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『アメリカ哲学史』

 
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ブルース・ククリック 著
大厩 諒・入江哲朗・岩下弘史・岸本智典 訳
『アメリカ哲学史一七二〇年から二〇〇〇年まで』

「訳者解説 アメリカ思想史の一分野としてのアメリカ哲学史」「訳者あとがき」(pdfファイルへのリンク)〉
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訳者解説 アメリカ思想史の一分野としてのアメリカ哲学史
 
入江哲朗 
 
1 ククリックのキャリア
 本書の著者ブルース・ククリックは、一九四一年生まれの歴史家である。ペンシルヴェニア大学の教授をながらく務め、二〇一三年の退職時に名誉教授に列せられた。著作はきわめて多く、単著に限っても現在までに以下の一二冊を数える。なお、以下の各項目冒頭の数字は参照の便宜のために振られたものであり、本稿の全体をとおして番号は連続している。
 
① Josiah Royce: An Intellectual Biography(一九七二)
② American Policy and the Division of Germany: The Clash with Russia over Reparations(一九七二)
③ The Rise of American Philosophy: Cambridge, Massachusetts, 1860-1930(一九七七)
④ Churchmen and Philosophers: From Jonathan Edwards to John Dewey(一九八五)
⑤ The Good Ruler: From Herbert Hoover to Richard Nixon(一九八八)
⑥ To Every Thing a Season: Shibe Park and Urban Philadelphia, 1909-1976(一九九一)
⑦ Puritans in Babylon: The Ancient Near East and American Intellectual Life, 1880-1930(一九九六)
⑧ A History of Philosophy in America, 1720-2000(二〇〇一)
⑨ Blind Oracles: Intellectuals and War from Kennan to Kissinger(二〇〇六)
⑩ Black Philosopher, White Academy: The Career of William Fontaine(二〇〇八)
⑪ A Political History of the USA: One Nation under God(二〇〇九)
⑫ The Fighting Sullivans: How Hollywood and the Military Make Heroes(二〇一六)
 
 このうち⑧が本訳書の原著である。①③④⑧⑩がアメリカ哲学史に、②⑤⑨⑪がアメリカ政治史に属し、⑥はフィラデルフィアに一九七六年まで存在したシャイブ・パークという野球場にまつわる歴史を、⑦は米国におけるアッシリア学(楔形文字の解読をとおして古代メソポタミアの歴史や文化を研究する学問)の発展の一側面を、⑫は一九四二年の第三次ソロモン海戦に伴うサリヴァン家の兄弟五人の悲劇が二年後にハリウッドで映画化されるまでの過程を綴っている。かくも多岐にわたってかくも多くの業績を残した歴史家は、米国においても数少ない。しかしここでより重視したいのは、こうした多面的な全体像から、アメリカ哲学史の研究者としてのククリックへ視野を絞ってもなお、彼が珍しい存在でありつづけているという事実である。なにしろ、アメリカ哲学史の全体を主題とする研究書が二〇〇一年の本書以前に出版されたのは四半世紀近く遡った一九七七年のことであり、本書以後も類書はほとんど現れていないのだから。
 日本の状況に即して言い換えるなら、本書は二種類の通念を突き崩している点において貴重である。第一に、おそらく日本の読者が「アメリカ哲学」と聞いてまっさきに思い浮かべるのはプラグマティズムであろう。アメリカ哲学史という分野のマイナーぶりゆえに、プラグマティズム以外の何がそこに含まれるのかはこれまであまり知られてこなかった。第二に、「哲学史」と銘打つ日本語の本を手に取る際に多くの者が予期するのは、〝誰々の何々という学説が誰々に影響を与えた〟といったかたちをまとう学説史であろう。しかし本書では、哲学者たちが属した社会、文化、制度についての記述が、学説の解説とほぼ同じ比重を占めている。これは、ククリックが歴史家としてアメリカ哲学史に携わっているために生じた特徴である。ようするに、「アメリカ哲学史」という看板が惹起しがちな〝哲学者が書いたプラグマティズムの歴史の本〟というイメージを、本書は二重の意味で裏切っている。
 アメリカ哲学=プラグマティズムという第一の通念に挑戦しようとすると、たちまち、そもそもアメリカ哲学とは何かという巨大な問いに直面させられる。しかしこれは本書でククリックが探究している問いそのものであるから、この「訳者解説」においてはまず、本書が語っていない、第二の通念をめぐる特殊な事情を取り上げることとしよう。ククリックが歴史家として本書を著したという事実が意味するのは、本書を包摂する上位のジャンルはアメリカ哲学研究というよりもむしろアメリカ思想史(American intellectual history)だということである。ククリックは、アメリカ哲学を歴史的に捉えているばかりでなく、哲学をとおしてアメリカ史を眺めてもいる。後者こそが思想史家ならではの姿勢であり、にもかかわらず、本書に類する試みがアメリカ思想史という領域にたくさん存在するわけではない。それはいったいなぜなのだろうか。
 以下の第2節および第3節では、アメリカ哲学史の従事者たちの事情が、アメリカ思想史の歴史に位置づけられるかたちで説かれる。ここに比較的多くの紙幅を割いたのは、アメリカ思想史という領域を――特に近年におけるその大きな盛り上がりを――日本語で紹介する文献が少ないためであるが、もっぱら哲学的な関心から本書を手に取った読者は、興味をそそられないようであれば第2―3節を飛ばしていただいても構わない。続く第4節は、本書の内容を瞥見し、また決してわかりやすいとは言えないククリックの論述を辿る際に注意すべき点を挙げている。最後に第5節で、本書に対する筆者(入江)の所感と、さらなる議論を求める読者への道案内とが手短に述べられる。本書が訳されるに至った経緯や訳者たちの分担などに関しては、大厩による「訳者あとがき」を参照されたい。
 
2 アメリカ思想史の苦境
 先述のとおり、本書と主題を同じくする本は一九七七年にも出版されている。それが以下の⑬であり、続く二冊も、同年に現れたアメリカ思想史の重要な研究書である。
 
⑬ Elizabeth Flower and Murray G. Murphey, A History of Philosophy in America, 2 vols.(一九七七)
(以下、本文つづく。傍点は省略しました。pdfファイルでご覧ください)
 
 
訳者あとがき
 
 本書は、Bruce Kuklick, A History of Philosophy in America, 1720-2000(Oxford: Clarendon Press, an imprint of Oxford University Press, 2001)の全訳である。著者の経歴と、アメリカ思想史研究における本書の位置づけについては、「訳者解説」を参照していただきたい。
 本書成立のきっかけは二〇一五年にさかのぼる。訳者のうち三人(入江、岸本、大厩)は、同年に発足した「世紀転換期アメリカ思想研究会」という研究会のなかでこの本を題材にたびたび会合を開いた。そのなかで訳者たちは、学問の制度的変遷とともに、聖職者からアマチュア、そして専門職としての大学教授へと知の担い手が移り変わることを論じたククリックの議論の鋭さと視野の広さに大いに魅力を感じ、翻訳出版する価値のある著作だという思いを強く抱くようになった。そんな折、二〇一七年におこなわれたアメリカ哲学フォーラム第四回大会の懇親会で、パース研究者の加藤隆文氏から、「勁草書房でアメリカ哲学関連の翻訳企画を募っているので、何か翻訳したいものがあれば紹介する」というお話をいただいた。氏のこの提案は、訳者たちにとってまさに渡りに船であり、すぐさま出版社と連絡を取った。そのあと、同じ研究会に参加していた岩下も共訳陣に加わり、本格的な作業がスタートした。いま、こうして無事に本書の出版に漕ぎつけることができ、訳者一同安堵の感なきをえない。翻訳に当たっては各訳者の専門に鑑み、以下のように分担して下訳を作成した。
 序論、第1~3部序論、第4、8~10章、結論、謝辞……大厩
 第1~3章……入江
 第5~7、11章……岸本
 第12~14章……岩下
 (なお、巻末の「方法、文献、註」については、序文を大厩が下訳し、それ以外は各章の下訳担当者が作業をおこない、最後に入江が表記を調整した。)
 その後、訳者のあいだで相互に訳稿を検討しあったうえで、大厩が全体の最終的な調整をおこなった。「訳者解説」において述べられているように、ククリックの文体は決して読みやすいものとは言えないが、訳出に際しては原文と著者の意図するところに忠実であることに努めつつ、日本語として不自然な文になることがないよう意を用いた。いまはこの試みが成功していることを祈るばかりである。
 また、翻訳に当たっては多くの方々からたくさんの貴重な助言をいただいた。加藤隆文氏(第6、8章)、神藤佳奈氏(第10章)、文景楠氏(第12~14章)、森永豊氏(第12~ 14 章)、李太喜氏(第14章)、くわえて、訳者たちと同じ研究会で訳稿の検討にお付き合いいただいた岡村洋子氏(とりわけ第9章)と小野澤由佳氏。さらに、原著者のククリック氏は、本文に関する訳者たちからの質問に丁寧に答えてくださった。こうした方々のおかげで、本書の訳文の質は格段に向上した。貴重な時間と手間を割いていただいた皆様に深くお礼を申し上げたい。もちろん、なお残ってしまった誤りや不備はすべて訳者たちの責任である。読者諸賢の御叱正を乞う次第である。
 最後に、勁草書房の山田政弘氏には、企画の当初から相談に乗っていただき、出版に至るすべての過程で大変お世話になった。氏の丁寧な編集作業による支えと、滞りがちな作業に対する忍耐力、そして何よりも訳者たちに対する力強い励ましのおかげで本書の出版は可能となった。訳者一同心より感謝の意を表したい。
 本書の刊行が、本邦において思想史を踏まえたアメリカ哲学研究が興隆する機縁となるならば、訳者として幸甚である。
 
二〇二〇年一月 訳者を代表して 大厩諒
 
※巻末の訳者作成「主要人物表」はこちらのpdfファイルでご覧ください。 →「主要人物表」〉
 
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