ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第14回

About the Author: 松尾剛行

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。
Published On: 2016/6/2By

 

2.裁判所の判断

裁判所は、結論として不法行為による損害賠償請求を認めました。つまり、BがAを訴えたこと自体が違法だったとしたのです。

裁判所は、甲社代表者であるBが、その関係するファミリー企業に関する記事の「真実性を調査することは容易であった」としたうえで、記事の内容から、Aが合意書や請求書等を「所持していると認識ないし想定し得たと考えられる」としました。

そこで、Bは訴訟提起の際、記事の主要な部分または重要な部分が真実であって、名誉毀損を利用とする訴えに理由がないことを知っていたか、少なくとも容易に知ることができたとしました。

それにもかかわらず行われた訴訟の提起はAへの不法行為であるとして、Aが応訴に要した弁護士費用の一部の損害賠償を認めました。
 

3.本判決の教訓

一般論としては、訴訟提起そのものが不法行為となることはあまり多くはなく、最高裁判所も「訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られる」としています。そこで、不当訴訟を理由に損害賠償が命じられるのは例外的事案といえるでしょう。

本件で裁判所が、Bの訴訟提起をいわば「不当訴訟」と認めたのは、記事の内容がまさにBこそがいちばんよく知っているべき内容だったからと評することができるでしょう。

つまり、ファミリー企業への利益還流があったかどうかは、甲社の代表者であり、かつファミリー企業の設立者であるB自身がいちばんわかっているはずであり、そして、利益還流が現実にあった(=真実性が認められた)以上、それにもかかわらず「Aが虚偽を書きたてた」といわば「嘘」を主張して訴訟提起をしたことは不法行為になるという理屈であると理解されます。

そこで、相談事例においても、Bの行為が不法行為としてAに対する損害賠償が認められる可能性があります(注8)。

(名誉毀損に関する事案ではないものの)最近の最高裁の判決が、原告自らが行った事実が請求原因事実と相反すると積極的に認定できるのであれば、そのような原告による訴訟提起は不法行為に当たりうるとしました。ただし、原告に記憶違いや通常人にもありうる思い違いをしていたなどの事情があれば別です(注9)。仮に本人自身の行為に関する場合であっても、不法行為に当たらない場合もありうるでしょう。が、今後は、原告本人自身の行為が訴訟で主張される内容と矛盾している場合であれば、訴訟提起が不法行為に当たるとする判断が増えると理解されます。

「SLAPP訴訟だ!」といわれることがありますが、SLAPP訴訟に関する特別の法令が存在しない日本においては、基本的には、ここまで述べてきたような、訴訟提起が不法行為になる要件に該当するかが問われると考えられます(注10)。そのような要件に該当しないのであれば、(道徳等の観点はともかく)法的には違法とまではいえないでしょう。これに対し、そのような要件に該当すれば(注8で述べたとおり、それが「SLAPP訴訟」であるかはともかく)訴訟提起そのものが違法行為であり不法行為責任を負うということです。

表現を行う者は表現の自由を享有しますが、同時に名誉毀損にならないよう注意すべきであるという点は、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』や本連載でも繰り返しているところです。そして、また、表現の対象となった者は名誉権を享受しますが、同時に訴訟提起等が不法行為とならないよう注意すべきなのです。


 
(注1)『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』85頁以下。
(注2)佃克彦『名誉毀損の法律実務』(弘文堂、第2版、2008年)279頁。
(注3)strategic litigation against public participation。松井茂記『表現の自由と名誉毀損』(有斐閣、初版、2013年)403頁。
(注4)東京地判平成19年 2月16日2007WLJPCA02168012
(注5)たしかにAは月刊誌記事とインターネット記事の双方に関連する内容が記載されていたが、実際にこの判決で不法行為が認められたのは月刊誌記事だけだった。その意味で、相談事例はフィクションであり、判決の実際の内容は判決文を詳細に確認されたい。
(注6)「前記認定事実によれば、c社(「a社グループ会社」)がf社(「ある会社」)に対して2億9000万円の報酬を支払い、f社がそのほぼ半額をe社(「X2ファミリー企業」)に対して支払っていること、原告X2の長男であるCがe社の取締役として上記支払に関連する合意書(乙16)及び請求書(乙20の1・2)の作成に関与したことが明らかであるから、本件記事③の主要な部分又は重要な部分は真実と認められる。」
(注7)「民事訴訟を提起した者が敗訴の確定判決を受けた場合において、右訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるのは、当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係(以下「権利等」という。)が事実的、法律的根拠を欠くものであるうえ、提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知りえたといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当である。」最判昭和63年1月26日民集42巻1号1頁。
(注8)なお、SLAPP訴訟と訴訟提起が不法行為となる場合は一定程度重なりますが、全く同一かは疑問があります。そこで、訴訟提起が不法行為と判断されたというだけで相談事例がSLAPP訴訟であったとまでは言い切れないものの、SLAPP訴訟に近いものと裁判所が判断したという程度のことはいえるでしょう。
(注9)「原審は、請求原因事実と相反することとなるX2自らが行った事実を積極的に認定しながら、記憶違い等の上記の事情について何ら認定説示することなく、被上告人らにおいて本訴で主張する権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものであることを知りながら、又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて本訴を提起したとはいえないなどとして、被上告人らの上告人に対する本訴提起に係る不法行為の成立を否定しているのであるから、この原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。」最判平成22年7月9日判タ1332号47頁。
(注10)なお、訴権の濫用については、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』216頁以下を参照。


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時に激しく対立する「名誉毀損」と「表現の自由」。どこまでがセーフでどこからがアウトなのか、2008年以降の膨大な裁判例を収集・分類・分析したうえで、実務での判断基準、メディア媒体毎の特徴、法律上の要件、紛争類型毎の相違等を、想定事例に落とし込んで、わかりやすく解説する。
書誌情報 → http://www.keisoshobo.co.jp/book/b214996.html

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まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。
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