あとがきたちよみ
『ドイツ世襲財産問題の考察――プロイセンを中心に』

About the Author: 勁草書房編集部

哲学・思想、社会学、法学、経済学、美学・芸術学、医療・福祉等、人文科学・社会科学分野を中心とした出版活動を行っています。
Published On: 2026/8/18

 
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マックス・ウェーバー 著
加藤房雄 訳
『ドイツ世襲財産問題の考察 プロイセンを中心に』

「訳者まえがき」「訳者解説──ウェーバー「世襲財産論」の内容とその意義」(pdfファイルへのリンク)〉
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訳者まえがき
 
 本書は、Max Weber, Agrarstatistische und sozialpolitische Betrachtungen zur Fideikommißfrage in Preußen, 1904(マックス・ウェーバー『プロイセンにおける世襲財産問題の農業統計的・社会政策的考察』)の翻訳である。この論文は、当初、『社会科学・社会政策論叢』(Archiv für Sozialwissenschaft und Sozialpolitik)19 巻3 号に載ったが、20 年後、『社会学・社会政策論集』(Gesammelte Aufsätze zur Soziologie und Sozialpolitik)に収められ、次いで、『ウェーバー全集』第8 巻に収録されて現在に至っている。ドイツの地域事情にも目配りするウェーバーの比較地域史重視の観点に鑑み、タイトルは、より広く、『ドイツ世襲財産問題の考察──プロイセンを中心に』とした。
 ウェーバーの「考察」論文は、序言・三節構成である。先ず序言では、プロイセン政府が1903 年秋に発表した「家族世襲財産法草案」を検討して、草案のフィデイコミス観を整理した上で、世襲財産は「社会政策上、どのような影響を与えたか」が問われ、彼の社会政策的検討の観点が強調される。第一節は、世襲財産が当時のプロイセン農村社会構造において果たした役割を活写する。キューネルト(F. Kühnert)らの諸々の原典を駆使した農業統計的検討は多岐にわたり、長文の原注からは、ウェーバーの苦心と学問的良心が伝わる。「近代資本主義的農業の祖国」=イギリスを例示する個所などは、比較経済史学の基本的見地との共通性を、また、「土地所有と経営の分離」の的確な指摘は、K. マルクスとの共通性を感じさせる認識を含む。さらに、「労働制度への影響」を問うウェーバーは、ドイツ北西部のホイアーリング制との異同も視野に収める比較地域史の観点も示した。世襲財産問題の考察は、プロイセンだけにとどまるものではなかった。
 租税上の視点から、印紙(Stempel)の問題も検討することを怠らなかった第二節では、世襲財産改革の方向性が示される。ウェーバーは、合計10項目提示するが、「森林世襲財産を除くすべての世襲財産の廃止」や「世襲財産面積3,000 ヘクタール以上」、「印紙は(現行の3%ではなく)5%」等々、重要なものばかりである。そして最終第三節においては、「農政ロマン主義者=ゼーリング(Max Sering)」批判、イギリスのコンソル公債との比較、プロイセンの官僚制批判、さらには、ロシア政府・ロシア警察に対する批判的言及と帝国主義的な「広大な世界での経済的征服」の勧め等々、20 世紀初頭期におけるドイツの立ち位置を見極める上でも重要な、経済政策史=権力政治史上のウェーバーの鋭い洞察が語られている。
 訳業には、微力を尽くしたが、なお不適切な訳や誤りが含まれるのではないかと恐れる。大小を問わず、読者諸賢のご指摘ご教示をお願いする次第である。参照文献を集める過程では、森良次(広島大学)、黒澤隆文(京都大学)お二人のご協力をいただいた。お礼申し上げたい。学術図書の出版が難しい昨今、社会科学の古典とはいえ、このような地味な翻訳書の出版を引き受けられた勁草書房の宮本詳三氏に感謝する。
 
2025 年11 月3 日
加藤房雄
 


 
訳者解説──ウェーバー「世襲財産論」の内容とその意義
 
一 ドイツ帝国主義の合理的建設論
 「贅沢農場」あるいは「近代的成り上がり者世襲財産」にすぎないと、ウェーバーが舌鋒鋭く批判した新設の世襲財産は、概して、所有規模500 ha前後の「小世襲財産」のことである。この種の「小世襲財産」と、時には2 万ha の巨大規模さえ突破した「大世襲財産」との対極的相異を見抜いたウェーバーの的確な認識は、彼の「世襲財産論」の要諦の一つにほかならない。「小世襲財産」の形成が広範に行き渡って必然化し、ドイツ資本主義の合理的改編とは遠くかけ離れてしまう事態が到来するのではないかと強く危惧する彼は、次のように力説する。「ブルジョア的な名目[叙爵書新]貴族の[小]世襲財産の設定が一般に可能になると、それは、心底軽蔑すべき虚栄心をそそることにより、ブルジョア的なドイツ資本を、広大な世界での経済的諸征服の道筋から、われわれの保護貿易主義政策の流れに沿っていずれにせよ敷かれている、金利生活者を生み出す軌道へと強烈に誘導する。なぜなら、金利保護こそがわれわれの経済政策の特徴だからである」、と。
 ここには、「階級意識に目覚めたブルジョア」イデオローグとしてのウェーバーの面目躍如たるものがある。彼の眼前で、今まさに「形成されつつあるドイツ帝国主義」の現実において、「小世襲財産」の成立が現状以上に普及すると、それは、「広大な世界での経済的諸征服」の軌道に本来乗せられて然るべきドイツ・ブルジョア資本を激減させながら、同時に他面では、私生活の安逸に腐心する小市民的な「成り上がり者」の金利(地代)生活者を少なからず生み出す事態に陥らざるをえない。激越とも言える強い口調で「小世襲財産」を指弾するウェーバーの眼目は、まさしく、この点に置かれていた。彼が追求しようとした政策課題と目標は、したがって、「世襲財産論」に関する限り、「ドイツの世界強国としての経済的地位」にあったと捉えてよいであろう。
 一言にして、ウェーバーの「世襲財産論」とは、一方において、イギリス的「三分割制」に接近する一契機としての「大世襲財産」に端的に象徴される大土地所有の合理的要素を選別的に存続させるべきであると看破した点で、他方、景気変動に対する弾力性と順応性を欠くだけではなく、資本蓄積の阻害要因になるほかないという二重の意味において不合理で、かつまた、全世界に向けられるべきブルジョア的なドイツ資本の旺盛で奔放な帝国主義的活動にとって不必要な、レントナー層の微温的な培養基以外の役割を何ら果たさぬ「小世襲財産」の人為的育成を断固阻止すべしと力説した点においても、政策論的に見て、すぐれて首尾一貫した「ドイツ帝国主義の合理的建設論」もしくは「合理化論」だった、と言うことができる。
 このように、ウェーバーの世襲財産論が、「ドイツ帝国主義の合理的建設論」としての固有の特徴を備えたことは確かである。彼は、「広大な世界での経済的諸征服」に投下されるべきブルジョア的なドイツ資本を、「金利生活者を生み出す軌道」に誘導する帰結しか生まぬ「小世襲財産の設定」に、激越な批判の鉾先を向けざるをえなかった。だが、それにもかかわらず、彼の世襲財産論は、世襲財産の「相続権」(Anwartschaftsrecht)を、ドイツ国籍所有者のみに限った草案7 篇112 条の「限定条項」には言及すらしなかった。この点、「社会政策的に意義深い諸規定」だけに的を絞った彼の議論には、なお、重大な問題点が残る。「ドイツ国籍限定条項」の「民族主義的性格」は、明らかだからである。これを不問に付したウェーバーの認識の時代制約性もしくは限界も併せて指摘しておかなければならない。
 加えてもう一点。だがここには、歴史学の方法論とも関わって、制度の歴史的持続と再編成を解き明かす「制度の再生産論」をめぐる重要な意義がある。ひとことで言うと、「封建的制度の近代的再機能化」とも言うべき重層的・複層的な事態をどう理解するかという問題が潜むのである。柳澤治氏の的確な評言を借りると「旧体制の要素と結びついた16 世紀以来のこの[フィデイコミス]制度が、単なる封建遺制としてではなく、資本主義の『最新の』段階において存続し、拡大再生産されたことが[傍点訳者]」確認されるからである。ウェーバーがフィデイコミスに見出した制度的機能は、この「制度の再生産論」と密接に関連する。制度とは、単なる法的規定ではなく、社会的秩序の維持を可能にする構造であり、その持続の正統性は、国家と農村社会の相互関係の中で形成された。したがって、制度の法律上の廃止と社会経済的内実のその存続との違い・乖離を識別することは、むしろ自明の前提と言うべきであって、制度は、歴史の歩みとともに、その意味を弾力的に大きく変えながら、社会の深層に作用し続けたと見なければならない。
 ウェーバー「世襲財産論」の内在的読解を踏まえ、別個の実証分析を重ねた成果の一つとして、このような史的アプローチを、「制度の社会経済史学」の視座と名付けても、あながち不適切かつ不当ではないであろう。ともあれ、帝国主義に至る近(現)代に、前近代的- 封建的要素が巧妙に組み込まれていた事実を見抜かなければならない。彼の「世襲財産論」を「ドイツ帝国主義の合理的建設論」として理解・把握する必要性には、このような方法論上の重要な意味あいが含まれる。
 
二 研究史批判
 従来の研究史にあっては、一般に、世襲財産論に関するウェーバーの議論の複雑な内容は、必ずしも充分理解されてこなかったと思われる。その典型的な二つの例が、W. モムゼン(Wolfgang J. Mommsen)とヘス(Klaus Heß)である。前者によれば、「世襲財産制(Fideikommissinstitut)と叙爵書賦与行為(Briefadelspraxis)に、ウェーバーは、次のこと、すなわち、大ブルジョアジーの頂点的部分を味方に引き入れることにより、ぐらつき始めた自らの社会的地位を打ち固めようとする保守派のあからさまな努力以外のなにものをも、認めなかった」とするなら、他方、「国民経済学者と歴史家は、おおむね一致して、[世襲財産に対する]多かれ少なかれきっぱりとした拒否の立場を取る陣営に属していた。決定的な反対者は、L.ブレンターノ、J. コンラート、そして、M. ウェーバーである」17)と見なすのが、ヘスの理解である。両者は、いずれも、メダルの片側一面しか見ない点で、共通している。だが、ウェーバーは、プロイセン世襲財産(所有者)の全部的一括把握を行っておらず、その全面批判の見地にも立っていない。逆に、彼の「世襲財産論」とは、「小世襲財産」の新設には断然厳しい眼を向けながら、他方、別種の「大世襲財産」に固有の「明確な経済的意義」を高く評価する深い認識が掘り下げられる世界だった。アンビバレントな正負両面の一体的把握は、ウェーバー「世襲財産論」の一つの特長と言える。モムゼンやヘスのように、世襲財産制を支持するか否かの安直な色分けに終始する、肯定・評価と否定・反対の平板な二分法の一面性は、ウェーバーとは無縁である。
 この点は、さらに、「農業国・工業国」20)論争に臨み、彼が示した以下の姿勢を見れば、よく分かるであろう。「工業国」を過度に危険視する立場を退けたウェーバーは、同時に、「小世襲財産」の生成に端的に表れる「農業資本主義」の利害を最優先する保護貿易主義には断固反対した。同じ世襲財産であっても、「大世襲財産」を高く評価する彼にとって、「工業国」路線の推進は、「農業資本主義」的な「小世襲財産」の蔓延とは絶対に相容れないが、農業的大土地所有の「大世襲財産」との併存なら両立できる。「大世襲財産」は、「農業資本主義」の最悪の虚栄分子ではないからである。プチブル的「成り上がり者意識」の温床となるほかない「小世襲財産」の経済的不合理性・有害性、逆に、「貴族的心情」の物的土台たりうる「大世襲財産」の経済的合理性・有効性──この鮮やかな逆説的連関を説くウェーバーの見解は、一見、難渋な議論に見えながら、その実、一本筋が通った論理的説得力を持つ深い洞察に富むものであった。
 
 
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