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ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』 連載・読み物

ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第21回

7月 21日, 2016 松尾剛行

 
自分で取材して事実を確認することが現実的ではないという場合はインターネット上の名誉毀損では多いですよね。[編集部]
 

配信サービスの抗弁から、インターネット上の名誉毀損への応用可能性について探る

 
 名誉を毀損する表現であっても免責される場合があるということは、これまでの連載で解説してきたとおりです。今回は、その一つ、配信サービスの抗弁を取り上げたいと思います。

地方の新聞社は、自社だけで全国のニュースを取材することは現実的ではないので、いわゆる通信社からニュースの配信を受けます。その場合に、通信社の配信したニュースが他人の名誉を毀損するものだった場合、地方新聞が責任を負うかが問題となります。

この点につき、配信サービスの抗弁を肯定する見解は、報道機関が定評のある通信社から配信された記事を掲載した場合には、当該記事が他人の名誉を毀損するものであったとしても、原則として当該報道機関は損害賠償責任を負わないと考えます(注1)。

この抗弁は、一見インターネット上の名誉毀損とあまり関係がないように思えますが、実は関係していることは、連載第10回の大島先生との対談で言及したとおりです。

配信サービスの抗弁が問題となった事案について、平成23年に出された最高裁判所の判決(以下、「平成23年判決」)(注2)を題材に検討してみたいと思います。
 
*以下の「相談事例」は、平成23年判決の内容をわかりやすく説明するために、平成23年判決を参考に筆者が創作したものであり、省略等、実際の事案とは異なる部分があります。本判決の事案の詳細は、判決文をご参照ください。

 

相談事例:不正確な内容の解任通知の正当化

 M弁護士のところにAが相談に来た。

Aは、地方新聞社であるが、他の地方新聞社と共同で通信社甲を設立し、全国規模のニュースは甲から提供を受けている。

甲は慎重に取材を行い相当な根拠をもって医者であるBが行った手術に関し、人工心肺装置の操作を誤ったことにより患者を死亡させたとする記事をAに配信し、Aはその記事をそのまま紙面に掲載したが、結論としてその報道は真実ではなかった(注3)。

BはAの記事に激怒し、Aを訴えると言っている。

M弁護士はAにどのようなアドバイスをすべきであろうか。

 

1.法律上の問題点

何十年も前から、配信サービスの抗弁については議論がなされていましたが、最高裁は平成14年(以下、「平成14年判決」といいます)(注4)、通信社から配信された記事を掲載した新聞社は、当該記事が名誉を毀損するものであった場合、当該掲載記事が上記のような通信社から配信された記事に基づくものであるとの一事をもってしては免責されないとしました(注5)(注6)。

要するに、単に通信社から配信を受けたというだけでは地方新聞社は免責されないとの見解を示したということです。

しかし、地方新聞社が配信記事すべてについて実際に「裏付け取材」をするのは現実的ではありません。むしろ、現実的ではないからこそ地方新聞社が共同で通信社を設立したという関係にあります。

ここで、連載第13回でご説明した相当性の法理に鑑みると、この記事は通信社甲との関係では、相当な取材がされていることから免責が認められるといえるでしょう。

通信社甲は免責されるのに、その通信社を設立して記事を掲載した新聞社Bは免責されないというのは、不合理なような気もします。

そこで、たとえば、B自身は取材をしていなくとも、甲が十分な取材をすれば、相当性法理を主張してBも免責されるといえないかが問題となります。

【次ページ】相当性の法理が使えるか? 

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松尾剛行

About The Author

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。