《ジェンダー対話シリーズ》第3回 平山亮×上野千鶴子:息子の「生きづらさ」? 男性介護に見る「男らしさ」の病 ――『介護する息子たち』刊行記念トーク

「ジェンダーとかセクシュアリティとか専門でも専門じゃなくてもそれぞれの視点から語ってみましょうよ」というスタンスで、いろいろな方にご登場いただきます。誰でも性の問題について、馬鹿にされたり攻撃されたりせず、落ち着いて自信を持って語ることができる場が必要です。そうした場所のひとつとなり、みなさまが身近な人たちと何気なく話すきっかけになることを願いつつ。
Published On: 2017/4/26By

 
 

 
この4月に始まった《ジェンダー対話シリーズ》第3回は、平山亮著『介護する息子たち』刊行記念に上野千鶴子さんをお迎えして3月14日に行われた、平山亮さんとのトークイベントを採録します。親を介護する息子の増加は著しく、その割合は娘や義理の娘(「嫁」)による介護とあまり差がなくなりました。結婚していようと、仕事をしていようと、今や男性が親の介護から「逃げる」ことはできなくなっているというデータもあります。それなのに男性のなかには、親の老いにいつまでも見て見ぬふりを決め込む人も少なくなく、また、いざ親の介護者になれば、今度は「問題事例」として周囲をやきもきさせることも多いことがわかっています。
 
そんな息子介護の研究を通して、弱者をコントロールせずにはいられない「男らしさ」の病を見出した著者・平山亮さんが、ジェンダー研究の第一人者として女と男の関係を見つめ続けてきた上野千鶴子さんと語り合いました。実は平山さんには、学生時代、居場所を求めて上野さんの研究室に「保健室登校」していた過去があります。ふだんなら研究室のような「密室」でしか語られない二人の赤裸々トークを、こっそり覗いてみませんか。[勁草書房編集部]
 

 

第3回 息子の『生きづらさ』? 男性介護に見る『男らしさ』の病 ――『介護する息子たち』刊行記念トーク

 
平山亮×上野千鶴子
 
←第1回 隠岐×重田:性 ――規範と欲望のアクチュアリティ(前篇)はこちら
←第2回 隠岐×重田:性 ――規範と欲望のアクチュアリティ(後篇)はこちら
 
 

[息子が介護する時代]

 
上野千鶴子 平山先生、こんにちは。
 
平山亮 どうも。気持ち悪いな(笑)。
 

菅野勝男撮影。
上野千鶴子(うえの・ちづこ) 京都大学大学院社会学博士課程修了。NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。専門は女性学、ジェンダー研究。

上野 平山先生は学生時代、上野ゼミにもぐりで来ておられたんですが、今はちゃんと一人前の研究者になられたのでね。きょう私は脇役で、主役の平山先生のインタビューをさせていただきます。
 
平山 どうも(笑)。なんか、どうしたんですか、きょうは。
 
上野 本日はそういう役回りなんで。
 
平山 さっきの控室とはえらい違いじゃないですか。
 
上野 もちろんです。だって、控室ではギャラが出ない。壇上ではギャラが出る(笑)。
 
平山 なるほどね。
 
上野 平山さんの仕事は、この『迫りくる「息子介護」の時代』(光文社新書)が処女作、『きょうだいリスク』(朝日新書)が第2作――これ怖い本でしたよね、後でちょっと話しましょう――そして『介護する息子たち』に来たので、やっぱり読者の皆様方にはこの三部作、順番に読んでほしいなって思ってます。
あなたが最初の本(『迫りくる「息子介護」の時代』)を出したときに、本の題名の「息子介護」を、「えっ、息子を介護するんですか」って言われたんですって?
 

平山亮(ひらやま・りょう) Ph.D.(Human Development and Family Studies)東京都健康長寿医療センター研究所 福祉と生活ケア研究チーム研究員。

平山 そうなんです。女の人でそういう反応があったことってほとんどないんですが、男の人に「息子介護」って言うと、「いやあ、おふくろにそこまで頼むわけにはいかねえぜ」って言う方が割といらっしゃいまして(笑)。
 
上野 ということは、男は自分が介護する側に回るとは、これっぽっちも思ってないのね。
 
平山 そうですね。高齢社会で、いつまでも元気なお母さんが増えているからなのか、「息子介護」というと自分がお母さんに介護してもらうことだと思ってて。
 
上野 ズバリ、本書のテーマにつながりますね。
 
平山 そうですね。
 
上野 本書のタイトル『介護する息子たち』は誤読の余地がないですよね。息子が介護する、わけですから。前にエミリー・エイベルという人が書いた『Daughters who care』というのがあったけど、アメリカでも、介護する娘たちって見えなかったんですが、日本では、介護する息子たちって、これまで見えない存在でしたよね。
 
平山 今までは、そうですよね。
 
上野 こういうテーマをちゃんと調査の対象にしたのは、本邦初。
 
平山 まあ、そうかな。
 
上野 だよね。類書はないから、この分野の第一人者です。よかったですね。
 
平山 もう、やってなかったところに手をつけるっていうのはいいですね。
 
上野 私が、感心したのは、普通、若い研究者が自分の持ちネタでこういう新書を一本書いてしまうとね――これを書かせるハイエナのような編集者がいるのよね(笑)――、自分のネタをそこで使い潰してしまって、次が出なくなるの。それが本書が出て、「おお、出たのか」「よく出したね」と思って読んだら、ほとんど重複感がなかった。
 
平山 あ、本当ですか。ありがとうございます。
 
上野 旧著からちゃんとバージョンアップしていました。しかも、がっつりした理論書になってました。私がこれをわざわざ言うのは、皆さん方に、この本(『迫りくる「息子介護」の時代』)とこの本(『介護する息子たち』)、両方読みましょうねっていうメッセージです。
 
平山 宣伝もしていただいて。
 
上野 うん。旧著(『迫りくる「息子介護」の時代』)があって、ちゃんとバージョンアップした新刊を、3年たってお書きになりましたからね。その間に、こんな怖い本(『きょうだいリスク』)もお書きになりまして。ボク、日々に進歩してるんだもんね。
 
平山 どうですかね。そう思っていただけるとうれしいですね。
 
上野 平山さんは、もともと社会心理学のご専門でいらっしゃいますよね。
 
平山 はい。そんな頃もありました。
 
上野 社会心理学と社会学って、近いように見えて、仲が悪いのよね。
 
平山 すごく仲悪いですね。
 
上野 うん。で、この本って、社会心理学の分野では、どう評価されます?
 
平山 それはね、もう多分、社会心理学の本として読んでいただけないと思いますよ。
 
上野 あ、そう。
 
平山 うん。私はもう、乗り換えているんで、いつの間にか。
 
上野 どこに乗り換えたんですか。
 
平山 社会学に。
 
上野 ああ、そうなんですか。まあ、社会学って便利な看板ですけどね。
 
平山 そうですね。
 
上野 最近は社会学者を名乗っておられるんですか。
 
平山 『きょうだいリスク』のころから、実はちょっとずつ肩書を変えているんですけれども。
 
上野 じゃあ、いよいよ同業者になりましたね。社会学って楽しいですよね。
 
平山 そうですね。
 

[誰が誰を介護するのか、という視点]

 
上野 家族介護って簡単に言うけど、「家族って誰よ」って、ずっと思ってきたんです。で、「誰が、誰を、いかに介護するのか」という細部に立ち入った研究って、思いのほかないのよね。
 
平山 ないですね。
 
上野 それをちゃんと誰が誰の介護をするかという続き柄別で、介護にどういう特徴があるかっていう研究をちゃんとやった人は、これはもうレアもので、笹谷春美先生ぐらいしかいらっしゃらないのよね。おもしろいことがいろいろわかって、愛情から介護するのは配偶者と娘だけで、嫁には愛情要因がないとかね。それから、嫁と姑の間の介護は、介護するほうもされるほうも、望まない・望まれない介護であるとか。それから夫による介護は、「まあ、奥様、羨ましいわ」って言われるけど、その実介護者主導型管理介護で、介護されるほうは忍の一字かもしれないとか、そういうことをちゃんと暴いてくださったのが笹谷さん。その笹谷さんの続き柄の類型にも入ってなかったのが、息子による母の介護でした。
 
平山 そうですね。息子さんで本当に介護している人って、息子介護者だと名乗らないことが多いんですよね、「私、やってます」っていうふうに。だから……。
 
上野 でも、介護保険、使ってるんでしょう。
 
平山 そうです。
 
上野 介護保険を使ってたら、ケアマネさんは事例をつかんでるよね。
 
平山 そうですね。だから、私の調査では、医療や介護の専門職の方を通じてアクセスした息子介護者が多くて。私は調査を始めたとき、当事者に「はい」って手を挙げてもらって参加者を募集しようと思ったんですよ。「息子介護者の方、いらっしゃいますか」みたいな感じで。だけど、それで集まってきた人は、実質的な介護者じゃなかったんですよ。「自称・息子介護者」なんですけれども、実際に主になって介護してるのはその人の妻だという、そういう人たちばっかりが集まってきてしまいまして。
 
上野 もうちょっと説明してくださいません? 「自称・息子介護者」で、実際やってないって……。
 
平山 そうです。
 
上野 なんで自称できるの。
 
平山 例えば、意思決定というか、使う介護サービスを決めたり、介護にかかるお金を出しているのは……。
 
上野 今の、わかった。あのね、うちの兄が、母が要介護になったら「おれが面倒見る」って言ったその一言を、私はその場で直ちに翻訳して、「女房に面倒を見させる」って言ったんだと思って、頭に血が上った。というようなこと?
 
平山 あ、そうですね。
 
上野 なるほど、なるほど。こういう人たちにアプローチすること自体が、非常にご苦労だったとお聞きしましたが。
 

[出発点は男性の対人関係研究]

 
平山 まず、私は、もともとは介護の研究者ではなくて、男性の対人関係の研究者なんです。中年男性のお友達関係の研究から研究者としてのキャリアが始まったんですけど。
 
上野 なんでそんなグロテスクなものに興味あるの?(笑)
 
平山 私がそのくらいの年になったときにどうなっているのかなというのが知りたくて。
 
上野 平山さんは、お友達いない系?
 
平山 お友達少ない系。
 
上野 そうだね、っていう感じ。(笑)。私は、男同士の友情ってすごい謎なんで、本当にあるのかよと思って。
 
平山 でも、「どんなお友達がいらっしゃいますか」と尋ねたら、皆さん、何人も挙げてくださいましたよ。
 
上野 さらに「年に何回会うんですか」って聞くと、「いや、何年も会ってないよ」とか言うんでしょう。
 
平山 そうですね(笑)。あとは、話さなくてもわかり合えるのが男同士の真の親しさだとか……。
 
上野 ああ、妄想系。
 
平山 そういうやつですよね。
 
上野 私、必ず突っ込むのよね。「あなたが病気したとき、そのお友達って来てくれますか」、「まあ、無理だろうね」って言う。そういうの、お友達って言うんですか。
 
平山 それは本人の定義によるので、本人にとってはお友達なんじゃないでしょうか。
 
上野 ああ、お友達だと妄想するわけね。
 
平山 そうです、そうです。
 
上野 はいはい。で、それに興味を持った。
 
平山 そう。で、学生時代から男性のインタビューというのをよくやっているんですけれども、やっぱり男性にインタビューするとね、「うん」しか言わないんですよね、基本的には。
 
上野 テープ起こししても、「うん」しかない。
 
平山 そうそう。特に最初のほうは「うん」しか返ってこないから。あとは、私がもう、ずっとしゃべって、「はい」って肯定してもらう「徹子の部屋」状態(笑)。だから、アクセスするのも大変だし、アクセスしてからいろんなお話を聞くのも大変で、そういう苦労がいっぱい詰まった本です。
 
上野 せっかくそのインタビューの話が出たから、男心を聞き出すインタビューの秘訣を教えてください。「うん」の先まで言わせるには、どうするんですか。
 
平山 それを言っちゃうともう、私にインタビューさせてくれる人、いなくなると思うんですよね。
 
上野 でも、きょうは、お金を払って来ていらっしゃるお客様だから。少し教えて差し上げようよ。
 
平山 ええとね、「できない子」のふりをする。
 
上野 ふりしなくたって、事実でしょ。
 
平山 あら、いやだ!(笑) まあ、そうなんですけど。私がよくやってたのは、このICレコーダーっていうやつがありますよね。これの使い方がよくわからないふりをするっていう。
 
上野 ほお~。
 
平山 ちょっと、大丈夫かなぁ(笑)。
 
上野 この手は、ここの人たちには二度と使えなくなる。
 
平山 そうですよね。で、それをすると、「ああ、ちょっと貸してみろよ」みたいな感じになって、向こうが「この子、自分より『できない子』なんだな」って認識すると、割と心を開いてくれるようで。
 
上野 まず最初にマウンティングして、負け犬パフォーマンスをやるんですね。
 
平山 うん。
 
上野 ふーん、なるほどね。でも、それってさ、年齢が関係するから、若いときしか使えない技じゃない。
 
平山 そうなんです。あんまり年取ってそれやるのもね。
 
上野 40過ぎたら、使えないよね。
 
平山 ああ、もうすぐ過ぎますけれども(笑)。
 
上野 じゃあ、次のスキル、つくらなきゃいけないね。確かに、以前シングルファザーの研究をした春日キスヨさんが、「私が女だから、男はしゃべってくれた」って言ってた。「これが大学の先生の名刺持ったオッサンが行ったら、何も言ってくれない」って言ってましたね。
 
平山 そのとおりだと思います。
 
上野 じゃあ、もう、息子介護者のインタビュアーになれるのもあとちょっとの期間限定ですね。
 
平山 そうですね。
 
上野 はい(笑)。そうなったら、また次の技を考えましょう。
 
平山 そう。次までにね(笑)。
 
上野 最初、中年の男たちの友情から始まり……、それが学位論文でしたっけ。
 
平山 修士ですね。
 
上野 修士でしたか。その研究の発見を一言で言ってみましょう。
 
平山 本人が友達だと思っていれば、実際に助けになるかなんて関係ないんだな、ということですね。研究者って、社会心理学でも社会学でもそうだと思うんですけれども、友人関係の定義を一生懸命提示しようとするじゃないですか。
 
上野 はい。
 
平山 で、提示しようとするんだけれども、対人関係の研究でいう友人関係の定義からはこぼれちゃうなって。男性の友人関係は。というのは、そういう研究だと、通常は友人関係の親しさの指標に、何でも話し合える、みたいなのが入ってくるんですけど、それは男性の場合はほとんどないので、そうすると、その定義は使えないわけじゃないですか。だから、もう、本人がこれは友達だと思っていれば、そんなことはどうでもいいんだという。
 
上野 ということは、自分の友人の在庫リストに登録されていればそれで完結しちゃうと。
 
平山 オーケーですっていう。
 
上野 ああ、孤立した人たちだねぇ(笑)。
 
平山 でも、友達がいないとは思ってないから、本人は「孤立している」とは思ってないんですよ。
 
上野 だから友人関係すら自己完結した妄想系ですね。
 
平山 まあ、そうですね。
 
上野 息子介護者の場合も、そういう男らしさは一貫しているんですね。
 
平山 そうですね、うん。
 
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