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ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』 連載・読み物

ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第11回

5月 12日, 2016 松尾剛行

 
前回に続き、通常の連載内容から離れた特別編第2弾。慶応義塾大学SFC研究所の工藤郁子上席所員をお迎えして、インターネット上の名誉毀損とオンラインキャンペーンの関係等について、松尾剛行弁護士と対談いただきました。[編集部]
 

【対談】オンラインキャンペーンとインターネット上の名誉毀損(工藤郁子×松尾剛行)

 

☆対談の趣旨、工藤郁子氏のご紹介(松尾剛行)

今回特別企画として対談を行うにあたって、工藤郁子さんについてご紹介したいと思います。

工藤さんは、慶應義塾大学SFC研究所の上席所員のほか、キャンペナーという肩書をお持ちで、たとえば、商品の販売増や特定の政策の実現を目指し、主にインターネットを利用して多くの人を動員する「キャンペーン」を自らリードしたり、よりうまくキャンペーンを行うための助言をなさっています。そして、自らキャンペーンを実践するだけではなく、キャンペーンについて法政策学的な観点から研究を進められています。

『法律時報』2016年5月号では、「デモと選挙の間」と題し、政治キャンペーンの実践により、政治活動はどのように変わったのかを描写しています。いわゆる「保育園落ちた日本死ね!!!」事件を題材に、これが「#保育園落ちたの私だ」等の運動に結びつき、政府としても待機児童対策を強調せざるをえなくなった状況を、離合集散する個人をキャンペーンによって集結し、その「個人の激情と瞬発力」を活かすことで、「統治へのハック」を行ったものだと分析しています。また、『熟議の理由 民主主義の政治理論』(注1)を引用しながら、キャンペーンが熟議民主主義に結びつきうる可能性を検討しています。情報通信技術の発展やそれを利用したキャンペーンは反熟議の方向性と結びつきやすいという意味で警戒が必要だが、逆に情報通信技術を利用して熟議に近づけるという方法もありうるなと、感心して読みました(注2)。
このようなキャンペーン、特にオンラインキャンペーンは、ともすると誹謗中傷に走りかねず、インターネット上の名誉毀損ともかかわりが深いことから、今回は工藤さんをお招きし、オンラインキャンペーンとインターネット上の名誉毀損について対談をさせていただくことになりました。
 

1.はじめに

松尾剛行

:今日はキャンペーンの専門家である工藤さんにお越しいただきました。

工藤郁子

:ありがとうございます。私は、キャンペーン、特にオンラインキャンペーンを研究していますが、オンラインキャンペーンは人の感情に訴えることから、過激な投稿等が飛び出しやすいという性質があります。その意味では、松尾先生のご専門のインターネット上の名誉毀損の問題とキャンペーンの間には深い関係があると考えています。

松尾

:たしかに、感情に訴えることで、多くの人の協力ないしは共感を得やすくなる面がありますが、冷静さを失って名誉毀損をしてしまう恐れがあるともいえますね。

工藤

:そこで、まず「オンラインキャンペーンにおける名誉毀損」について検討させていただき、その後で、「オンラインキャンペーンを実践する際の注意点」について検討できればと思います。

松尾

:わかりました。よろしくお願いします。

 

2.オンラインキャンペーンにおける名誉毀損

工藤

:まず、「オンラインキャンペーンにおける名誉毀損」について検討していきたいと思います。

松尾

:キャンペーン、ないしはオンラインキャンペーンというのがどういうものなのか、不慣れな読者の方も多いでしょうから、ご説明いただけますか。

工藤

:私はキャンペーンを「特定の目的を達するため、意思決定者(decision maker)へ影響を与えるべく多数に働きかけること」と定義しています(注3)。行為としては、ブログを書いたりするだけでなく、デモ、投票の呼びかけなども含まれますし、ネット署名、SNSのプロフィールアイコンをフランス国旗に変えるなども入ります。

松尾

:もう少し具体的に、オンラインキャンペーンと名誉毀損の関係で問題となりそうだと考えてらっしゃる事例を教えていただけますか?

工藤

:たとえば、これは名誉毀損には当たらないでしょうが、最近だと「保育園落ちた日本死ね!!!」の「日本死ね」という表現が不適切ではないかと指摘されていました。

松尾

:なるほど、適切/不適切についての論評は避けますが、少なくとも現在の通説的見解によると、これは名誉毀損には当たらないでしょうね。名誉毀損はある程度具体的な対象者がいなければ成立しません。「日本死ね」というのが「日本人全員」に対する名誉毀損ないしは侮辱(名誉感情侵害)だということなのかもしれませんが、日本人全員に対する言動が名誉毀損等になることはほぼありえないと思われます(注4)。

工藤

:なるほど、では、この部分が、たとえば、日本ではなく特定の人(首相や閣僚)というケースだったらどうでしょうか。

松尾

:特定の個人が対象であれば、その内容によっては問題かもしれません。「死ね」という表現は、文脈によって、名誉毀損や侮辱(名誉感情侵害)の問題が生じることがあります(注5)。

工藤

:そのご説明は、一般のインターネットの名誉毀損に関する説明とあまり変わらないように思われますが、キャンペーンに特有の名誉毀損に関する法律問題はないのですか?

松尾

:鋭いご指摘ですね。工藤さんによれば、キャンペーンは「特定の目的」を実現するために行われるということですが、その場合の「目的」に限定はありますか?

工藤

:目的は、特に限定はなく、政治活動に限らず、商業的なものも含まれます。たとえば、11月11日の「ポッキー&プリッツの日」に「ポッキー」とツイッターでつぶやき世界新記録を狙うキャンペーンを行い、370万以上のツイートを得て、ギネスに認定されたことなども、私のいう「オンラインキャンペーン」の射程に入りますね。

松尾

:そうすると、キャンペーンには、保育園・保育所を増やしてください(注6)といった「公的な目的」以外にも、商業目的等いろいろなものがあるということですね。

工藤

:歴史的には、商業キャンペーンで発達してきた「意思決定者に影響を与える」ための「多数への働きかけ」の手法が、政治キャンペーンでも導入されてきたという経緯があります。そこで、私は、それが民主主義にどういう影響を与えるか、ということを検討してきました。

松尾

:なるほど、もともとは商業的目的から始まったのですね。実は名誉毀損では「目的」が大事なのです。『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』でも書きましたが、特に免責要件(注7)のところで、どういう目的でその発言がなされたかが響いてきます。

工藤

:ああ、たしかにそうでしたね。

松尾

:目的が「専ら公益を図ること」にあるかどうか、が免責されるかの分岐点になります。他の要件もあるのですが、おおまかにいうと、あるキャンペーンに関係する言説が判例のいう意味で「専ら公益を図る目的」で行われたのであれば、免責がされやすいが、「専ら公益を図る目的」ではないのであれば、免責がされにくい、ということなのです。実務上、特に名誉毀損が問題となるのはどのような目的で行われるキャンペーンでしょうか。

工藤

:ご趣旨を理解しました。おそらく私は、私的目的を達成するために多くの人を動員する場合、共感と注目を獲得するためには「公益」であると訴えかけることが有効であって、ときとしてそれは本当に公益に合致する、という前提で議論をしてきたので、「専ら公益を図ること」に対する意識が薄いのかもしれません。

松尾

:なかなかおもしろい議論ですが、もう少し具体的に説明していただけますか?

工藤

:そうですね…。たとえば、選挙において立候補者は、理念やイデオロギーではなく、意識調査に基づく選好分析などを通じたマーケティングによって有権者が重視する課題を政策化することも散見されます。これは、「自分が当選したい」という私的目的を達成するために、多くの人から投票してもらえるように、公約を作るなどの表現活動をするといえそうですが、他方で、多くの有権者が重視する政策テーマを掲げることは「公益」につながりますし、立候補者本人は当初より「公益目的」だという顔をすることになると思います。

判例における「公益目的」は、どのように事実認定されるのでしょうか?

松尾

:この議論はおもしろいですね。私の理解では、判例は、あまり本当の内心を重視していません。挙げていただいた立候補者の例でいうと、もしかすると、内心は「うまく議員に当選して、高級料亭で豪遊したい」なのかもしれません(笑)。でも、そのような本当の内心を神様ではない裁判官が、裁判で提出された証拠から認定するのって、難しいですよね。

工藤

:まあ、神ならざる人間が裁判をするわけですからね。

松尾

:実際には、真実性の法理といわれる法理であれば、①公共の利害に関する事実であるか、②専ら公益を図る目的か、③真実か、という3つの要件が問題となるところ、裁判所は、まず、①公共の利害に関する事実であるか、すなわち公共性を検討します。

そして、客観的に摘示される事実に公共性がある、先に挙げていただいた例でいうと、公職候補者の資質に関する事実であると解されるのであれば、そのような公共性がある事実についての発信をした以上、公益を図る目的で行われたと推認されるのです。

だから、上の例でいえば、本人の内心はともかく、選挙に関する事実を指摘しているとかそういう外形面、客観面がまず問題とされます。そして、たとえば選挙に関する事実が内容であれば、普通は公益目的が認定されるということになるでしょう。

工藤

:いつでもそうなのですか?

松尾

:もちろん、個別具体的に、本当の内心が認定できる場合があり、その場合には、推認が覆されます。

一見客観的で公正な公刊物(英語教材)に関する論評をしているように見せかけて、その実はある有力な教材を叩くことで、自分がアフィリエイト契約をしている教材の販売を促進しているという事例があります。

工藤

:アフィリエイト契約をしている教材が売れると、自分に収入が入る。まさに利益誘導ですね…。

松尾

:そのような事案において、裁判所は、「専ら公益を図る目的」を否定しました(注8)。

これは単なる1例ですが、キャンペーンでも類似の状況が生じる可能性がありそうです。

工藤

:たしかに! 発言内容の外形から客観的に判断されるとしても、ご紹介いただいたアフィリエイト事例もそうですが、発言の文脈や「真意」について裁判官に理解してもらえるよう努力することもできそうな気がします。

松尾

:なかなかよい視点だと思います。投稿の内容と、投稿者自身の主観の双方において、公共的な内容を公益を図るために投稿したのだと説得的に主張できることが大事ですね。そして、そういうことが説得的に主張できるキャンペーンは、まさに工藤さんの理論における、成功しやすいキャンペーンなのですね。

工藤

:でも、そうすると、素朴なキャンペーンから私益目的が見透かされて、失敗し、かつ、名誉毀損にもなりやすい反面、洗練された(または狡猾な)キャンペーンが成功しやすい上に、公益目的と評価され、名誉毀損を回避するということになりかねないような……?

松尾

:だからこそ、工藤さんのようなプロのキャンペナーに依頼すべきなのでしょうね。

工藤

:そこに落ちてきますか!

松尾

:そうです!(笑)

 
→【次ページ】実践の際の注意点

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松尾剛行

About The Author

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。