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栗田匡相 著
『グローバル・デジタル時代の中小企業 既存政策の限界と新たな人材育成政策の可能性』
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はしがき
よく聞かれる質問がある.「先生はなぜ開発経済学を専攻されたのでしょうか?」という質問だ.「大学生の頃にインドへバックパッカーとして旅行をした時に貧しい子どもに出会って衝撃を受け,研究者の道を志しました」,というようなしびれる回答を熱っぽく語ることができれば良いのだが(とはいえ,大学生の時にインドへバックパッカーとして赴き,厳しい貧困の状況を垣間見たのは事実ではあるが,パラチフスにかかり隔離病棟に入院した際には二度とインドなんて行くか,などとも思ったものだ),仮にそう答えてしまうと何か大きな違和感が残る.
同じくらいよく聞かれる質問がある.「先生はいつ頃から大学の教員を目指したのですか」という質問だ.「大学の授業で経済学の面白さに目覚め,インド渡航などの経験も相まって自然と発展途上国の開発課題に目が向き,開発経済学を志すようになりました」,といった発言はロジカルかつ誠実な人柄がにじみ出そうな大学教授として格好がつきそうだが,残念ながら口が裂けても言えそうもない.じゃあいつ頃からと言われても正直よくわからないのだが,学生結婚&出産というプレッシャーで「稼がないと生きていけない」という切羽詰まった状況の中,重い腰をあげて就職活動に専念した,というのが妥当な回答だろうか.こうして始まった就職活動は理由がわからないままうまく運び,大した業績もない状態で首都圏の私立大学からテニュアポジションの内定を頂くことができた.小躍りして新学期の授業はどうしようかなどとウキウキ考えていたところ,大変ありがたいことにほぼ同時期に日本学術振興会からポスドクの海外留学派遣制度の内定も頂けた.とはいえ,ポスドクの海外留学派遣制度は期間が2 年間のみで,その後はまた求職活動をしなければならない.あたり前だが,ほとんどの人が泣く泣く海外派遣を諦めるという選択肢をとりそうだ.だが何を思ったか筆者はフィンランドへの渡航を決意する.妻(和佳子)がその決断を後押ししてくれたことがとても大きかった.とはいえ2006 年の11 月にまだ生後6 ヶ月の長男(相吾)と妻との3 人で降り立ったヘルシンキは氷点下の猛吹雪で,あのときは自分の選択を呪ったが,あの決断がなければ,この本を書くこともなかっただろうなと思う.
回りくどい話が好きなのは大学教員の性なのかもしれないが(お前と一緒にするなという大学教員の批判がきこえてくるが),端的に言えば,私の人生は計画的なキャリア形成などでは決してなく,路の途中で偶然拾った種を何が生えてくるのかはわからず植え続けてきたようなものだ.私の大好きなマダガスカルの言葉でVoa Dalana(路の果実)という言葉がある.「おみやげ」という意味の言葉ではあるのだが,旅の途中で拾った種が,誰かの手で植えられ,育ち,その種が落ち,また別の誰かに拾われて,色々な場所へ届けられていく,というつながりの連鎖をも表現している.これまでの決断において,そのどれもが明確な目的があったわけではない.よくもまあそれで経済学者などと言えたものだとお叱りを受けそうだが,今になって思えば,その時々に拾った種が,予期せぬ彩りの花を咲かせ,考えたことのない果実を実らせ,それが今の私を形作っているのだろう.
このような計画性のない寄り道好きの人間とつきあってもらうのには相当の忍耐力が必要とされることは言うまでもない.本の出版の話を頂いて10 年という長すぎる寄り道に業務上無理矢理につきあわせてしまった勁草書房社の宮本詳三氏には言葉では表せないご苦労をおかけしてしまった.宮本さんがいらっしゃらなければ,とっくに筆者は執筆を諦めていたと思う.本書を書き上げることができたのは,何よりも宮本さんの存在あってのことであり,心よりのお詫びと感謝を申し上げたい.
また編者の浦田秀次郎先生,浅沼信爾先生,小浜裕久先生には宮本さん同様に大変なご迷惑をおかけした.怠惰な筆者にはほとほとあきれ果てていたことと思う,記してお詫び申し上げたい.
筆者の怠惰に唯一ポジティブな意義を見いだすことができるのであれば,それは時間をかけたことで多くの調査が可能となり,議論の厚みが増えたことだ.本書の議論で使用されるデータの取得や調査は主に以下の4 つの研究支援を受けて行われたものである.2014 年度末から2018 年度までの5 年間(資金提供は2017 年度までの4 年間のみ)をかけて行われたJICA の政策提言研究スキーム(案件名「インドネシア国裾野産業・中小企業生産性向上」)からの支援,2019 年度関西学院大学個人特別研究費による支援,2023~2024 年度にかけて行われたAOTS とOFPPT の事業(案件名「モロッコ職業訓練校トレーナー育成を通じたアフリカ人材基礎学力向上支援」)からの支援,科学研究費(基盤研究(C):22K01491)「途上国・中進国における労働者の能力開発とピア効果:多国間比較と社会実験による検証」,によって実施されたものである.言うまでもなく,本書での議論は筆者個人の見解であり所属組織である関西学院大学や支援を頂いたJICA やAOTS の意見を代表するものではない.
こうして時間をかけたことで,多くの共著者や共同研究者の方々にもお世話になった.とりわけ伊藤恵子氏(千葉大学),Chiara Criscuolo 氏(OECD),Jonathan Timmis 氏(世界銀行),Ulrich Volz 氏(ロンドン大学),牧野愛氏,金澤昂季氏らのサポートには心から感謝をしている.また日比野友美,岡本千裕,向井里於,岩谷桃佳,竹島梨紗,稲田優花,佐宗すみれ,石坂航流らの弊ゼミナールOB・OG 諸氏には調査の実施に大変な尽力を頂いた.もちろん筆者が研究者として歩むために叱咤激励を繰り返してくださったすべての方々にも併せて感謝を申し上げたい.
途上国農村の道ばたで,小さな町工場で,街角のレストランで出会った数多くの人たちのまなざしは,ともすればすぐに怠惰になりがちな筆者の背筋をいつでも伸ばしてくれた.開発経済学を何故専攻するのか,なぜ他国のことについて真剣に考えなきゃいけないのか,という問いかけの答えとしては,途上国で出会うさまざまな人たちと筆者自身が友達になれる可能性を,例えば彼らが貧しいからという理由で自ら捨ててしまうようなことはしたくないからなんだと思う.異国の素敵な友達がたくさん欲しいという極めて利己的な思いが筆者を開発経済学者たらしめているのだろう.利己的な思いで行っていることだからこそ,いい加減な筆者でもある程度はできるのだと思う.
最後になるが,両親,義両親,家族からのサポート,理解には頭が上がらない.とりわけ妻の和佳子には,その後のベルギー留学中もまだ小学1 年生だった次男(相志)の世話や2 度目のベルギー留学中も当時4 歳で渡航した長女(想和子)の世話も押しつけっぱなしであった.父親としての立ち回りの不十分さは今思い出しても冷や汗ものであり,妻なしでは昭和臭の残る筆者のような人間は令和を生き抜くことができる気がしない.本当に筆者のような人間にはもったいないほどの素晴らしい,そして美しい女性であり,最大限の感謝を表したい.
年の瀬も迫った2025 年12 月の研究室にて
栗田 匡相
序章 見過ごされてきた風景─99.7% の実情とは
世界に存在する多くの企業は中小零細企業である.本書でよく取り上げるインドネシアにおいては,総企業数の99.7% が中小零細企業に分類され,総雇用者数の65% 程度が働いている.実は先進諸国の日本も中小零細企業の定義こそ違えど全企業数の99.7% が中小企業で,総雇用者数の69.7% が中小企業に勤めている.先進諸国であっても中進国であっても,あるいは途上国であっても,中小企業の存在は一国の経済を考えるうえで,極めて大きな意味を持つわけだ.
中小企業はその規模が小さいために,企業運営におけるさまざまな制約が大企業に比べて相対的に大きくのしかかることがある.例えば,中小企業における最も大きな制約の1 つとして知られているのが,資金調達の問題だ.担保になるような資産を持たない企業が多いことや,金融リテラシーの欠如,正式な金融サービスへアクセスするための財務諸表の未整備といった課題ゆえに,自己資金に頼った企業運営がよく見られる.もちろん,良質な人材の確保といった点でも大企業にはかなわない.さらには,資金調達の問題とも密接に関係しているが,設備投資,研究開発投資,といった投資活動においても,資金制約に直面しているというだけではなく,ビジネスや最先端技術に関する知識の欠如や投資の失敗が倒産につながる危険性が高いといった環境的制約によって,そもそも投資活動が盛んに行われず,ビジネス環境の改善を効率的に進めることができない.つまり,身も蓋もない言い方だが,資金が乏しいから投資もできず,人材にも恵まれず,その日暮らしの自転車操業といった経営をしている中小零細企業が世の中には多いのかもしれない.こういう状況下にあるのであれば,政策的支援の方向性は,いかに中小零細企業に資金を供給し,彼らを教育し,中企業から大企業へと発展を促せるのかを考えることとなり,必然的に開発金融のような融資の制度的枠組みを整備し,さまざまなセミナーや情報提供の機会を拡充していくということになる.極めてわかりやすい構図だ.例えばインドネシアにおいても政府が全国的に展開している中小零細企業向けの融資プログラムであるKredit Usaha Rakyat(KUR)の恩恵に預かった企業は多く,一定程度の効果はあったようだ.
また,グローバル化が進み,かつAI の活用に代表されるデジタル化・超情報化社会の波は,大企業のみならず,中小企業にもその対応を迫ることとなる.例えば,グローバル化の進展という観点から国際経済学分野の研究者が好きな論調としては,輸出や資本提携などを行うことで,海外の市場から資金も含めて,技術や経営ノウハウなどを学ぶことができるため,積極的に海外とのリンケージを構築するべきだ,というものだ.多国籍企業の生産ネットワークが複数の国に渡ることでグローバルなサプライチェーンが構築され,こうした企業との取引を獲得することで途上国や中進国の企業は生産性を改善できる可能性が高い.
ジェイン・ジェイコブズ(Jacobs 1969)は発展する都市は多様な産業構造を有し,相互の情報交換ネットワークなどを展開させながら,ダイナックな発展を遂げると述べている.これを実証した古典的な研究がGlasser et al. (1992)で,1956 年から1987 年までの米国170 都市における産業データを使用して,重要な知識の波及が産業内ではなく産業間で発生していることを証明している.つまりはジェイコブスが言うように,単一の産業に特化したような都市ではなく,多様な産業を有する都市が雇用の増加を促進していることを立証した.多様な企業,産業を有した都市がより発展をする可能性が高いという議論は,企業間ネットワークのダイナミズムや企業の集積,クラスターの存在が企業の生産性に与える影響などの興味関心を研究者に引き起こし,さまざまな側面から研究されている.筆者も中国のIT 企業の集積などに関する論文を執筆したことがあるが(栗田2014),グローバル化が進んだ2000 年以降,多くの途上国や中進国では,外資の導入による産業集積や輸出・雇用の増加,技術や情報のスピルオーバーによる当該地域の生産性やGDP の向上等を目的とした開発戦略が志向された.集積地域においては雇用も増え,そして,集積地域の生産性向上の効果が隣接地域や地域内でスピルオーバーすることで,その恩恵が集積地域をとりまく企業などに伝播し,よりダイナミックで規模の大きな産業の集積,生産性の向上をはかること等が意図されているわけである.こうした産業集積による経済発展という戦略は,単なる輸出加工区に企業を呼び寄せるのではなく,多様な企業や産業を引き込むことを狙った経済特区(SEZ)政策に色濃く反映されている.
さらに近年の研究などでは,1 つの都市内の多様化にとどまらず,都市間でのネットワークの結びつきによるネットワーク構造が空間的距離を超えて成長のダイナミクスを生むとする研究もある(Huang et al. 2020).こうした都市間のネットワーク構造の議論は,都市の地理的条件や地理的な隣接性などの研究を活発化した.発展途上国においても,大都市の形成はサブサハラアフリカなどの国にも見られ,経済的な側面ならず,住環境の悪化といった側面からもさまざまな議論がある(Collier and Venables 2017).
また,途上国や中進国においても情報化社会,インターネットの波及が誕生させたe コマースは,多くの中小企業に対して新規市場への参入障壁を下げ,同時に消費者がさまざまな製品にアクセスする機会を提供することとなった.例えば,インドネシアでは,Shopee, Tokopedia, Lazada, Blibli, などのプラットフォームを利用できる.インドネシア商工会議所(KADIN)は,こうした現状をふまえ,中小零細企業におけるe コマースへの参入を促進,支援するための専用プラットフォームを設立している.また,こうしたプラットフォームに欠かせないのがモバイル決済などに代表される近年のIT テクノロジーを駆使したフィンテックと呼ばれる新たな金融サービスである.決済などにもこうした金融ツールが使われるようになり,こうした手段がなかった時代に比べれば,取引コストは大幅に減少し,多くのグローバルな商取引を増加,活性化させている.
当然のことだが,インドネシア政府に限らずどこの国もいろいろなことを考え,実行はしているのだ.そしてその恩恵に預かった企業も多いだろう.しかし一方でグローバル化の波に乗れず,デジタル化とは無縁で,ローカルなフィールドで昔ながらの中小零細企業のあり方でしか企業経営を行えない企業も存在し,当然のことながら途上国,中進国の中小企業の大多数が後者に属する.
インドネシアのジャワ島の中ほど,ボロブドゥール遺跡で有名なジョグジャカルタの中心地から車で1 時間ほどのところにチュペル(Ceper)という都市がある.鋳物製造の集積地として有名な都市であり,JICA(1997)によれば,その当時は162 社がチュペル鋳物製造協同組合に所属していたらしい.表序─1は,その当時の調査団が調べたインドネシア全体における鋳物製造企業の全国分布を技術水準と生産能力の情報を付加してまとめたものである.
全国の鋳物製造企業の集積地を見ても,チュペルは群を抜いた企業数を誇っているが,一方で技術水準の低い鋳物製造企業が大量に集積していることもわかる.
2016 年の3 月に初めてチュペルを訪問したが,田畑の広がるのどかな風景の中に大小さまざまな工場が立ち並んでいた.もともとチュペルへ訪問した理由は,第4 章で詳述する労働者の基礎的認知能力と労働パフォーマンスの改善プロジェクトへの参加企業を募るためであった.2016 年の訪問時には,チュペル地域でも比較的技術水準の高い数社の地場企業をまわり,経営上の課題などをヒアリング調査した.こうした技術水準の高い企業においても,従業員のクオリティの低さにはかなり手を焼いていることがわかったため,プロジェクトの打診をしてもほとんどの企業から参加に前向きな回答を得た.
JICA の報告書(JICA 1997)にあるように,当時は162 社の会員企業がチュペル鋳物製造協同組合に所属していたようだが,2015 年時には,その数が,232 社まで増加していた.しかしながら,本章で使用するチュペル企業のネットワーク調査を行うためにチュペル鋳物製造協同組合に協力いただき,会員企業のリストを入手できたが,実際に組合がコンタクト用のアドレスなどを管理できているのは107 社,また調査のためにその107 社にコンタクトをとったところ,協同組合から入手したアドレスでは3 割程度の会社には連絡がつかなかった.
上の写真は,2016 年時にチュペル地域で訪問した鋳物製造企業の製造現場だが,溶融炉などのそばでもサンダルとT シャツ,時には上半身が裸で作業をする労働者がほとんどであった.部品や製造した商品の管理も適切とはいえず,床に散らばっているものもある.実はこの企業はチュペル地域においてはかなり規模の大きい会社であり,労働者の数も100 人を超えるため,インドネシアの区分では中小企業には入らず大企業のカテゴリーに入る工場ではある.しかしそれでも日本の鋳物製造企業の現場とはあらゆる点で異なるであろうことが素人目にも十分に理解できる.
チュペル地区にあるポルマン・チュペルは3 年制の鋳物製造技術を学ぶ工業専門学校である.教育相傘下の学校ではあるが,私立学校であり,教育省からの補助はなく,土地や建物を自治体や工業省から提供を受けて運営を行っている.JICA(2017)のプロジェクト報告書を見ると,ポルマン・チュペルの設備については,全般にわたり老朽化が激しく更新が必要であるとのこと,また,指導するインストラクターのクオリティ面でも企業を指導するためには,特に,専門工程以外の基礎知識,鋳鋼に関する基本知識の向上が必要であることが判明した.どうやらポルマン・チュペルのインストラクターは一般的な技能知識も専門的な技能知識も基礎レベルからやり直す必要があるようだ.インストラクターだけではない.実際に筆者も2016 年から2018 年にかけて何度かポルマン・チュペルを訪問した.その際に,ポルマン・チュペルに通う学生たちの認知能力を計測したが,その結果は日本の小学校高学年の水準を下回っていた.いつも笑顔を絶やさず,チュペルで行った調査でも各企業にコンタクトをとってくれたりと大変協力的で人なつっこい彼らであったが,彼らが卒業後にこのチュペル地域で働き,この地域の今後を背負っていくのかと考えるとやりきれない気持ちにもなったものだ.
さて,このような現状にある中小企業を前に研究者たちはどうやら随分と距離をとってきたらしい.Lao et al. (2021)のレビューを読むと,アフリカ,アジア太平洋,中東における中小企業の資金調達は,「中小企業経営」分野のトップ5 ジャーナルにおいては,ほとんど研究対象となっていないことがわかる.開発経済学のトップジャーナルであるJournal of Development Economics においてもこの10 年間で「Small and Medium Enterprises (SMEs)」といった単語がタイトルに記載された論文はわずか16 本だ.
なぜ途上国の中小企業研究が少ないのか.その理由は2 つあると考えられる.第1 に,調査のセットアップに想像を絶する労力を要することだ.統計局や政府機関との折衝,企業や労働者への説明と同意取得,現地調査員の訓練やインフラの確保─こうした準備に膨大な時間と労力が必要であり,研究者にとって極めて高い参入障壁となっている.とりわけ途上国では行政組織の非効率や人員不足も相まって,調査許可を得るだけで数か月を要することも珍しくない.現場に入ればさらに,サンプル抽出の困難さ,企業側の協力を得るための粘り強い交渉,労働者へのインフォームド・コンセントの徹底など,数えきれないほどの障壁が立ちはだかる.研究者にとっては「論文を書く前に疲弊してしまう」分野であり,若手研究者ほど敬遠しやすい.これが第1 の要因である.
第2 の要因は,主要ジャーナルがこの分野に冷淡であるという現実だ.零細企業の現場を丁寧に追った研究はもちろんあるにはあるが,先にも述べた障壁ゆえにサンプリングなどに課題があることが多く「普遍性に欠ける」とみなされやすい.このため,国際的な学術評価の面で報われにくいことはいうまでもない.先にも述べたが,開発経済学のトップジャーナルであるJournal of Development Economics を例にとっても, この10 年間(2015~2024 年) で「Small and Medium Enterprises (SMEs)」をタイトルに掲げた論文はわずか16 本,World Development においても18 本に過ぎない.トップ5 とされる経営学ジャーナルにおいても,中小企業の資金調達や労働問題を扱った研究は例外的存在にとどまっている.研究者にとってはキャリア上のリスクが高く,評価されにくいテーマに時間と労力を割くことは容易ではない.結果として,途上国の中小企業研究は長らく「誰もやりたがらない領域」として取り残されてきたのである.
しかし,本書はあえてこの困難に挑む.なぜか.中小企業は統計上は圧倒的多数を占め,一国の経済・雇用・地域社会を支える基盤であるにもかかわらず,その実態が十分に把握されていないからだ.政策立案者が拠って立つべき実証的知見が乏しければ,施策は「見えやすい一部の成功企業」に偏ってしまう危険がある.こうした問題意識こそが,本書執筆の出発点である.
第Ⅰ部では,従来型の施策─研究開発支援,輸出促進,直接投資の呼び込み,融資拡大─の効果について大規模ミクロデータを用いて検証する.分析の結果見えてくるのは,これらの施策が中小企業全体を底上げするどころか,極めてパフォーマンスの高いごく一部の企業にしか効果をもたらしていないという冷厳な事実だ.言い換えれば,政策の果実は「勝ち組企業」に集中し,大多数の零細企業には届いていない.場合によっては格差を縮小するどころか拡大させる効果すらありうる.この知見は,従来の中小企業政策の前提そのものを揺さぶるものである.だからこそ,第Ⅰ部の分析は政策立案者にとって耳の痛い真実を突きつけることになるだろう.
続く第Ⅱ部では,人材育成の視点から新たな可能性を描き出す.従来型の金融・技術支援が限界を見せるなかで,企業の持続的成長を左右するのは「人」そのものである.基礎的な認知能力の向上,忍耐力や協調性といった社会情動スキルの涵養,運動能力のような身体的特性,さらに仲間や同僚からのピア効果─こうした人間的要素が生産性に直結することを,インドネシア,モロッコ,エジプト,ラオスでの調査・実験が鮮明に示している.算数の基礎を補うだけで労働者の職場パフォーマンスが改善し,運動能力の高さや仲間の性格特性の違いが個人の成果にまで影響を及ぼすことが確認されている.これらの結果は,人材こそが中小企業の未来を切り拓く最大の資源であることを雄弁に物語る.
さらに重要なのは,こうした人材育成への投資が企業内部の改善にとどまらず,社会全体に波及効果をもたらす点だ.認知能力を高めた労働者はより複雑な業務に対応でき,社会情動スキルを備えた人材はチームの協働を促進する.ピア効果は組織内の規範形成を通じて生産性を持続的に押し上げる.これらは企業単体の競争力強化にとどまらず,地域経済や産業全体の底上げにつながる可能性を秘めている.言い換えれば,人材育成は「一石三鳥」「一席四鳥」の効果を持ちうる政策領域なのである.
こうして本書は,第Ⅰ部で既存施策の「限界」を明らかにし,第Ⅱ部で人材育成を中心とした「新たな政策の可能性」を提示する2 部構成となっている.困難が多く,学術的評価も得にくい分野だからこそ,そこに挑む意義は大きい.
調査現場には2~3 日しか足を運ばず,途上国の現地ローカルコンサルタントに調査のデザインを伝え,オーダーだけして,1 週間も現地に滞在せずに日本へとんぼ返りという研究者が最近では多いのかもしれない(大学の学内業務が忙しすぎるという今日的な理由にもよるだろうが).中には途上国の援助現場で実施されているさまざまな援助政策の「邪魔」にしかならないような調査・実験も散見され,しばしば現場関係者からは,「これだから学者さんは困るんだよ」という声を聴いたことは一度や二度ではない.こうしたことをしでかす研究者は論外だが,先にも述べたように,途上国のフィールド調査,そして政策的含意を豊富に含む研究というのは,そんなに簡単に実施できるものではないのもまた事実であり,筆者自身がどこまでそんな大それたことができているのかと問われれば答えに窮してしまう.
それでもなお,研究者自らが調査現場を訪問して対話を続け,企業や労働者の生の声を拾い上げることでしか見えてこない真実がある,と開発経済学に興味関心を持つ若い学徒に伝えたい.筆者も気づけば50 歳を過ぎた年齢になってしまった.その日の暮らしに困るような人々が未だに多く暮らす途上国,中進国の現状を知った人間として,「伝える」ことも自分の責務であろう.そして是非,筆者の力量不足ゆえにできなかった政策含意が豊富な研究成果を提示し,そしてそこにとどまらず実際の政策策定,政策実施の現場に飛び込んでいってリアルな形で貧しき人々を救ってあげて欲しい.それは「学術研究というものはそういうものではない」,という言い訳がましい極めて正当なアカデミックの言い分にあぐらをかいていた既存の研究者にはできなかったことだ.日本語の「考える」の語源は,対象と親身に向かい合うこと,関わり合うこと,だ.
そしてその真実は,政策だけではなく,学術的にも大きな貢献をもたらすはずだ.本書はその挑戦的試みであり,途上国,中進国の中小企業研究に新たな地平を切り拓くための一助となれば本望である.
(脚注、写真、表は割愛しました)









