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寺田麻佑 著
『先端技術と規制の公法学』
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はじめに─本書の問題意識
1 行政と組織的機構の関係─規制を担う組織という着目点
規制を担うのは、民間の自主規制組織・行政組織を含めた、広い意味での組織であるところ、先端技術の進展と時代の変化に伴い、柔軟かつ実効性のある規制を構築しようとする場合には、規制を担う組織のあり方についても、柔軟な見直しと再構築が必要となる。そして、特に情報通信分野における先端技術やサービスも含めた発展の速さに鑑みれば、政策形成や政策調整についても視野に入れて、柔軟な行政組織形態の変更を考える必要がある。国家がどのような規制手法を採用していくのか、という問題は、行政がどのような場面でどのような組織的機構を作るのかという問題と不可分一体であると考えられるためである。
本書は、以上のような問題意識の下、変化の激しい現代社会のなかでも、特に大きな変化を経験している情報通信分野における規制と制度の枠組みについて、公法学の観点から分析を行い、政策提言も含めた検討を行うものである。
2 公法学からの視座
公法学は、これまでにも、技術の進展に即して発展を遂げてきた(1)。公法学は、権力的作用に関してその規制をかける枠組みを設定するものであり、そのことによって、統治構造ないし統治権力から侵害されがちとなる自由(2)を保護するものである(3)。そのような公法学は、現在、先端技術の進展によって、チャレンジングな課題に挑戦しており、フレキシブルな対応を迫られている。具体的には、複層化する社会のなかで、コントロール不可能な先端技術としてのAI の可能性(4)や、ビッグデータを収集する巨大なプラットフォーマーの存在といった、やはりこれまでの国家と国家の枠組みなどを超えた主体の存在への対応の必要性などを挙げることができる(5)。そのような具体の問題に対して、(独立した)組織的機構の設置も含めた対応策が必要であることを検討するのが本書の目的である。
3 本書の構成
本書は総論と各論から構成されており、総論分野においては、先端技術を扱う情報通信分野と行政組織、規制機関と自主規制、共同規制の在り方、求められる意思決定プロセス、行政組織と専門性、専門的問題解決の在り方などに関する現在の問題点と将来の解決策の可能性を検討し、先端技術の将来と規制枠組み全体に関する新たな政策的論点を提供するものである。
また、各論においては、情報通信分野における行政の規制手法の在り方と制度枠組みに関する視点から、グローバル化の時代にあたって問題となる標準化や電波政策の現状、欧州における情報保護の取り組み、IoT に関する欧州の規制政策の在り方と日本の対応、データ・ポータビリティの考え方に関する検討、そして、ドローン規制と航空管制、といった今日的な問題をそれぞれ取り上げて論じている。
具体的には、本書総論部分は、先端技術の利活用を巡って複層化・複雑化する現代社会のなかで、どのような制度設計であれば、具体的な人工知能(AI)の活用やその社会実装において、これまでの考えられてきた規制の在り方では問題解決に足りないと考えられる点を、特に行政組織における専門性の強化や独立性の観点を検討することによって、変化に対応可能な柔軟な制度枠組み構築の必要性を検討しているものである。そのなかでもとくに、グローバル化の中で必然的に起こる社会の変化とともに技術の活用によって起こる変容といったことがらに柔軟に対応するための、政策調整を可能とするような行政組織の可能性を「AI の活用なども含めて変化しつつある」現在、まさに検討すべきであることを論じている。
まず、第1 章は、先端技術のなかでもとくにAI の発展状況が様々な分野に影響を及ぼしており、とくに、ビッグデータの取扱いや利活用とも関連して、AI 技術の進展と規制という問題を発生させ、公的セクターの複層化や多層化を生じさせていることを指摘している。そのうえで、AI に関する先進的な取組みを模索している日本と米国、EU の規制の在り方と特徴をそれぞれ検討したうえで、技術の発展に即応するための多様なアクターによる規範形成の在り方、国際的ルールメイキングの現状を検討しているものである。このような状況のなかでは、立法と行政が相互に柔軟に対応するための専門性が行政機関に必要となることから、専門性を行政側が得るための手法が問題となる。そこで、自主規制や共同規制の可能性とともに、必要な場合には、フレキシブルに高度な判断を行う専門性を行政が獲得する方策の一つとして、独立性のある行政組織の在り方として、行政委員会制度の可能性があること、ただし、当該組織を機能させるためには、公務員の専門性の向上が必要であることを指摘するものである。第2 章は、先端技術の発展とくにAI 技術の進展が、統治機構構造にも大きな影響を与える可能性があることにかんがみ、新たな立法課題に対応することや関連する制度構築とその執行の問題を議論すべきであることを指摘し、また、同時に、AI 利活用に向けた「変革期」にある現在こそ、情報の流通の在り方や行政の意思決定の在り方の監視も行えるような独立した機関(行政組織)の必要性と可能性を指摘するものである。第3 章は、とくに放送分野も含めた情報通信分野における行政組織について検討するものである。情報通信分野においては、内閣の下にある行政機構では対応が十分にで着ない可能性のある専門性の要請があることや、放送等表現の自由に密接にかかわり、かつ民主政の過程に大きな影響力を与える分野の規制には政治的中立性を保つ必要もあること、技術やサービスの複雑さと関係するアクターの多さから、調整の必要性と調整過程の透明性が必要であることなどから、独立した組織の可能性も含め、柔軟に行政組織形態の変更を考える必要がある。そこで、参考となるドイツにおける青少年保護のための第三者機関や共同規制の枠組みから、日本における放送も含めた情報通信分野における独立した第三者機関の可能性を示すものである。また、第3 章補論は、行政の専門的判断が裁判との関係においてどのように尊重されるべきか、といった問題を実質的証拠法則が規定されていた(いる)いくつかの制度とともに検証し、日本における行政委員会制度の可能性を補足するものである。
第4 章は、AI と組織のガバナンスを考えるにあたって、ハードローとソフトローの組み合わせの規制手法のなかで、国内・国際双方の政策調整の必要性を意識した法的規制枠組み全体のガバナンスを考える必要性を指摘している。第5 章は、AI 社会が到来しようとしている現在、AI とガバナンス(規制)の枠組みについて考えるべきこととして、今後のAI の規制主体が国の統治機構や民間団体も含めた複合的なものとなることを踏まえて検討をすべきであることをまず指摘している。また、特に、AI の利活用や開発が進められる現状においては、ガイドラインや原則といった立法以外の手段を中心としながら、何が立法に適したものであるかの検討を行う必要があることを指摘したうえで、現時点においては、ソフトローを活用した枠組み作りがなされるべきであることを論じている。同時に、人が責任を持つべき分野を認識し、AI に代替すべきではない分野については、規制をしたほうが良い場合もあることを考えた枠組み作りをする必要があることについても注意を促している。また、今後の情報化社会においてAI を活用したデータとトラストに関する問題に対応するためには、分野横断的な分析や枠組みの構築も必要であることも指摘している。
そして、第5 章補論は、必要とされる分野においてはは、AI の利活用について、規制の在り方や指摘されるリスクを踏まえながら、人口減少時代における自治体において、行政の負担軽減策としての、たとえば過疎地域におけるドローンの配送技術の利用や、自動走行技術の活用といった具体的な導入をどのように考えるべきかについて、まずは先端技術の利用を考えることが必要であることと、そのことによって自治体機能が維持される可能性も高いことを指摘するものである。
本書各論においては、データの流通にも不可欠な電波政策とネットワーク中立性の検討、IoT に関する問題やデータ・ポータビリティの権利の制定状況、オンラインプラットフォームサービスに対する規制の在り方を取り上げている。さらに、具体的な先端技術の社会実装の側面における課題を検討するため、ドローンの活用や、AI によって代替できない可能性のある技術分野の検討と、情報化社会におけるスマートシティの問題を検討している。
特に電波に関しては、技術革新の状況の中でどのような電波の有効利用の検討が可能であるのか、割当の制度の検討と、第三者機関による監査の検討を行い、今後の課題を提示しているものである。また、電波監理の在り方については、様々な観点から電波監理政策の在り方が検討されている現状を概観したうえで、電波の配分に関する透明性の向上が目指される中における電波監理に関する行政指導と政策の在り方について議論を整理し、現状の問題点を把握している。
さらに、ネットワーク中立性の問題としては、EU におけるオープン・インターネット政策とBEREC の役割を見ることによって、「インターネットを公平に、差別なく利用できること」という概念について検討が進められている我が国にとっても、参考となる部分が大きいことを指摘している。
加えて、IoT(Internet of Things、モノのインターネット)に伴う諸問題についても、EU におけるIoT に関する政策の在り方を参考にしながら検討を行っている。また、欧州データ保護規則が特徴的に包含する権利のうち、データ・ポータビリティの権利について、欧州市民の基本的権利の中に位置づけられるなど、強く推奨がなされてきた状況を紹介している。さらに、プラットフォーム規制についても、最近の動きとして、プラットフォーマーに対する新規則案を公表した欧州委員会の動きなどを含めたEU の規制の動向を検討したうえで、日本の状況も踏まえながら、日本への示唆を考察している。
また、具体的な先端技術の社会実装の場面については、ドローンの法的規制の現状について検討をおこなっている。小型無人機(ドローン)に関して、改正航空法が成立し、小型無人機等の飛行の禁止に関する特別法も公布されるなど動きがあるなか、具体的な規制の在り方が問題となっている点を考察している。
また、ドローンが災害調査など様々な用途への活用が目指されているなかでも、特に注目されている利用形態が商業用の宅配であることから、安全にドローンを運航させるためのドローン専用の空路(ドローンハイウェイ)の設定の可能性に関する法的諸問題の検討を行っている。
さらに、本書総論を受けて、AI の活用が考えられる分野の中でもその特殊性から全面的なAI への代替が難しいと考えられる航空管制に焦点をあて、航空管制のAI 活用による自動化に関する諸外国の動向も合わせてみながら、航空管制分野におけるAI の活用の現段階における困難性を指摘するとともに、現状の法的課題を整理し、検討し、今後の課題を提示している。
さいごに、自動走行も含めた活用の状況をみながら、スマーシティの今後についても検討をおこなっている。
そして、結論として、先端技術の利活用にあたっては、組織の柔軟な改変等を行って、監視・監督機関を設置していく必要があり、第三者的機関の在り方についても、そういった組織が必要であるのか、かかる機関をどのように設置するのか、するのかどうか、また、どういった場所において設置が可能なのか、といった事柄も含めた制度設計を真剣に考えるべきであるとしている。
とくに、今後ますます進められるAI の利活用にあたっては、いわゆるソフトロー的な規制ともに、様々な規制手法を組み合わせるといったフレキシブルな対応を行いながら先端技術を巡る法課題にする枠組み作りを考えるべきあること、しかし、同時に、AI の社会における実装にあたっては、人間に判断が留保されるべき部分が(現在人々に認められている憲法上の権利を棄損しないことを保障する形で)認められるべきである、という点に留意が必要であること、さらに、特に先端技術が関わる分野においては、リスクの予測も含めて不確実な部分があるとしても、規制の内容が将来の日本の技術の在り方や水準に大きく関わる可能性もあり、ひいては人々の生活に密接にかかわることとなることも多いため、基本的な政策決定を国会において議論することの重要性について指摘している。
4 本書の特色
このように、本書は、行政の組織形態の変化や在り方に着目して公法学の観点から情報通信分野における規制手法と規制の制度について分析を行っているものである。これまでかかる観点から情報通信分野における行政の組織形態の在り方を含めた諸政策を分析する研究は他には見当たらないこともあり、可能な限りの基本的な説明を加えながら、関連する組織的形態や制度について、検討の視点やトピックを変えながら繰り返し検討している点に第一の特色がある。また、同時に、本書は特に諸外国の規制のなかでも影響力の大きなEU や米国において採用されている規制枠組みや規制手法についても紹介と検討を行っている。具体的には、AI の技術等が先端技術に代替されるのかどうか、どのような場合に国家は責任を果たすべきかといった観点から、具体的な事案を取り上げて検討を行っている。そのなかでも、専門技術的判断が必要とされる分野における国家の規制の限界を考えるために、航空規制や空港の規制、そしてAI と航空管制についても検討を行っている点に第二の特色がある。行政の組織における専門性の確保といった観点やAI の利活用に関する規制の在り方とともに、関連して問題となる先端技術の社会実装のなかでも、特にドローンや航空管制を取り上げている点においても、他に類似の研究は見られないため、他国の事例の研究も含めて、本書の第三の特色となっている。
以上を踏まえて、本書は国家の枠組みを考えるにあたり、規制が適切な分野、適切ではない分野といった観点について、ドローンや航空管制の検討も含めて分析を行っており、今後問題となりうる法的問題や解決可能性の視座を提供しようとするものである。
5 本書の視座
本書は、今後の情報通信分野における規制手法と規制枠組み、行政の在り方などを考える上での技術と時代の変化に伴い、柔軟かつ実効性のある規制を構築するための視座を提供するものであり、具体的な諸問題の検討も合わせておこなうことで、それぞれの個別具体的事象の問題とともに、それらから翻って問題となる規制手法や規制枠組みの在り方について新たな視点を提供しようとするものである。このように、本研究は、情報通信分野における政策を考えるための公法学的視点に基づく基礎的研究としての視座を提供するとともに、今後さらに発展する先端技術分野と規制の在り方を考える際の参考となる、EUをはじめとする他国の制度の紹介を、我が国の制度との比較とともに行っている。また、電波政策の諸問題、データ・ポータビリティやIoT の諸問題、プラットフォーム規制の問題、ドローン関連の諸問題や自動走行も含めた都市行政に関する法的諸問題を検討している点で、先端技術と政策が問題となる分野と社会の発展に関係する社会実装に繋がる発展的研究としての視点からも考察をおこなっている。
今後の行政の規制手法という観点から検討を行う本研究は、現在進行形で問題となっている情報通信分野の諸問題の指摘とともに、将来のAI 活用社会における規制枠組みといった視点も含めて今後の柔軟な規制枠組みを構築することが必要であること、そして、そのためのいくつかの提言を試みている点において、情報通信分野における政策の発展に寄与することを、基本的視座として有するものである。
(1)公法学は政府・行政の法行為をコントロールする学問分野であり、政府行政が社会の要請にこたえて存在する限り、諸科学との関係を有すること、また、公法学が規範の学であり、社会を分析する諸科学との対話が求められるとする指摘がなされている。磯野弥生「公法学と諸科学との対話」公法研究73 号(2011 年)63 頁。
(2)石川健治「承認と自己拘束─流動する国家像・市民像と憲法学」『岩波講座 現代の法1』(岩波書店、1998 年)31 頁以下、同「統治のゼマンティク」憲法問題16 号(2006 年)65 頁、同「政治と行政─あるいは喪われた言説の場」法学教室245 号(2001 年)74─77 頁。さらに、玉井克哉「国家作用としての立法─その憲法史的意義と現代憲法学」法学教室239 号(2000 年)72 頁以下。
(3)公法学とは、「『政治』『統治』と呼ばれる権力的作用を、(それとは本来異質な)〈法〉の論理で包摂せんとする野心的な(かなり無理のある)企て」であり、この企ての目指すところは、「元来不定形で臨機応変性質をもつ(したがって容易に恣意的なものになりがちな)『政治』『統治』作用を、無理を承知のうえで敢えて(私法に範型を持つ)自律的な〈法〉主体間の関係として記述(概念構成)して分節化・定説化することによって、権力的作用に対して……適法/不法を論じうる規範論の(段階的)審級を設定すること、そしてこの規範論による規律を通じて、統治権力ないし政治権力からの(とりわけ個人の)自由の保護を実現すること」であるとも説明されている。藤谷武史「『憲法論』の磁場をこえて」法律時報90巻9 号(2018 年)90─91 頁。
(4)なお、本書においては、人工知能(AI)の定義が非常に困難であることに鑑み、発展可能性のあるAI を含め、「特化型」「汎用型」「弱い」「強い」AI すべてを含めて検討している。なお、人間社会にいろいろな問題をもたらすことが想定されているAI(いわゆる弱いAI)についても、「おそらく技術的な枠組みでは対処しきれず」、「社会制度」、「法律」などを「総動員して対処し続けなければならない」状況にあることの指摘として、中川裕志『裏側から視るAI─脅威・歴史・倫理』(近代科学社、2019 年)まえがき(iv 頁)。
(5)プラットフォーマーとしては、本書でも取り上げているように、GAFA(Google, Apple,Facebook, Amazon)などが問題となることが多いが、2019 年8 月に発覚したリクナビ問題などから考えても、プラットフォーム規制の問題は、GAFA のみの問題ではない。また、政策実現過程のグローバル化に関して、これまでも多くの著作が刊行されている。原田大樹他編『政策実現過程のグローバル化』(弘文堂、2019 年)等。原田大樹は、公共部門の制度設計者や公的任務遂行者は複数存在しているとし、政策実現過程のグローバル化に対応するため、公法学は理論的フォーメーションを再考する必要があり、多元的なシステムを構想する必要があると指摘する。参照、原田大樹「政策実現過程のグローバル化と国民国家の将来」公法研究74 号(2012 年)94─95 頁。また、同『公共制度設計の基礎理論』(弘文堂、2014 年)。