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ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』

ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第5回

3月 24日, 2016 松尾剛行

 

2.裁判所の判断

東京地方裁判所は、まず、一般人の通常の注意と読み方を基準にすれば、AのツイートはBのツイートであると容易に誤認されるものと判断しました。

その理由について、判決文には明示的に記載されていませんが、あるアカウント(表アカウント)を持っている人が、たとえば投稿数が多すぎるとSNSの規約に基づき投稿が規制される等の理由で「サブアカウント」や「裏アカウント」(インターネットスラング(注7)では「裏垢」)をとる可能性があり、その名前(ニックネーム)やユーザー名(ID)が表アカウントに似たものであることも多い点が影響した可能性があります。

本件では、名前(ニックネーム)が同一で、かつ、ユーザー名(ID)も1文字を追加しただけであり、プロフィール画像における顔写真の利用や「#裏垢」というタグの記載とあわせて、容易にこれがB自身のアカウント(裏アカウント)であると誤認されると判断したと理解されます。

東京地方裁判所は続いて、ツイートの内容がBの名誉を毀損するかについて判断しました。裁判所は、このようなツイートは、Bが不特定多数の者に対してインターネット上で自己のわいせつな写真を見たいかと尋ねたうえ、下着姿の写真を公開するふしだらな人物であるかのような誤解を与えるとして、Bに対する名誉毀損を認めました。

要するに、一般人はAの投稿を、B自身が行ったものと考え、そのような理解の下で、Bを性的にふしだらだと考えるため、Bの社会的評価が低下すると判断したのです。

3.判決の教訓

上記のように、裁判所はSNSの特徴を踏まえて、なりすまし投稿の受け止められ方等から、名誉毀損を肯定しています。相談事例においても、AがBの名誉を毀損したと判断される可能性が比較的高く、BはAに対して損害賠償や削除等を請求することができるでしょう。

ところで、会社社長に「なりすまし」た投稿に関して名誉毀損を否定した名古屋地方裁判所の判断と、「なりすまし」による性的投稿に関して名誉毀損を肯定した東京地方裁判所の判断の間には、どのような違いがあるのでしょうか。

たしかに、掲示板に社長が実名で投稿することはあまり多くないでしょう。しかも、自社を批判する内容の投稿は、普通考えられません。名古屋地方裁判所は、このような状況を踏まえて、普通の人が普通に掲示板への投稿を読んだら(「一般人の通常の注意と読み方」)、乙社長の投稿とは思わないだろうと判断し、名誉毀損を否定しました。

しかし、東京地方裁判所は、ツイッター上で若い女性が(程度はともかく)性的な投稿をすることもまま見られると判断したようです。そして、このようなSNSの特性からは、普通の人が普通にツイートを読んだ場合に、それが若い女性であるB自身によって行われたツイートであると、いわば「勘違い」してしまうことは十分にありうるのであって、その結果、名誉毀損が認められたのです。

一口にインターネットといっても、サービスごとにさまざまな特徴があります。この「なりすまし」事例においては、掲示板とSNSそれぞれの特徴が、インターネット上の名誉毀損に関する結論に影響を与えたと言ってよいでしょう。

同じような投稿であっても、本人の投稿である可能性が相対的に低い掲示板であれば、第三者の投稿だと読者に容易に看破され、名誉毀損が否定されることがありますが(注8)、SNSでは本人によって投稿されたものだという「勘違い」が発生し、名誉毀損が肯定されることがあります。

同じ「なりすまし」による名誉毀損について異なる判断をした東京地方裁判所と名古屋地方裁判所のこれらの判決は、「インターネット上の名誉毀損」という括り方をすることが必ずしも適切ではないことを示唆しています。きちんと各サービスごとの特徴を詳細に分析したうえで、その特徴を踏まえた検討をすることが大切です。

そして、SNSユーザーの皆様は、このように、SNS上でのなりすましが読者から本人の投稿と「勘違い」される可能性が比較的高く、その内容によっては名誉毀損の責任を負ってしまうことに鑑み、そもそもなりすまし投稿自体をしないようにする(注9)とともに、投稿の内容にも十分に気をつける必要があるといえるでしょう。


(注1)なお、匿名の発言で名誉権等が侵害された場合、弁護士等に依頼することで、発信者開示請求等の手続を経て、最終的にはだれが発言者かを特定することができます。
(注2)サービスによりますが、認証済みアカウント表示等、一定程度の本人確認のための仕組みは存在します。
(注3)東京地判平成27年5月25日・ウェストロー2015WLJPCA05258004。
(注4)特に本判決は、Aが誰かが不明であるため、発信者情報開示請求をした事案であり、その意味では、Aが誰かがわかっていることを前提とした「相談事例」とは異なることにご留意ください。
(注5)名古屋地判平成17年1月21日判例時報1893号75頁
(注6)ここは、本当は、理論的には難しい問題があり、本文中では割愛しておりますが、法律問題に興味がある人向けに少し説明します。
「なりすまし」による名誉毀損には2種類あります。

1つ目は、この連載第5回の記事がとりあげている、「甲が乙になりすまして行った投稿について、それを読んだ人が本当に乙がそのような投稿をしたと考える結果、乙の名誉を毀損する」というケースです。つまり、「乙はわいせつなツイートをするような奴だ」と勘違いされることが乙の社会的な評価を下げると考えます。

しかし、これ以外にもなりすましによる名誉毀損の類型があります。2つ目は、「甲が乙になりすまして行った投稿について、それを読んだ人は、これが乙以外の第三者がした投稿と考えるものの、『第三者が乙についてそのような投稿をしている』と理解した結果として、乙の名誉が毀損される」というケースです。これは少しわかりにくいかもしれません。いわば「遠回しにそう思わせる」タイプの社会的評価の低下です。 たとえば、甲が乙の名前を勝手に使って、乙が謝罪する内容の投稿を行ったところ、裁判所が、この投稿は、乙は謝罪すべき後ろ暗いことを抱えている旨を第三者が指摘するものであり、それ自体が乙の名誉を毀損すると判断した事例があります。

東京地判平成26年5月15日・ウェストロー2014WLJPCA05168015は、「もっとも,この記事は、原告X2が謝罪する文言を書き込む形式であるが、第三者が成りすまして書き込んでいることが明らかであることから、一般読者の通常の読み方によれば、第三者が原告X2が謝罪すべき後ろ暗いことを抱えている旨を摘示しており、ひいてはこれに先立つ原告X2に対する否定的な摘示を含む投稿が真実である旨を摘示しているものと読み取られ、そのような印象を与えるものであって、原告X2の社会的評価を低下させるものと認められる。」として、2つ目の「遠回しにそう思わせる」タイプの名誉毀損を認めました。
(注7)「インターネットスラング」ないしは「ネットスラング」については、第2回連載をご参照ください。
(注8)ただし、上記(注5)における、「遠回しにそう思わせる」タイプの名誉毀損が成立する可能性には、なおご注意ください。
(注9)東京地方裁判所の判決では、「少なくとも原告の名誉権を侵害する」という形の判断しかされませんでしたが、なりすまし行為は、名誉権侵害の可能性があるだけではなく、肖像権侵害、プライバシー侵害、著作権侵害等、さまざまな問題を孕んでいることから、なりすまし行為やなりすましアカウントの作成・運営等は厳に慎むべきでしょう。

これまでの連載一覧はこちら 》》》インターネット名誉毀損連載一覧

【担当者一言コメント】迷ったら、やめておくことが大事
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松尾剛行著『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』
時に激しく対立する「名誉毀損」と「表現の自由」。どこまでがセーフでどこからがアウトなのか、2008年以降の膨大な裁判例を収集・分類・分析したうえで、実務での判断基準、メディア媒体毎の特徴、法律上の要件、紛争類型毎の相違等を、想定事例に落とし込んで、わかりやすく解説する。
書誌情報 → http://www.keisoshobo.co.jp/book/b214996.html
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松尾剛行

About The Author

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。