あとがきたちよみ
『スポーツ心理学の原点――ロバート・シュルテ著作集』

About the Author: 勁草書房編集部

哲学・思想、社会学、法学、経済学、美学・芸術学、医療・福祉等、人文科学・社会科学分野を中心とした出版活動を行っています。
Published On: 2026/3/10

 
あとがき、はしがき、はじめに、おわりに、解説などのページをご紹介します。気軽にページをめくる感覚で、ぜひ本の雰囲気を感じてください。目次などの概要は「書誌情報」からもご覧いただけます。
 
 
ロバート・シュルテ 著
山田憲政 訳
『スポーツ心理学の原点 ロバート・シュルテ著作集』

「訳者解説――身体と魂の教育学」(pdfファイルへのリンク)〉
〈目次・書誌情報・オンライン書店へのリンクはこちら〉
 

*サンプル画像はクリックで拡大します。「訳者解説」本文はサンプル画像の下に続いています。

 


訳者解説――身体と魂の教育学
 
はじめに――なぜ今、シュルテを読むのか
 AI が人間の知性を凌駕しようとするこの時代に、なぜ私たちは、一世紀近く前に短い生涯を終えたドイツの一学者が遺した『スポーツ心理学』を、いま改めて読む必要があるのか。本書は、その問いに対する、驚くほど切実な答えを提示している。すなわち、身体の運動を介した魂の修練こそが、人間性を守る最後の砦である、という思想である。
 本書は、ローベルト・ヴェルナー・シュルテ(Robert Werner Schulte, 1897―1933)による以下の二冊の代表的著書を、今日の視点からあらためて訳出し、その思想的意義を再評価することを目的とした。
 1)『Leib und Seele im Sport』(1921)(スポーツにおける身体と魂)
 2)『Die Psychologie der Leibesübungen : Ein Überblick über ihr Gesamtgebiet』(1928)(身体修練の心理学―その全領域に関する概観)
 この二つの著作を通してシュルテが描き出すのは、スポーツや身体運動が単なる肉体的活動ではなく、体あるいは肉体(Körper)と精神(Geist)、そして身体(Leib)と魂(Seele)という二重の構造的関係が、人間の教育的形成に深く関わるという視点である。スポーツや身体運動は、こうした四項の相互作用を通じて、単なる技術的訓練にとどまらない「人格の教育的営み」として位置づけられている。とりわけ彼が用いる「Leibesübungen(ライベスユーブンゲン)」という概念は、単なる身体的訓練ではない。人格の陶冶、精神の成熟、魂の涵養を含むこの言葉こそ、まさに今日のAI 時代に再評価されるべき知的遺産なのである。
 シュルテの『スポーツにおける身体と魂』(以後、『第1 巻』)は、1921 年にドイツで刊行されたのち、大正時代の日本でも早くから注目された。その思想を日本に紹介したのが、旧制第四高等学校で哲学や心理学を教え、文部省の官僚として学校衛生行政にも携わった江上秀雄である。江上は、日本初のスポーツ心理学の体系的著作『體育運動心理』(1923)の中で、シュルテがドイツ体育大学で進めていた実験心理学的なアプローチを本格的に紹介した。彼は、反応時間、感情、疲労、感覚といったテーマを、シュルテの研究室で撮影された実験写真を多数引用しながら解説し、スポーツという現象を科学的に、なかでも心理学の観点から分析する視点を提示したのである。江上が同書で強く主張したのは、当時の日本の体育研究が心理学的側面をあまりに軽視しているという問題意識であった。彼は序文で「心理學的考察の書未だ世に現はれざるを遺憾」と記し、身体と精神の密接な関係を科学的に解明することこそ、体育研究に不可欠であると説いた。このように、江上はシュルテの業績をモデルとすることで、日本におけるスポーツ心理学という新たな学問領域を切り拓こうとしたのであった。しかし、その基盤となったシュルテの原著が日本語で正確かつ体系的に紹介されるのは、本書が初めてである。
 『身体修練の心理学』(以後、『第2 巻』)は、1931 年に斎藤薫雄によって『體育新心理學』の邦題で翻訳出版されている。斎藤は、師範学校の教員からキャリアを始め、東京高等師範学校附属小学校の訓導(教諭)を経て、最終的には同校の助教授(現在の大学准教授に相当)を務めた、当時の教員養成の最高峰にいた教育者であった。現場での豊富な実践経験を持つ彼は、その「序」において、当時の教育心理学には体育への関心が乏しかった点を批判し、身体と精神は切り離せない存在であり、体育は心理学的理解を不可欠とする分野であると説いた。そして彼の翻訳には、当時の日本の体育界が抱える「技術の末に走る」という指導法への、明確な問題意識が込められていた。斎藤は、やみくもにフォームの正しさや美しさばかりを児童に要求する技術至上主義的な指導を批判し、シュルテの思想こそが、児童の心理や発達段階を尊重する「新しい」体育への道を開くものだと考えたのである。そしてシュルテの著作を「暗示に富み、かめばかむほど味わい深い書」と高く評価し、「あらゆる体育指導者に贈りたい」と述べている。原題にはない「新」の字を加えてまでその革新性を示そうとした彼の試みは先見的だったが、当時の訳文は旧文語体と旧字体によるものであり、今日の読者には読みにくく、内容理解の障壁となっていた。
 このように、シュルテの著作が日本で受容された初期の歴史は、きわめて示唆に富んでいる。江上秀雄がそこに「科学としてのスポーツ心理学」の誕生を見た一方で、教育実践家であった斎藤薫雄は、そこに「技術至上主義」を乗り越える「新しい体育教育」の可能性を見出した。一人の思想家の著作が、科学者と教育実践家という異なる立場の専門家から、それぞれの領域における「決定的な書」として受け止められたという事実。それこそが、シュルテの思想がいかに科学的な厳密性と、人間形成への深い洞察とを、奇跡的なレベルで両立させていたかの証左に他ならないのである。
 本書では、この『第2 巻』も含め、原著ドイツ語に立ち返りつつ、思想的背景や語義の正確な理解に基づく新訳を提示する。シュルテ特有の難解な表現や学術用語に対しては、必要に応じて注を設け、読者の理解を助けるよう努めた。この二冊の著作は、決してそれぞれに独立したものではない。『第1 巻』では、シュルテがスポーツという現象を心理学的・生理学的に分析し、人間存在を「生成と変化のプロセス」として捉える教育学的視座が示されている。彼は、スポーツ心理学が生命過程の理解を通じて、教育学―とりわけ生物学的基盤をもつ人格形成の理論に寄与しうることをすでに予見していた。これを受けて『第2 巻』では、シュルテがその視座をさらに発展させ、身体修練を通じた人格形成と社会的成熟のプロセスを体系的に論じている。Leibesübungen はもはや単なる訓練や技術の習得ではなく、魂の形成と精神の涵養をも含む「全人的な教育」として捉えられているのである。この二冊を通して読むことで、シュルテがいかに身体と魂を一体的に捉え、教育・文化・科学を統合しようとしたかが、立体的に浮かび上がってくるだろう。
(以下、本文つづく)
 
 
banner_atogakitachiyomi
 

About the Author: 勁草書房編集部

哲学・思想、社会学、法学、経済学、美学・芸術学、医療・福祉等、人文科学・社会科学分野を中心とした出版活動を行っています。
Go to Top