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『地域振興と慈善活動』

 
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太田耕史郎 著
『地域振興と慈善活動 慈善・寄付は地域を呼び覚ます』

「まえがき」「序章 寄付・慈善活動を考える」(pdfファイルへのリンク)〉
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まえがき
 
 本書の出版には2 つの背景がある。筆者は2019 年に出版した『ラストベルト都市の産業と産業政策』において米中西部のかつて製造業で繁栄したいくつかの都市の近年の産業の動向とその要因を調査したが,新産業の台頭には起業家またはその一族の企(起)業家としての活動はもちろんのこと,彼らの地域への寄付などの慈善活動の展開が重要な要因となるとの強い認識を得たことがその1 つである。それに関しては,A . トクヴィル(Alexis de Tocqueville)のものともされる,“America is great because she is good” の言葉が思い出される。もう1 つは情報技術(Information Technology)や金融工学(financial engineering)の発展が富豪を次々と誕生させるなかで,とりわけ米国では経済(所得・資産)格差が拡大し,富裕層への課税を強化する税体系のあり方が盛んに議論されていることである。
 最初の背景と関連して,今回,改めてわが国のそれを含むいくつかの都市・地域の起業家の慈善活動を調査したが,誰であれ,ある人の慈善の活動と思想を尋ねるのは筆者にとっては格別に清々しいもので,このようなテーマ,そして新たにA. カーネギーのThe Gospel of Wealth とG. ピーボディ,安川敬一郎に出会えたことは幸せといえる。著名な起業家にはしばしばかなり大部の,あるいは複数の自伝・伝記があるが,ありがたいことにそうしたものへのアクセスは大幅に改善している。安川については,北九州市立自然史・歴史博物館が翻刻・刊行を進める『安川敬一郎日記』(全5 巻)などにより,また赤池炭坑を共同経営した平岡浩太郎との思想的な結びつきを解明するなどして,内容の拡充を図っていきたい。また,米国ではクリーブランドも調査対象の1 つとしてきたが,それに関して本書では1 起業家兼慈善家としてのロックフェラーとUniv. Circle 地区のかつての都市開発を紹介したに過ぎない。同市ではピッツバーグほどには起業家の慈善活動の効果が明確でないが,大学や病院に対する高額寄付も後を絶たない。調査結果の何らかの形での公表を準備したい。
 
(謝辞)
 慈善に対する意識は周囲から育てて頂いたようにも思われる。とりわけ大学時代の恩師である黒川和美先生と奥様の由美子様のゼミ生へのご指導・ご対応は,金子貴一さんの「感謝と謙虚」(『トップが綴る いま伝えたい! 感謝の心』PHP エディターズ・グループ)に記されているように,それこそ善意に溢れた,また善意に対する自覚と感謝を呼び起こすものであった。この「感謝と謙虚」の教えは,本書で取り上げる善意の連鎖のように,多数に上る門下生より次世代に伝えられていることであろう。また,これも善意で岡山大学地域総合研究センター長の三村聡先生と(公財)有隣会様から資料のご提供を,友人のマイクからは第10 章の補論6 の寄稿を頂いた。最後に,本書の出版に当たって勁草書房編集部の宮本詳三様に多大なお骨折りを頂いた。今回でご担当を頂くのは3 回目,こちらも何とも幸せなことである。
 
2022 年夏
太田耕史郎
 
 
序章 寄付・慈善活動を考える
 
 個人が特定の法人などに寄付(附)をする場合には,税制優遇措置が適用される。この当該活動を促進するための制度は寄付を節税対策とする見方と繋がりやすい。累進的な所得税制の下ではとりわけ富裕層の寄付にそれが成り立つ。また,わが国では同じ理由での寄付者による寄付の公表には売名行為との批判が付きまとう。寄付が現行制度の中で必ずしも好意的に受け止められていないのである。他方で,「まえがき」で述べたように,起業家の寄付などの慈善活動がいくつかの都市の産業の発展に確実に貢献している。これは米国ではピーボディ,カーネギーとロックフェラーに代表される著名な起業家兼慈善家が寄付を企業運営と同じ事業とみなし,その行為(寄付),そしてその具体的な内容が受給対象や社会に及ぼす効果への深い洞察の下にそれを実施していることと関連しよう。彼らからしばしば聞かれる「お金は稼ぐより使う方が難しい」との言葉には彼らの寄付に対する真摯な,そして新たなことに果敢に挑戦する起業家としての姿勢が反映される。それであるからこそ,国の政策としてそれを社会システムに組み込むことの検討が必要となる。そして,富裕層である起業家への課税強化が彼らの慈善活動に負の影響をもたらすとすれば,社会的に望ましい税体系は理屈として起業家の当該活動の社会的な効果または役割と税の当該活動への影響から決定されるものとなる。
 もっとも,本書の目的は社会的に望ましい税体系の導出を試みるものではない。本書は主に,①米・日における起業家の慈善(主に寄付)活動の歴史と現状を調査する,②米国の著名な起業家兼慈善家の慈善の活動と思想,そして彼らの思想の現代の起業家への影響を調査する,③いくつかの都市での起業家の地域振興と繋がる慈善活動の内容とその効果を改めて調査する,④政府が税収からそうするのではなく,起業家が寄付活動の形で社会的に必要なサービスを提供することの社会的な利点を検討する,そして⑤そうした利点を確認した上で,慈善活動が必ずしも盛んとはいえないわが国での起業家,さらには国民全体の当該活動を奨励する方策を検討する,ものである。
 具体的な構成は以下の通りである。第1 部「起業家の慈善活動をふり返る」は第1 章~第4 章から構成される。第1 章は主に米国での経済格差,富裕層の税負担,所得の源泉と彼らの経済格差に対する態度を概観する。第2 章は米国での起業家とその一族のしばしば財団を通じた慈善活動の歴史と現状を概観する。米国では大学が寄付の主要な対象となっているためにそれに関する事例が多数,登場することとなるが,筆者の強い関心事である都市計画・都市開発を対象としたものも僅かながら紹介する。ただし,それを早い段階で,また大々的に展開したピーボディ,カーネギーとロックフェラーの慈善活動は第3 章のテーマとなる。彼らの活動の内容と影響力は慈善活動の社会的意義を検討する第9 章の論点を与える。また,第4 章は第2 章の日本版となる。次いで,第2部「地域産業を振興する慈善活動」は都市または地域の事例研究であり,第5章~第8 章から構成される。第5 章は前書に続いて米ピッツバーグを取り上げる。かつて鉄鋼業で繁栄したこの都市にはカーネギーの他にも多数の起業家が誕生,財界として(戦後はR. K. メロンが中心になって)大気汚染・洪水対策や都市再開発に取り組み,さらにしばしば彼らが設立した財団を通じて教育・医療機関などを支援し,新産業の育成に重要な役割を果たしてきた。第6 章は拙著『地域産業政策論』でも取り上げた京都(市)である。伝統が息づく京都では電気機械器具製造業などの「近代産業」に起業家が次々と誕生,立石一真,村田昭,堀場雅夫,佐藤研一郎,稲盛和夫,永守重信など一代でスタートアップ企業(startup)を大企業に成長させた者も少なくない。同時に,それら起業家の多くは次代の起業家を発掘・育成する,または伝統文化を維持・継承するための財界活動や日本では極めて高額となる寄付活動を積極的に展開している。第7 章は福岡県,第8 章は岡山県で,対象が地理的にやや広がるが,これは日本では③の対象となりうる都市が少ないことを理由とする。福岡県では筑豊炭田が起業家,安川敬一郎と麻生太吉を誕生させ,両者が炭鉱会社とは別に設立した企業が今日の地域経済を支える。安川は工業専門学校,麻生は病院を設立,また協力して港湾・鉄道の整備や官営八幡製鐵所の誘致に当たった。麻生の孫の太賀吉,出光佐三,石橋正二郎は(太賀吉は鉱業が斜陽化するなかで)地元に大学を誘致し,さらに石橋は複合施設の文化センターを市に寄贈,出光は宗像神社の再建に尽力した。岡山県には紡績会社などを経営しながら「社会事業家の魁」(阿部 2017)となった大原孫三郎,企業と病院,美術館などを継承・発展させ,さらに倉敷の街づくりや水島臨海工業地帯の形成に尽力した息子の總一郎,父親が設立した書店の通信教育事業を軌道に乗せ,他方で瀬戸内海の島々を舞台に瀬戸内国際芸術祭(瀬戸芸)を開始した福武總一郎がいる。なお,事例研究では起業家またはその一族の企業家,そしてそれ以上に慈善家としての縦(世代間)と横(同時代の起業家間)の繋がりに重点が置かれる。そうした繋がりが個々の活動の地域(・社会)貢献をより広く,深いものとするからである。
 第3 部「寄付活動を活かす政策」は本書の核心となる。第9 章は本書の目的の④に迅速性・柔軟性,起業家精神の活用,善意の連鎖反応の観点から,第10 章は目的の⑤に宗教教育を含む道徳教育からアプローチがなされる。また,第10 章の補論として「マイク・シコースキー氏の慈善活動の動機」を添える。これは弁護士から教会の外国人向け英会話教室の教員に転職した動機を語ったもので,筆者の質問に対する回答となる。学生の職業選択または生き方に示唆を与えるものとなろう。
 
 
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