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『ジュニアスポーツコーチに知っておいてほしいこと』

 
あとがき、はしがき、はじめに、おわりに、解説などのページをご紹介します。気軽にページをめくる感覚で、ぜひ本の雰囲気を感じてください。目次などの概要は「書誌情報」からもご覧いただけます。
 
 
大橋 恵・藤後悦子・井梅由美子 著
『ジュニアスポーツコーチに知っておいてほしいこと』

「はじめに」「第1章 ジュニアスポーツとは」冒頭ページ(pdfファイルへのリンク)〉
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はじめに
 
 子どもにとって、スポーツをすることは素晴らしい効果をもたらします。友達ができたり、体力がついたり、チームワークや忍耐力を学んだり、自信がついたり、多くの良い影響があります。その一方で、いまだに指導者による体罰や暴言の事例も見聞きします。印象的な事件として、桜宮高校の事件があります、これは、バスケットボール部の顧問教師がキャプテンだった男子生徒に叱責・殴打を繰り返し、自殺させるところまで追いつめたという事件です。この桜宮高校の事件をはじめ高校や大学での例が多く報道されますが、実はもっと幼い、小学生を対象としたスポーツでも指導者の問題行動は起こっています。たとえば、2017年3月24日の朝日新聞では、「小学生 減らない指導者暴力」と見出しがついた記事が掲載されました。そこでは、日本サッカー協会が暴力根絶相談窓口を設置した3年半の間に小学生が被害者となる相談が約半数に当たる145件もあることが紹介され、小学生年代でも暴力や暴言・威嚇をする指導者の存在が浮き彫りになりました。記事の最後には、東京都では小学生年代の公式戦は公認の指導資格を持っていない人はベンチに入れない制度を導入する予定であることを紹介したうえで、「無資格のコーチや保護者などがベンチ入りして暴言などの問題を起こしているためだという」としめくくっています。このようなことがあると、自信をなくしたり、燃え尽き症候群になったり、怪我をしたり、大人の評価を気にするようになったりという、スポーツを行ったことによる悪い影響が子どもたちに出てしまいます。
 子どもたちがスポーツを続けるためには、大人のサポートが必要です。そしてサポートする際には、ただその競技の知識(技術や戦術も含む)を伝えられればよいわけではなく、教え方に関する知識と技術が必要です。競技知識については他の専門的な本にお譲りするとして、この本では、心理学的な知見から、指導者の皆さんが子どもの発達段階を理解し、より良い指導をするためにはどうしたらよいのかについて、私たちが5年間にわたって行ってきた研究(インタビュー、視察、調査)を元に考えていきたいと思います。保護者900名を対象にした調査や、地域スポーツで指導した経験のある500名弱を対象にした調査などから、ジュニアスポーツに起こりがちな問題点について見ていきます。そして、発達心理学や臨床心理学、社会心理学の立場から解説策を模索します。さらに、スポーツ文化が盛んな欧米での実践や、国内の先進的な事例をご紹介していきます。
 生涯スポーツが声高に叫ばれる現代において、スポーツのきっかけとなる児童期までの指導者の影響力は大きいと感じます。子どもたちとスポーツとの出会いがより楽しく、実りあるものになるように、一緒に考えていきませんか。プロ・セミプロを指導されている方よりも、ボランティアなどで子どもスポーツに関わっている方に特に読んでいただきたい本です。
 
 
第1章 ジュニアスポーツとは
 
 ジュニアスポーツとは、子どもおよび青少年を対象にしたスポーツを指しますが、本書では幼児から小学生を対象としたスポーツを中心に取り上げようと思います。なぜかといえば、日本のシステムでは中学校からは学校の課外活動としてスポーツを行うことができますが、それ以前の年齢ではスポーツを行う場合は個人的に選ぶ必要があるというように、スポーツに関するシステムが異なっているからです。ただ発達段階的に中学生の部活動にも共通の問題が見られますので、中学生の話も織り込んでいきたいと思います。
 この章では、そもそもジュニアについてなぜ考えなければならないのか、ジュニアスポーツにはどのような意味があるのかについて考え、第2章の問題点につなげていきたいと思います。
 
1 「ジュニアスポーツ」について考える
 
 幼児から小学生といえば、「子ども」ですね。同じスポーツを指導する場合でも、相手が子どもの場合と大人の場合では指導のしかたは異なるでしょうか。たとえば、サッカー。ボールを意図した方向に安定して蹴るためには、ボールを足のどの位置で当てるのかが重要になりますね。大人に対しては「インサイドの場合は……、アウトサイドの場合は……」などと言葉で説明すれば、あるいは指導者の方で何種類か蹴って見せれば十分伝わるでしょうが、子どもの場合は本人に蹴らせてみないと実感できないかもしれません。
 その後はどうでしょうか。試合の中でタイミング良く使えるようにするにはある程度「練習」が必要だと思われますが、実際に蹴ってみる練習はどのくらい繰り返したらいいでしょうか。技術レベルが同じ程度なら、「練習メニュー」は大人と同じでよいでしょうか。練習に集中できないときはどうしましょうか。そもそも、パスやシュートのために正確に蹴ることが大切だということや、相手の動きを予測することが大切だということ、練習すればできるようになることは、どのようにしたらうまく伝わるでしょうか。
 私の息子が小学生のころ、保護者の一人として地域スポーツの試合の手伝いや応援に何度も行きました。低学年の子どもたちは、時折、先輩の試合観戦中に地面に落書きをしていて、指導者に怒られていました。先輩の試合を応援しながら学んでほしいと、指導者は思っていたからでしょう。先輩たちのプレーから学ぶということは確かにプレーの上達につながりますが、小学校低学年の子にその有効性を説いてもなかなか腑に落ちるものではなさそうです。試合の間じっと他の人のプレーを見ていないといけない、これがなかなかに難しく、それよりも、短い休憩時間に自分でボールを蹴ることが楽しいようでした。
 これは勉強法にも通じるところがあります。記憶に関しては、繰り返し見ること・繰り返し唱えること(これを心理学ではリハーサルと呼びます)に一定の効果があることは、心理学を学んでいない人でも知っていることです。ただ、意識して記憶ができるようになる年齢というものがあって、小学校低学年の子どもは意識的にはリハーサルを行いません。高学年に近くなってはじめて、リハーサルに効果があるとわかり、自らやってみるようになります。
 指導者の方の体験談から例を挙げますと、民間のスポーツクラブで4年ほど小学生に体操を教えている男性指導者は、技自体は自分でも難なくできるけれども、自分ができることと教えることは違うので、どうやって詳細に教えたらよいかが難しいと言います。たださらに難しいと感じることは、子ども達を統率していく方法だとのこと。ある日、あまりにも小学生がうるさくふざけていて、何度も注意してもまったく聞かないので、とうとう「やりたくなければ帰っていいよ」と伝えたところ、ある男の子は、その言葉をそのまま受け止めて練習場所から出ていったそうです。保護者に連絡すると家にも帰っておらず、みんなで必死に近所を探したそうです。結局は近くの公園にいたのですが、その時は本当に焦ったそうです。
 子どもは、身体が小さいだけの大人ではなく、まったく異なる存在です。このことをはじめて主張したのは、フランスの歴史学者フィリップ・アリエスだと言われています。彼は著書『〈子供〉の誕生』の中で、中世ヨーロッパには「教育」という概念も、「子ども時代」という概念もなかったと論じています。当時の子どもは、7、8歳になると徒弟修業に出て、大人たちとほぼ同等に扱われていました。しかし実際には、成長途上である子どもにはものの見え方や感じ方に大人とは違う特徴があります。子どもの特性を踏まえて競技の指導を工夫するのみでなく、指示の仕方の工夫、保護者への連絡の配慮など、指導者として踏まえておくべきことがらは多々あるのです。(以下続く)
 
 
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