あとがきたちよみ
『都市の老い』

About the Author: 勁草書房編集部

哲学・思想、社会学、法学、経済学、美学・芸術学、医療・福祉等、人文科学・社会科学分野を中心とした出版活動を行っています。
Published On: 2018/2/15

 
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齊藤 誠 編著
『都市の老い 人口の高齢化と住宅の老朽化の交錯』

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はじめに
 
本書の問題意識
 本書は,人口減少や高齢化が進行し,人口流入が停滞するとともに,住宅が老朽化し遊休化していく「都市の老い」と呼んでもよい社会経済現象について,どのように事態が進行しているのかを実証的に検証し,積み重ねられた分析結果に基づいて政策や行政の対応を慎重に検討していくことを目的としている.
 したがって,本書のタイトルも『都市の老い』としたが,サブタイトルの「人口の高齢化と住宅の老朽化の交錯」にある「交錯」については,若干の説明を必要とするかもしれない.ここで「交錯」には,時間的な意味と地理的な意味がある.
 時間的な意味では,人口の高齢化と住宅の老朽化が相互に影響を与えながら同時進行していくイメージである.居住者が若いころに建てた家は,居住者の年齢とともに古くなってくる.多くの住人が同じころに転居してきたこともあって,住人も,建物も,地域全体が同じ速度で古くなっていく.高い地価を避けるように都心から遠く通勤に不便な土地を購入したこともあって,今では,住宅地としての人気がなく,地価もさえない.古い家は,子供たちも引き継いでくれず,かといって,売ろうにも売れないままで空き家や空き地が増えていく.その分,周囲の人気(じんき)も悪くなっていく.
 このように見てくると,人口の高齢化と住宅の老朽化は,都市周辺部において地理的に重なってくる.しかし,地理的な「交錯」には,ある地域の範囲において相互に影響を与えながら同時進行するだけでなく,異なる方向からやってきたものがまさに地理的に交わり合うというイメージもある.実は,人口減少や高齢化が深刻な都市周辺部だけでなく,人口が増加し若者も多く住む都市中心部でも,住宅の老朽化が進んでいるのである.マンションなどの共同住宅は,まずは都市中心部で建てられ,徐々に郊外に広がっていった.その結果,古いマンションの数も,まずは都市中心部で多く,時間が経つと近郊部でも増えていった.また,都市中心部に住む稼ぎの少ない若者にとっては,古くても安い家賃が魅力となって,耐震性能や耐火性能がすこぶる劣る賃貸住宅が建て替えもされないままに都市中心部に残っている.
 先ほど述べた都市周辺部の人口減少や高齢化は,徐々に中心部に攻めよってくるであろう.一方,都市中心部から始まっている老朽マンションの急増や老朽賃貸物件の増加は,徐々に周辺部に広がっていくであろう.そうすると,周辺部から中心部へ波及する人口高齢化と中心部から周辺部へ波及する住宅老朽化が都市郊外でちょうどぶつかり合うという現象も起きる.まさに,地理的な「交錯」である.
 都市郊外といえば,今まではあこがれの住宅地だったところも多い.そうした魅力に惹かれて多くの子供連れの家族が移り住んできて若い人口も増え,人口減少や高齢化とも無縁であった.宅地も住宅も人気があって,地価も高かった.それが,周辺部からは人口減少や高齢化のあおりを受け,中心部からは住宅の老朽化のあおりを受け,宅地としての魅力も失われつつある.それらに加えて都市圏外からの人口流入も鈍ってきた.その結果,人口成長・地価上昇の地域から人口減少・地価低下の地域に進むベクトルが真逆になるような事態に陥ってしまっている.
 本書では,広域の都市圏において人口の高齢化と住宅の老朽化が時間的にも地理的にも複雑に交錯して,それまで人口成長・地価上昇を享受していた都市地域が,人口減少・地価低下という事態に対してどのように向き合うべきなのかを考えていきたい.こうした「都市の老い」の現象については,特定の限られた地域で起きていることを強引に普遍化して大胆な政策を提案することが多い.しかし,本当に重要なことは,都市圏という広域においてさまざまな要素にどのような相互依存関係が生じて,それらの関係が時間を通じてどのように変化していくのかを客観的に把握していくというマクロ的な観点であろう.一方,政策的に必要となってくるのは,個々の政策ツールを考案しながら整合性のとれた政策体系を構築し,住民の間で政策に対する合意形成を促していくというミクロ的な観点である.
 しかしながら,広域的な都市の縮小に対応した政策体系を検討していくことは,まさに「言うは易し,行うは難し」である.個人のレベルでも,今まで成長してきたのに,これから衰退することを考えるのは,できれば考えたくないであろう.役所とて同じである.さまざまな統計から人口減少・地価低下に方向が変わりつつあることが明らかなのにもかかわらず,地方自治体が立てる都市計画では,依然として人口も経済も成長するシナリオを無理矢理に立てて,将来ビジョンをむなしく描いてしまいがちとなる.
 本書が分析していることは,「都市の老い」をどのような側面でとらえていけばよいのかを,首都圏や地方中核都市を対象として分析を行っている.まずは,住民も,企業も,地方自治体も,日本政府も,「都市の老い」の今後の進行をできるだけ客観的に把握することが,何にもまして重要であろう.
 その上で政策処方箋を考えなければならないが,都市圏で起きている広域的な現象が非常に複雑である分,政策的な対応もきわめて難しく,政策技術的に見ても難度がとても高い.まずは,政策で対応すべき対象がどこにあるのかを見定める必要が出てくる.「都市の老い」の状況がすべて市場メカニズムの失敗と関連付けるのは乱暴な議論であろう.老朽な賃貸アパートが残っているのも,当然ながら賃貸住宅市場の需給メカニズムの結果という面もあり,遊休化した住宅ストックがすべて放置されるわけではなく,建物保有者によって自主的に滅失が行われることも少なくない.
 また,「都市の老い」の地理的な範囲も慎重に見定める必要がある.市区町村レベルで進行している「都市の老い」であれば,市区町村レベルで対応することも可能であるが,市区町村を超えて「都市の老い」が進行しているのであれば,市区町村を超えた広域行政(市区町村に上位する都道府県や新たな行政主体による行政)で対応する必要も出てくる.
 しかしながら,「広域行政」という新たな政策用語が,時には政策効果について新たな幻想や誤解を生み出すこともある.「都市の老い」という都市のダウンサイジングに対応すべき広域行政が,いつのまにか経済成長戦略の起爆剤と位置付けられることさえ起きる.ひとつひとつの市区町村は縮小しているが,それらの町々を束ねれば成長機会が生まれてくると奇想天外なことを考えるのである.従来,市区町村で策定していた都市成長前提の都市計画が「広域行政」で新たに衣替えされて再登場してしまう.都市縮小への対応が難しい分,都市成長の幻想を持ち続けてしまうのかもしれない.日本社会全体で人口移動が停滞している中にあって,都市部だけは人口や経済が今後とも成長していくと考えることは決して現実的とはいえない.
 しかし,さまざまな政策ツールを整備し,政策を補完するような市場メカニズムを導入していけば,市区町村レベルでも,市区町村を超えた広域でも,都市縮小に対して政策的に備えることは十分に可能である.
 空き家となった古いアパート,空き地として放置されている宅地,所有者が不明な土地について,老朽化した戸建てや共同住宅を処分し,宅地としての用途を失った土地を公園や農地に用途転換し,場合によっては持ち主不明の物件の所有権を市区町村へ移転できるような政策環境を整えれば,都市縮小への政策対応の可能性も広がる.また,老朽物件の取壊しに要する資金の調達を確保する民間のメカニズムやそれを支援する公的なフレームワークも,都市縮小への対応策となるであろう.しかし,そうした政策環境の整備には,とりわけ国政レベルでの意思決定において途轍もない時間がかかり,固定資産税引上げのように地主や家主の既得権益を奪うような政策導入も必要となってくる.
 また,都市の規模が縮小していくプロセスでは,学校や病院などの社会資本も縮小させていかなければならないが,そのためには,住民たちが事態を正確に理解し,地方自治体が利害の調整にあたって住民の間での合意形成を図らなければならない.
 「都市の老い」という社会経済現象は,多くの人々にとってタブーとしたくなるような強烈なものであるにもかかわらず,そうした現象への政策対応は,数多くの政策手法の地道な積み重ねと住民の合意形成への地道な努力である.強烈な現象と地道な対応というコントラストがあまりに鮮明なために,かえって「派手な対応」を期待したくなって「広域行政」にも幻想を抱いてしまうのかもしれない.
 
各章の概要
 本書は,「都市の老い」という広域的な現象を実証的に分析するとともに,「都市の老い」への政策の対応が地道な政策側の営為と住民側の合意形成の積み重ねであることを強調していく.本書の各章の概要は以下のとおりである.
 「第1部 都市の老い」は,首都圏と地方中核都市について「都市の老い」の現象を実証的に分析している.「第1章 首都圏の老いについて:人口高齢化と住宅老朽化が交錯するとき」(齊藤誠・顧濤・中川雅之)では,埼玉県,千葉県,東京都,神奈川県から構成される首都圏について,人口動態,住宅老朽化,地価形成のダイナミックな相互依存関係を実証的に明らかにしている.首都圏では,今後20 年間で首都圏周辺部から中心部に向かって押し寄せてくる人口の減少や高齢化や,そうした人口動態に起因する地価低迷や住宅の空き家化の現象と,首都圏中心部から周辺部に向かって押し寄せてくる分譲マンションや賃貸共同住宅の老朽化が首都圏郊外でぶつかり合う.その結果,東京23区の縁辺区やそこに隣接するさいたま市,千葉市,多摩地区,川崎市・横浜市に向かう地域が人口増加・地価上昇のフェーズから人口減少・地価低下のフェーズに移っていく.一方,人口や経済が今後も成長する地域は,東京23 区や横浜市・川崎市の中核地域に限定されてしまう.
 「第2章 地方中核都市の老い:人口動態と地価形成の多様な関係」(顧濤・中川雅之・齊藤誠)では,地方中核都市について人口動態と地価形成の関係を分析している.札幌市,仙台市,福岡市のような古くからの政令指定都市では,1990年代には地価高騰の調整を終えた.2000 年代に入ると,首都圏の広域で起きているような人口減少・地価低下と人口増加・地価上昇の二極化が起きてきた.一方,新潟市,静岡市,浜松市のような新しい政令指定都市では,2000年代に入っても,上述の二極化現象が明確に現れたわけではなかった.同じく二極化現象が顕著でなかった富山市では,2000年代初頭でも中心部と郊外で地価格差が小さかったこともあって,都市中心部への機能や人口の移転を誘導するコンパクトシティ政策を進めることが可能であった.
 第1部の2つの章の分析から明らかになったことは,都市のダウンサイジングに向き合う政策の性格が人口動態と地価形成の関係に大きく依存するという点である.首都圏や古くからの政令指定都市のように広い範囲で人口減少・地価低下と人口増加・地価上昇の二極化が著しいところは,中核都市とその周辺を含めた広域において地域の分業や都市機能の再編を進めていかなければならない.その際には,老朽化した住宅の減築や遊休化した土地の用途転換を進めやすい政策環境を整える必要がある.一方,そうした二極化現象が顕著でない都市では,郊外部から中心部へ機能や人口を移転させるコンパクトシティ政策を展開する余地もある.
 「第2部 老朽化する共同住宅のインパクト」の3つの章では,分譲マンションや賃貸アパートなどの共同住宅ストックの老朽化や遊休化(空き家化)の実態を,首都圏を中心として実証的に再検討している.
 現在の都市政策論議において住宅の老朽化や空き家化の深刻さを伝えるエビデンスとしてもっとも頻繁に用いられるのは,「住宅・土地統計調査」(以下,住調と略)の集計データである.しかし,とりわけ都市部の共同住宅については,築年や空き家の調査事項に観測誤差がきわめて大きい.特に住調では,都市部の空き家率について過大推計になる傾向が指摘されている.さらには,住調が都市部の共同住宅の築年を正確に調査していないことから,共同住宅の老朽化が将来どのように進行するのかを適切に予測できない.
 また,都市政策論議においては,都市部において共同住宅の老朽化や空き家化がもたらす深刻な問題は,すべて市場メカニズムの失敗として解釈される傾向が強い.しかし,たとえば,都市部の老朽化した賃貸アパートが大規模に残存するのは,低家賃住居を求める需要が賃貸市場に根強い結果であるという面も無視できない.また,空き家化した住宅ストックがすべて放置されるのではなく,建物所有者が自主的に滅失させるケースも決して少なくない.住宅ストックの老朽化や空き家化が,市場メカニズムの失敗なのか,あるいは,その結果なのかを慎重に区別することは,都市政策が働きかける範囲を特定する上で欠かせない分析作業である.
 「第3章 マンションの老朽化と人口の高齢化がもたらす首都圏の姿」(清水千弘・中川雅之)では,首都圏の分譲マンションについて築年を含めて物件情報について精度の高いデータベースを構築して,マンションの老朽化と人口の高齢化で首都圏の姿がどのように変わっていくのかを分析している.
 分譲マンションは,法律用語としては「区分所有型集合住宅」と呼ばれるが,その建て替えや滅失には強い法的制限が与えられている.その結果,老朽化によってその機能が低下したり,住宅としての機能が維持できなくなったりしても,その更新がなかなか進めることができていない.分譲マンションは1970年代以降に都市部を中心に本格的に建築されるようになり,その後,追次的に増加してきている.そして,都市部ほどに一般的な居住形態としてストックが増加してきている.
 新たに構築した首都圏の共同住宅に関するデータベースに基づいた一連の分析を通じて,このような分譲マンションストックの集積とその老朽化は,都市に対して外部不経済をもたらし,土地価格の下落を推し進める要因のひとつとなっていることが明らかになった.また,分譲マンションの老朽化は,首都圏においては人口構成の高齢化と同時に発生していく.このような人口構成の老朽化は,多くの先行研究が示すように,住宅需要の低下を通じて資産価格を押し下げるように作用していくことが知られている.本章の分析は,マンションの全般的な老朽化もまた地価を押し下げるように作用することを示唆している.そのマグニチュードは,人口要因の3分の1以下ではあるものの,老朽化の速度が人口の高齢化の速度よりも早く,かつ将来においてその老朽化の解消が予定されていないために,いっそう深刻な問題になることが予想される.
 「第4章 共同住宅の遊休化・老朽化と家賃形成:首都圏と地方中核都市を事例として」(宗健)では,まず首都圏および主要都市を対象にして賃貸共同住宅の遊休化とその影響について論じている.住宅ストックの遊休化,すなわち空き家の状況については,住調のデータが用いられることが多いが,その結果が過大に評価されている可能性が高いことを複数の視点の比較から示している.ゼンリン・SUUMOデータに基づいた分析では,都市部での遊休化の進行はそれほどでもなく,都市郊外において空き家率が高まりつつあることを示している.そうした現状を踏まえた上で賃貸住宅の遊休化が家賃に与える影響を実証的に分析し,①家賃に与える影響がかなり小さいこと,②築年の方の影響が大きいことを明らかにしている.さらに同じくゼンリン・SUUMOデータを使って老朽化の状況を分析し,特に首都圏中心部において賃貸共同住宅の老朽化が進んでいることを示している.
 「第5章 人口・世帯と住宅ストックの関係:空き家滅失のメカニズム」(宗健)では,住調と「住民基本台帳」,およびゼンリンデータを組み合わせて,住調ベースでは2008年と2013年について,ゼンリンベースでは2013年と2016年について,全国の自治体ごとに世帯数の変化と住宅ストックの増減の関係を分析している.分析結果からは,いずれの期間においても自治体総数に対して20%以上の300自治体以上で住宅ストックが減少していることが確認された.さらには,そうした減少メカニズムは市場や政策によるものではなく,個人の費用負担による滅失(すなわち,住宅所有者の自主的な意思やモラル)に依存しているという仮説を提出している.その上で滅失を市場機能として促進するための滅失権取引制度や中間法人による土地保有などの提案がなされている.
 「第3部 少子高齢化社会における人口移動の停滞」では,地域間の人口移動の実態を明らかにしている.第1 部でも議論してきたように,首都圏の中堅市区や地方中核都市が人口増加から人口減少に転じたのは,都市圏外からの転入が大幅に減少したことが影響してきた.第3部では,少子高齢化が進行している日本社会全体で人口移動の停滞が生じている実態を明らかにし,その原因を特定していく.
 日本全体の人口移動の全般的な停滞という現象は,これまで圏外からの転入で人口増加を享受していた都市圏であっても,今後は人口増加を見込めないことを意味している.第9 章で言及しているように,多くの都市計画は,依然として人口と経済の成長を大前提として政策ビジョンが描かれているが,こうした都市計画の前提を見直すことは急務となってくる.
 「第6章 どのような世帯が移動し,どのような世帯が移動しないのか?:「住宅・土地統計調査」から見た傾向と特徴」(唐渡広志・山鹿久木)では,住調の世帯単位の個票データを利用しながら,同一市町村内での転入,同一県内他市町村からの転入,県外からの転入に分けて住居移動に関する傾向と特徴について明らかにしている.本章での分析作業は,第7章でも推計作業で用いる住調の個票データの基本的な特性を明らかにすることも目的としている.
 もっとも重要な結果は,1998年から2003年にかけても,2003年から2008年にかけても転入率が低下しているが,その背景が両期間で異なっているところである.前者の期間では,そもそも移動率の低い高齢者のウェートが人口高齢化で高まって全体の転入率が低下したが,同一年齢階層を見ていくと移動率はかえって上昇していた.ところが,後者の期間では,移動率の低い高齢者のウェートが人口高齢化で高まっただけでなく,ほとんどの同一年齢階層でも同一県他市町村や県外からの移動率が低くなった.ただし,同一市区町村内からの転入は20歳代から40歳代を中心に上昇している.こうした傾向は,全国だけでなく,大都市圏を抱える南関東や近畿においても認められる.すなわち,少子高齢化の影響ばかりか,遠距離移動の全般的な停滞が,2003年から2008年にかけて転入率の低下の背景をなしている.こうしたファインディングは,圏外からの転入が人口増加を支えていた都市圏の人口が減少に転ずる一方,同一市町村内での人口移動がむしろ活発になっていく可能性を示唆している.
 「第7章 社会環境の変化と移住行動」(山鹿久木・唐渡広志)では,まず,第6章でも用いてきた住調の世帯単位の個票データを利用しながら,同一市町村内での移動(以下では近距離移動と呼ぶ),同一県内他市町村からの移動(中距離移動),県外からの移動(遠距離移動)に分けて住居移動に関する傾向と特徴について,上述の3つのタイプの移動に「移動なし」の選択肢を加えた質的選択の計量経済モデルを用いて明らかにしている.1998年から2008年の10年間では,①移動距離にかかわらず高所得者層の移動の頻度が高いこと,②遠距離移動になるほど高齢者層が移動しなくなること,③全般的に遠距離移動や中距離移動から近距離移動にシフトしていること,④遠距離移動が活発であった20歳代,30歳代でも近距離移動へのシフトが認められることなどの傾向が認められた.
 後半の分析では,移住世帯がどのような社会環境変数を重視して移動しているのかを,移動距離帯別に分析している.そこでは移動距離に応じて重視している社会環境が明らかに異なり,教育施設や医療施設,公園面積や空き家率など日常の生活により身近な社会環境が近距離移動や中距離移動で重視される一方,遠距離移住者は転入者数や課税対象所得額など地域全体の特徴を示す指標を重視して移動していることがわかった.
 また,所得が低い世帯と高い世帯で重視している社会環境が違うということも明らかになった.特に遠距離からの移住では,高所得者世帯のみに見られる場合が多く,遠距離の移住にはある程度の所得がある世帯がより良い住環境を目指して移住している.また中距離程度の移住であっても,課税対象所得額が増え続けるような地域へのさらなる高所得者の移住や生活保護費が増え続けるような地域へのさらなる低所得者層の流入といった傾向は,所得階層によるゾーニングの傾向が強くなる可能性を示唆する.このように時系列的に見ると,移住者の二極化の傾向が示唆されている.こうした移住行動は,地価の分布にも大きく影響を与え,人口が縮小していくと同時に住み分けの傾向が進む可能性がある.
 第3部の2つの章の分析から得られる政策的含意としては,都市のダウンサイジングに対応した政策を考える際にも,居住地選択の自由を保障しつつセグリゲーションなどの問題が起こらないようにしなくてはらないであろう.一方,県外や市町村外からの転入が全般的に停滞している中で市町村内の移動が近年活発化してきたことは,都市のコンパクト化を誘導することができる余地のあることも示している.いずれの側面においても,都市縮小への政策対応においては,人々の移動行動を十分に考慮していく必要があるであろう.
 「第4部 都市のダウンサイジングに対する行政対応」では,第1章から第7章までの実証分析を踏まえながら,「都市の老い」に対する政策や行政の対応がどのような方向性を有し,どのような性格の政策技術から構成されるべきなのか,市場メカニズムとの整合性をいかにとっていくのか,を慎重に考察している.
 「第8章 公共施設再配置に関する利害者の対立と合意形成:埼玉県のケース」(中川雅之)では,将来の人口減少を見据えた公共施設マネジメントの議論を展開している.地域の将来の維持可能性を考えれば,公共施設のボリュームを身の丈にあったものとし,中身を人口構成に応じたものに転換することは不可欠であろう.しかし,将来の地域の維持可能性を高めるために,現在の公共施設へのアクセシビリティの悪化を受け入れることは,住民にとってはたやすい決断ではないかもしれない.また,公共投資の再配置の影響は,一部の住民に不便を強いることに他の住民がただ乗りしてしまうという点で住民間の利害対立が顕在化しやすい.
 そこで本章では,2017年2月に実施したアンケート調査に基づいて住民の反応の特徴をつかみ一定の合理性のあるプランに住民の同意を求めるためにどのような工夫が必要なのかについて行動経済学的な観点から議論している.とりわけ重要なファインディングは,長期的なプランに一挙に合意形成を求めるよりも,何度も合意形成の機会を設けながら,比較的短期のプランについて合意を重ねていく漸次的な手法が有効であるというところである.アンケートの分析結果からは,公共施設の再配置に対する合意形成には,さまざまな工夫の余地があることも示唆されている.
 「第9章 都市の縮小と広域行政の必要性」(中川雅之・齊藤誠)では,主としてOECD諸国が展開している都市縮小に対する政策について事例研究を紹介しながら,都市縮小に対する政策として広域行政を展開する際の4つの留意点を指摘している.第1に,都市縮小への積極的な対応として構築されたはずの広域行政を当該地域の無謀な経済成長戦略にすりかえらないようにする.第2に,都市のダウンサイジングという政策課題に対応する政策ツールはきわめて技術的な側面が強く,さまざまな法律や税制の整備が必要になってくることに留意する.また,市場メカニズムと整合的な形でインセンティブを政策ツールに組み込むことも重要な対応となってくる.第3 に,大都市圏ガバナンスにおいては,基礎自治体である市区町村からその上位にある都道府県への権限移譲を進めることが非常に重要である.第4に,都市縮小への対応として広域行政の手法が有効なケースに市区町村行政の手法が適用され,逆に,市区町村行政の手法が有効なケースに広域行政の手法が適用されるような事態を極力避ける.
 第4部の2つの章を通して強調したい点は,「都市の老い」という社会経済現象が,①人口動態と地価形成の相互依存関係(第1部と第2部第3章),②住宅老朽化・遊休化と人口高齢化の同時進行(第1部と第2部),③都市圏外からの転入の停滞と市区町村内での移動の活発化(第1部と第3部)などの複雑な側面を伴って進行する一方で,それらに対応する政策は,きわめて地道な政策営為を必要とし,時間をかけた住民たちの合意形成に支えられていくというところである.
 
本書の性格と謝辞
 本書は,日本学術振興会・科学研究費の基盤研究(A)「ダウンサイジング環境における土地・住宅ストックの効率的再構築に関する研究」の成果をまとめたものである.
 本書は,当然ながら,論文集の性格を有しているが,明確であるが限定した仮説を提示して,その仮説の検証に向けて厳密な実証作業を行うという学術論文のスタイルから意識的に異なった実証論文で構成されている.「都市の老い」のように多面的な側面を持ち,多様なケースを含む政策課題については,明確であるが限定的な少数の仮説で現実を裁断するよりも,緩やかな作業仮説を持ちながら,現実に起きている現象の本質をできるだけ正確に把握し,将来の姿をできるだけ的確に予想していくことの方が大切であると考えたからである.さらには,それぞれの地域に住む人々には,ある意味で目をそむけたくなる予想となってしまうが,それでもわかりやすい形で将来の姿を提示することこそが重要であると判断した.なお,各パートから生み出される厳格な学術論文スタイルに沿った論文は,学術雑誌での公刊を目指している.
 また,政策や行政の対応を検討するのにも,政策を補完するようなインセンティブ・メカニズムを導入するのにも,特定の仮説が検証されたエビデンスに基づいて政策の対象とする範囲がかなり限定的な手法だけを提案するよりは,さまざまな分析結果の積み重ねから,①都市縮小に向けた政策の方向性とはどのような政策枠組みになるのか,②そうした政策枠組みはどのような性格の政策技術によって構成されるのか,といった政策の骨格を明らかにしている.このような柔軟で多様な形で政策を提言するのも,政策対応の方向性や政策技術の性格がたとえ定まったとしても,具体的にどのような政策を推進していくのかは地域ごとの事情に大きく左右され,最終的には住民の合意形成に委ねられるからである.
 最後に謝辞を申し上げたい.本研究プロジェクトは,日本学術振興会からの研究助成がなければ決して可能とならなかった.また,文部科学省と日本学術振興会には,研究代表者の私の体調のために研究完了を1年延長することをお認めいただいた.勁草書房の宮本詳三さんには,企画,編集,校訂とさまざまな段階で大変にお世話になった.私のプロジェクト室の関節子さん,伊藤すみれさん,藤谷春江さんにはコンファレンスの準備や本書の編集をしていただいた.ここに深く感謝申し上げる.
 
2017年10月 齊藤 誠
 
 
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