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ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』 連載・読み物

ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第24回

8月 18日, 2016 松尾剛行

 

2.裁判所の判断

本判決は、このような侮辱を内容とする投稿について(傍論ですが)、これが社会通念上許される限度を超える侮辱行為であると認められる場合にはじめてBの人格的利益の侵害が認められうるにすぎないとしました(注11)。つまり、単なる侮辱行為がすべて不法行為なのではなく、その程度が「社会通念上許される限度を超える」必要があるのです。

そして、本件においては、Bを侮辱する文言は上記の「気違い」という表現の一語のみであり、特段の根拠を示すこともなく、個人的な意見ないし感想として述べられていることも考慮すれば、少なくともその文言それ自体から、これが社会通念上許される限度を超える侮辱行為であることが一見明白であるということはできないとしました。

ここでは、この判決が、BがAが誰なのかを特定しようと、プロバイダ(注12)に対してAを特定するための情報の開示を求めた事案であることに留意が必要です。プロバイダがこれを断ったので、Bはプロバイダの損害賠償責任を追及しました。裁判所は、プロ責法4条4項(注13)により、開示拒否によってプロバイダが責任を負うのは故意または重過失がある場合に限られているところ、具体的には、プロバイダが開示をしなければならないと認識しているか、表現が違法である等開示要件を満たすことが一見明白であって、そう認識しなかったことに重大な過失がある場合についてはじめてプロバイダの行為が違法となるとしたのです(注14)。その上で、上記のとおり、「気違い」という表現が社会通念上許される限度を超える侮辱行為であることが一見明白であるということはできないとして、プロバイダの責任を免除したということです。

このように、裁判において争われた争点に特殊性があり、Aの行為が違法かどうかそのものは直接問題とはならず、理由を付さずに単に気違いとする投稿だけを見てこれが違法であると一見明白に判断できるかが問題となった事案であることに留意してください。

しかし、「本件スレッドの他の書き込みの内容、本件書き込みがされた経緯等を考慮しなければ」権利侵害の明白性の有無を判断することはできないところ、「気違い」だけでは、違法な侮辱行為だとは一見明白に判断できないというこの判決の判断は、(傍論ながら)問題となる文言だけを元に判断するのではなく、掲示板他の投稿等の文脈を参照しながら、それが「社会通念上許される限度を超える」かを吟味すべきであることを示唆しています(注15)。
 

3.判決の教訓

単なる名誉感情侵害ないしは侮辱行為がおよそ不法行為になるわけではなく、その程度が一定程度を超える、最高裁判決の表現を借りれば「社会通念上許される限度を超える」場合である必要があります。

たしかに一言「バカ」とだけ言われたり書き込まれたりすれば不愉快ではあるものの、それだけで不法行為として損害賠償を支払わせるほどではないことから、一定の限度を超えてはじめて不法行為になるというのは理解できるところです。

そして、実務的には、その文脈が問題となるでしょう。たとえば、ある人に対して同一人物ないしは複数の人物が同じ場(スレッド等)において罵倒や侮辱を繰り返していれば、そのような状況下で行われた「気違い」という発言が、文脈上、強い違法性を帯びており「社会通念上許される限度を超える」と判断されることは十分にありえます(注16)。

「気違い」については、1回「キチガイ」と抽象的に投稿しても違法とはいえないが、短期間に4回にわたり「キチガイ貧民」「キチガイストーカー」等と繰り返したことを違法だとした裁判例もあります(注17)。

とはいえ、(例外的場合を除けば)そもそも侮辱的投稿をすべきではなく、「社会通念上許される限度を超えない」という点に依拠すること自体はあまり望ましくないのであって、Aとしては結果的に最高裁判所が違法性が明白ではないとしたことで安心せず、インターネット上の表現には十分気をつけましょう。

Bの立場としては、侮辱的な表現を投げかけられたとしてもそれだけで不法行為にはならないのであり、その文脈から程度が判断されることも理解しておく必要があります。判断が難しい場合には、専門家に相談するのがよいでしょう。


 
(注1)『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』20頁以下。
(注2)これらが典型的な名誉毀損の事例であることは、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』86頁以下参照。
(注3)このような単純な罵倒、誹謗中傷について、たしかに一部の裁判例がこれを名誉毀損とするものの、多くの裁判例はこれを名誉毀損にはならないとするものとして、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』233頁等を参照。
(注4)『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』312頁以下。
(注5)『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』315頁以下。
(注6)『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』320頁、東京地判平成22年1月21日労判1001号5頁。
(注7)本連載が公表される時には公開期間が終了してしまっているが、ソニー・ミュージック・エンターテインメントがAIにより罵倒される(してもらえる?)サービスを試験公開する(http://www.pixiv.net/special/batoshojo/)等、一定の条件の下で名誉感情侵害的な発言をしてもらいたいというニーズ(需要)は少なからず存在するようである。なお、事前にサービスの内容がそのようなものであると明示した上でユーザが同意をしていれば、AI開発者(運営者)とユーザの間での不法行為等の問題は基本的には生じないが、AIが開発者(運営者)の予想を超えて罵倒、名誉毀損、ヘイトスピーチ等を行うことがあり、その場合の法律問題の検討は喫緊の課題である。
(注8)最判平成22年4月13日民集64巻3号758頁。
(注9)特にこの判決は発信者開示請求拒絶をめぐるプロバイダへの損害賠償請求の事案であることが重要であろう。
(注10)精神病等に関し名誉毀損を肯定した例として、東京地判平成20年11月5日ウエストロー2008WLJPCA11058001、東京地判平成20年2月18 日ウェストロー2008WLJPCA02189004等参照。
(注11)中村さとみ『最高裁判所判例解説民事編平成22年度上』301~302頁。
(注12)前提事実で「電気通信事業を営む株式会社であり、「DION」の名称でインターネット接続サービスを運営している」とされている。
(注13)「開示関係役務提供者は、第一項の規定による開示の請求に応じないことにより当該開示の請求をした者に生じた損害については、故意又は重大な過失がある場合でなければ、賠償の責めに任じない。ただし、当該開示関係役務提供者が当該開示の請求に係る侵害情報の発信者である場合は、この限りでない。」
(注14)「開示関係役務提供者は、侵害情報の流通による開示請求者の権利侵害が明白であることなど当該開示請求が同条1項各号所定の要件のいずれにも該当することを認識し、又は上記要件のいずれにも該当することが一見明白であり、その旨認識することができなかったことにつき重大な過失がある場合にのみ、損害賠償責任を負うものと解するのが相当である」
(注15)中村さとみ『最高裁判所判例解説民事編平成22年度上』301~302頁。
(注16)たとえば、執拗な名誉感情侵害・侮辱行為が社会通念上許容される限度を超えているといいやすいことについては『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』316~317頁参照。
(注17)東京地判平成25年7月22日ウェストロー2013WLJPCA07228002。
 
編集部より:松尾剛行さんによる“ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』”は今回で第1クールが終了です。近日、第2クールが始まりますので、楽しみにお待ちください。
 

 
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松尾剛行

About The Author

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。