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ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』 連載・読み物

ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第32回

12月 22日, 2016 松尾剛行

 
インターネット上の名誉毀損投稿で800万円以上の賠償を命じた事例があるのですか![編集部]

インターネット上の名誉毀損に関する最近の高額賠償事例

 

1.はじめに

インターネット上の名誉毀損については賠償額が比較的低額な事例が目に付くことは、『最新判例に見るインターネット上の名誉毀損の理論と実務』284頁以下において裁判例の傾向をまとめたとおりです。

もっとも、情状によって、高額の賠償が認められることもあり得ます。連載第23回でも、300万円や400万円といった賠償が認められている事例を紹介したところです。

インターネット上の名誉毀損事案経験の豊富な弁護士法人戸田総合法律事務所の中澤佑一先生から、このような金額をはるかに上回る、慰謝料、調査費用および弁護士費用計800万円の賠償を認める画期的な東京高等裁判所の判決文(注1)をご提供いただき、これを本連載やその他の著作で紹介することについてご了承をいただきました。

私がみてきた関連裁判例の中では格段に高額な賠償額であることから、ここでご紹介し、インターネット上の名誉毀損、特にその賠償額に関心のある方のお役に立てていただきたいと考えます。

 

なりすましによる名誉毀損により甚大な被害を被った事案

BがN弁護士のところに相談に来た。

Bには夫A1がいるところ、A1が不貞相手であるA2と一緒に、掲示板上で約5ヶ月にわたり、約20回、Bになりすました猥褻な投稿をした。その内容は、Bの名前の一部、携帯電話番号、勤務先や閉店時間等を明記した上で、Bが、夫がいながら、欲求不満で性行為をする相手を捜していて、猥褻な電話を掛けてほしいと希望しており、また、勤務先に行って声を掛け、性行為を誘うことを勧める等内容の投稿をした(注2)。

Bのところには、昼夜を問わず毎日のように3〜4件、多いときには20件以上の知らない番号からの電話がかかってくるようになり、また、Bの勤務先に閉店直後窓ガラスを叩き、Tシャツをまくり上げて下半身を見ろという仕草をする不審者等が出現した。

Bは警察に相談をしようとしたがA1は警察に相談するな等と述べて本件の発覚を防ごうとした。結局、Bは、発信者情報開示訴訟を起こし、その結果、A1の指示によりA2がこれらの投稿を行っていたことが判明した。

N弁護士はBにどのようにアドバイスすべきか。

 

2.問題の所在

ある人が性的にふしだらな人であることを適示することは典型的な名誉毀損行為であり、それをなりすまし形態で行うこともよく見られます。

例えばオフラインにおける名誉毀損の事案ですが、写真、住所、電話番号を明記して、性行為を勧誘するような文言を付したチラシを公衆電話ボックスに貼付したことが名誉毀損罪で1年6ヶ月の実刑とされた事案(注3)等があります(注4)。

そこで、Aらの行為がBの名誉を毀損したことは明らかでしょう。

問題は、それによってAらがどのような責任を負うかです。ここでは、民事責任が問題となっていますので、いくらの損害賠償をBに支払わなければならないかが重要な問題になります。
 

3.第一審の判断

第一審の地方裁判所は、名誉毀損慰謝料および弁護士費用としてA1につき130万円と13万円、A2につき120万円と12万円を認めました(注5)。また、調査費用として発生した57万円7500円についても損害と認めました(注6)。

その理由として、①内容がBの社会的評価を大きく低下させる、②Aの個人情報が多く記載されている、③利用者の多い掲示板上に長期間にわたり繰り返され、④実際に迷惑行為が発生し、⑤Bの落ち度がないのに夫であるA1と不貞相手のA2がこのような犯行を行い、⑥BだけではなくBの子ども等も精神的負担を感じたこと等を挙げています。
 
【次ページ】東京高裁の判断

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松尾剛行

About The Author

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。