《ジェンダー対話シリーズ》第1回 隠岐さや香×重田園江: 性 ―規範と欲望のアクチュアリティ(前篇)

「ジェンダーとかセクシュアリティとか専門でも専門じゃなくてもそれぞれの視点から語ってみましょうよ」というスタンスで、いろいろな方にご登場いただきます。誰でも性の問題について、馬鹿にされたり攻撃されたりせず、落ち着いて自信を持って語ることができる場が必要です。そうした場所のひとつとなり、みなさまが身近な人たちと何気なく話すきっかけになることを願いつつ。
Published On: 2017/4/14By

 
 

《ジェンダー対話シリーズ》について
いま、フェミニズムやジェンダー・セクシュアリティについて、多くの人が語りにくい空気を感じているのではないでしょうか。バックラッシュ下で、(その範囲をどう規定するかが難しいですが)専門家が語りにくく感じる状況がつづいている一方、専門家ではない人も、うかつな発言をしたら大変なことになるという雰囲気があります。興味はあるし、思うことはあるけれど、何か言ったら誰かに攻撃されそうで怖い、あるいは知らない間に誰かを傷つけていそうで怖い、その誰かがどういう立場の人か予想しにくい、こういった声に共感を持たれる方も多いと思います。
 
しかし、ジェンダーやセクシュアリティについて話すことは大事です。誰でも性の問題について、馬鹿にされたり攻撃されたりせず、落ち着いて自信をもって語ることができる場が必要なはずです。専門家が研究や業務経験から得た知見を話せることはもちろん、専門家以外の人たちも、たとえば原発の問題を理工系研究者だけが扱ってもうまくいかないのと同様、性にまつわる経験や考えていることを話せる場があるべきです。このシリーズはそうしたウェブ上の場所となり、読んだ人が身近な人たちと語り合うきっかけになることを願っています。【勁草書房編集部】

 

第1回 性 ――規範と欲望のアクチュアリティ(前篇)

 
隠岐さや香×重田園江×筒井晴香×藤田尚志×宮野真生子
 

シリーズ第1回は、隠岐さや香さんと重田園江さんをお迎えして開催された『愛・性・家族の哲学』(ナカニシヤ出版)出版関連イベントでのお話を前篇後篇の2回に分けてお届けします。前篇では背景説明にひきつづいて、隠岐さん、重田さんお二人が提供された話題からどうぞ。

第2回 隠岐×重田:性 ――規範と欲望のアクチュアリティ(後篇)はこちら→
 
 
 
筒井晴香(司会) それでは、ワークショップ「性――規範と欲望のアクチュアリティ」を始めたいと思います。きょうのワークショップについて一言で言いますと、今日の性をめぐる規範ないし欲望の実情、具体的な話題としては、学術業界における、あるいはより広い一般社会における性をめぐるさまざまな現象について、実情やその捉えられ方に迫る議論をざっくばらんにお話しいただくというものです。まずは企画・主催の藤田さんから、簡単に趣旨説明をお願いしたいと思います。
 

[このシンポジウムの意図]

 

藤田尚志(ふじた・ひさし) 博士(哲学、リール第三大学)。九州産業大学准教授。フランス近現代思想、アンリ・ベルクソン研究。

藤田尚志 ありがとうございます。九州産業大学の藤田と申します。主たる専門は「アンリ・ベルクソンを中心とするフランスの近現代思想研究」ですが、副専攻的に「結婚の形而上学とその脱構築」と「哲学と大学」研究という2つの研究プロジェクトを進めております。本日はよろしくお願いいたします。
 
さて、きょうのこの企画は、それぞれの分野で華々しい活躍をされているお二人の女性研究者、しかもおそらくこの話題について人前で本格的に話すのが初めてではないかというお二人のメインスピーカーの方にお話をいただくというのが一番の趣旨なので、私はなるべく手短に、2つのことについて最初にお話しさせていただきます。
 
まずは、今回の企画のきっかけになった本がどういうふうにできてきたのか。今私は九州のほうで哲学を教えています。哲学を教える中でいろんな問題を扱うことができるのですが、学生たちに関心を持ってもらいやすく、彼らの今後にとっても今から考えておくことが大切な主題ということで、特に「愛・性・家族」の問題について学生とともに考えていきたいと考えて、2012年から、宮野さんとともに恋愛・結婚合同ゼミを立ち上げました。その中でさまざまな研究者の方をお呼びして、その方々のお話を聞きながら学生とともに考えていくという、いわゆる研究大学では必ずしもない大学で研究と教育を一体化させる割と野心的な試みをやってきました。
 
で、いま司会をしていただいている筒井さんもまさにそうなんですけれども、これまでにお話しいただいた大体20名ぐらいの若手・中堅の研究者の方々に、お話を論文にまとめていただいて、ことしの4月に、3巻本として『愛・性・家族の哲学』(ナカニシヤ出版)という本を出しました。それで、先の研究と教育の一体化ということの延長線上で、ただ単に本を出すというだけではなくて、この本をまた出発点にして、各地でいろいろと続きのお話をすることで、議論をさらに深めていきたいというふうに思いまして、この本にご執筆いただいた方々にお願いして、各地で出版イベントをやってまいりました。福岡、京都、東京、北海道、名古屋それから新潟などでやってまいりました。で、今回このイベントが10回目の出版記念イベントで、これが最後になるんですけれども、UTCP様にご協力いただいて無事開催することができました。あらためて感謝申し上げます。ありがとうございます。
 

[専門ではない人たちに愛・性・家族を語ってもらう]

 
藤田 それで、その出版イベントをやるうえで1つ考えたことは、普段「愛・性・家族」といった主題を専門とはされていない研究者の方々に何かお話をしていただければ、ということでした。これが会を始めるにあたってお話ししておきたいことの2点目です。いわゆる専門の研究者、例えば「性の社会学」とか、「家族の社会学」という形でやっていらっしゃる方々は当然いらっしゃって、そういう方々にお話をうかがうというのももちろん大事なことだと思うんですけれども、ただ、愛・性・家族というのはべつに専門家だけでなく、我々みんなにかかわる問題でもあるので、それで、人選をするときに、なるべく狭義の意味での研究者ではない、専門家ではないけれども、しかしそれについて何か示唆を与えてくれるかもしれない、そういう方々にお願いをするのが面白い、いやむしろ非常に大事なことなのではないかと考えてこれまでやってまいりました。論文を書くのは相当の準備も覚悟もいることですが、こうしておしゃべりをするだけならば(それでもかなり勇気のいることですが)、まだしも気軽にお話していただけるのではないかという計算も働いて。なぜそれが「面白い」「非常に大事」なのかと言えば、それはそこに暗黙の(自己)規制ないし透明のバリアが張り巡らされているからです。
 
で、このことは、今回のワークショップの主題である性について考えるときに、最も顕著に私自身が――宮野さんも、もしかしたらそうかもしれませんし、ちょっと違うかもしれません、それは後でまたおっしゃっていただければと思うのですが――感じることです。性について考えるときに、フェミニズムやジェンダー・スタディーズという形で今まで長年積み上げられてきた研究の蓄積があり、しかし、他方で、その研究が届いていない場所がある。例えば哲学研究者であっても、この主題について「何となく触れない」という人たちがたくさんいる。自分から、明示的な形で「興味がありません」というわけじゃないんだけれども、例えばこういう会を開いたときに、「何となく足が向かない」。そういう状況が、今何となく蔓延しているような気がしていて、では、どうしたらいいんだろうという……。セクシュアリティやジェンダーの専門家を呼んで、会を開いて、その主題に興味のある方たちが集まる、しかし、そうではない層は来ないという、その状況を少しでも変えたいと思ったときに、先ほど申し上げたような人選で選ばれた人たちが、性について語ってくれるのであれば、ぜひその話を聞いてみたいという人たちが確実にいるような気がしたんです。そういう人たちであれば、愛について、性について、家族について、いったい何を語ってくれるのだろうかという期待が確実に集まると思いました。愛・性・家族に関する多少ともアカデミックなイベントに今まで足が向かなかった人たちでも、こういった形でイベントを企画することで足を運んでくれるかもしれない。少し間口を広げたいというかですね。ただし、繰り返しになりますが、単に非専門家なら誰でもいいというわけではなく、「専門家ではないけれども、しかしそれについて何か示唆を与えてくれるかもしれない方々」「この人なら愛・性・家族についていったい何を語ってくれるんだろうか」、そういった期待を抱かせてくれる方々ということです。それによって聴衆の側も、単なる下世話な興味ではなく、知的好奇心をもって参加し、議論から何がしか有益なものをめいめい得てくれることが期待できる。そういうわけで、いわゆる専門の、愛・性・家族に関する研究と、それ以外の全く無関心な層との間をつなぐような場をつくりたいというふうに思って、一連のイベントを企画してまいりました。
 
今回ここにお越しいただいたお二人の方々も、恐らく、性についてここまで突っ込んでお話をしていただけるのは初めてではないかと思うんですけれども、もちろん皆さんご存じのとおり、それぞれの業界で、それぞれの分野で、既に非常にすぐれた研究を残されている方々です。その方々に、きょう、このテーマについて一体何を語ってもらえるのか。そして、会場の皆さんと一緒にどういうことが考えていけるのか。私自身、非常に楽しみにしております。
 
ただそのときに、登壇者の中で唯一の男性であり、自分自身もこの主題の専門家ではないということもあって、私自身は非常に緊張しております。自分が果たしてこういった状況の中できちんと適切でありかつ意味のある発言ができるのかどうかというのは非常に心もとなく、難しいとは思うんですけれども、ただ、そういうことも含めて受けとめてやっていきたいというふうに思っています。
 
愛・性・家族という主題について論じるのは、時間や存在について論じる以上に、年齢差や地域差といったものが大きく影響することがあります。例えば宮野さんと私は九州から来ていますが、東京では問題にならないことが九州では問題になるといった地域間でのずれが、もしかしたらあるかもしれません。また、今回の登壇者は30代前半から40代くらいと比較的年齢幅が小さいので、そういう年齢幅の中ではとらえきれない、見えにくくなる問題というのもあるかもしれないですけれども、そういったことも含めて、会場の方々と一緒に考えていければいいかなというふうに思っております。以上です。
 
次ページ:研究環境におけるダイバーシティ

「ジェンダーとかセクシュアリティとか専門でも専門じゃなくてもそれぞれの視点から語ってみましょうよ」というスタンスで、いろいろな方にご登場いただきます。誰でも性の問題について、馬鹿にされたり攻撃されたりせず、落ち着いて自信を持って語ることができる場が必要です。そうした場所のひとつとなり、みなさまが身近な人たちと何気なく話すきっかけになることを願いつつ。
Go to Top