介入機能の層が、特定のCOM-B 分析で得られたものに従って選択される。さらに外側の層になる車輪の最外層では、7 種類の政策が、介入機能を実現するために特定される(口絵図1)。
 読者はなぜ私たちが介入の「タイプ」や「分類」と呼ばずに、介入「機能」という用語を用いるのか、不思議に思うかもしれない。その理由は、同じ介入でも1 つ以上の機能を持つことがありうるため、分類はできず、特徴づけることしかできないからである。
(以下、本文つづく。註番号と訳注は割愛しました)
 
 
banner_atogakitachiyomi

About the Author: 勁草書房編集部

哲学・思想、社会学、法学、経済学、美学・芸術学、医療・福祉等、人文科学・社会科学分野を中心とした出版活動を行っています。
Go to Top