あとがきたちよみ 本たちの周辺

あとがきたちよみ
『逃避型ネット依存の社会心理』

 
あとがき、はしがき、はじめに、おわりに、解説などのページをご紹介します。気軽にページをめくる感覚で、ぜひ本の雰囲気を感じてください。目次などの概要は「書誌情報」からもご覧いただけます。
 
 
大野志郎 著
『逃避型ネット依存の社会心理』

「はじめに」「目次」「おわりに」(pdfファイルへのリンク)〉
〈目次・書誌情報はこちら〉


はじめに
 
 本書の元となった博士論文の初稿を執筆した2015年は,小学生の2.8%,中学生の8.7%,高校生の19.8%が,平日1日5時間以上のインターネット利用を行っていた(内閣府,2016)。この数字は年々増加しており,2018年には,小学生の6.1%,中学生の13.3%,高校生の23.2%となっている(内閣府,2019)。これは,インターネット使用に関連して生じる諸問題が,高校生のみならず,中学生,小学生においてすでに無視できない割合で生じていることを示している。それらのうち,早期の対策が求められる問題のひとつが,インターネット依存問題である。
 インターネット依存への家庭における対策として,Young(1998a= 小田嶋,1998: 220-225)は,「子供のことを気にかけていることを示す」「妥当なルールを決める」「ほかのことに興味を向けるようにうながす」「子供を支え,中毒を助長しない」などの方法を挙げている。またYoung(1999a)は,具体的な方法として,「ログオンする代わりにシャワーや朝食という行動を取る,夜中にネット使用してしまうなら,夕方帰宅時に使用するようにさせるなど,習慣化しているパターンと反対の行動の訓練をする」「ゴール(使用時間制限)を設定する」「特定のアプリケーションが依存のきっかけとなっている場合には,そのアプリケーションの使用のみを止める」「問題から逃れる手段としてネットに没入する場合,似た境遇の友人を(サポートグループなどで)見つける」などの対処方法を紹介している(pp. 10-13)。内閣府(2014: 19)は,米国のセキュリティソフトウェア会社WEBROOT による,インターネット依存の子供に対する両親の対策方法を紹介している。その内容は,「両親が意見を統一し,問題を認識し,目標を定める」「親がインターネットについての理解を深め,無理のない目標を設定する」「子供と話し合い,目標を妥協する可能性も考える」「疲労や学力低下,社会的活動の減少などの子供の変化に対して心配していることを強調し,子供を非難しない」「インターネットの利用時間を記録させる」といったものである(1)。エルサルヒ・村松・樋口・三村(2016)は,家庭での予防法として,本人が好む仮想空間を話題にすることで,コミュニケーションや情緒的交流が促進されること,現実生活の友だちと一緒にゲームをすることで,人と協力する能力を現実世界に応用でき,さらに一緒にゲームをする友だちとの間でのスケジュールの遵守を指示しやすいことを挙げている(p.1163)。家庭内での対策が難しい場合には,外部に助けを求めることも重要である。久里浜医療センターでは,スタッフによる30 分の講義と,90 分の家族間での体験談や意見交換からなる,「ネット依存家族会」を開いている(前園,n.d.)。
 個人の対策としては,インターネット依存に結びつきやすいアプリケーション接触への留意が挙げられる。特にオンラインゲームは,アメリカ精神医学会による『精神疾患の診断・統計マニュアル』(DSM-5)において「インターネットゲーミング障害」のチェックリストが挙げられるなど,依存との強い結び付きが問題視されている。オンラインゲームやSNS は,承認や達成,つながりの欲求を容易に満たすことができるため,現実生活において他人との繋がりに渇望した精神状態や社会的状況にいる場合には安易に使用しないなど,特に注意を払う必要がある。
 インターネット依存全般からの回復方法についてYoung(1998a= 小田嶋,1998)は,インターネット使用の代わりになる趣味を始めること,習慣化したインターネット使用のパターンから,時間や場所などを変え,反対の行動を取るようにすること(pp. 84-85),インターネット使用に時間制限をつけて日課に組み込むこと,禁断症状を生じさせないように使用時間を少しずつ減らしていくこと,ある程度自制できたらその成果を評価すること,中毒になったきっかけを思い出すこと,家族やカウンセラー,支援グループに協力してもらうことを挙げている(pp. 314-316)。エルサルヒ他(2016)は,インターネット依存の治療方法について,「現行の治療プログラムはすべて,社会的スキルを高めたり,ゲームで過ごす時間の代わりに社会活動と現実世界の活動を増やしたりすることを目的としている」(p. 1163)と述べ,具体的手法として,行動療法,認知行動療法(cognitive behavioral therapy: CBT),モチベーション面接,支持療法,家族関係介入プログラム,自分の行動をコントロールするための「ゴール設定」「時間管理」などのテクニック,アラーム等で時間をコントロールする外的ストップテクニック(external stoppers techniques),ネット使用の欲望をネット以外で満たす方法を話し合うなどの認知コンサルテーション(cognitive consultation)などを紹介している(p. 1163)。
 インターネット依存は,その傾向が軽微であるうちは,自身の努力や周囲のサポートにより,多くの問題を解消することができるものと考えられる。しかしながら,症状が重度である場合や,他に併存症が見られる場合には,通院やデイケアによる治療,入院などが必要となる場合もある。特に,精神障害の一側面としてインターネット依存の症状が見られるようなケースでは,対人場面における従来的な治療方法が有効である(Young, Pistner, O’Mara, & Buchanan,1999: 476-477)。我が国においても,具体的なインターネット依存対策の試みとして,青少年教育施設への数日間のキャンプの試みが実施されており,一定の成果を見せている。その活動内容は,野外炊飯,登山や釣りなどの活動,テント泊,創作活動といった体験活動,行動・感情・生活改善のための認知行動療法(2),キャンプ初日と最終日の家族会からなる(秋田県教育庁,2017)。
 通院による治療手段として,2011 年に久里浜医療センターが「ネット依存外来」を新設した(河﨑,2013: 20)。またいくつかの精神クリニックでは,インターネット依存を主な治療対象として扱っている。
 近年のいくつかの研究により,逃避を目的としたインターネット使用が,インターネット依存に強く結び付くことが指摘されている(3)。そうであれば,現実においてストレスを感じた際に適切に対処することで,一部のインターネット依存問題は防ぐことができるかもしれない。少数の深刻なケースに対処するための治療方法の確立に加えて,大多数の予備軍に向けた効果の高い予防活動が,社会に求められている。現在,我が国においても,オンラインゲームやオンラインコミュニティを提供する企業によるCRS 活動としての,啓発活動や研究活動が行われている。家庭だけでなく,教育機関や自治体,サービス提供事業者などによるさらなる対策や予防活動が求められるが,具体的にどのような活動が効果的なのか,研究に基づいた方針が必要となるだろう。
 現在のインターネット依存対策を概観すると,a)非常に重度のインターネット依存や,様々な精神症状を発症しているケースに対する,認知行動療法や,薬物等による臨床的治療方法,b)特定のアプリケーションへの依存に対する,使用中止,使用制限などの直接的方法,c)問題が生じる前,あるいは問題が極めて軽度であるケースに対する,ルール作りや注意喚起などのリテラシー教育,といったものである。個々に見れば,それらは非常に重要であり,問題解決への正しい試みであると思われる。しかしながら,これらの対策では,すでに自分自身でコントロールが難しい程度の依存状態にあるが,精神科医やカウンセラーに相談するほど深刻であるとは自覚されていないといったケースへの対応が難しい。我が国において,インターネット依存を治療するために医師やカウンセラーに相談するという考え方が一般的であるとは言い難く,軽度とは言えないインターネット依存問題を抱えていたとしても,多くの人々は問題の解決方法を見出だせないままに過ごしているものと思われる。
 
(1)Webroot Inc.(n.d.)Internet Addiction: What Can Parents Do?〈 https://www.webroot.com/us/en/home/resources/tips/ethics-and-legal/family-internet-addiction-what-canparents-do〉 Accessed 2016-09-04.
(2)認知行動療法とは,出来事や物事に対する認知について,検討,変更を行うことで,自分の行動や感情,生活習慣を改善しようというものである。うつ病の精神療法の技法として開発され,現在では様々な精神疾患に対して用いられている。
(3)現実逃避とインターネット依存との関連については,6.2 節で詳細に述べる。

 
 
おわりに
 
1.本書の意義
 本書では,インターネット依存問題の整理を行い,逃避型ネット使用を問題化すると共に,逃避型ネット使用が媒介変数となるインターネット依存形成モデルを作成し,その検証を行った。本書における量的調査研究は,2014 年から2015 年に実施されたものである。しかしその後に発表された研究においても,逃避が問題のあるInstagram の使用と強く関連すること(Kırcaburun and Griffiths, 2019),精神的苦痛が逃避を介して病的オンラインゲーム使用へと結びつくこと(Bányai, Griffiths, Demetrovicsa, & Király, 2019),感情の調整不全が,逃避と問題のあるゲーム使用とを結びつけること(Blasi, Giardina, Giordano, Coco, Tosto, Billieux, & Schimmenti, 2019),パネル調査により,ゲームへの逃避が問題のあるインターネット利用の要因となること(Chang, Hsieh, & Lin, 2018)が量的研究により示されており,これらは本研究で検証したモデルの近年の情報環境における適合性を支持するものである。
 インターネット依存研究は,インターネット依存の形成をよく説明するための理論について十分に考察されていないという課題を残している。膨大なインターネット依存研究の成果を比較可能な情報として集約して問題解決に結びつけていくためには,十分に議論された理論モデルと,多くの量的調査や臨床的妥当性の調査による検証が必要となる。したがって,直接効果アプローチだけでなく,特定の理論に基づいた間接効果アプローチによる分析を行い,理論の実証を行うことは,非常に大きな意義を持つ。
 現代において青少年は,インターネット環境における無尽蔵なコンテンツへの曝露,絶え間ないコミュニケーションの可能性の中にあり,依存につながる刺激をコントロールするのが難しい状況に置かれている。本書は,中高生の間で,高い割合でインターネットへの逃避が行われている実態を明らかにすると共に,逃避がインターネット使用による様々な実害,インターネットの長時間使用,インターネット依存傾向と強く関連していることを検証した。逃避目的によるウェブアプリケーションの使用は,インターネット上の世界と現実世界との乖離を生じさせることで,現実の軽視,没入による時間の統制不能,ネット上での活動の重視などの潜在的なインターネット依存傾向が高まり,やがて日常生活における実害となって顕在化するものと考えられる。問題はゲームか動画かSNS かということよりも,逃避の容易性にあり,青少年が欲求の赴くままに逃避型ネット使用を行う限り,インターネット依存に関連した問題はあらゆるケースで生じ得て,また解決することが難しいのである。これは一方で,逃避型ネット使用の抑制により,かなり広範なインターネット依存問題の緩和および予防の効果が期待できることを意味している。
 今後の研究においては,ムードマネジメント理論を背景に,ポジティブな気分の維持のためのインターネット使用や,達成動機による嗜好型のインターネット使用がインターネット依存と結びつく程度について,理論モデルを立て,検証を行う価値がある。
 逃避型インターネット依存モデルの検証により,オンラインゲームなどの特定のアプリケーションを除き,ネット使用の実害の主要因は潜在的ネット依存傾向であり,逃避型ネット使用がネット使用の実害に直接的に結びつく効果は比較的小さいことが示された。同様に,潜在的ネット依存傾向の主要因は逃避型ネット使用であり,心理的ストレス要因からの直接的な影響は比較的小さいものであった。これらのことから,インターネット依存に関連する問題の予防や,依存傾向からの回復のためには,現実逃避を動機としたインターネット使用を抑制することが非常に効果的であると考えられる。
 インターネット依存に類する問題に対しても,逃避型インターネット依存モデルはある程度の普遍性を持つことが期待できる。たとえば,スマートフォンの過剰な使用(スマホ依存)や,ウェアラブルデバイスやヴァーチャルリアリティデバイス,家庭用ロボットなど,今後問題化されるであろう,情報通信技術に関する過剰使用問題についても,それらの持つ現実代償性に基づく逃避型ネット使用が主要因となる可能性が高いものと思われる。日常生活における心理的な活動を「バーチャル」に一部代替できてしまう環境においては,常に逃避を含む代償的使用に注意するべきだろう。逃避型ネット使用を行う場合,SNS,ゲーム,動画,ニュース,検索サービスなどの種別によらず,どのようなウェブアプリケーションに対しても,潜在的ネット依存傾向を高める作用が強く生じる可能性がある。また,アルコール依存のような物質依存についても,逃避は非常に重要な説明変数となっているため,逃避型インターネット依存モデルは,多様な依存・嗜癖問題に共通する構造を示している可能性がある。ただし,逃避の手段として,どのような対処戦略が選択可能かという点が,依存・嗜癖する対象によって大きく異なる。この違いによる影響は,同様のモデルで様々な依存・嗜癖問題の構造分析を行った場合,心理的ストレスから逃避へのパス係数に反映される可能性がある。たとえば,中高生においては,ニコチンやアルコールによって心理的ストレスから逃避するという戦略が選択されることはほとんどないものと考えられる。一方で,インターネット使用という対処戦略は,比較的若い世代において,特に選択されやすいだろう。本書における逃避型インターネット依存モデルは,心理的ストレス要因への対処として逃避型ネット使用が行われるという,特に青少年において生じやすいであろう問題を明確に示すものである。(以下、つづく)
 
 
banner_atogakitachiyomi