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あとがきたちよみ
『変わりゆく日本人のネットワーク』

 
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石黒 格 編著
『変わりゆく日本人のネットワーク ICT普及期における社会関係の変化』

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はしがき
 
 本書の目的は、20 世紀末から現在にかけての、およそ20 年間に起きた、日本人の社会関係の変化を実証的に検討することである。この時期、日本社会は、相次ぐ経済危機、労働環境の変化、震災と原子力災害など、きわめて大きな変化を経験した。社会関係との関わりという意味で特に影響が大きかったと考えられているのが、コミュニケーションに広く情報通信技術(ICT)が利用されるようになったことであろう。我々は、メールやSNS といったインターネット上のサービスを利用し、そこにスマートフォンを通してアクセスすることによって、常に知人と連絡の取れる状態を保つことができるようになった。このことによるコミュニケーション形態の変化は劇的だった。コミュニケーションの道具に、これほどの変化が起きたのだから、我々の社会関係それ自体が大きく変化したという予期が生じても不思議はない。では、その変化は我々の社会関係をよりよいものにするのか、劣化させるのか。この点について、期待と危惧とがないまぜとなっているのが、現在の日本人の状況だろう。
 一方で、これまで、新しいコミュニケーション技術が普及するたびに、それが人々の社会生活や社会関係に多大な影響を持つという論が現れては、空虚な論として消えていった歴史を忘れるべきではない。ICT が普及しようとしまいと、どのような社会環境の変化があろうと、人々は社会関係を形成し、維持する。人々は、その必要に技術を適合させるのであって、人々が新しい技術に合わせて社会関係を形成するとか、技術に合わせて変えるという考え方を、手放しで受け入れることはできない。
 このような状況で必要なのは、実証的なデータに基づいた議論である。しかし、日本人の社会関係について、時系列的変化を検討できる資料は、非常に限られている。そうした状況を改善すべく、筆者らは、過去に行われた社会関係の実証的調査を再現し、新旧のデータを結合して時系列データを構築するという取り組みを行った。その結果、限られた地域の既婚者に限られるものの、日本人の社会関係を、1993 年にまで遡って現在と比較することが可能になった。まさに、冒頭で述べた社会的変化の前後で、日本人の社会関係を比較することを可能にするデータを作成できたのである。
 本書は、各章の著者が、自らの関心に応じて、データを分析した結果からなっている。分析は著者それぞれの専門的見地から行われているが、学術論文集にならぬよう、概念やアイディアについて、丁寧に記述することを心がけた。社会科学、行動科学を学ぶ学生には、十分に読み解いてもらえると思っている。また、社会関係とその変化や、ICT が我々の社会生活に及ぼした影響について関心を持つ一般の読者にも、ぜひ読んでいただきたいと願っている。内外の研究の情勢まで含めて、有益な情報が含まれているはずである。
 すべての研究書がそうであるように、本書の内容も暫定的で、不完全である。我々の研究活動自体も、現在進行形であり、手つかずの話題は数多い。読者が本書を通じて新しい情報を手に入れたというだけでなく、本書では明らかにされなかった課題を見つけ、自らの課題としてくれればと願っている。
 最後に謝辞を述べておきたい。本書の元となる第二波「都市生活と家族に関する意識調査」は、日本学術振興会により、科学研究費補助金(基盤研究(B)、研究課題番号25285158)を受けて行われた。また、第一波調査のデータは、立教大学データアーカイブ(RUDA)より提供を受けた。データの寄託者である松本康氏ならびにニッセイ基礎研究所にも、感謝を記しておきたい。
 勁草書房の藤尾やしおさんには、企画から出版に至るまでの全過程でお助けをいただいた。筆者の力不足から、順調とはいえなかった執筆・編集作業だったが、辛抱強く対応していただいた。
 そして、なによりも調査回答者と、調査に必要な資料を提供してくださった各方面の皆さまに感謝したい。そうした方々のどなたかが本書を手に取り、自分の協力は無為ではなかったと感じていただけたなら、それを上回る喜びはない。
 
2017年12月
石黒 格
 
 
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