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渡部保夫 著
井田 良 解説
『新装版 無罪の発見 証拠の分析と判断基準』
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解説 誤判に陥らない刑事裁判のあり方を徹底追究した不朽の名著
井田 良
裁判所が刑事裁判において担う主な役割は、①法の解釈と適用、②事実認定(証拠による犯罪事実の確認)、③刑の量定(量刑)という三つにまとめることができるが、一般的には、事実認定がその中心になるといって過言ではないだろう。どうすれば正しい事実認定が可能となるのかは永遠のテーマであり、これをめぐるすぐれた研究は多いが、中でも、一九九二年に出版された本書『無罪の発見──証拠の分析と判断基準』は、無罪の発見(無辜の不処罰)を一貫したモチーフとして、内外の豊富な事例を収集し、これらを紹介・検討しつつ、誤った有罪判決に陥らないようにするための証拠評価のあり方を徹底的に究明したものであり、あらゆる実務法曹にとっての必読書と称えられた名著である。誤判問題に格別の関心が集まるこの時期に、本書の新装版が公刊されることは、いま第一線で刑事事件に関わる法律専門家(特に若い世代の人々)にとってはもちろんのこと、後に述べるように、法律家以外の一般市民にとっても大きな意味をもつものである。
一 著者のプロフィール
著者の渡部保夫氏の生涯(一九二九年~二〇〇七年)は、主として刑事裁判官として活躍された前半期と、大学の教員として刑事法の教育と研究、一般市民への啓発活動に身を捧げられた後半期に分かれる(渡部氏の業績や人となりについては、白取祐司「渡部保夫教授の経歴と業績」北大法学論集四三巻六号〔一九九三年〕二四五頁以下、佐木隆三「解説」渡部保夫『刑事裁判を見る眼』〔岩波書店、二〇〇二年〕二六一頁以下、指宿信「渡部保夫先生のご業績を振り返って」法と心理六巻一号〔二〇〇七年〕二三頁以下などを参照)。渡部氏は、一九五一年に東京大学法学部在学中に司法試験に合格、一九五五年に司法修習を終えて判事補に任官され、一九六五年に東京地方裁判所・家庭裁判所判事をふり出しに、各地の地裁・高裁の判事を歴任され、一九七七年から四年間は、最高裁判所調査官も務めている。一九八五年、判事定年のかなり以前(五〇代のなかば)に、札幌高等裁判所部総括判事を最後に依願退官し、北海道大学法学部教授に就任し、学生の教育にあたるかたわら、特に誤判問題を中心的テーマとする数多くの著書・論文を公刊された。一九九二年には、本書により北海道大学から法学博士号を授与されている。一九九三年に同大学を定年退官されたが、その後も一九九八年まで札幌学院大学教授として教鞭を執り、健筆をふるわれた。その著書のうち、専門の垣根を越えて広く読まれたのは、『刑事裁判ものがたり』(潮出版社、一九八七年)であろう。誤判が生じるメカニズムを一般の人々にも分かりやすく説き明かした本であり、私自身も出版された当時にこれを読み、目を開かれる思いをしたことを記憶している(その後、二〇〇二年に岩波書店から『刑事裁判を見る眼』というタイトルで増補版が刊行されている)。
二 本書の構成と概要──豊富な実例の引用と種々の誤判回避準則の提示
本書の構成とそのおおよその内容について紹介したい。本書は「Ⅰ」「Ⅱ」「Ⅲ」の三部で構成される。「Ⅰ」はいわば理論編であり、本書の中核をなす部分である。ここでは、自白の信用性、犯人識別供述の信用性、状況証拠(情況証拠)の評価の三つに分け、それぞれをめぐって注意すべき事柄がさまざまな角度からつぶさに検討されている。第一論文「自白の信用性の判断基準と注意則」は、自白の信用性の判断基準とその適用の際の留意事項(注意則)をまとめ上げたものである。二つの章に分かれ、第一章では自白の信用性を高める(あるいは減殺する)九個の判断基準が挙げられ、それぞれに数多くの「注意則」が付せられている。第二章は、自白の信用性判断のための「より一般的な注意則」が八点にわたって示されているが、第一章において個別的に検討された自白の(高いまたは低い)信用性が、証拠の全体構造の中でいかに評価され、有罪または無罪の結論に至るべきかをより大きな視点の下にまとめたものということができる。第二論文「犯人識別供述の信用性に関する考察」も同様の長大な研究であり、目撃証言のような犯人識別供述は一般的には信用性が低いのに裁判官により信用される危険性が高い、という問題意識に立って、英米とドイツの実証研究の成果をも参考にしつつ、誤った犯人識別供述が行われる諸要因を整理・分析した上で、誤判に陥らないようにするために注意すべき事項について縷々論じている。第三論文「状況証拠の評価と事実認定」は、ここでも豊富な誤判・無罪事例を素材として、状況証拠による有罪認定のもつ危険性、有罪方向で提出された状況証拠の吟味のあり方、状況証拠の発見方法、事実認定における仮説設定のもつ意味等について包括的に論じたものである。このように、「Ⅰ」では、自白・犯人識別供述・状況証拠という三つの領域に焦点を当てることで、有罪・無罪の認定にあたっての証拠評価上の問題はほぼ網羅的に取り上げられることとなっている。
「Ⅱ」は、「米谷事件」「板橋強制わいせつ事件」「山中事件」をそれぞれ取り上げて具体的に検討したケーススタディ三本から構成される。そのうち第四論文は「冤罪事件を見る目」と題され、一九五二年に青森県で起こった米谷事件を素材として、証拠評価の誤りによる誤判が生じた原因を詳細に検討し、どうすれば誤判を回避できたかについても論じている。第五論文と第六論文は、最高裁判例の評釈であり、いずれも最高裁により誤判がただされた事件に関するものである。
「Ⅲ」は、個別の論点を取り上げた四つの論稿を収めている。第七論文「虚偽自白と弁護活動」および第八論文「公判廷における自白の信用性」は、虚偽自白の問題を扱う。無実の人が身に覚えのない重大犯罪について自分がその犯人であると供述することは、一般の人からすれば理解を超えるところであろう。それにもかかわらず、しばしばそうしたことが起こるのが(内外を通じて見られる)歴史的事実であり、これら二編の論文は、そのことの背景と原因を詳細に論じている(その意味で、「Ⅰ」における著者の検討・分析を補う関係にあるといえよう)。著者は、その上で、自白の信用性の評価にあたっては、「虚偽徴表要素」を発見すること、自白に至るまでの供述の変化を検討すること、自白の動機・原因を考察すること、さまざまな状況証拠と対比して調和・矛盾を検討すること等が重要であることを指摘している。第九論文の「被疑者尋問のテープ録音制度」は、イギリスにおける同制度導入をめぐる議論と導入後の状況を紹介した上で、この制度を日本で採用した場合の利害得失について論じ、圧迫的な取調べ・誤判・裁判の遅延を防止するために他に適当な方策はないとしている。この論文は一九八六年に公表されたものであるが、三〇年以上を経て、日本でも二〇一九年から、身柄拘束中の被疑者について一定の重大事件にかかるとき、その取調べの全過程の録音・録画が義務づけられるようになった(刑事訴訟法三〇一条の二第四項を参照)。著者は、まさに「取調べの可視化論の先駆者」であった(指宿・前掲二四頁)。第一〇論文の「職業裁判官と事実認定」は、職業裁判官の下での誤判の原因について、実例を数多く引照しつつ詳細に論じたものであり、誤判の防止のためには、陪審制ないし参審制の実現に向かって努力すべきことを説いている。日本では、二〇〇九年以降、裁判員制度が実施されているが(それはアメリカの陪審制とドイツの参審制を折衷した制度といえる)、本論文もまた、著者がその後の日本の刑事司法の発展の方向性を的確に先取りしていたことを証しするものといえよう。
(以下、本文つづく)









