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チャールズ・サンダース・パース 著
内田種臣 編訳
加藤隆文 新装版解説
『新装版 パース著作集2 記号学』
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序
パースのものは難解でしかも首尾一貫していないところが多くあると言われる。確かにその通りであり、事実多くのノートが中断されているところからして、パース自身難点に気がついていたり、不満に思っていたのであろう。また、考えがある点では既に発展しているのに十分それに気がつかないで、それを使用しないで古い考えが混在しそのため矛盾が出たり、誤解を招くようになっているものもある。またその時の主要テーマに関心が引きづられて、そのためたとえば記号の定義や分類が簡単に扱われたり、ある側面が強調されて、誤解を産むようなものもある。もちろん最後までパース自身心を決めきれないで、不明確になっているのもあるし、編訳者自身が誤解していたり、理解不足のところもあるだろう。編訳者にとって現時点でパースの手稿を取捨選択して整合的にしかもなるべく完全にパースの真意と思われるものを伝えるように再構成することはできない。本書はそのための第一段階の資料になることを期待して編集されたものであり、だから全体として見れば、おたがいに両立しないと思われるもの、不明確なもの、パース自身の誤解かもしれないがいずれとも決定し難いものも含まれている。少なくとも編訳者のパース理解の現状からすると、この方針は悪くないと思われる。というのも、パースの思想には一見すると突拍子もないようだが、彼の言い分を聞くと説得力を持っているという場合が少なくないからである。また全体から見て、矛盾するところがあったからといって、全く無意味という結論を出す必要性はない。その矛盾が局所的であるということは十分可能だからである。たとえば矛盾しあう二つの主張は時期が違う考えに属しているのかもしれない。そうすれば、たとえば少なくとも一方を捨ててしまうというやり方でパースから多くのことを学び取ることもできるし、矛盾とはならないような状況を探ることによって学ぶこともできる。もし仮りにパースの思想がどうしようもなく矛盾していることが分ったとしても、それで終りになる訳ではない。むしろそこは出発点に過ぎない。パースのかかえていた問題が本当にわれわれにとって意義のある問題であれば。ここから得られる教訓は『パースのようにならないようにせよ!』である。事実パースの思想あるいは思想の変化を理解するには、幾つかの時期に分けた方が便利だろう。この場合彼の記号論の変化が重要な導きの糸になると思われる。大まかに言えば、一八六七年頃(『新しいカテゴリー表』の書かれた頃)が第一のピークで、一九〇四年頃までに第二のピークがあり(記号の十分類がなされた頃)、一九〇八年頃に第三のピークがある。第一期の頃は伝統的な哲学との関係で見ると、カントの認識論、カテゴリー論から多くを学んでいる時期で、論理学を広く記号学と見る考え、関係の分類から記号の分類を行なう考え、記号学、カテゴリー論、関係論などの基本的用語の枠組がある程度確定する。第二期は、記号分類のために三個の観点が取られ十種の記号がほぼ確定し、いろいろな事例が詳細に論じられる。もちろん狭い意味での論理学の体系(代数的な研究、いろいろな現存グラフの体系化、関係論理学の体系など)も作られ、いわば最盛期である。第三期には、記号学の観点から見れば重要な拡張がなされる。それは分類の観点が三個から六個(これは一九〇四年の記号分類、本書では[E]に現われる)さらには十個(一九〇八年の記号分類、本書では[F]に現われる)へと拡張されたという意味である。またこのことは、「対象」および「解釈項」という概念がさらに詳しく区別されて、前者は「直接的対象」と「力動的対象」に分かれ、後者は少なくとも「直接的解釈項」「力動的解釈項」「標準的解釈項」に分かれる。また「論理的解釈項」「情動的解釈項」「活動的解釈項」など多くの用語が現われる。パースの意味の理論、プラグマティズム、認識論、探究の理論を理解するためには、このように詳細に区別された意味での「対象」「解釈項」に対する理解が必要になる。これらに関するものは前述した、[E][F]の他におもに[D]『記号現象』に集められている。しかし初期の頃からこのように精密化される準備はなされていたと考えられる。というのは彼の関係理論の立場から(初期のものでもよい)一期、二期の記号論を見ると飛躍や難点が多く見られるからである。つまり記号論の展開は関係理論の展開よりかなり遅れていたと考えられる。
本書の構成は次のようになっている。
⑴記号学そのものに重点を置いているもの
本文
[D]記号現象
[E]一九〇四年の記号分類
[F]一九〇八年の記号分類
⑵カテゴリー論に重点を置いているもの
[A]現象とカテゴリー
[B]心の基本要素
⑶心の哲学に重点を置いているもの
[B]心の基本要素
[C]知覚と知覚判断
[H]思考・記号・推論
⑷意味の理論に重点を置いているもの
[G]意味とは何か。
⑸人間論に重点を置いているもの
[I]人間は象徴記号である
もちろんそれぞれの項目にふさわしいものは他にたくさんある。しかしここに集めたものはあくまでも記号学の理解に直接役立つものという観点から選ばれたものである。
新装版への解説――本書の活用の手引き
加藤隆文
はじめに
『パース著作集』の第二巻、「記号学」という表題が掲げられた本書では、パースの記号論にまつわるテクストの翻訳がまとめられている。ただし本書は、パース記号論を網羅的に把握することを目的としたものではなく、「序」や「訳者解説」でも述べられているような独特の方針のもとで編訳がなされていることは留意しておくべきだ。とはいえ、その方針がまずいというわけでは全くない。むしろ本書は、パース記号論に入門するためには最適と言ってよい、非常によく練られた経路を示唆してくれている。本稿では、この経路をさらに見通し良くするための少しばかりの案内を試みつつ、現在の研究状況を踏まえて、本書の導きがどういった場所にまで及ぶのかを述べたい。本書をパース記号論という入り組んだ洞穴の探検に踏み込んでゆくために携える懐中電灯に喩えるならば、その灯りに導かれた探検の成果として、非常に豊かな地形を含む地図が描けるだろう。洞窟の枝分かれした道の先には、実に多様な学問領域が開けているのである。
本書の読み方
本題に入ってゆく前に、少し気をつけるべきことがある。「凡例」でも示されているとおり、本書に収められているテクストは全て、いわゆる旧版のパースの著作集Collected Papers of Charles Sanders Peirce(以下「CP」と表記)を底本として翻訳されている。この著作集は、各巻、そして各章においてテーマ別にテクストが集められているため、パースが異なる時期に書いた文章が隣り合って掲載されていたり、本来は連続していたはずの文章が分断されて別々の箇所に掲載されていたりするので、全般的に注意が必要なものとなっているのだ。実際、本書の本文(つまり「第一章」から「第三章」)はCP第二巻のパラグラフ番号二二七〜三三〇、三三二〜三四三の翻訳であり、内容的にはもちろんある程度まとまっているが、それぞれのテクストが書かれた時期にはばらつきがある。「序」で訳者も言及しているように、パースの文章は首尾一貫していないように思われる場合がある。ただし、そのように感じられたら、それぞれのテクストの書かれた時期が異なるからではないかと疑ってみてほしい。訳者はその便宜も意識して、訳文の冒頭に、CPの巻号とパラグラフ番号に加えて、当該テクストが書かれたと考えられている年代を付記してくれている。
しかし、各テクストの書かれた時期にさえ注意を払えば、本書の編集方針は非常に理にかなったものといえる。本文の「第一章」では、パース記号論の基本的概要を説明したうえで、三通りの記号の三分法について述べるパートが続く。そしてこれらの三分法を統括することにより、「記号の十分類」に代表される、訳者がパース記号論の「第二のピーク」と称する思想が導かれる。次に、「第二章」では、三通りの記号の三分法のうち、「第二の三分法」に焦点を合わせたテクストがまとめられている。ここで取り扱われる「類似記号、指標記号、象徴記号」(イコン、インデックス、シンボル)という三分法は、現代の表象文化論や文化人類学などの分野でのパース記号論の領域横断的な応用に際して、最も頻繁に参照されるものである。こうした現代的応用に関心がある読者には、本章は特に興味深いだろう。「第三章」では、記号の「第三の三分法」、つまり「名辞的記号、命題的記号、論証」の三分法に注目したテクストがまとめられている。パース記号論とは、畢竟、論理学者パースが追求し続けた最も厳密な論理学の理論である。「第三の三分法」には、こうした論理学の理論としてのパース記号論の側面が色濃く表れている。さらにパースは、人間の心の作用もある種の記号による論理的な推論過程と捉えており、それゆえに「人間は記号である」という有名な主張を導く(本書「I」も参照のこと)。このことを踏まえれば、本章は、認知科学や発達心理学、あるいは人間と共生するAI(人工知能)ないしロボットを開発する先端科学の関心にも応答する素材を含んでいるといえるだろう。
以上のように、まずは本書の本文を読み進めれば、非常に効率的に、パース記号論の概要とともに、現代において注目されるパース記号論の二つの側面を把握できるだろう。そのうえで、附録「A」〜「I」については、読者の関心に合わせて、基本的には順不同で読み進めれば問題ない。その際には、訳者が「序」で示してくれている「本書の構成」が役立つのはもちろんだが、特に(3)「心の哲学に重点を置いているもの」(4)「意味の理論に重点を置いているもの」(5)「人間論に重点を置いているもの」については、本文「第三章」の議論と関連づけて読み進めると実りが多いだろう。また、(2)「カテゴリー論に重点を置いているもの」に関連して、本著作集第一巻新装版解説において、パースのカテゴリー論について詳細な解説がなされていることも付言しておく。
さいごに、本書を読み進めるうえでのちょっとした助言を述べておく。前述のように、CPを底本とした本書においては、時期の異なるテクストが並列している場合がある。そして、それぞれのテクスト間での記述が、必ずしも整合的に読めないように思われる場合もあるだろう。具体例を一つ挙げると、本文「第一章」の「一」「二」「三」は、書かれた時期としては数年ずつの隔たりがある。そして「一」(一八九七年)では、「表意体」(記号)は「根底、対象、および解釈項」という三つのものと結びついていると述べられていることから、ここではあたかも、記号に「三つのもの」を加えた四項の関係のもとで記号の作用が説明されているように思われるかもしれない。しかし、「三」(一九〇三年)で明示的に述べられているとおり、パース記号論といえば「記号」「対象」「解釈項」の三項の関係によって記号の作用を説明するものである。そして「二」(一九一〇年)でもこの三項モデルを踏襲していると読んで差し支えなさそうだが、その一方で、「根底」についての言及はない。こういった記述をどのように受けとめればよいのか。この例の場合、本稿筆者としては整合的に読む道筋があると考えているのだが、読者への助言としては、「年代の新しい方の記述を優先するという方針で読み進める」ことを提案しておきたい。パース記号論は特に、年代を経るとともに内容が洗練され、パース自身の記述も変わってくる傾向があるからだ。古いテクストには登場していたが新しいテクストには登場しなくなった概念については、いったん傍に置いて、まずは大掴みに論旨を理解することを意識してみてほしい。なお、それとは対照的に、古いテクストにも新しいテクストにも継続的に登場する概念も多く存在する。こうしたものは、パースの思想のなかでもとりわけ重要である可能性が高いので、見逃さないようにしてほしい。(以下、本文つづく。注番号は割愛しました)
『新装版 パース著作集 1』はこちら⇒ 【新装版 パース著作集 1 現象学】たちよみ
『新装版 パース著作集 3』はこちら⇒ 【新装版 パース著作集 3 形而上学】たちよみ







