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『教育格差のかくれた背景』

 
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荒牧草平 著
『教育格差のかくれた背景 親のパーソナルネットワークと学歴志向』

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まえがき
 
 あなたの家族や親戚が集まった時、お互いの子どもについて、どんなことがよく話題にのぼるだろうか。運動会や学芸会といった行事での様子は、特に子どもが小さい頃には、人気のトピックであろう。水泳やサッカー、英会話やピアノなどといった習い事での子どもの活躍もよく取り上げられそうだ。その一方で、学業成績の良し悪しや、進学先の学校が噂になることもあるだろう。
 ところで、あなたの周りには、親戚が皆同じような職業についているという知り合いの方はいないだろうか。たとえば、医者一家や教師一家という言葉があるように、家族や親戚に医療関係者や教育関係者が多いということがある。そうした場合、親戚の集まりでは、病院や学校での出来事がよく話されるだろうし、健康や教育のあり方に関係した話題も多いことだろう。同様に、商売をしている親戚が多ければ、経営哲学や地域の人々から認められることの重要性が話題になるかもしれない。もちろん、サラリーマン家庭の場合でも、金融関係や建築関係など特定の産業に従事する者が多ければ、それぞれの業界の裏話が出ることもあるだろうし、組織で生きることの大切さや難しさは、どんな企業にも共通する関心事であろう。
 こうした「家風」の違い、すなわち家族や親族によって生き方や好み、価値観や行動様式の多様性が存在することは、誰もが知っている世間の常識と言ってよいだろう。こうした違いが、日々の会話内容だけでなく、子どもの育て方や将来への期待にも様々なヴァリエーションをもたらすことは容易に想像がつく。しかしながら不思議なことに、「教育格差」を語る文脈の中では、こうした親戚の影響を考慮した研究が行われることは、あまりなかったように思われる。
 教育格差を語る際に取り上げられることが多いのは、何と言っても、親の社会経済的地位や文化的背景がもたらす格差である。たとえば、親の収入が多いほど、あるいは親の職業的な地位や学歴が高いほど、子どもの教育に早くから多くの資源を投入するため、学力も高くなり、最終的に手に入れる学歴も高くなるのだ、というように。しかし、こうした影響が核家族の範囲内に限られてしまうと考える必然性はない。上述のような世間の常識に照らすならば、親以外の親戚がもたらす影響についても検討してみる余地はある。そこで本書では、こうした予想がどの程度あてはまるのかについて、実証的なデータから迫ってみたい。
 これに加えて、もう1つ考えたいのが、家族や親戚にとどまらない、周囲の人々がもたらす影響についてである。もちろん、家族でも親戚でもない赤の他人が、子どもの教育のあり方を直接的に左右するようなことはあまりないだろう。しかし、友人や職場の同僚、あるいは子育て中のママ友などの間での日常的な何気ない会話が、子育てに対する親の考え方や価値観に影響する可能性は十分に考えられる。日常的につき合う人々には、似たような興味・関心の者が多いだろうし、日々顔を合わせることによって、互いに影響を及ぼし合うこともあるだろう。そのように考えると、周囲の友人や知人の影響は案外強いのではないかと思えてくる。しかも、家族や親戚の場合は、嫌でもつき合わざるを得ない場合が多いのに対し、友人や知人は自ら選んで交際しているケースが多いとすると、その影響はむしろ親戚より強い可能性さえ予想される。
 
 ここまでの議論に対し、「親戚はともかく友人や知人の影響まで考えるとなると、それは教育格差の問題とは関係ないのではないか」とか、「そもそも親戚や友人の影響は、仮にあったとしても、親に比べれば取るに足りないのではないか」といった疑問を持つ方もおられることだろう。従来の研究が、親の影響にばかり着目してきたのも、そのような暗黙の前提があってのことだと考えられる。
 しかしながら、親自身の職業や学歴などの地位、および収入や時間的余裕などといった資源は、どの地域でどんな家に住み、どこに出かけて何を買い、どのような趣味を持つかといった、生活圏やライフスタイルにも大きく関与している。そして、生活圏やライフスタイルは、日常的にどのような人々と知り合うチャンスがあるかにも、その中から誰を選んで交際するかにも影響するだろう。つまり、親戚に限らず誰と交際するかには、人々の地位や資源やライフスタイルといった社会階層的な背景が関与している可能性があり、そうした核家族の範囲を越えた他者との日常的な交際が、子育てのあり方にも何らかの影響を及ぼすと考えるのは、決して無理のない想定だと言える。しかも、本書の中で明らかにされるように、親戚や友人の与える影響は、実は一般に想定されるよりも(親自身の収入や学歴に劣らないほど)大きなものなのである。
 以上より、親の人づきあい(パーソナルネットワーク)が子育てのあり方に影響するという、従来は見過ごされがちであった側面に着目することは、教育格差について考察する上で、予想以上に重要な意味を持っているというのが本書の基本的な主張になる。
 
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