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『MSPA(発達障害の要支援度評価尺度)の理解と活用』

 
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船曳康子 著
『MSPA(発達障害の要支援度評価尺度)の理解と活用』

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はしがき
 
 MSPA(発達障害の要支援度評価尺度)は、診断ではなく支援を目的として、生活現場でのニーズを重視して開発した、日本生まれの新しい発達障害の評価尺度です。英語での正式名称が「Multi-dimensional Scale for PDD and ADHD」であることから、頭文字をとってMSPA(エムスパ)と名付けました。
 本書の著者である私、船曳康子が中心となって開発を進め、多くの方々のご協力とご支援のもとで普及に取り組んできました。2016年4月1日から保険収載され、医療機関でMSPA による評価を行う際に医療保険が適用されるようになったこともあり、今後広く一般の医療・療育へと活用されることが期待されています。
 発達障害は個人によって特性が大きく異なるため、たとえ診断名が同じだったとしても、必要とする支援は一人ひとり異なります。従来の評価ツールは発達障害の診断を重視したものが多く、生活場面で当事者がどのように困っているのか、また発達障害者それぞれの個人差へどのように対応すればよいのかといった、支援の現場に必要な要素を包括的に評価することができませんでした。
 MSPAは特性の個人差を視覚的に理解できるように工夫してあります。それを当事者の方やご家族、多職種にわたる支援者が共有することで、特性に対する共通理解を促し、現場での支援に生かすことができます。等身大の個性を理解し、生活場面で当事者がどのようにどれくらい困っているのかを把握することで、暮らしやすくするために必要な支援や配慮を具体的に考えることができるというのが、MSPAの最大の特長です。
 本書はこのMSPAがどのような意図で開発され、どのような特徴を持つものなのかを、正確にわかりやすく知ってもらうことを目的としています。また、実際の療育や特別支援教育などの現場において、MSPAがどのように活用できるのかについても、見通しをご紹介したいと考えています。現場での活用法については、開発段階からご協力いただき、さまざまな現場でMSPA を取り入れた実践を行ってくださっている方たちにお願いして、コラムを寄稿していただきました。あわせて参考にしていただければ幸いです。
 本書を通じてMSPAの特徴と可能性を多くの読者に知っていただき、発達障害者の支援の現場で広く活用していただくことを願ってやみません。
 
 
第1章 発達障害を考える
 
1 発達障害者支援の現状
 
発達障害者支援法と支援の枠組み
 日本で発達障害者支援法が制定されたのは、平成16(2004)年のことです。発達障害の特性が顕在化した後、できるだけ早期に発達支援を行うことがうたわれ、この法律のもとで全国の各自治体に発達障害者支援センターが設立されるなど、発達障害への支援の必要性が広く一般に知られることとなりました。
 その2年前の平成14(2002)年に文部科学省が通常の学級に在籍する児童生徒について行った全国調査で、発達障害の可能性のある児童生徒が6.3%を占めていることが示されていました。この数字の高さが、発達障害者支援が必要であるということが認識されるきっかけとなったように思われます。
 発達障害者支援法の制定によって、確かに支援の枠組みは構築されてきました。先に述べたように発達障害者支援センターが設立され、また障害年金や障害者手帳の取得においても「発達障害」の診断が通用するようになりました。診断のためのツールが多数翻訳・輸入され、セミナーや講演会による発達障害理解のための啓蒙活動も盛んになっています。また、平成28(2016)年には発達障害者支援法が一部改正されて、乳幼児期から高齢期までの切れ目のない支援ということが掲げられるようになり、発達障害者の支援に向けた環境は整いつつあるように見えます。
 しかし、こうした見えやすい枠組みは整ってきているとしても、一人ひとりの特性の理解や人的なつながりなどの、個別的で見えにくい部分については、専門家や現場の裁量に任されていたように思います。具体的な個別の支援につなげるという本来の目的のためには、まだまだ解決しなければならない課題があると言えるでしょう。
 
支援までの長い道のり
 当事者の視点から見ると、実際の支援にたどりつくまでには長い道のりがあるという状況が依然として続いています。発達障害という診断がつくことを恐れて受診をためらう方も多いですし、いざ受診しようと決意して予約を入れても受診まで半年以上の待ち期間があるという場合も少なくありません。また診断がついた後でも、適切な支援を受けられる態勢が整うまでにはさまざまな試行錯誤があり、この過程にはいくつもの壁が立ちはだかっているのです。
 この状況はどうすれば解決できるでしょうか。1番目のためらいの期間には、発達障害に対する言葉のイメージや偏見が関わっているとも考えられます。これを緩和していく取り組みが重要です。2番目の受診待ちの期間と3番目の支援までの試行錯誤は、社会的ニーズの急増に専門家の数が追いつかず、待機期間が生じていると捉えることができそうです。
 私は精神科医として、この2番目の問題については本当に何とかしなくてはいけないと思っています。怪我や病気で病院に来た人をすぐ診療するのと同じように、待機期間なく診察が受けられる態勢へと変えていけるよう取り組む必要があります。また、3番目の問題の解決には、公認心理師や臨床心理士などの心理学的支援者や、社会福祉士、精神保健福祉士、作業療法士、言語聴覚士、特別支援コーディネーター、特別支援教育士といった様々な専門スタッフの充実を図っていくことが重要となるでしょう。
 これまでの状況では、診断があれば支援につながるという観点から診断が重視され、結果として診断が可能な医療機関への待機がさらに増え、多様な個人差への個別的な対応が後回しにされてきた感があるように思います。結果として、支援まで遠回りになってしまっていたのではないでしょうか。
 こうした問題を解決するための一つのアプローチとして、診断の手前で個人の特性を理解し、生活の場でできる支援をするといった態勢の整備が必要なのではないかと私は考えています。医療機関での診断ありきではなく、その手前の教育の現場や各自治体でカウンセラーや特別支援コーディネーター、発達障害者支援センターなどが当事者やご家族からの相談を受け、支援をスタートさせることができれば、これまでの支援の枠組みでは後手に回っていた当事者の個別の状況への対応を充実させることができます。
 
MSPAの特徴
 MSPAは、こうした動機のもとで開発されました。診断ありきではなく、診断に先立って個々人の発達特性を評価し共有することで、早い段階から当事者の特性に見合った個別的な支援を行うことが可能となります。「障害」という言葉への偏見やためらいが受診への障壁となっていましたが、MSPAではこれに配慮して障害という言葉を用いず、また診断名も使わずに、特性を示すことにしています。このことによって、特性評価を受ける側と勧める側の両方にとって敷居を下げることができますし、また支援者の間での評価の共有がやりやすくなると考えています。
 MSPAは診断ではなく支援を目的として開発されたツールのため、生活現場での活用を重視して評価尺度が設定されています。当事者だけでなくご家族や教師といった異なる立場の多様な支援者が特性の個人差を視覚的に理解できるよう、こだわり・睡眠リズム・反復運動といった当事者が困りやすい要素とその要支援度をレーダーチャートに示しています(図1-1)。個人の特性を理解するためには本人がどのように・どの程度困っているのかという指標が重要となるため、MSPAでは当事者・養育者からの生活歴の聴取を通して、当事者と評価者である専門スタッフとが共同でこの特性チャートを作成します。MSPAの評価項目や評価基準については後の第2 章で具体的にご説明しますが、支援の必要な特性とその程度を視覚化し、当事者と支援者がそれを共有できるようにするということが大きな特徴となっています。
 MSPAによる評価は診断ではないため、評価者は必ずしも医師である必要がありません。発達障害に精通した専門家であれば、研修やトレーニングによって評価者となりえます。診断を受ける以前から使える特性理解のためのツールとして開発されているため、たとえば当事者からの相談を受けた学校や地域の窓口でMSPAの評価を行うことができれば、迅速な支援につなぐことが可能になるのではないかと期待されます。
 支援の充実のためには支援者と医療機関とが共通認識を持って連携をとっていくことが肝心ですが、発達障害にかかわる専門家は精神科医や小児科医、公認心理師や臨床心理士などの心理学的支援者、精神保健福祉士など多様な分野にまたがるため、専門ごとの認識の差というものも生じがちです。こうした専門家間での連携の構築においても、MSPAはそのきっかけや共通言語となるツールとして使いうるのではないかと考えています。MSPAは発達障害者の特性を視覚的に表すことで、当事者と周囲の双方が特性について共通理解を持つのを促すことができます。また、どのような生活現場でどのような支援を必要としているのかを多職種にわたる支援者で共有することは、支援の迅速化やうつ・神経症などの二次障害の予防にもつながると考えています。
 
 
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