
拙著『21世紀の市場と競争 デジタル経済・プラットフォーム・不完全競争』では、閑話休題代わりにいくつかのコラムを挿入しました。その最初では、日本語圏における「プラットフォーム」と「プラットホーム」という「異なる」表記が、どのように使用・定着されたのかについて、夏目漱石の作品や、戦前期における朝日新聞の掲載記事から探ってみたのです。
筆者のように、日本語を母語とする人たちにとってこの単語は、19世紀に誕生した鉄道という近代の交通文明に関わる「場」を意味する日常用語として、そして、20世紀後半からの情報社会が創出したデジタル空間における「媒介」を表す意味の用語として定着したと認識されています。
前者が「プラットホーム」として、後者が「プラットフォーム」として定着したことは、「明治150年」の間での日本語圏における英語受容の変容を表していると言えるでしょう。いずれにせよ、私たちは、platformの翻訳、すなわち漢語化の達成・定着に「失敗」したのです。それは、2021年から施行されている「特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律」という名称に象徴されています。
もちろん、私たちが、とりわけ戦後において「模範」としてきた英語圏には、このような「翻訳」の悩みはありません。ラテン語系とゲルマン語系からの混合として16世紀におおよそ成立した成立した用法の変装で対応しておけば、非英語圏の人間は理解してくれるのです。
それでは、「本家」のplatformという単語はどのようにして生まれ、使われるようになったのか。やはり、英語と言えば、まずはウィリアム・シェイクスピア(1564-1616)まで遡ることが原則です。そこでOpenSourceShakespeare.orgのキーワード検索を利用してみたところ、
『ヘンリー6世・第1部』(1592年頃)1回(第2幕第1場)
『ハムレット』(1600年頃)2回(共に第1幕第2場)
『オセロウ』(1603年頃)1回(第2幕第3場)
のように3作品においてplatformが登場していることが分かったのです。
シェイクスピアの不熱心な読者にしか過ぎない筆者ですが、たまたま、『ハムレット』については、手元に三者の翻訳――小田島雄志訳(1983年、白水uブックス)、野島秀勝訳(2002年、岩波文庫)、安西徹雄訳(2010年、光文社古典新訳文庫)――がありました。もちろん、『ハムレット』はシェイクスピアでも翻訳に事欠かない作品です。この機会に、現在、文庫版として市販されている福田恆存訳(1967年、新潮文庫)、松岡和子訳(1996年、ちくま文庫)、河合祥一郎訳(2024年、角川文庫)にも目を通し、さらには、国立国会図書館デジタルコレクションから閲覧可能である坪内逍遥訳(1909年、早稲田大学出版部)も確認して、表1のようにまとめてみました。

しかしながら、『ハムレット』を読んだ人なら思い出すことでしょう。第1幕とは、デンマーク王子ハムレットが、亡き父王(と思われる)亡霊に出会い、交流する場面ではなかったか。そこで、場の設定を示すト書きにも注意をしてみると、予想通りとなりました。上述のサイトでは、第1幕第1場がA platform before the Castle、そして、第4場がThe platform before the Castleとの記載が見られるのです。ト書きには後世の解釈も混じっているとされるがために、以下の表2が示すように、訳に反映させない訳者もいますが、訳に入れている訳者は、概ね、表1に対応した訳語を充てています。

このようにして、platformが「城の防壁にある見張り塔の平台」の意味で用いられることが確認されるのです。続いて、Oxford English Dictionary(OED)のオンライン版を紐解いてみましょう。すると、1400年代には、フランス語系のplateとformeあるいはfourmeを合わせて、plate fourmeと用いられていたものが、1535年には、何かを立てる平面の領域としての意味での用語例を確かめることができます。
誰もが知る『ハムレット』の物語は、まさにplatformから始まったというわけです。『オセロウ』での用法もこの意味に準じていますが、二作品より早い上演と見られている『ヘンリー6世・第1部』での用法は、小田島雄志が「戦術」と訳しているように、抽象的な意味となっています。このような意味での用法も、同時期の1547年には確認されています。
さて、『ハムレット』以降、platformの意味と使用頻度は拡大の一途を辿ります。図1は、1750年代以降の英語の文書におけるplatformの推定登場頻度の推移を図示したものです。やはりOEDに拠れば、1838年には駅のプラットフォーム、いやプラットホームの意味での用法が確認されています。鉄道の時代であった19世紀後半を通じて、platformの相対的利用頻度は上昇を続けたことが分かるのです。
なお、同時期、platformが政党綱領の意味も持つようになった(確認される最も早い使用例は1837年)点は興味深いことと言えるでしょう。ただし、それに先駆けて、ホールなどの演台の意味として、1817年に用いられるようになっていた点とも注意しなければなりません。駅のプラットホームでの意味での用法の普及との関係が気になるところです。
出所:Oxford English Dictionaryのオンライン版で入手した情報をもとに筆者作成

しかし、この傾向は、ちょうど世紀の変わり目の頃――アメリカにおいて、鉄道網の拡張に伴って形成されてきた種々のトラスト(企業間の結合関係)が問題視されるようになった頃――と軌を一にして歯止めがかかります。図1が示すように、20世紀は、一転して、platformの相対的利用頻度が低下を続けることとなったのです。自動車の時代であり、また、日本が経済成長を謳歌した時代でもあります。
しかし、1980年代を境に、再び上昇に転じるようになります。それまでも、地球物理学(1880年以降)、地質学(1908年以降)、石油・ガス産業(1938年以降)、航空工学(1946年以降)における専門用語としての意味も加わるようになっていたplatformですが、1980年代にデジタル時代の到来と共に「復活」したのです。
OEDによれば、ヴィデオゲームの画面上で、キャラクターが飛び乗る台としての意味での利用例が1984年に確認されます。そして、遅くとも1987年には、標準システムアーキテクチャーとしての意味が登場し、現代、私たちが日常的に用いているオンライン・プラットフォームでの意味は、早くも1996年には使用例が確認されています。ただ、人口に膾炙するようになったのは2010年前後でしょう。
図2は、特にここ10年間でのplatformの相対的利用頻度の変遷を示したものです。21世紀初頭には、図1で見られるように、30回程度でしたが、2017年には100回となっており、2021年までに倍増しています。ただ、それ以降は、概ね200前後で推移をしており、増加の動きが止まっているように見えます。
こうして、私たちは、120年の歳月を挟んで、鉄道網の完備によって生じた反トラストの流れと、デジタル・プラットフォームの定着に伴う競争政策的な対応の必要性を、platformの相対的な登場頻度の推移からパラレルで捉えることができるのです。更に大胆なパラレル化が許されるのであれば、表3のように、それは、20世紀と21世紀における基幹的、あるいは象徴的な産業の変遷を示唆しているとも言えるでしょう。
出所:Oxford English Dictionaryのオンライン版で入手した情報をもとに筆者作成


以上で見たように、英語におけるplatformという用語の利用頻度の推移、そして、その持つ意味の拡大は、近世から現代までの経済史の展開が反映されています。同時に、私たちが使っている日本語は、その流れの後半部からしか乗っていないことも分かります。
「シェイクスピアとプラットフォーム」、これが表題でありました。しかし「プラットフォーム」と書いてしまえば、それは明治期以降、英語圏で新しく用いられるようになった意味をしか持ちえないのです。正しくは、「シェイクスピアとplatform」と題するべきでした。
逍遥(1859-1935)が早稲田の地で「高臺」という訳語を充てていた頃、その近くで創作に励んでいたはずの漱石(1867-1916)は、拙著のコラムで触れたように、自身の作品中では駅の「プラットフォーム」と呼ぶことで良しとしました。ここには、外来語の流入と文明の流入が同時期であったという近代日本の特質を見て取れると同時に、「西欧の開化は内発的、日本の開化は外発的」(「現代日本の開化」1911年)という漱石の指摘が、自嘲の弁のように聞こえてきます。
しかし、そもそも、いかなる文明開化であっても、成り立ちにまで遡れば、それは常に外発的なものでしかないのではないか。上で見たplatformの成り立ちがそれを示していますし、他ならぬシェイクスピアこそ、その象徴的人物なのではないか。その意味では、たとえ、漢語化の達成・定着に「失敗」したのだとしても、「プラットフォーム」が現代日本語の立派な一語であることには疑いないのです。
もちろん、「プラットフォーム=platform」というわけではないことには注意しなければなりません。
この非対称性、あるいは非同値性は、世界史の近現代を端的に表象しているものとは言え、しかし、彼我の違いは「内発的」か「外発的」かの違いなのではなく、外発のタイミングの違いを示すに過ぎないのではないだろうか。21世紀のこれからを生きる漱石――もちろん「日本人」とは限りません――であるならば、このような問いを発しているに違いないのです。
安達貴教(あだち・たかのり)
京都大学経営管理大学院・大学院経済学研究科教授。Ph.D.(経済学)。「不完全競争の経済学」の視点から、産業組織、競争政策、公共政策などに関する問題を対象としたデータ分析や経済モデル分析を行なうことに主要な研究関心がある。過去の研究成果の一端は、著書『データとモデルの実践ミクロ経済学 ジェンダー・プラットフォーム・自民党』(2022年、慶應義塾大学出版会)にまとめられて刊行された。また、「不完全競争の経済学」の歴史に対する関心の一環として、『ジョーン・ロビンソンとケインズ 最強の女性経済学者はいかにして生まれたか』(ナヒド・アスランベイグイ、ガイ・オークス著、2022年、慶應義塾大学出版会)を訳出している。
2024年6月発売
安達貴教 著
『21世紀の市場と競争 デジタル経済・プラットフォーム・不完全競争』
3,520円(税込) 四六判 336ページ
ISBN 978-4-326-55093-7
【内容紹介】デジタルプラットフォーム・ビジネスが躍進する時代の新たな経済学。
「選ぶ側にとっての望ましさ」から「市場と競争」を考えよう!「不完全競争の経済学」の視点から、科学テクノロジーの進展によって規定される市場と競争のあり方を歴史的・理論的に位置づける。デジタル時代における競争政策の理念型を明快に提示する意欲作。
本書の第1章抜粋とあとがきはこちらからお読みいただけます。→《「第1章 市場とは何か、競争とは何か」抜粋、「あとがき」》
