ジャーナリズムの道徳的ジレンマ 連載・読み物

ジャーナリズムの道徳的ジレンマ
〈CASE 04〉ジャーナリストと社会運動の距離感

6月 14日, 2016 畑仲哲雄

 
取材という行為自体、対象になんらかの影響をあたえてしまいます。だからといって開き直って運動にかかわることもできません。一記者として、一市民として、目の前にある問題にどう向きあうか。自分の後頭部を見つめるもうひとりの自分がいます。[編集部]
 
 
 記者だからこそのジレンマに直面したとき、なにを考え、なにを優先するのか? あなたが記者ならどうするだろう。

1:: 思考実験

先日オープンしたばかりの小洒落たカフェは、20~30代の女性が10人あまり入ると、貸し切り状態になった。「地元新聞記者と昼下がりの語らい~コーヒーとケーキは無料」――そんな触れ込みで、地元の顔役にお願いし、子育て中のママたちに集まってもらった。支払いはわたしのポケットマネーからだ。
 ティラミス、モンブラン、シフォンケーキ、ベリーのタルト……。だれかがメニューを読み上げ、各自思い思いに注文した。ケーキが運ばれると、テンションがあがる。ベビーカーを押して最後にやってきた女性が席についたのを確認し、わたしは開会を宣言した。
 「きょうは、ある問題をお母さんたちと共有したいと思っています。何度も書いてきましたが、県立病院の小児科は風前のともしびなんです」わたしは医療記事のコピーを配りながら話し続けた。「医師不足は深刻です。県立病院では常勤の小児科医がひとりになりました。彼が辞めたら、何十キロも離れた県庁近くの総合病院しかありません。小児科の開業医もいますが、診察時間は限られていますし」
 「それじゃ困るんです」最後列の女性が手を挙げた。「どうにかしてよ」
 抗議するような口調に続いて、ほかの参加者からも不満が噴出した。
 「この町だけ小児科がなくなるのは不公平」「子育て支援を公約にしていた政治家はみな嘘つき」「簡単に辞めていく医師も無責任」……。「なんでこんな町に嫁いで来たんだろ」という自虐的な言葉まで飛び出した。
 県中心部に比べて、この町は見捨てられている。そんな被害者感情がくすぶっていた。安心して子育てしたい。親ならだれしもそう思う。小児科医が足りないという記事をあらためて読まされれば困惑もするし、怒りもわく。
 でも医療現場を取材すれば、患者の側にも問題があるのは明らかだ。ただでさえ人手が足りないところへ、コンビニのように病院に子どもを連れてくる。子を愛するがゆえの行為が、医師たちから休日を、睡眠時間を、家庭生活を、奪う。希望を胸に地域医療に取り組んでいた医師たちは、やがて燃え尽き、疲れきって去っていく。
 ウルトラCのような解決策はないだろう。だから、まず問題意識を共有したかった。
 わたしは椅子から立ち上がり、全員を見回し、ゆっくりと話した。
 「さっき小児科の先生に会ってきました。きのう日勤でしたが、そのまま宿直に入り、けさ3時間ほど仮眠したあと、また午後もシフトに入り、今夜も宿直です。ひとりで小児科を支えている先生へのメッセージがあれば、承ります」
 軽いざわめきのあと、みな押し黙ってしまった。店の柱時計の音がみょうに大きく聞こえる。お開きにしようか。そう思う一方、ある考えが浮かぶ。親たちから声が出ないのなら、いっそ、わたしが運動を提案してみようか。
 〈みんなで力を合わせて、小児科を守るグループを作るんです。医師を増やすよう署名を集める。コンビニ受診を控える啓発パンフを町中に配る。病院の先生に感謝の手紙を書く。できることからはじめるんです。やりましょう!〉そんなセリフが喉元まで出かかった。この提案は許されるだろうか。

    [A]頭を冷やせ。ジャーナリストの仕事は、事実を伝えるところまで。対象に働きかけちゃダメだ。一線を越えれば「報道」ではなく「扇動」になる。親たちの声を記事するだけにとどめよう。
    [B]なにを躊躇している。情報を伝えるだけで完結すると思うな。戦争、貧困、差別、暴力……。ジャーナリストたちは情報伝達だけでなく、じっさいに解決のために汗を流してきたじゃないか。

2:: 異論対論

抜き差しならないジレンマの構造をあぶり出し、問題をより深く考えるために、対立する考え方を正面からぶつけあってみる。
 
[提案しない立場] 座談会の目的は、地域医療の危機を考えてもらうこと。医師へのメッセージを募るだけでも誘導になる。地元紙記者には権力性がともなう。取材対象を思い通りに動かそうとするのは傲慢で危険な行為だ。
 
[提案する立場] 運動を起こしてキャンペーン報道をすべきだ。声なき声に耳を傾け、困っている人に寄り添い、市民と一緒に問題を掘り起こせ。迫りくる危険を知っていながら、なにもしないでいる行為こそ卑怯で無責任だ。
 
[提案しない立場からの反論] キャンペーン報道は入念な準備が必要。一介の記者が義憤にかられて、親たちの心理をあやつり、感情のおもむくまま記事を書けば「ニュースの捏造」だ。ジャーナリストは事実に謙虚であれ。
 
[提案する立場からの反論] 大津波が来るとわかったとき、冷静に町を観察して事実を淡々と記録できるだろうか。医療崩壊は津波とは違うが、厄災である点で同じだ。やがて迫りくる危機を避ける提案をしてどこが悪い。
 
[提案しない立場からの再反論] 本来こういう問題に立ち上がるべきは、議員や公務員だ。専門知識があるNPOや専門家に委ねるべき。この問題は、この町だけで解決できない。視野を広げて考えろ。
 
[提案する立場からの再反論] 議員や公務員もこの問題を知っている。ただ、県内にはほかにも深刻な問題がある。小児科問題の優先順位が低くみられている。犠牲者が出てからでは遅いんだよ。
 
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