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ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』 連載・読み物

ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第23回

8月 04日, 2016 松尾剛行

 
えっ! インターネット上で名誉を毀損するとこんなに多額の賠償金を支払わないといけないのですか!?[編集部]
 

インターネット上の名誉毀損と損害賠償について探る

 
 インターネット上で名誉毀損が認められると、被害者は、加害者に対して損害賠償請求権を持ちます。

その損害賠償の内容にはさまざまな項目がありますが、その中でも中心的な位置を占めるのが慰謝料、すなわち、精神的損害に対する賠償です。

ここで、インターネット上の名誉毀損の慰謝料については、全体としてみると比較的低額な傾向にあるとも指摘されています(注1)。しかし、名誉毀損全体では、雑誌などの具体的な事情の下で1000万円の慰謝料が相当とする裁判例もあり(注2)、名誉毀損の内容によっては多額の慰謝料等が認められる余地があります。

また、インターネット上の名誉毀損で、対応費用や反論文掲載費用等についての賠償が命じられることもあります。

以下では、対応費用の賠償が問題となった事案(注3)に関する、横浜地方裁判所の判決を題材に、インターネット上の名誉毀損でどのような責任を負うのか考えてみましょう。
 
*以下の「相談事例」は、判決の内容をわかりやすく説明するために、判決を参考に筆者が創作したものであり、省略等、実際の事案とは異なる部分があります。判決の事案の詳細は、判決文をご参照ください。

 

相談事例:対応費用の賠償請求

 BがM弁護士のところに相談に来た。

Bは大学の准教授であり、匿名掲示板でBがハラスメントをしている等の投稿がなされた。

M弁護士は、Bの委託を受けて発信者情報開示請求等の対応を行った。

発信者情報開示の結果、この投稿をしたのがAと発覚した。

Bは、Aを訴えて、上記の対応費用をAに払わせたいと考えている。

M弁護士はBにどのようにアドバイスすべきか。

 

1.法律上の問題点

本件のような明らかな名誉毀損(注4)の場合には、あまり「セーフかアウトか」は問題とならず、専門家に委託すれば、専門家は粛々と対応手続をとることになります。

たとえば、今回M弁護士は発信者情報の開示を請求しました。発信者情報の開示請求は、プロバイダ責任制限法に基づき、プロバイダを相手取って裁判等を行い、当該情報を発信した者(A)の情報の開示を求めるものです。

ここで、掲示板の運営業者は投稿者のIPアドレス等は持っていても住所や名前を知らないことも多いため、まずは掲示板の運営業者(コンテンツプロバイダ)に対する開示請求を行ってIPアドレス等を取得した後、その情報を元にISP(インターネットサービスプロバイダ)に対して開示請求し、氏名や住所等の情報を取得することになります。

このような手続は比較的煩雑であり、弁護士等に委託することが望ましいものの、その費用は相当程度かかります。そこで、Bとして費用をAに請求したいということは十分理解できるところです。では、このような費用をAに対し請求できるのでしょうか。

【次ページ】費用はいかほど?

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松尾剛行

About The Author

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。