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ウッドロウ・ハーツォグ 著
山本龍彦・成原 慧・寺田麻佑・松尾剛行 訳
『プライバシーの設計図 法はいかにテクノロジーのデザインにかかわるべきか』
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日本語版序文
「プライバシーの設計図」の原著が出版されてから既に6 年が経過した。その間とても多くのことが起こった。Facebook のCambridge Analytica スキャンダルは、世界に対し、個人としての私たちが、そして公共機関が、毎日利用するプラットフォームに対して、いかに脆弱かを警告した。国際的なパンデミックは、データ収集と関連する重要な濫用的行為と被害を制限しながら、同時に正当な目的のための監視を広汎に認めることを模索するプライバシールールの境界の試金石となった。AI システムが広くリリースされた。これらはプライバシー、操作及び搾取に関する、想像力を捉え、恐怖をかき立てる。
そして、それでも、本書において展開した原理と議論はますます正しさを増しているのである。Cambridge Analytica の大規模な個人情報の大量抜き出しを促したのはFacebook のデザインなのである。ユーザがその暴露に「同意した」と論じるにあたっても、Facebook はそのシステムのデザインに依拠した。いかにプライバシーを保護しながら[コロナ]感染追跡システムを構築するかに関する論争を政府と産業界が行う際において、社会の関心を惹きつけたのは、感染監視システムのデザインであった。そして、私たちが今日まで継続するさまざまな監視方法に慣れていくにつれ、感染監視ツールのデザイン上の選択が徐々に当たり前のものとなった。「ディープフェイク」を創出する新しいAI ツールのアフォーダンスについて論争を行う際、実際に私たちが行っているのは、当該表現を可能とするデザイン上の選択に関する議論である。しかし同時にハラスメントや偽情報についても[議論している]。いつもどおり、デザインこそがすべてである。
私は頻繁に、もし[本書の]第2 版を書くのであれば変更したいところはどこかと尋ねられる。最新のテクノロジーのトレンドを反映するためいくつかの例示をアップデートすることや、テクノロジーのデザインにおいて不利益を被る人々の周縁化の問題をより重視することを除けば、ほとんど何も変えることはない。私は、[本書で]私が提示する原理及びフレームワークは、将来の長きにわたって有用だと考える。
一つ変えるべきことが他にあるとすれば、顔認識ツール等のテクノロジーのデザインの中にはあまりにも危険であって、存在そのものが認められないものがあり得ることを強調するということであろう。立法者と社会は、テクノロジーが存在して良いとして、そのことを前提に、直ちにガードレールの設置にとりかかる前に、より積極的にそもそもそのようなテクノロジーが構築されるべきかについての存在論に関する問いを立てるべきである。テクノロジーは回避不能なものではない。それは人間が作りしものであって、私たちはそれを改善することに加え、拒否することもできるのである。
デザインはどこにでも存在する。デザインは力である。デザインは政治的である。本書を手にしてくれて、本当にありがとう。そして読者の皆様が本書を楽しんでくれることを期待している。
アメリカ合衆国マサチューセッツ州ボストン
ウッドロウ・ハーツォグ
序文
プライバシーに関する現代の議論は懸念を生じさせる。しかし、筆者はプライバシーに関する宿命論者として本書を執筆してはいない。実際には、その真逆である。本書は、私たちの生活に対してプライバシーが果たす重要な役割に関する筆者の実体験及びそのアカデミックキャリアの第一段階の集大成である。これまでの勤務先は、図書館、テレビ局、レストラン、新聞社、法律事務所、権利擁護団体、そして、複数の教育機関である。そのすべての場面において、いかにプライバシーが必要で、プライバシーを他の対抗する重要な価値とバランスさせることがいかに困難であり得るかを見てきた。そして、正直に話すと、本書は少なくともその一部において筆者自身が若い頃に経験した、気恥ずかしく無謀な成長痛が、目立たなさによって幸運にも他人に知られずに済んだことにより動機付けられている。
本書で強調する価値や提示する理論は、筆者の経験と過去の研究に基づくものの、決してこの理論をもってプライバシーとデザインの交差点における最終結論または唯一の正解だと述べるつもりはない。理論は発展するためにある。理論は他の理論と相互作用するものであり、批判され、再解釈され、そしてもし運が良ければ最終的に世界をより良いものとする原動力に貢献するものである。
本書の一部は以下の論文の一部を再構成したものである。
“The Indispensable, Inadequate Fair Information Practices,”Maryland Law Review 76( 2017) 952-982.
“The Feds Are Wrong to Warn of “Warrant-Proof” Phones,”MIT Technology Review, March 17, 2016.
“The Internet of Heirlooms and Disposable Things,”North Carolina Journal of Law and Technology17( 2016) 581-598( Evan Selingerとの共著).
“Taking Trust Seriously in Privacy Law,”Stanford Technology Law Review 19(2016) 431-572( Neil Richardsとの共著).
“Increasing the Transaction Costs of Harassment,”Boston University Law Review Annex, November 4, 2015(Evan Selinger との共著).
Social Media Needs More Limitations, Not Choices, Wired, April 2015 “Surveillance as Loss of Obscurity,” Washington and Lee Law Review 72 (2015) 1343-1387(Evan Selinger との共著).
“The FTC and the New Common Law of Privacy,”Columbia Law Review 114(2014) 583-676( Daniel J. Soloveとの共著).
“Reviving Implied Confidentiality,”Indiana Law Journal 89( 2014) 763-806.
“The Value of Modest Privacy Protections in a Hyper Social World,”Colorado Technology Law Journal 12( 2014) 332-350.
“The Case for Online Obscurity,”California Law Review 101 (2013)1-50 (Fred Stutzman との共著).
“The Fight to Frame Privacy,”Michigan Law Review 111( 2013) 1021-1043.
“Obscurity by Design,”Washington Law Review 88( 2013) 385-418( Fred Stutzmanとの共著).
“Social Data,”Ohio State Law Journal 74( 2013) 995-1028.
“Website Design as Contract,”American University Law Review 60 (2011) 1635-1671.
“The Privacy Box: A Software Proposal”First Monday 14( 2019).
“Promises and Privacy : Promissory Estoppel and Confidential Disclosure in Online Communities,”Temple Law Review82( 2009) 891-928.
これらの論文から一部を抜粋して利用したこともある。多くの場合、これらの論文の文章及び議論は大幅に修正されている。共著した文章の一部を採録することを許可してくれたことにつきNeil Richards、Evan Selinger、Daniel Solove 及びFred Stutzman に感謝の意を表したい。
訳者あとがき
本書は、米国法をベースに、プライバシーについて国際的に通用する制度的・政策的提言を行っている。
本書の原著は2018 年に刊行されているため、引用される事例には、例えば「Ⅹ」ではなく「Twitter」である等、読者として古いと感じられる部分はあるかもしれない。しかし、その価値は2026 年現在も変わらず、むしろ大きくなっていると考える。
本書は、デザインを重視することで、プライバシーがよりよく守られる未来を創造しようと試みる。即ち、本書はデザインの重要性(第1 章)、現行法がデザインを軽視している部分とその解決策(第2 章)、デザインの重要性を踏まえた、信頼、目立たなさ、自律性といった価値(第3 章)、プライバシー侵害として規制すべきライン(境界)(第4 章)、直接責任、認証、通知の強制、研究助成等の様々なデザインを踏まえた政策的対応のツール(第5 章)、SNS におけるプライバシーの問題にデザインを利用して対抗するための方法(第6 章)、デザインの観点からどのように隠れるための技術や探すための技術(かくれんぼテクノロジー)に向き合うか(第7 章)、IoT がプライバシー・セキュリティに対して投げかける課題にデザインを利用して対抗するための方法(第8 章)等を述べる。そして、その中で、新技術のデザインが信頼できるものとなり、それによって、安全で、持続可能で、利用価値の高い方法で個人情報が相互に開示されていく未来を描き出すことを提案している。
このような本書の本質的議論は、生成AI が使われるようになった現在においては尚更、引き続き検討する意味があるものであり、熟考するだけの価値がある。つまり、日本語版序文でも著者が触れているとおり、原著刊行後の情勢は、むしろ本書の提案するデザインによってプライバシーに関する課題に対応する必要性を高めるものと評価することが可能である。例えば、AI によるディープフェイクは新しいプライバシーの問題を提起しているが、これに対しては、まさに「表現を可能とするデザイン」に関する本書の議論が直接的に当てはまる。2022 年頃に画像生成AI サービスの提供が開始され、それにより、SNS 等から画像をダウンロードして、そのサービスにアップロードをすることで画像を加工してディープフェイクを作ること自体は可能となった。しかし、そのことと、例えばSNS プラットフォーム事業者が「SNS 上で簡単に画像を加工してディープフェイクを作ることができる機能」を実装することの間には大きな質的相違がある。本書が「デザイン上の選択の問題」として論じている点は、まさにこのようなプライバシーに関して2026 年に話題になっている新たなイシューに直接的に関係するのであり、現代的な問題を正しく理解する上で、本書は必読と言って良いだろう。
なお、本書の翻訳においては、勁草書房編集部山田政弘様に多大なご助力を頂いた。心より感謝を申し上げたい。
訳者一同






