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ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』 連載・読み物

ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第17回

6月 23日, 2016 松尾剛行

 

2.裁判所の判断

裁判所は、結論として、公正な論評の法理によりAを免責しました。つまり、いまだに論評の域を逸脱していないと判断したのです。

裁判所は、Aによる批判が辛辣で極端な表現も含まれるとしながらも、甲が引き起こした事件が社会的に大きな影響を与えたとしたうえで、社会にきわめて大きな動揺や不安をもたらし、大きな憤慨を引き起こしたこともやむをえないところ、Bは何らの事実関係の公表や弁明がなされなかったことにてらせば、いまだにAの批判は正当な意見・論評の域にあり、不当な攻撃には至っていないとし、免責を認めました(注7)。
 

3.本判決の教訓

本判決は、かなり辛辣な表現について、公正な論評の法理に基づく免責を認めたものといえます。

本判決がこのような判断をした理由としてはいくつかの要素があると思われます。

まず1つ目は、B自ら塾長に選任した甲が、社会に大きな不安を引き起こすような行動を取ったということです。このような行動により不安になり憤慨したAが、Bに対して厳しい内容の書き込みをすることについて裁判所は同情的な姿勢を見せました。

2点目は、Bによる説明がなかった点です。自社の要職にある者の不祥事については、会社としてプレスリリースや場合によっては記者会見を開いて説明を行うことも少なくなく、そのような行為が社会から期待されることもあります(注8)

その意味では、Aの書き込みと同じレベルの辛辣な批判的文言が、いかなる文脈でも公正な論評の法理で免責される(注9)とまではいえないことに留意が必要です。あくまでも、事案の全体から総合的に判断されるわけです。

つまり、公正な論評の法理による免責が認められるか否かは、具体的な事実関係によりますが、特に社会問題が発生し、それに不安を感じたインターネットユーザーが(時には辛辣で攻撃的な)意見・論評を投稿するのはインターネット上の名誉毀損でよく見られるため、こうした場面における表現の自由と名誉権のバランスに関する1つの判断として注目に値するものです。


 
(注1)『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』235頁。
(注2)東京地判平成23年11月25日ウェストロー2011WLJPCA11258022
(注3)『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』65頁以下。
(注4)「一般の閲覧者の普通の注意と読み方を基準に理解すれば、Dやほかの従業員がわいせつ関連の余罪を犯している事実を摘示していると解することは相当ではなく、原告が、本件事件と同年齢の生徒に対して学習指導を行う立場にありながら、300件もの余罪を認めたと報道されるDの犯行に気付かず、正社員として雇用し続けてきたばかりか、校長の地位に据えてきたという事実を前提に、そのような指導監督体制であればDにせよほかの従業員にせよ余罪の可能性があるのではないかとの意見を述べたものと理解すべきであって、ひいては原告の使用者としての社員教育や社員の管理監督の杜撰さ、社内規律の維持に対する疑問、生徒を預かり育てるという教育関係機関としての自覚の欠如を、痛烈に非難、糾弾し、その責任を問う旨の論評であると理解でき、したがって、事実を摘示したのではなく、意見ないし論評に該当するというべきである。」
(注5)「本件事件を前提とした上で、学習塾の校長であるDが本件事件を敢行して、さらに300件ものきわめて多数の余罪を自供し、その事件の広がりに照らして、原告のほかの従業員の犯罪すら疑われるくらいに原告の指導監督体制には大きな不備があった旨の意見または論評であるから、原告の社会的評価を低下させるものと認められる。」
(注6)ここでは、問題となった投稿の内容が意見・論評と判断されたことが効いてきます。すなわち、問題となった投稿が事実の適示だとすると「Bの塾生に対する余罪の存在(またはその可能性)」について真実性ないし相当性が必要になり、その点は刑事裁判では認定されていないため、真実性・相当性の立証に相当の困難があったように思われます。
(注7)「ところで、本件事件関連投稿は、Dが余罪として原告の塾生にもわいせつな行為をしたのではないか、またはD以外の原告従業員が原告の塾生にわいせつな行為をしたのではないかと言及しており、そのような余罪等が疑われるくらいに原告の指導監督体制に不備があったとの意見であったとしても、塾生に対するわいせつ行為についてまで触れること、さらに原告の経営破綻まで述べていることは議論としてやや行き過ぎている感じは免れないし、相当辛辣な批判であり、その中には極端な表現が含まれることは否めない。しかしながら、学習塾を経営する原告が校長に就任させたDが、塾外とはいえ、塾の主要な顧客層と重なる未成年者に対してわいせつな行為に及び、しかも多数の余罪を自認していると報じられた状況が存することに加えて、成人の未成年者に対する性犯罪が大きな社会問題となっていることに鑑みれば、本件事件が上記関係者のみならず社会に与えた動揺や不安はきわめて大きいもので、大きな憤慨を引き起こしたとしてもまことにやむを得ないものであって、これに原告から一切の事実関係の公表や弁明がされなかったことに照らすと、正当な意見ないし論評を超えて、不当な攻撃に至っていると認めることは相当ではない。」
(注8)個人情報流出事件において「保護されるべき個人情報が外部に流出してしまった以上、その原因は公共の利害に関わる事実である上、個人情報を扱う原告としては、本件情報流出の事実及び原因を公表して説明すべき社会的責務を有している」とした東京地判平成21年12月25日2009WLJPCA12258015も参照)。
(注9)つまり、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでないとみなされる。
 
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About The Author

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。