ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第17回

About the Author: 松尾剛行

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。
Published On: 2016/6/23By

 
結構過激な内容でも、公正な論評の法理の要件を満たせば免責されることがあるんですね![編集部]
 

ネット掲示板での学習塾に対する批判的な書き込み事案から、公正な論評の法理を探る

 
 たとえ名誉を毀損する表現であっても免責される場合があるということは、これまでの連載でも重ねて解説をしてきました。今回は、そのうちの一つ、「公正な論評の法理」について取り上げます。

公正な論評の法理は、意見ないし論評による名誉毀損に関する免責法理です。以下の4要件をすべて充たした場合に意見ないし論評による名誉毀損が免責されます(注1)。
 
・論評が公共の利害に関する事実にかかること(公共性)
・論評の目的が専ら公益を図るものであること(公益性)
・その前提としている事実が重要な部分において真実であることの証明がある(真実性)か、または、真実と信ずるについて相当の理由があること(相当性)
・人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでないこと

 
これらの要件のうち、公益性・公共性・真実性・相当性は、別の免責法理である、「真実性・相当性の法理」と共通しており、連載第8回第9回第12回第13回における説明が参考になります。

要するに、意見・論評は、事実と異なり客観的に「嘘か本当か」を判断できないことから、基本的には当該意見・論評の妥当性を問うことなく、その意見・論評が「前提とした事実」が本当かどうかを問題として、真実(または真実だと信じたことが相当であること)を前提に公共的な論評をした場合には、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り免責されるとしたものです。

具体的にどのような場合に公正な論評の法理が適用されるのでしょうか。匿名掲示板での学習塾に対する批判的な書き込み事案(注2)に関する東京地方裁判所の判決を題材に検討してみたいと思います。
 
*以下の「相談事例」は、判決の内容をわかりやすく説明するために、判決を参考に筆者が創作したものであり、省略等、実際の事案とは異なる部分があります。判決の事案の詳細は、判決文をご参照ください。特に、本件では、実際は発信者情報開示請求であることにご留意ください。

 

相談事例:塾長のスキャンダルに憤った書き込み

 Bは、学習塾チェーンを運営する会社である。

Aは、Bの塾に娘を通わせている親である。

Bの塾長である甲が、出会い系サイトで知り合った女子高生にお金を渡してわいせつな格好をさせ、わいせつな写真を撮影した等として逮捕され、余罪を300件自白していることがニュースで取り上げられた。報道による限り、これらの女子高生はBの生徒ではなかった。

Aは、このようなニュースを聞いて、Bなんかに通わせると娘も甲のような者の毒牙にかけられるのではないかと憂慮し、掲示板に「甲がB塾の生徒にもわいせつ行為をしていたのではないか。また、B塾の他の従業員も塾生にわいせつ行為をしている可能性がある」等と投稿した。

BはAのこのような投稿に激怒し、Aを訴えると言っている。Aの投稿はBの名誉を毀損するものであろうか。

 

1.法律上の問題点

そもそも、この表現が事実の摘示か、それとも論評かは、大きな問題となりうるところです(連載第15回参照)。実際、「可能性」等の記載でも、文脈によっては、事実の摘示として、事実による名誉毀損が問題となることもあります(注3)。

ここで、裁判所は、疑問や推測を述べる旨の表現にとどまっていることとあわせ、300件以上もの犯罪を認めていると報道されている甲の犯罪に気づかず、塾長に据えるというBのずさんさを痛烈に非難、糾弾し、そのような指導監督体制であれば、余罪の可能性があるのではないかと意見を述べ、その責任を問う旨の論評であると理解できるとして、意見・論評としています(注4)。

この事案は意見論評と事実適示の限界事例であり、その文脈から、趣旨ないしは力点が甲の余罪の存在にあるのではなく、甲やその他の従業員による余罪が存在してもおかしくないようなBにおける管理体制の不備を批判するものと判断されたところがポイントのように思われます。

とはいえ、事例のような表現はかなり手厳しい表現であり、Bの社会的評価を低下させるものです(注5)。よって、免責事由、ここでは、公正な論評の法理が問題となります。

この判決が出るまでに甲の刑事裁判が行われ、甲は児童ポルノ法違反で有罪判決を受けました。その結果、前提事実である、甲の行為そのものは証明されました(注6)。また、このような世の中を騒がせた犯罪行為に関する指摘は公共性も公益性もあります。

そこで、最後の要件である、「人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでないこと」が問題となりました。つまり、表現の辛辣さから、免責が否定されないかが問題となったのです。

【次ページ】論評としての域

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まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。
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