ジャーナリズムの道徳的ジレンマ 連載・読み物

ジャーナリズムの道徳的ジレンマ
〈CASE 20〉後輩の女性記者が取材先でセクハラ被害に遭ったら

5月 08日, 2018 畑仲哲雄

 
「取材先でのセクハラ」の「取材先」を「取引先」に置きかえて考えると、メディア企業に限らず同じ問題に直面する内容。どういうポイントを、どのように考えればいいのでしょうか。
*本連載の単行本化が決まりました! 連載では取り上げていないケースも加え、鋭意刊行準備中です。期待してお待ちください。[編集部]

 
 
 報道をめぐるジレンマに直面したとき、なにを考え、なにを優先するのか? あなたならどうするだろう。

1:: 思考実験

新聞社の緊急記者会見から一夜が明けた。私は放送局の報道局長席で新聞各紙に目を通しながら、一言では言い表せない複雑な気持ちになった。
「副市長が女性記者たちにセクハラ!」――。そんなスクープが週刊誌に掲載されたのは1週間前のことだ。記事は、何人もの女性記者が副市長から卑猥な言葉をぶつけられるセクハラの被害に遭っていたと伝えた。
 雑誌が発売された朝、副市長は自宅前で取材陣に囲まれ、怒りをぶちまけた。
「出版社は名誉毀損で訴える。被害者だというオンナがいるなら名乗り出ろ。いったい、どこの社だ」
 メディア各社は「週刊誌vs副市長」という構図で報じた。女性記者が名乗り出ることはなく、時だけが経過した。これで幕引きかと思われていた矢先、ある新聞社の編集局長が緊急記者会見を開き、女性社員が被害を受けていたことを表明した。
 会見によると、被害に遭ったのは20代の市政担当記者で、市役所内のある疑惑を追いかけていた。そんな折、副市長から直々に「二人きりで飲もう」と誘いを受けたという。
「彼女は記者として、庁舎内では聞けない情報を得たいと考え、副市長が待つバーに向かいました」
 暗い店の奥のテーブルで向き合うと、女性記者は「疑惑」について探りを入れたが、副市長からはセックスを連想させるいやらしい言葉を幾度もぶつけられた。はじめのうちは「なに言ってるんですか」とかわしたが、言葉の性暴力はエスカレートした。彼がトイレに立ったすきに、記者はスマホの録音アプリを起動した。自己防衛のためだった。
 会見に臨んだ新聞社の編集局長は「彼女は、セクハラを報道したいと上司に掛け合いましたが『難しい』と却下され、週刊誌に連絡して不適切にも取材内容を漏らしました。ただ、セクハラは事実であり、副市長には謝罪を求めます」
 記者席からは、容赦のない厳しい質問が相次いだが、編集局長は丁寧に応答した。会見は新聞社にダメージをもたらしたものの、副市長のセクハラ疑惑をクロ認定する一撃になった。
 しかし私はといえば、昨夜の会見を見て、1年前の記憶に苦しめられていた。わが放送局にも副市長を取材した女性記者がおり、副市長からセクハラを受けたという相談を受けていたのだ。
 当時、わが報道局は、少ない人数をやり繰りしながら別の汚職事件を内偵取材していて、「セクハラなど二の次」という意識があった。副市長はクセのある人物だが、わが社の重要なネタ元だ。下ネタを連発された程度でベソをかく彼女を見て、はたしてこの娘はプロの記者になれるのだろうかと心配に思ったものだ。
 だが昨夜の新聞社の会見を見て、急に自分に自信がなくなってきた。

    [A]わが放送局にも被害者がいたことを正直に公表しよう。
     
    [B]わが放送局に被害者がいたとしても、それを軽々に明らかにしてはいけない。

 

2:: 異論対論

抜き差しならないジレンマの構造をあぶり出し、問題をより深く考えるために、対立する考え方を正面からぶつけあってみる。
 
[明らかにする立場] もし記者が取材先で殴られたら即座に抗議するはず。セクハラの被害も同列に考えるべきである。我々の性暴力に対する認識が低かったことを反省すべきだし、視聴者にも説明責任をはたそう。わが社も会見を開き副市長に抗議すべきだ。
 
[明らかにしない立場] 新聞社はオフレコ取材の音声を外部に提供したと批判された。その批判はもっともだし、あの新聞社も「不適切」と認めた。今ごろになって、わが社の内情を公表して謝罪するなんて、自意識過剰のスタンドプレーになる。
 
[明らかにする立場からの反論] 夜討ち朝駆けの取材で録音するのはマナー違反だが、あの記者は「自己防衛」のため録音した。それを自社で報道できず悔しい思いをした。似たような事例がわが社にもあった。そこから得た反省と教訓を、私たちは視聴者と共有すべきだ。
 
[明らかにしない立場からの反論] 報道機関は当事者になることは避けるべきだし、社会の公器であるメディアを自己都合で使うことは危険だ。われらの使命は、公的なニュースを客観的に伝えること。自社社員のセクハラ被害より、権力監視の調査報道を優先した判断は正しかった。
 
[明らかにする立場からの再反論] 1年前に部下が取材先でセクハラ被害を受けたことを記事にしていれば、こんなに悩むことはなかった。民主主義の番犬を自認するわれわれが、近代社会の土台である人権に鈍感だったのは痛恨の極み。彼女に謝罪し、視聴者に釈明しなければ、私も加害者になる。
 
[明らかにしない立場からの再反論] 被害に遭った同僚へのケアは必要だし、私たちは猛省すべきだ。倫理規定も修正していく必要がある。しかし、それは編集局内でやるべきことだ。編集局は自律的でなければならず、外部からの干渉を招くようなことは最小限にとどめるべきである。
 
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