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ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』

ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第6回

3月 31日, 2016 松尾剛行

 

2.裁判所の判断

裁判所は、Aの表現は、B’をハンドルネームとするBについて不当請求をする悪徳者との印象を与えるものである(注13)として、簡単にAの表現が名誉感情侵害であると認定しました。

3.判決の教訓

裁判所の判断は非常に簡潔であり、どのような理論的背景に基づきこのような判断に至ったのかは、判決文からは必ずしも明らかではありません。

実はこの訴訟では、AとBが直接対決したのではありません。BだけではなくAも匿名であったことから、冒頭で述べた匿名「による」中傷の問題が生じ、Bは、Aが書き込んだ際に利用されたプロバイダを被告として訴訟を起こしたのです。そして、その訴訟の中で、Aの行為がBに対する名誉毀損等の違法行為であるかが問題となりました(注14)。

そこで、プロバイダ側がこの「中傷されたのは、オンライン上の仮想の人格にすぎず、これをもって名誉毀損被害を受けたとはいえないのではないか」という点を重要問題としてきちんと指摘しなかった結果、裁判官があまり深く考えずに名誉毀損を認めたという理解も可能です。

もっとも、Bは、B’という名前ですでに数年間ウェブサイトを運営していたのですから、芸能人の芸名(=その名前で芸能人としての社会活動を行う)や小説家のペンネーム(=その名前で小説家としての社会活動を行う)と同様に、ウェブサイトの運営や投稿という一種の「社会活動」をしてきたことに違いはありません。裁判所の判断の背後には、そのようなB’に言及して行った名誉毀損は、Bに対する名誉毀損とみなすことができるという判断があった可能性があります。

「中傷されたのは、オンライン上の仮想の人格にすぎず、これをもって名誉毀損被害を受けたとはいえないのではないか」という問題について判断した裁判例はいまだにそれほど多くありませんし、先ほど述べたとおり、オンライン上の仮想の人格が中傷されただけでは名誉毀損にならないという裁判例もあります。とはいえ、東京地方裁判所が、相談事例のような事案において、匿名アカウント運営者に対する名誉毀損を認めたことには注意が必要です。つまり、インターネット上で投稿を行う際には、ハンドルネームにだけ言及し、実名に言及しないからといって、誹謗中傷行為が免責されるとは限らないのであって、この東京地方裁判所の判断と同様に、名誉毀損として責任を負わせられる可能性があることには十分に留意すべきでしょう。

相談事例のBに対しては、この点について名誉毀損等を肯定する裁判例と否定する裁判例があると説明したうえで、敗訴のリスクはあっても、やはりAに対してできるだけの対応をしたいとBが希望するのであれば、Aに対する謝罪・削除等を求める交渉や場合によっては訴訟を行うということになるでしょう。


 
(注1)ただし、実際には「告訴」といって、警察に対して動いてもらうようにお願いしても、なかなか簡単には動いてもらえないという実情があることに気をつけてください。詳しくは、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』326頁を参照してください。
(注2)もちろん、匿名化のための技術も進んでいますので、そのような高度な技術を意図的に利用する犯人との関係では、その人が誰かをつきとめることが容易ではないという事態が生じることがあります。しかし、世の中で行われる誹謗中傷の多くは、そのような高度な匿名化の手法は採用されていないため、多くの場合には、犯人をつきとめることが可能です(なお、実務上は、せっかく犯人をつきとめることができても、学生であるとか無職であるとかで、なかなか損害賠償を求めても払ってもらえないといった事態が生じることがあるのですが、これは「匿名」による誹謗中傷を行った犯人をつきとめることができるかとは別の問題です)。
(注3)正式名称は「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」といいます。
(注4)その発言が名誉毀損に該当する等の違法なものである限り、何らかのかたちで犯人の情報の開示を受けることができることが多いといえます。この点について、詳しくは、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』38頁以下を参照してください。
(注5)作家を中傷するため、作家のペンネームを用いて、「(このペンネームの人が)専門学校の生徒をレイプした」等と掲示板に投稿したことが名誉毀損であるとした東京地判平成24年4月16日D1-Law28180860や、同人サークルにおいて漫画作品を発表している同人漫画家について、当該同時漫画家のペンネームを用いて、「(このペンネームの人が)第三者の作品を剽窃している」という印象を与える表現を行ったことが名誉毀損であるとした東京地判平成25年7月17日ウェストロー2013WLJPCA07178037等が参考になります。
(注6)たとえば、仮名を用いているものの、自己の写真とfacebookへのリンクをプロフィール画像に用いている場合等が考えられます。
(注7)この点について、どこまでの情報があれば本人を同定・特定できるとして名誉毀損が成立するかについてはいろいろと難しい問題があり、裁判例はいわゆる伝播性の理論を用いて比較的広い範囲で特定・同定を認めています。この点について、詳しくは、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』137頁を参照してください。
(注8)東京地判平成18年10月6日判例秘書L06134079。
(注9)特に本判決は、Aが誰かが不明であるため、発信者情報開示請求をした事案であることに留意してください。
(注10)本判決が発信者情報開示請求であることもあり、非常に短い判決ですが、そのような事情は言及されていません。
(注11)たとえば、東京地判平成19年9月19日2007WLJPCA09198002は、「被告は,インターネット上の社会における存在として、実社会とは独立した法的利益・権利を有しており、原告の行為によって、かかる法的利益・権利としての名誉権も侵害されたと主張していると解されるが、社会通念上、ハンドルネーム等によって特定されるインターネット上の社会における存在が、実社会において実在する人物が有する法的利益・権利から切り離された別個独立の法的利益・権利を有しているとはいえないから、この点についての被告の主張は理由がない。」としました。
(注12)詳しくは、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』9頁をご参照ください。
(注13)「一般読者の普通の注意と読み方を基準として判断すれば、「▲▲」をハンドルネームとする原告につき、裁判において根拠のない不当な請求を行う悪徳者であるとの印象を与えるものということができるから、本件侵害情報1は、少なくとも、原告の名誉感情を不当に侵害するものと認められ、本件侵害情報1により、原告の権利が侵害されたことは明らかであるというべきである。」
(注14)実際には、違法行為かどうかそのものではなく違法行為であることが「明らか」か(プロ責法4条1項)が問題となりますが、この点について、詳しくは、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』40頁をご参照ください。
 
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時に激しく対立する「名誉毀損」と「表現の自由」。どこまでがセーフでどこからがアウトなのか、2008年以降の膨大な裁判例を収集・分類・分析したうえで、実務での判断基準、メディア媒体毎の特徴、法律上の要件、紛争類型毎の相違等を、想定事例に落とし込んで、わかりやすく解説する。
書誌情報 → http://www.keisoshobo.co.jp/book/b214996.html
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松尾剛行

About The Author

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。