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『子育て支援を労働として考える』

 
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相馬直子・松木洋人 編著
『子育て支援を労働として考える』

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序章 「子育て支援労働」とは何か
 
相馬直子・松木洋人
 
1.なぜ「子育て支援労働」を問うのか
 保育という伝統的なケアワークは,「保育労働」として問題化され,保育研究や保育運動論においてその低賃金や働き方の問題が指摘されてきた.一方,少子化対策以降に制度化されてきた,一時保育やひろば事業といった「地域子育て支援」については,そもそもケアワークとして社会的に認識されておらず,働き方や処遇改善の問題は指摘されてこなかった.2015 年4 月からの「子ども・子育て支援新制度」においても,地域の子育てを支えるものとして,保育と地域子育て支援とが包含されている.アンペイドワークの延長線上にあるとみなされ,市民性・当事者性が強調されてきた地域子育て支援の問題を,労働という社会経済的な視点から社会的に提起することが大切であると考える.
 本書では,第一に,保育労働と地域子育て支援労働を総称する「子育て支援労働」という概念を打ち立て,社会経済的視点から支援従事者の労働と身分保障の問題を考える.子どもの発達保障と家族を,質の高い支援で支え,子ども・子育てにやさしい豊かな地域社会をつくるには,そこに従事する子育て支援者の働き方やディセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)実現への課題を考えていくことが欠かせないと考えるからである.
 第二に,地域の一時保育やひろば事業などを担う「地域子育て支援労働」に従事する方々を対象にした「子育て支援者の活動形態や働き方に関する調査」のデータをもとに,特にいままで可視化されてこなかった子育て支援をめぐる労働実態を明らかにする.この調査はNPO やワーカーズ・コレクティブ(働く人たちの協同組合)や生協など,日本の子育て支援を牽引してきた非営利セクターの協力を得て実施された.常勤・非常勤・ボランティアと多様な人々が,地域子育て支援労働に関わっている.その多様性や地域差をデータから示すとともに,子育て支援者の業務の種類や時間と経済的対価の実態を分析し,ディセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)実現への課題を示す.
 本書は,「子育て支援労働」を,「保育労働」と「地域子育て支援労働」という車の両輪としてとらえたうえで,労働という社会経済的な議論がほとんどなされてこなかった「地域子育て支援」について社会経済的に実証分析を試みるはじめての学術書である.福祉の市場化が進行し,市民性や当事者性を重視する活動領域が薄くなっている面もあるが,「子育て支援労働」に従事する人々のディセント・ワークという視点は,質の高い子育て支援と子育てにやさしい地域社会の構築にとって欠かせないものであり,「待機児童解消」論とともに重要な論点だと考える.
 
2. 子育て支援・保育・地域子育て支援:本書の概念定義
1)後発ケアワークとしての子育て支援労働
 『厚生白書』に「子育て支援」という用語が登場した1989 年から30 年以上が経過した.「子育て支援」という行政用語となる以前から,地域社会では様々な支援の実践が蓄積されており,保育制度も含めると,日本の子育て支援の歴史は,当然ながら30 年どころではないだろう.いずれにせよ,1990 年代以降の少子化対策という文脈もあいまって,「子育て支援」という言葉自体の社会的認知は進んできた.そして,この間,子育て支援の関連事業の種類も増え,その供給量も拡大してきた.一時保育,つどいの広場,子育て支援センター,産前産後サポートなど地域の特性を生かした子育て支援事業が展開している.いわゆる,子育て支援の複合化・多様化が進行している.
 こうした子育て支援の制度化のなかで,子育て支援の様々な「仕事」が形成され,国の事業ともなってきた.例えば,地域子育て支援の中核事業であるひろば事業が展開されたのが2000 年,国の事業になったのが2001 年であり,すでに20 年近くが経過していることになる.
 ただ,子育て支援の制度化と言っても,その様相は,介護分野と比較しても次の二点において異なる.第一に,介護分野では介護保険制度の形成もあり,「介護労働」という概念が使われるが,子育て支援分野では,「子育て支援活動」「子育て支援事業」とはいっても,「子育て支援労働」といった概念化はなされてこなかった.第二に,子育て支援をめぐる様々な支援職や支援事業を,専門職として制度化していく動きも,現場でこそ議論や資格化の実践があり,2015 年度から子育て支援員の研修が全国でスタートし,全国各地でこの研修事業が展開されているものの,その社会的な認知度は高いとは言えない.
 そして,子育て支援に関わる人々(子育て支援者)の無償・有償の活動・労働実態・処遇に関する研究も乏しいのが現状である.実際,子育て支援の現場からも,次のような指摘がなされている.すなわち,NPO 法人びーのびーの代表奥山千鶴子氏は,2007 年2 月「子育て支援に関わる人の身分保障がないことも問題である.(略)子育て支援の場所をきちんとした働くための場所にしていくことが必要である.そのためのシステム作りをして欲しい」と言及しており,子育て支援者の処遇やディセント・ワークに関する研究が求められている.
 本書における「子育て支援労働」とは,「子育て支援というケアワーク」を広く意味し,図序─1 に示したように,保育と地域子育て支援を車の両輪ととらえている.子育て支援の下位概念として保育を据えることに対しては批判も予想されるが,この点については井上清美による第3 章でも詳しく論じている.とはいえ,本書のねらいは,子育て支援・保育の概念をめぐる論争ではない.介護分野では「介護労働」という概念があるが,子育て分野では「子育て支援労働」と言われてこなかったのはなぜなのかという問いが本書における問題意識の根本にあり,この根本的な問いを明示化するために,「子育て支援労働」という概念を提示した.介護労働とは,子育て支援にとって,先発ケアワークとでもいうべきものだ.社会保険制度として制度化し,介護労働安定センターという組織があり,「介護労働実態調査」として実施・報告されている.一方,子育て分野は,子ども・子育て新制度という新しい制度体系で再編されているが,「子育て支援労働」という概念化は現状なされておらず,いわば後発ケアワークとでもいえよう.
 ただ,ここで強調したいのは,本書で前提と考えている次の点である.子育て支援が生み出す価値や資本はそもそも多様であり,本書では次の二つの側面から議論する.一方で,第4 章での中村亮介による労働経済学的な分析では人的資本(human capital)や報酬や労働時間に着目し,第5 章での中村由香の分析では業務の種類や無償労働時間の関連が検討される.他方で第7 章での橋本りえの分析は,社会関係資本(social capital)ややりがいをはじめとする,貨幣ではとらえられない側面に注目する.つまり,子育て支援労働という概念化によって,報酬を伴うような有償労働からの分析(労働経済学的分析)と,逆に無償労働からの分析と,貨幣的評価だけに回収されない子育て支援労働の豊穣さが浮かびあがるだろう.活動・事業・労働の境界が不明瞭であるからこそ,その特性をふまえた,労働実態の分析が重要となるのである.
 
2)子育て支援労働の実態調査の欠如
 2011 年〜2012 年当時,子育て支援労働の調査票設計にあたり,「国や地方公共団体においては,ひろばの運営の安定化と基盤の確保のために,財政的な支援の拡充を強く望む」(渡辺2006: 99)という指摘はあるものの,子育て支援労働の先行研究が見当たらなかった.よって,介護労働分野の先行研究(2010 年3 月「たすけあいワーカーズにおける介護労働の実態調査」ACT)を参考に,子育て支援者の就労状況や意識をたずねる調査票A と,労働時間調査票(調査票B)を設計した.また,子育て支援者は豊富な社会関係資本(social capital)を有している方々が多いという仮説から,子育て支援とともに地域活動の従事も把握するため「かけもちシート」という調査票をあわせて設計した(巻末参照).現在は,三菱リサーチ&コンサルティング株式会社(2018)が事業者単位の重要なデータである.
 労働ではなく事業に関する包括的な実態調査としては,厚生労働省の委託調査である『次世代育成支援のための実態調査──結果報告書』(2010 年3 月)が挙げられる.全国の認可保育所,認可外保育施設,病児・病後児保育事業,一時預かり事業,地域子育て支援拠点事業,放課後児童クラブ,児童館,ファミリー・サポートセンター(+相互援助活動),訪問型保育事業,地方自治体を調査対象にした全国調査である.本調査は実施内容,実施場所,実施時間,規模,利用者数,利用料金の設定,無償ボランティアの受け入れ状況等を詳細に尋ねており,貴重なデータを提供している.他には,新たな子育て支援の取組みを,新たな職能とみなした上で,周産期の母子支援,児童虐待防止,食育の実践,早期発達支援を挙げ,地域でのネットワーク化や専門職の連携について解説した山下由紀恵・三島みどり・名和田清子編(2009)が挙げられる. こうした貴重な調査研究がある一方で,子育て支援者の労働実態について,当時は先行研究から把握することができなかった.ここではその理由を,先行研究を整理しながら考えたい.
 第一に,子育て支援に関わる政策や支援論では,どの程度子育ての社会化が進行してきたか(進行してこなかったのか)という視点で,「子育ての社会化」や「子育て支援」を理念的に捉える議論が中心であったのではないだろうか.一方で,「子育ての社会化」「子育て支援」という理念で括られる制度・施策のもつ,その社会・経済・政治的(政策的)な機能や帰結を問う視点が既存の研究では弱かったのではないかと考える(相馬2011;松木2013;相馬・堀2016;尾曲2016).
 第二に,子育て支援者の「資源」に関する研究は,ミクロな能力やメゾなネットワークに着目した議論が多い.すなわち,子育て支援者のミクロな能力を「コンピテンシー」概念としてとらえ,質の高い子育て支援を生み出すためのコンピテンシー論がある(子育て支援者コンピテンシー研究会2009).また,地域というメゾレベルで子育て支援者がどのようなネットワークを生み出すのかという研究が挙げられる(e. g. 中谷編2013).他方で,労働や賃金といった社会経済的な資源を問題化する社会学的・経済学的な研究が欠如していた.
 第三に,子育て支援者の社会経済的条件を問うアクター,すなわち,当事者,労働組合,研究者の問題である.実際,子育て支援の現場から,「子育て支援に関わる人の身分保障がないことも問題である.(略)子育て支援の場所をきちんとした働くための場所にしていくことが必要である.そのためのシステム作りをして欲しい」の指摘も重ねられてきたが,「共通資格」のような集合的利害を束ねる象徴がこれまでなく,研究も不足した状況があいまっている.
 第四に,「子育て支援」概念は,親支援と子ども支援とどちらに重きを置くかでも議論の焦点が変わってくるのであり,「子育て支援」とは何か,誰の「子育て」を誰によって「支援」するのかをめぐり意味内容が確定しにくい点も,「労働」ととらえられにくい一因だと考える.
 いずれにせよ,統計が整備されていない子育て支援労働という問題は,まずは実態調査が行われる必要がある.そこで,生協総合研究所「子育て期女性のエンパワメント研究会」の活動の一環として,「子育て支援者の活動形態や働き方に関する調査」を実施することによって(調査票は巻末を参照),子育て支援労働の実態調査研究に着手した.
 
3.子 ども・子育て支援新制度における「子育て支援」「保育」「地域子育て支援」
 そもそも,子育て支援は多様な事業から構成されるが,本書は「子ども・子育て支援新制度」のどの部分に着目したのかを簡潔に説明しておきたい.
 2015 年4 月から「子ども・子育て支援新制度」(以下,新制度と略)が全国でスタートした.この新制度とは,2014 年8 月に成立した「子ども・子育て支援法」,「認定こども園法の一部改正」,「子ども・子育て支援法及び認定こども園法の一部改正法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」の子ども・子育て関連3 法に基づく制度のことを指す.さかのぼれば,2012 年3 月4 日に「子ども・子育て新システムの基本制度」等が少子化社会対策会議において決定され,その後,子ども・子育て関連三法が成立,「子ども・子育て支援事業」として法制度上でも体系化された.「子ども・子育て支援新制度」の内容は多岐にわたるが,政府によるポイントは以下のように説明されている.本書は,以下の3 の部分に焦点をあてたものである.

1.認定こども園,幼稚園,保育所を通じた共通の給付(「施設型給付」)及び小規模保育等への給付(「地域型保育給付」)の創設……地域型保育給付は,都市部における待機児童解消とともに,子どもの数が減少傾向にある地域における保育機能の確保に対応.
2.認定こども園制度の改善(幼保連携型認定こども園の改善等)……幼保連携型認定こども園について,認可・指導監督を一本化し,学校及び児童福祉施設としての法的に位置づける.認定こども園の財政措置を「施設型給付」に一本化.
3.地域の実情に応じた子ども・子育て支援(利用者支援,地域子育て支援拠点,放課後児童クラブなどの「地域子ども・子育て支援事業」)の充実……教育・保育施設を利用する子どもの家庭だけでなく,在宅の子育て家庭を含むすべての家庭及び子どもを対象とする事業として,市町村が地域の実情に応じて実施.
4.基礎自治体(市町村)が実施主体:市町村は地域のニーズに基づき計画を策定,給付・事業を実施.国・都道府県は実施主体の市町村を重層的に支える.
5.社会全体による費用負担:消費税率の引き上げによる,国及び地方の恒久財源の確保を前提(幼児教育・保育・子育て支援の質・量の拡充を図るためには,消費税率の引き上げにより確保する0.7 兆円程度を含めて1 兆円超程度の追加財源が必要).
6.政府の推進体制:制度ごとにバラバラな政府の推進体制を整備(内閣府に子ども・子育て本部を設置).
7.子ども・子育て会議の設置:有識者,地方公共団体,事業主代表・労働者代表,子育て当事者,子育て支援当事者等(子ども・子育て支援に関する事業に従事する者)が,子育て支援の政策プロセスなどに参画・関与することができる仕組みとして,国に子ども・子育て会議を設置.市町村等の合議制機関(地方版子ども・子育て会議)の設置努力義務に.

 では,子ども・子育て支援法において,「子ども・子育て支援」「地域子育て支援」はどう定義されただろうか? まず「子ども・子育て支援」とは,全ての子どもの健やかな成長のために適切な環境が等しく確保されるよう,国もしくは地方公共団体又は地域における子育ての支援を行う者が実施する子ども及び子どもの保護者に対する支援をいう(第七条).そして「地域子育て支援」については,「地域子育て支援拠点事業」の定義を参考にすると,「乳児又は幼児及びその保護者が相互の交流を行う場所を開設し,子育てについての相談,情報の提供,助言その他の援助を行う事業」だと定義された.
 そもそも,子ども・子育て支援法は,急速な少子化の進行並びに家庭及び地域を取り巻く環境の変化に鑑み,児童福祉法その他の子どもに関する法律による施策と相まって,子ども・子育て支援給付その他の子ども及び子どもを養育している者に必要な支援を行い,もって一人一人の子どもが健やかに成長することができる社会の実現に寄与することを目的としている(第一条).基本理念については,「子ども・子育て支援は,父母その他の保護者が子育てについての第一義的責任を有するという基本的認識の下に,家庭,学校,地域,職域その他の社会のあらゆる分野における全ての構成員が,各々の役割を果たすとともに,相互に協力して行われなければならない」(第二条)としている.下夷美幸はこの点について,新制度は本来すべての子どもに良質な生育環境を保障する考え方(「社会の子ども」という発想)から検討されたにもかかわらず,根拠法においては育児の社会化に歯止めをかけるかのように家族規範の強化がはかられていると指摘する(下夷2015: 53).
 
4.既存の研究と本研究の課題
1)地域社会・非営利セクターのケア研究から
 地域社会におけるケアをめぐる非営利セクターへの着目は,1980 年代後半から矢澤澄子や国広陽子らによって先駆的に調査研究が積み重ねられてきた.代表的には,横浜を中心としたフィールド調査にもとづく一連の調査研究の蓄積があげられる(矢澤編1993, 1999;矢澤他2003).横浜調査の成果を丹念にまとめた矢澤他(2003)の鍵概念は「シティズンシップ」であり,「女たちを主体とする市民運動を通じたエンパワメント」や「市民化」,さらには「政治的主体化」の可能性を模索している.国広(2001)は「主婦の政治的主体化」に着目する.ジェンダー化された地域社会の主婦が諸活動を通じて,主婦自らのアイデンティティが,主婦から生活者へ,そして市民へと揺らいでいる様相を描き,主婦による社会運動としての可能性を検討している.さらに「主婦の主体化」と「新しい社会運動」という視点からの研究として,佐藤慶幸らによる早稲田調査を挙げることができる.この研究プロジェクトでは,新しい社会運動としての生活者運動に着目する.女性が協同組合活動に生活者として従事する意義を論じている(佐藤1988, 1995).しかし,この意義を強調するあまり,ジェンダー視点からの批判的考察は,矢澤らの調査研究や天野正子(1996)と比べて,弱いといわざるをえない.
 非営利セクターのケアをジェンダー視点から考察した上野千鶴子(2008)は,相互行為・関係としてのケアの社会学を体系化する中で,ワーカーズ・コレクティブをはじめとする福祉NPO の現状を,アンペイドワークでもペイドワークでもない,「半ペイドワーク」(労働と活動の間)と論じた.ワーカーズ・コレクティブはペイドワークだが,十分なペイドワークではない,ハンパなペイドワークという意味で,半ペイドワークという意味である.生協はペイドワーク,半ペイドワーク,アンペイドワークの3 重構造であり,この生協の3 重構造化という新しい局面に対し,新しい機構改革,新しい組織論が求められており,生協組織の中でワーカーズ・コレクティブをどう位置づけるか問題提起を行っている(上野・行岡2003: 207─208).また近本聡子(2007)は,非営利セクター等の子育て支援を,事業性と事業主体の自発性(当事者性)の二軸から整理し,「A.発展型(事業性を確保しており,当事者性が高い)」「B.制度型(事業性を確保しているが,当事者性が低い)」「C.不活性型(事業性も確保せず,当事者性も低い)」「D.インキュベーション型(略してインキュベ型=事業性を確保していないが,当事者性が高い)」という4 類型を抽出した.
 加えて「ひろば事業」の研究結果によれば,ひろばに参加する親がエンパワーされていくという効果が確認され,問題対応型支援ではなく,エンパワー促進型/予防型の支援の「ひろば」の意義と効果が指摘されてきた(福川2009:6).また,住民主体の地域子育て支援やネットワークの意義も多く指摘されてきた(杉山2005;原田2006;中谷編2013).大豆生田啓友(2016)も横浜市港北区びーのびーのを例に,「当時,子育て真っ最中の母親たちの団体に,大きな拠点を市が受託するというのは画期的で」「こうした当事者性を尊重し,行政が市民的活動をバックアップする動きは全国へと広がって行った」(大豆生田2016: 6)と指摘し,市民的活動の画期性を強調している.では,子育て支援者自身はこの地域子育て支援をめぐる当事者性を,社会経済的にどう評価して「子育て支援労働」なるものとして意味づけているのだろうか? そして行政は,子育て支援という労働をどう社会経済的にとらえて,制度化していったのだろうか? 本書が問うのはこれらの点である.
 
2)保育労働と介護労働研究との比較から
 さらに,子育て支援労働は,保育労働(萩原2011)や介護労働(森川2015)の議論と比較して考えると,その共通点や特徴が浮かび上がる.
 萩原久美子(2011)は福島県川俣町の事例からローカルなケア供給体制を検討し,インフォーマルな無償ケア労働が,パブリック/フォーマルな公的保育サービスへと転化した後,伝統的な女性に依拠したプライベート/インフォーマルなケア提供こそが「公的」なるものの不備を補完するというフレームワークの形成を論じている.一生続けられる,一定程度の地位のある職業としていったん押し上げられた保育士という職業(フォーマルな有償ケア労働)が,安定した雇用から遠ざけられた経緯と実態を事例から丁寧に論じ,ローカルなケア供給体制内部では,有償/無償のケア労働をいっそう女性内部の交換,連結へと方向づけていったことを論じている.保育労働の現場では,正規・非正規というケアの担い手の序列化が構造化され,ナショナルなレベルでの政策方針のもとで,保育ボランティア,ファミリーサポートのように必ずしも資格を有しない担い手の必要性が強調された.それがローカルなレベルにおいて,自治体の政策方針としても「選択」されていった.その結果,地域では「自発的」無償/有償の女性ボランティアの拡大策がとられ,改めて家族,地域がケア供給体制の主要な資源であるという形で十分な経済的評価,町からの公的な支援もないままに,ケアが差し戻されていった(萩原2011: 68─69).
 他方,介護労働の領域において森川美絵(2015)は,第一に介護保険制度が,介護を労働化するにあたり「主婦化した経済評価」をすべりこませたこと,第二に疑似市場に適合的な標準化されたサービス提供システムを構築するにあたり,「地域に埋め込まれた資源として,その人の地域生活の継続を支える関係性を引き受けながら介護を担うこと」への価値を切り捨ててきたことを析出する(森川2015: 304).介護保険制度というサービス供給の疑似市場という供給枠組みと,社会保険の仕組みによる報酬設定という枠組みのなかで,介護は「市場取引に親和的な範囲・内容を備える特殊資源=商品」として意味づけされた.そして,介護を担う事に対し,その担い手や受け手の生活に対する想像力と切り離された次元で,単位化された作業行為への価値付与がなされ,一定範囲内の作業行為に限定した価値の承認が行われた(森川2015: 302).
 経済的自立や安定的雇用とは遠い,主婦化した経済評価をすべりこませたという点で,介護と保育・子育て支援労働は共通している.ただし,異なるのはその経路(経緯)である.保育労働はいったんフォーマルな有償ケア労働があって,それがインフォーマルに差し戻されたという経緯がある一方で,そもそも地域子育て支援領域にはフォーマルな有償ケア労働の前段がない.子育て支援労働という新しい有償ケア労働が形成され,「主婦化した経済評価」のもと,十分な経済的評価や自治体からの公的支援が手薄である.あくまで,地域での「自発的」無償/有償の女性ボランティアの拡大策の中で,女性や地域(女性の隠喩的にも使われる)がローカルなケア供給体制へと動員されていった.
 では,ローカルなケア供給体制の中で,子育て支援者はどのように働き,子育て支援者自身がその労働をどのように意味づけ,評価しているのか.本書では各章を重ねることでこの問いにせまっていく.
 
5.本書の構成
 本書は,子育て支援を労働として捉えるための視点を提示する第Ⅰ部(第1章から第3 章),そして,「子育て支援者の活動形態や働き方に関する調査」などのデータを用いて「地域子育て支援労働」の実態について論じる第Ⅱ部(第4 章から第8 章)によって構成される.以下,各章による議論を概観しておく. 第1 章(相馬直子)は,現在のように,「保育」と「地域子育て支援」を車の両輪とするものとして「子育て支援」という領域の源泉について論じる.続いて,第2 章(近本聡子)では,特に「地域子育て支援」が労働として成立するプロセスが,当初からの当事者性とその後の制度化への動きとのせめぎ合いのプロセスとして論じられる.さらに,第3 章(井上清美)では,このようなプロセスのなかで,地域子育て支援労働が保育労働とは異なる独自の専門性を培ってきたことが主張される.これら3 つの章によって,地域子育て支援が背負っている歴史的文脈を確認するとともに,当事者性や専門性など,第Ⅱ部でそれを労働として分析するうえでの注目点が明らかにされる.
 その労働としての分析が開始される第4 章(中村亮介)は,労働経済学的な視点から,労働時間や払われている賃金の概況を明らかにするとともに,それらを左右する要因を検討している.また,第5 章(中村由香)は,どのような業務に就いている労働者が無償労働に従事しやすいのかを分析する.これら2つの章は,いずれも「子育て支援者の活動形態や働き方に関する調査」にもとづいて,地域子育て支援の現場が,長時間労働と無償労働に依存しており,労働者の様々な意味での専門性が評価されていないという現状が浮かび上がらせている.本書による問題提起の根幹となる部分である.
 第6 章(堀聡子・尾曲美香)は,第5 章から引き続いて,業務の種類に注目する.「子育てひろば」という「現場」における親子の交流以外の業務を「非現場ワーク」と名づけて,特定のNPO 法人の事例研究にもとづいて,地域子育て支援の制度化に伴うその増大と変容が論じられている.第7 章(橋本りえ)では,「子育て支援者の活動形態や働き方に関する調査」のデータを用いて,子育て支援が地域社会のなかでどのような価値を生み出すかが検討される.そこで明らかになるのは,子育て支援がそれに携わる者に成長実感をもたらすとともに,地域社会に変革を引き起こすものと捉えられているということである.第8 章(松木洋人)は,3 つのワーカーズ・コレクティブで働くワーカーへのインタビュー調査にもとづいて,子育て支援労働に携わる人々にとって,経済的報酬と働くことの意味がどのような関係にあるのかを比較検討している.これら3 つの章では,地域子育て支援という領域が,子育ての当事者による市民活動として立ち上げられてきたことの意味と,その後,さらなる事業の展開や制度化に伴って,フォーマルな組織としての側面,労働としての側面を色濃くしていくうえで直面してきた課題を扱っている.第9 章(相馬直子)は,1990 年代以降の「地域子育て支援労働」の制度化とその性質について論じ,ディセント・ワーク実現へ向けた地域ケア経済圏の展望と方向性を考える.最後に終章では,本書による達成を整理したうえで,「子育て支援労働」の研究がさらに展開していくうえで重要と考えられるポイントを提示する.
 繰り返しになるが,本書は地域子育て支援の営みを労働として捉えたうえで分析しようとする最初の学術書である.この序章に続く各章の議論が,地域子育て支援についての読者の見方を多少なりとも変えて,地域子育て支援が労働として論じられるきっかけになることを心から願っている.
(図、注、傍線は省略しました。PDFファイルにてご覧ください)
 
 
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